+どこに転んでも幸せな夜+

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読まれる前に。
5万打で人気投票だ、の救済企画です。
おはなし*の、一部の作品を読んでないと、面白くない、ということになるかもしれません。
うらばなしにヒントを書きましたので、最後まで読んで分からなかった方は参考にしてください(ネタバレありなので)

 

 

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 そのお店の看板は、淡く控えめに灯っていた。
 ガラス張りの戸から漏れたオレンジ色の光が、コンクリート道路を照らしている。
 時折、防ぎきれない笑い声が外まで漏れてくる。

(ここで、間違いない)

 そう、ハガキに記された略地図と何度もにらめっこをして、確信した。
 なのに、あと一歩が行けない。
 ここまで来て、二の足、三の足を次々と踏み。
 どうしようもない性格だと、ため息ばかりが積もって、足元で小さな山を作っていた。
 いっそ帰ってしまおうか。
 と、情けない度が最高点に達したときだった。 

「わ、よかった。仲間がいた」

 予告もなく背後から声がして、二の腕が捕まった。
 驚きにひたる暇もなく。
 今日の本来の目的の、再会の感激、なんてものは、そこには存在しなくて。
 ていうか、人間として必要な挨拶そのものも無視されて。
 スーツにネクタイだなんて、冗談みたいな恰好で。
 築いたため息の山は、履き崩された革靴に踏み潰された。

「あ……」
 頭に浮かんできた名前を口にする暇もなかった。
 急いで、そのままの勢いで、お店に入って行く。私と言えば、引っ張られるままに、流されて。
 ずんずんと店の奥まで進んでいく。
 油やアルコールの匂いの濃度が増す、不快感が。
 ていうか、二の腕の脂肪が。
 指が食い込んでるような気がする、そのボリュームがっ。
 高校生とは違うんだからもう無理だって。生々しい感覚に吐き気がするんだって。
 けど、そんな内心の葛藤もまったく、いっさいがっさいが無視されて。
 躊躇いもなく、一枚の襖が開かれた。

「矢野さんと安藤、ただいま到着しました!遅刻して、ごめんなさい」

 けして、大声を張り上げたわけではなかったのに。
 みんなの騒ぎに負けないだけの威力があった。
 あとで、これが職業上、鍛え上げられたノドの成果だと知ることになる。

 とりあえず、安藤が深々と頭を下げたので、私も横で慌ててそれにならった。
 室内は一瞬静まり、次にどっと沸いた。
 久しぶりだなーとか、元気にしてたかーなどの決り文句が次々と飛んでくる。
 一気に情報が飛び込んできて、頭は軽いパニックに陥る。
 顔を見渡すものの、ほとんど処理しきれずに、上滑りするだけで。
 矢野さーん、と女の子の集団に声をかけられたので、なんとか笑顔だけは向けておいた。

 

「安藤、まさかそれ制服じゃないよなー?お前、10年経ってもまったく変わりねえのなー」
 と、すでに悪酔いしているらしい冗談が届く。
 心は恐ろしく同調したが、とても礼儀に欠ける発言に、不愉快になる。
 案の定、そんなことを言ってゲラゲラと下品な笑い方をする元クラスメイトを見ても、名前も出てこなかったりする。
 けれど、安藤は特に気にした様子も見せずに、10年前と全然変わらない笑顔になった。
「久しぶり」
 と、当たり前のように輪の中に入っていく。
 彼の、変わらない、しなやかな柔らかさが、羨ましかった。

 なんとなく、私は自分の足元を再確認した。
 高いヒールから解放されて、畳の感触を踏む。
 ストッキングに見事な一本線がついているのが見えた。
 突然、底が抜けて、宙ぶらりんになってしまったような錯覚に捕まった。
 そこらへんを転がっているビール瓶のように。
 まるで自分の存在まで、薄まってしまったような。

 とは言え、ここまで来ておいて帰ってしまうわけにもいかない。
 さっき、名前を呼んでくれた女の子たちのグループの端っこに混ぜてもらうことにする。
 みんな、どうやらすでに、上々の雰囲気だ。
 大量の空のグラスが、机の上を占領している。
 給仕が追いついていないほど、ハイペースにできあがっている。
 きっともう少しすれば、みんな、二次会、三次会へと流れていく。
 そうしたら、どさくさに紛れて帰ろう。
 とりあえず参加した形跡だけ残せれば、それでよしとしよう。

「矢野さんは、最近どうしてたの?」

 しばらくは懐かしい顔に、近況報告を言ったり聞いたりして。世間話をして。
 それからお手洗いに行かなくちゃ、と思った。伝線したストッキングを履き替えなければいけない。

 私は笑う。ええっとねー、と何年もの月日を30秒ほどのスピーチにまとめる。

 そんな27歳の夜。
 今夜は、高校3年生のときのクラス会。

 

 

 

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 ……次の展開がばればれーな気もしますが、しばらくお付き合いください。