4 夏雪って、女の子かと思ってた。
何通目かの手紙で、はじめに言われた。
勘違い、最長記録だった。
小さい頃から、名前で性別を間違われることが多くて。
父親と母親の好きなものをくっつけただけの名前。
なんだか綺麗すぎて、あんまり好きになれない名前だった。
えー。私は好きだけどな。
夏雪って、名前だけでも好き。
だって、名前って夏雪って人間の一部じゃん。立派な長所じゃない?
私はすごく好きだな。
はじめは、本当は男の子につけられるはずの名前だった、と、はじめが言った。
生まれてみたら予定外の女の子で、勇ましい漢字をやめて、慌ただしくひらがなのはじめになったんだと。
でもはじめははじめで。男でも女でも、あんまり問題はなくて、嬉しさ度は違ったかもしれないけれど。
たぶん、はじめが言いたかったのは、同じことなんだろうと今さら思う。
荷造りするのに一番時間がかかったのが、はじめとの手紙の山だった。
これは皮肉かなと思いながら、最後の片付けをすませる。
すっかりきれいになった室内で、ダンボールいっぱいに迫りそうなそれらを見て、森高がひぇ〜と悲鳴を上げた。
「一通が80円だから、ええっと……?」
計算する気にもならなかった。
はたして金額どおりの、価値のあるやりとりだったかと聞かれると、甚だ疑問だった。
どうでもいいことばかり話して、どうでもいいことばかり、覚えている。
夏雪は、手にしていた手紙をしまい、ダンボールに蓋をした。
森高は、買い物に出かけた母と入れ違いでうちにやって来た。
今日は平日なので、制服姿のまま、学校帰りに。
明日も平日なので、見送りに行けないからとやって来た。
学校には休学届けを出した。手術とリハビリが終わったらまた、日本へ戻ってくるつもりだ。
手紙を入れたダンボールをそっと、机の下へしまった。
「あれ、持ってかないのか?」
「うん。荷物になるだけだから、な」
森高が複雑そうな顔をする。
夏雪は、どこかさっぱりとした気持ちになっていた。
最後に出した手紙が一週間前、はじめからの返事はまだ来ない。
出発は明日。
今までこの関係が終わる、なんて想像したこともなかった。そのほうが異常だったのかもしれない。
手紙以外ではじめと繋がる方法なんて、知らなかった。
「もう、いいんだ」
はじめのたくさんの手紙は、日本の、自分の部屋に残していくことにした。
はじめの言葉一つ一つに支えられているし、これからも助けられると思う。
ずっと忘れられないし、忘れない。
だから、もういいんだ。
心残りなのは、左手の字がちっともうまくならなかったことだな、と夏雪は思った。
同じだけのものが、はじめの元にも残るんだと思うと、なんとも格好悪くて、みじめな気持ちになる。
できれば、消してなくしてしまいたい。
でもそうしたら、はじめの手紙まで消えてなくなってしまう。
それはできないことだった。この右手が思いどおりにならないのと一緒で、一生、消えない。
森高が何か言おうとして、やめたのが見えた。
代わりに、手紙書くよ。と夏雪が冗談めかして言うと、アメリカ相手だといくらかかるんだ?と、嫌な顔をされた。
確かに。どれくらい価値のあるやりとりをしなきゃいけないんだろう。
そもそも片方の手だけじゃ、無理なことだったのかもしれない。
ぴんぽーん
と、チャイムが鳴った。
あいにくと母は外出中で、今家にいるのは、夏雪と、森高の二人だけだった。
「ちょっと、悪い」
と、森高に断りを入れて、部屋を出る。階段をくだって、一階へ。
ぴんぽーん、ぴんぽーん
「はーい」
急かすような鳴り方に、夏雪は転ばない程度のスピードで掛ける。
宅急便、だろうか。
セールス、だろうか。
あらゆる可能性を考えて、夏雪は玄関に立った。
擦りガラスの向こう側に、人が立っているのが見える。小柄な、女の人のようだった。
いつも外に向けて開かれている家……がモットーだったはずなのに、今日のうちのドアには鍵がかかっていた。
夏雪は左手だけで器用に錠を回して、ドアを開けた。
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