+手紙+

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 はじめさま

 日の暮れる時間が少しずつ早くなってきていて。
 はじめの周りは高いビルでいっぱいだろうから、きっとここよりずっと太陽が沈むのが早いんだろうな。
 急かされて、毎日ここぞとばかりに遊んでませんか。
 あ、でも太陽が沈んでもイルミネーションとか明るいから、あんまり問題はないのか。
 うちの場合は、電信柱の電灯一本を頼りにしなくちゃいけないから、死活問題なんだけど。 

 学校行く途中にあるコスモス畑が満開になりました。いちおう報告まで。
 ……はじめが花好きっての意外だったな。なんとなく。
 ご要望にお応えして、写真を同封します。あんまりキレイに見えないのは、カメラマンの腕の問題です。精進します。
 よかったら今度、はじめの街の写真も送ってください。
 見てみたいです。

 

 いつもより厚みのある、長方形の白い封筒。
 なるほど写真かね、と思いながら逆さまにした。
 ガサガサ、と音を立てて10枚ばかりの写真が机の上ではねた。
「うわ……」
 一面に広がったコスモス畑。
 遠くから、近くから、上から、下から。
 たぶん、どこをどう撮ったら、ちゃんとしたコスモス畑になるのか、わからなくて。

 勢いが余りすぎて、何枚か床にまで落ちてしまった。
 それを何気なくつまみ上げた一つ前の席の男子が、うわって。
 赤茶けた後頭部から、同じ発声をした。

「すげぇきれい」
 なんて、そんな単語をこんなふうに使えるやつだったとは。
 失礼な認識だったと赤茶けた頭にこそり詫びて、写真を鷲掴みにして指紋をべっとりつけても文句は言うまいと誓った。
 一個前の席の西脇が、身体ごと振り向いて写真を返してくれた。
 机の上を見て、それからまじまじと顔を見比べられた。
 なんだよ。

「はじめ、花好きなわけ?」
 どいつもこいつもどうして、同じ反応をするかな。
 うん、とそれでも緩まる頬を引き締めない顔のまんまで、答えた。
「はじめが、ぶんつーしてるってウワサ、ほんとだったんだ」
 ぶんつーって、西脇がなぜか英語の発音して。
 文通。意味、手紙のやりとり。
 意味を確認してから、うん、と答えた。
「しかし、いまどき文通っすか?」

 こういう質問のされ方にも、すっかり慣れっこだ。
 電話とかメールとか、他にいくらでも方法はあるじゃない。
 なんでわざわざ、手紙なのって。
 どいつもこいつもどうして、同じ反応をするかな。

「うん。ちょっとかっこよいでしょ?」

 はじめは、にっこり笑って、いつもと同じように答えた。

 写真に続けて今度はと、西脇が白い飾り気のない封筒をつまみ上げる。
 まるで世界の珍品を相手にしているみたいに。
 封筒の宛名書きを見て、ふと西脇の鋭角眉がつり上がった。

「……しかし、あんまりきれいな字じゃねえな」

 正直な感想に、苦い笑いを隠すのは難しかった。

 竹内はじめ 様

 まるで一本一本、定規をあてて書いたような漢字。
 ひらがなにいたっては、常に震えを帯びていて、恐ろしいくらいに不細工。
 まるで、小学一年生が書くみたいな字だな。
 はじめも、最初は確かに、そう思ったのだ。

「……あの、はじめさん?」
 それきりで黙ってしまったはじめに、西脇がばつの悪そうな顔をする。
 うん、とはじめは笑い返した。
 なんて言えばいいのかな、と言葉を探した。

「夏雪さ……あー文通相手ね。半年前に事故にあって、右手、利き手をケガしちゃったんだよね。
 だから今は一生懸命、左手で字を書く訓練してる最中なんだ」

 不細工な文字の列を、西脇が精一杯という感じで目を大きくして、見つめた。
 ごめん、ってすぐに悲痛な声が聞こえた。
 はじめは首を横に振って肩をすくめて、いいよ、気にすんなって。
 手紙の、夏雪の言い方をまねてみた。 

「じゃあ、これは左手でシャッターを切ったわけか」

 しみじみとした西脇の言い方で、目の前の写真がまた違う色で輝き始める。
 チャイムが鳴ったので、西脇はしぶしぶと赤茶けた後頭部を向けた。

 先生が入ってきて、一時間目、英語の授業が始まる。
 はじめは大急ぎで写真を束ねて、机のすみに置いやり、教科書を広げた。
 冷房ががんがんにきいた室内で。
 まだ目の前にはコスモス畑が広がっていて、教室に戻ってくるまでにはしばらく時間がかかる。

 たまたま一番上になった写真のすみっこに、無造作に地面に置かれたカバンが映っていた。
 くたびれた感じの、使い古されたカバン。

(……あ)

 夏雪を見つけた。

 

 どこをどう撮ったら、ちゃんとしたコスモス畑になるのか、全然わからなかった。
 写真って結構奥が深いのな。
 数撃ちゃ当たるじゃないけどさ。たくさん撮ったから全部送ります。現像代はしょうがないからサービスで。

 ではまた。

 夏雪

 残り三行まで読み終えて、便箋を三つ折りにたたんで封筒の中へとしまう。
 会ったことも、見たこともない夏雪を、まぶたの裏に想像して忘れないように、目を閉じる。

 地元の高校に、前は自転車だったけど、今はバスで通っている夏雪。
 部活の帰り、予定のバス停より一個前で降りて。
 まだ太陽が沈まないうちに、カメラのレンズをコスモス畑に向ける。邪魔なカバンは地面に置いて。
 不自然な方向に腕を曲げて、左手でシャッターを切る。何枚も。
 何枚も。ああでもこうでもないって。
 写真の奥深さについて学んだ、夏雪のことを思った。

 はじめは突然ひらめいて、鞄の底をがさがさと探った。確か、あったはずだ。

「ミス竹内、さっきからお前はなにやってんだー?」
 掘り出したのは、インスタントカメラ。
 教室全体を映せるように構えたら、英語の先生に呆れた英語の発音で注意された。
「先生、協力して。みんなも、お願い」
 さっと、でっかいピースサインがカメラのレンズをふさいだ。
 なんだと思ったら、西脇で。一個前の席じゃ確かに、そんな参加の仕方しかできないのかもしれなかった。

 はい、チーズ。とはじめが掛け声をかける。
 カシャ、とシャッターを切った。

 

 

 夏雪さま  

 コスモスの写真、ありがとう。
 すごくきれいで感激しました。感動した!
 夏雪は毎日のように見られるんだよね。いいなあ。

 って、私が花が好きって意外かあ?女の子なら誰でも好きだと思うけどな。
 はじめって名前だけど、いちおう女の子だし。わかって……るよね??

 お返しに、私の周りの風景たちも撮って送ります。

 うちの家や学校の周りは本当に建物がいっぱいで。ごちゃごちゃしてて。
 すごくきゅうくつな感じがして、大ッキライだったんだ。
 だってなんだか息苦しいじゃない?

 でも、建物と同じくらい、人もいっぱいいて。しかも色んな人がいて。
 夏雪に、楽しそうだなって言われてからは、我が街のよさを再認識しました。
 ので、マイベストフレンドたちを送ります。
 コスモスに対抗できるものがこれぐらいしか思いつかなくてさ。

 一番でっかいピースサインは西脇と言って、赤茶けた変な色の頭をしているけれど、とってもいいやつです。
 夏雪によろしくって言ってました。写真最高だって。

 ではまたね。いぇーい。

 はじめ

 

 

 

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