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 私は毎日電車に乗ります。

 毎日高校最寄の駅に行くまでの、30分程度。
 特に大きな駅は通過せず、普段車内には座席がすべて埋まる、ぐらいの人がいます。

 行きも帰りも、私は電車に乗ります。

 

 * * *

 がたん、と電車が軋んでブレーキの悲鳴が聞こえる、奈保は目を開けた。
 慌てて外の景色に目を凝らすと、そこは自分が降りる3つ前の駅だった。
 どうやら少し眠ってしまったらしい。

 まだ眠気が覚めない頭を振って、奈保は席に、制服のスカートがしわにならないように座り直した。
 あと3つ。と奈保は気を入れる。
 時間にすれば15分、そうすれば目指す駅につく。

 車内の座席は、お互いが向かいあって進行方向に対して横向きに腰掛けられるタイプだ。
 奈保はその一番端に、背筋を伸ばして足をそろえて行儀よく、座っている。
 ケータイを取り出して時間を確認する。7時半だった。
 座席はすべて埋まっているものの、立っている人はいない。
 サラリーマン風の男性や、同じく制服姿や、どっかのブランドの袋を提げた若い女性が多い。
 奈保のようにケータイを取り出していじっている人や、スポーツ新聞を手にぶつぶつと念仏を唱えている人、色々いるが、ほとんどの人が首を会釈よりも深く曲げて、眠っている。

 疲れてるんだな、と奈保は思った。
 行きの忙しい感じとは違って、この帰りの電車の気だるい、この集団催眠にかかってしまったような雰囲気はなんなんだろう。
 みんなの肩に見えない重石が見える。気がする。

 今日は朝から補習だった。
 6時限まで授業は居眠りしなかったし、律儀に委員会の仕事をこなして、義務的に部活にも行って。
 だから疲れてるんだ、体はまだまだ動くけど。
 休養を欲しがってる。

(うん、もう少しの辛抱だし)
 自分を自分で励ましておいて、あと一駅通過したら家に帰れるんだ、と確認した。
 あと一つ。

 がたん、と電車が軽く揺れて、奈保はぎくりとした。
 見えない重石を感じた。右肩に。

 こんなにはっきり感じていいのか、そんなに疲れてたのか、と少々混乱、しばし目が宙を仰いだが、恐る恐る(本当に怖かった)右肩を見たら……
 先行きが乏しそうな、重石がそこにはあった。
 ギラギラと照り輝くそれは、昼間外回りをがんばったんだよ、と訴えていた。
 スポーツ新聞を握っている手がだらんと垂れて、沈むようにそれは奈保の右肩の重石になっていた。
 ずーだとか、ずびーだとか、音色のいまいちよくないでも正常な呼吸音が耳の至近距離から、してきた。

 奈保は慌てて視線をずらすと、次に、周りの注目を浴びているんじゃ。なんてことが気になった。
 現に、ちょうど向かい側に座っている学ラン少年と目が合ったような気がしたけど、気のし過ぎかもしれなかった。

(……しまった)
 困ったぞ。
 奈保はごく軽く溜め息をついた。
 とりあえず自由がきく左手で、もう一度ケータイを取り出したら、7時45分になるところだった。
 右側の自由を奪っているのは、これまでよっぽど会社に尽くしてきたらしい、と一目で分かる寂しげな頭を持ったサラリーマンだ。
 ずびーとかずばーとか、耳の辺りに心地よくない音色を響かせながら。

「○×△駅〜、○×△駅〜」

 ここで降りれば家に帰れるんだ。
 簡単なことだった。右肩の重石を外すことぐらい。「すいません」と一言掛ければいいんだろう。
 きっと、このサラリーマンのおじさんもまた驚いて、「すいません」って私に言うんだろうな。私はにっこり笑って「いいえ」と答えて。それで。
 シナリオはできあがっていた。あとは実行するだけだった。

 プシューと音を立てて扉が開く。
 奈保は取り出したケータイをしまった。そして、

 

 あとマイナス1つ、と奈保は気を入れた。

 右肩は豪快な寝息を立てるサラリーマンの枕と化していた。

 奈保は泣き笑いに似た苦笑いを、した。

 

 

 

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