+手紙+

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 一番初めの夏雪の手紙は、間違って届いた。

 宛て先は、三軒となりの竹内のおじいちゃん家。
 確か竹内のおじいちゃんは、一ヶ月ぐらい前に老人ホームに入ることが決まって、と聞いたような覚えが。
 と思ったら、本当で、そのときの三軒となりはすでに空き家になっていた。

 そういうわけで、回りに回って迷ってふらりと、夏雪の手紙は私のもとへと届いた。
 同じ竹内の姓に惹かれて、私のもとへ。

 

 最初は、どうもこうもするつもりはなかった。
 でも、こうやって手紙を出すってことは、竹内のおじいちゃんがどうなったとか知らないんだろうな、と思って。
 孫だろうか。封筒の宛名の字はまだそんなに成熟してない若い字に見えた。
 最初に惹かれたのは、夏雪、という名前の響きだった。

 夏雪、夏雪、夏雪。

 三回唱えてみただけですっかり、夏雪のことを気に入った。

 三軒となりの竹内はじめです。はじめまして。

 そうして、かれこれ三年近く文通を続けている。
 いまどき手紙なんて。って、文通の話をすると、必ず友達に言われた。

 でも手紙じゃなきゃダメだった。
 電話でもメールでもダメだった。
 手紙以外で夏雪と繋がる方法なんて、知らない。

 一週間に一度は届いていた手紙が、一ヵ月ぐらい、届かなくなったことがあった。
 愛想を尽かされたのかな、と不安になっていた頃に届いた手紙は、あの定規をあてたような字で。
 事故のことにはまったく、触れていなかった。

 でも、わかった。
 夏雪が傷ついたことがわかった。
 一ヵ月ぐらいほうっておかれて、少しすねていた。
 夏雪に何があったのかも知らずに、勝手にすねて馬鹿みたいだった。

 普通にしていても、夏雪の嘘はすぐにわかったから。
 夏雪の字の乱れは、心と身体と直結で。それが痛いくらい伝わってきた。
 伝わることで、夏雪の痛いのが少しでも減ればいいなと思った。

 手紙を交わせば交わすほど、どんどん夏雪のことを気に入っていった。

 夏雪がどんな顔してるかなんて、知らない。
 どこに住んでるとか。
 好きなものとか嫌いなものとか。
 右手が不自由なこととか、ほんの少ししか知らない。

 でも。 

 

「はじめ」

 登校するはずの道を逆走していたら、赤茶けた頭に掴まった。
 みんなを振り返らせるだけの威力を持った顔をしているって、自覚だけはあって。
 そんな状態だから、心配してくれる西脇にも、うまく説明できる言葉が見つからない。

 はじめは黙ったまま、長方形の白い封筒を手渡した。
 西脇は少し迷ったあと、夏雪の定規をあてたような、不細工な字を読み始めた。

「……つまりはじめは、夏雪が遠くに行っちゃうのが嫌なわけ?」
「うん、いや」
「なんで?手紙でのお付き合いなんだから、今までとおんなじだろ?お金と時間が少しかかるようになるだけで」
 なんで、だろう。
 指摘されて、初めてまともに考える。
 なんで、こんな悲しいんだろう。
 すごくどろどろとした気持ちでいっぱいで、なかなか本当の、一番大事なところが見つからない。
「私は夏雪が好きなんだと思うの」
「うん、だろうな」

 西脇があっさり肯定するので、はじめは逆に戸惑った。
 みんなから散々否定されて、たった一人で正しさを主張するのは難しいことで。

「でも私、夏雪のこと、ほとんどなんも知らないんだよ?手紙でしか話したこともないし」
「そんなの関係ないだろ。はじめの顔を見てりゃわかるって」
「じゃあなんで私、こんなにいやがってんの?」

 西脇から返された手紙を握り締める。
 アメリカで右手を治そうとしている夏雪。
 文通相手として、応援を、励ましの言葉を書かなくちゃいけないと思うのに。
 なんで、こんな。生みたいな気持ちになるの。

「だから、好きだからだろ。はじめは、夏雪のことまるごとで好きなんだよ」

 ぱちぱちと濡れて重たくなったまつげを揺らして、はじめは西脇を見た。
 いつもはちゃらちゃらとした西脇が、真剣な顔でいた。

「夏雪の周りのもの、学校とかコスモスとか、そういうの全部ひっくるめて好きなんだよ。だから、はじめは、それがなくなっちゃうのが嫌なんだ」

 変てこな、赤茶けた頭が、恐ろしくかっこよく見えた。
 方法なんて、始めから関係なかった。
 電話でも、メールでも、手紙でも。
 こだわってたのは、自分だ。なんでも、夏雪だったら、なんでもよかったのに。
 夏雪を好きなのは、そこらへんの子が誰かを好きなのと一緒だった。
 好きな人が遠くに行っちゃうのが嫌なんだった。

「……どうしよう、西脇。私もう手紙の返事、出してきちゃったよ」
「ええっ。いつだよ?」
「さっき」
 次々と展開する私の言葉に、西脇が困っているのがわかる。
 授業もとっくに始まっているはずだ。登校する生徒の数がほとんどなくなった。
 涙を手のひらでぬぐう。
「もう文通できんって言っちゃったよー。うー」
 もう一回ぬぐう。もう一回、もう一回。鼻水まで出てきて、西脇がポケットからカードローンのティッシュを出してくれた。
 ずずず、と鼻をすする。

「はじめはほんとにアホウだなー」
 西脇のしみじみとした言い方。
 続けて握らされたものが、恐れ多くも福沢諭吉の顔をしていて、しかも三人もいて。
「……にじわぎ?」
「身近な生身の男より、手紙だけの、下手くそな字ぃ書く男がいいってんだからしょうがねぇよなー」

 ぽかんとしたはじめの頭をはたいて。
 行け、はじめ。って、西脇が駅の方を指差した。

「要は、郵便屋さんより早く、はじめが行けばいいわけだろ」 

 うんって答える前に、はじめは走り出した。
 住所はもうすっかり頭の中にあった。空にだって大声で言えるくらいに。
 西脇の福沢諭吉三人で、夏雪のところまで。
 たった80円で飛んでいく手紙と、追いかけっこする。

 

 夏雪

 すごいわがまま女だって、嫌われるかもしれんけど。
 アメリカに行く前の、右手が不自由なままの夏雪に会いたい。
 コスモス畑、一緒に見たい。

 ダメですか?

 はじめ

 

  

 

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