+手紙+

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 長方形の白い封筒が、太陽に透けて薄ピンク色になる。
 一瞬、何だかわからなくて。

 わかった瞬間、あったかいものが胸いっぱいに広がった。

 

 ピンク色の便箋に、女の子らしい、丸みを帯びた字が並んでいる。
 どうやら気が付かない間ににやにやしていたらしく、友人の口から露骨なため息が漏れた。
 吊り革に両の手を掛けた格好で、友人はますます困惑した表情になった。
「みんな、俺らと同い年だって?」
「うん、そうらしい」
 森高が、封筒からはみ出していた写真を奪い取った。
 どうやら教室で撮られたらしいその写真のアングルと、同じ教室と名のつくところを思い浮かべて、重ねてみようと。
 無理だって、と夏雪は笑いながら、友人の手から写真を取り返した。

 うちの高校は、高層ビルどころか、畑と田んぼに囲まれている。
 髪を染めることは校則で禁止されていて、ソックスも指定、女子はスカートの長さも指定だ。

 でっかいピースサインの向こう側は、とても同じ日本だとは思えなかった。
 赤茶けているらしい西脇くんに限らず、髪の色も肌の色も、みんな、とても同じ黄色人種だとは思えなかった。

「ウワサのはじめちゃんは映っとらんの?」
「うん、カメラマンらしい」
 はじめの手紙の文面を思い浮かべながらもう一度眺めた。
 本当に色んなタイプの人間がいる。
 その中心にはじめがいて、いぇーいとピースしている姿を想像すると、とてもぴったりくるような気がした。
 ……なんて一度も見たことだないんだけれど、なんとなく。
 また顔に出てしまっていたらしい。
 友人、森高の口からまたため息が漏れている。最近、あの口は閉じたことがない気がする。

 ぷしゅーと空気を吐き出して、バスが、停留所に止まった。
 昇降口から、白い髪の上品な感じの女性が乗ってきた。
 反射で、夏雪は腰を浮かした。バス内は、他に空いている席はない。
 森高が非難の視線で制したのには、気付かなかったフリをした。

「ここ、どうぞ」
 と、にこやかに、何事もなかったように、夏雪は女性に席をすすめた。
 ありがとうねぇ、と女性から礼を言われて、照れくさい気持ちになる。

 発車の合図の前に、夏雪は慌てて封筒と写真をカバンのポケットに押し込んだ。
 ゆるやかに、バスがスピードを上げる。
 夏雪はカバンを地面に置き、自由になった左手で、吊り革を掴んだ。

 かくん、という衝撃と同時に、ほ、という安堵の息が隣から聞こえた。
 森高は、ダメになった右手の心配をしすぎて、最近少しだけ過保護だ。

 半年前、トラックと交通事故に合って、右手の肘から下の感覚がなくなった。
 突然のことで、一ヵ月ぐらい、はじめと、手紙のことを忘れたフリをしていた。
 まずは普段の生活に慣れることから、だった。
 左手一本で生活する、ということは、簡単だったことが簡単じゃなくなるということで。

 今まで、自転車で通っていた学校には、バスで通うようになった。
 バスでも極力座るようになって、今のように立った状態、はなるべく減らすようにした。
 簡単だったことが簡単じゃなくなる。
 片方の手がダメだと、バランスを保つことが難しくなるのだ。

 森高の横に並び、過保護な友人に、大丈夫だよ、これぐらい。と告げる。

「それで、はじめちゃんには言ったのか?あのこと……」

 夏雪は黙って首を横に降った。

 事故から一ヵ月ほどして。
 やっと、はじめのことを思う余裕が生まれたときに。
 机の上に、紙とペンを用意して、さあ書こう、としたときに。
 愕然とした。
 何度挑戦してみても、左手で、右手と同じように書くことはできなかった。 

 電話でもメールでもない、手紙では、はじめに嘘をつくこともごまかすこともできかなかった。

 その事実には、とても格好悪く、とてもみじめな気持ちにさせられた。

 バス内には冷房がバンバンにきいていて。
 ここで唯一秋らしいと言えば、はじめからの手紙だけだった。
 夏雪は、目を閉じた。
 動かないはずの右手を動かして、封筒に、三つ折りにたたんだ便箋をいれて、太陽の方角に向けた。
 白色がピンク色を透かして、コスモス色に染まる。

 

 

 はじめさま

 写真、ありがとう。拝見しました。
 なんていうか。やっぱりはじめの周りはすごく楽しそうだな。
 いいな、オレも赤茶髪とかにしてみようかなー。
 アメリカ行って、日本人だからってなめられると嫌だし。

 ……というわけで、突然だけど、今日は報告があります。

 今度、右手の手術をすることになりました。
 それでそのために、しばらくの間、アメリカに行ってきます。
 リハビリもあるから、たぶん、少なくとも一年か二年。
 この前の生き延びるためのとは違って、右手を少しは動かせるようにするのが目的です。

 はじめとは、今までどおり、こうやって文通を続けていけたらいいなと思っています。
 ただ、切手代が高くなるし、海を渡る分、時間もかかるようになるかもしれないから。
 勝手な頼み方してる自覚はあるんだ、ごめん。
 それでもよかったら、また手紙をくれると嬉しいです。

 夏雪

 

 

 

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