+手紙+

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 夏雪って、女の子かと思ってた。

 何通目かの手紙で、はじめに言われた。
 勘違い、最長記録だった。

 小さい頃から、名前で性別を間違われることが多くて。
 父親と母親の好きなものをくっつけただけの名前。
 なんだか綺麗すぎて、あんまり好きになれない名前だった。

 えー。私は好きだけどな。

 夏雪って、名前だけでも好き。
 だって、名前って夏雪って人間の一部じゃん。立派な長所じゃない?
 私はすごく好きだな。

 はじめは、本当は男の子につけられるはずの名前だった、と、はじめが言った。
 生まれてみたら予定外の女の子で、勇ましい漢字をやめて、慌ただしくひらがなのはじめになったんだと。
 でもはじめははじめで。男でも女でも、あんまり問題はなくて、嬉しさ度は違ったかもしれないけれど。
 たぶん、はじめが言いたかったのは、同じことなんだろうと今さら思う。

 荷造りするのに一番時間がかかったのが、はじめとの手紙の山だった。
 これは皮肉かなと思いながら、最後の片付けをすませる。
 すっかりきれいになった室内で、ダンボールいっぱいに迫りそうなそれらを見て、森高がひぇ〜と悲鳴を上げた。
「一通が80円だから、ええっと……?」
 計算する気にもならなかった。
 はたして金額どおりの、価値のあるやりとりだったかと聞かれると、甚だ疑問だった。
 どうでもいいことばかり話して、どうでもいいことばかり、覚えている。
 夏雪は、手にしていた手紙をしまい、ダンボールに蓋をした。

 森高は、買い物に出かけた母と入れ違いでうちにやって来た。
 今日は平日なので、制服姿のまま、学校帰りに。
 明日も平日なので、見送りに行けないからとやって来た。

 学校には休学届けを出した。手術とリハビリが終わったらまた、日本へ戻ってくるつもりだ。
 手紙を入れたダンボールをそっと、机の下へしまった。

「あれ、持ってかないのか?」
「うん。荷物になるだけだから、な」
 森高が複雑そうな顔をする。
 夏雪は、どこかさっぱりとした気持ちになっていた。

 最後に出した手紙が一週間前、はじめからの返事はまだ来ない。
 出発は明日。
 今までこの関係が終わる、なんて想像したこともなかった。そのほうが異常だったのかもしれない。
 手紙以外ではじめと繋がる方法なんて、知らなかった。
「もう、いいんだ」
 はじめのたくさんの手紙は、日本の、自分の部屋に残していくことにした。
 はじめの言葉一つ一つに支えられているし、これからも助けられると思う。
 ずっと忘れられないし、忘れない。
 だから、もういいんだ。

 心残りなのは、左手の字がちっともうまくならなかったことだな、と夏雪は思った。
 同じだけのものが、はじめの元にも残るんだと思うと、なんとも格好悪くて、みじめな気持ちになる。
 できれば、消してなくしてしまいたい。
 でもそうしたら、はじめの手紙まで消えてなくなってしまう。
 それはできないことだった。この右手が思いどおりにならないのと一緒で、一生、消えない。

 森高が何か言おうとして、やめたのが見えた。
 代わりに、手紙書くよ。と夏雪が冗談めかして言うと、アメリカ相手だといくらかかるんだ?と、嫌な顔をされた。
 確かに。どれくらい価値のあるやりとりをしなきゃいけないんだろう。
 そもそも片方の手だけじゃ、無理なことだったのかもしれない。 

 ぴんぽーん

 と、チャイムが鳴った。
 あいにくと母は外出中で、今家にいるのは、夏雪と、森高の二人だけだった。
「ちょっと、悪い」
 と、森高に断りを入れて、部屋を出る。階段をくだって、一階へ。

 ぴんぽーん、ぴんぽーん

「はーい」

 急かすような鳴り方に、夏雪は転ばない程度のスピードで掛ける。

 宅急便、だろうか。
 セールス、だろうか。

 あらゆる可能性を考えて、夏雪は玄関に立った。
 擦りガラスの向こう側に、人が立っているのが見える。小柄な、女の人のようだった。
 いつも外に向けて開かれている家……がモットーだったはずなのに、今日のうちのドアには鍵がかかっていた。
 夏雪は左手だけで器用に錠を回して、ドアを開けた。

 

 

 はじめ

 この間の手紙で言いそびれたことを言わせてください。
 本当は、左手で、右手と同じくらいには書けるようになってからにしたかったんだけど。
 そんな、かっこつけてる余裕なんか全然なかった。

 オレは、はじめが好きです。

 汚い字でごめん。好きです。

 夏雪

 

 

 

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