+どこに転んでも幸せな夜+
5 足元がふわふわする。 実際、宙ぶらりんなのだ。と気付いた。あれだ、憧れのお姫様抱っこというやつだ。 27歳にもなって、恥ずかしくも初体験した。 |
「オレら、先帰るわ。またな」 二次会会場までの道のりを地図で確認していた全員が、その宣言に顔を上げる。 そもそも周りのペースなんて考える奴ではないので、そのまますたすたと出口へと向かう。 中里貴也は、普段は普通なのに、ときどき普通じゃない。 その騒ぎの横でこっそり、履き崩した革靴を探していた安藤は、結局、みんなに見つかり散々、引き止められていた。 安藤も、私たちの後を追うように出口に向かおうとして、途中で立ち止まり、振り返った。 「ごめん、もう帰らないと」 にっこり微笑んだ顔の理想と、言葉の現実とのギャップに女子たちは固まった。 「正気に戻られると怖い」 |
* * * 店の前に寄せられた車の、運転席に中里がいた。 「乗ってくか?後部座席なら貸してやる」 ありがたい申し出に成田が喜び、隣で安藤が顔を曇らせた。 「飲酒運転はすごーく倫理的に嫌なんだけど……」 忍び笑いは二人分。明らかに分が悪いなと中里は思った。もう一人は戦力にならないのだ。 安藤と成田は顔を見合わせ、慌てて、車に乗り込んだ。 |
きっかけは私の寝言だったらしい。 「みんな、仲良くしよー……」 運転席で居心地悪そうに、中里がブレーキを踏んだ。 「でも、そうだな。矢野さんの言うとおり、仲良くしようか」 長い沈黙があった。赤信号が青に変わるまで。 「せっかくだから、矢野さんと中里も仲良くしようよ。仲良し4人グループ結成」 「……女子高生の彼女について、とか?」 申し合わせたように、中里と成田が派手に笑い、助手席の息遣いを思い出して、慌てて口を押さえた。 「そういえば、お腹すかして待ってるって子は大丈夫だった?この調子だと家に帰るの、0時回りそうだよ」 「ちなみに、成田ってお勤め先はどこ?」 「……保父さんなんだけどね。あえて言うなら」 車は夜道をゆるやかに進む。 |
私は極度の心配症だ。 高校生のときも、10年経って27歳になった今も。 ちょっと先の石ころに、つまずいて転ぶのが怖かった。 怖くて怖くて、いつも、はじめの一歩が踏み出せなかった。 (でも今夜は、どこに転んでも大丈夫) 後ろにも前にも、隣にも、しっかり支えてくれる人がいて。 ちょっと贅沢なくらい幸せな夜。 |