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「私、肩ぐらい貸しといてあげるわ」

 って言って、友達に笑った女の子がいた。素敵な女の子だと思った。

 それを、頭のどっかで思い出したりしてた。

 

  * * *

 奇異の視線が浴びせられていた。
 どういう関係なのか、ってどの視線も探っていた。

 私自身、それに答えてあげられない。

 あと、マイナス、6。って気を入れたら、どういうきっかけだったかは分からないけど、右肩が急に軽くなった。
 サラリーマンは、しばらく何が起こったか分からないように辺りをキョロキョロと見ていて、奈保と視線が合うと途端に「すいません!」ってすごい勢いで謝った。
 予測していた展開だったにも関わらず、奈保は「いいえ」なんて笑い返すことができなかった。
 ひきつった苦笑い、一瞬した、だけだった。

 サラリーマンは逃げ出すようにマイナス6の駅で降りて行って、奈保もその後を追うようにして降りた。
 そのまま反対のホームに向かおうとする。
 もうサラリーマンの姿はどこにも見えなかったけど、それは別に探していたわけではなくて、このマイナス6を0にしなくちゃいけなかったからで。家に帰るためだった。
 ケータイを取り出すととっくに8時を回ってて、あたりはすっかり真っ暗だった。
 急いで帰らなくちゃ。って思った。

「おい」
 そうして早足で掛け始めようとしたときだった。
 最初、自分に対する呼びかけだとは思わなかったから、無視した。結果として。
 冷静に考えると、奈保の他にもうホームには一人も残っていなかったんだけど。
「おい、あんた」
 二回目の呼びかけで奈保はやっと振り返った。
 そこに立っていた、男の子を見た。見知った覚えのない顔だった。
 背の高い、がっしりとした肩に学ランを乗っけるみたいに着てて、その格好はさらに体を大きく見せた。
 薄暗い蛍光灯の下では仕方がないのかもしれなかったが、顔に影が落ちて、なんだか怒っているように見えた。

 足でも踏んづけたかな、と奈保は思った。だから瞬間的にごめんなさいって謝った。
 そうしたら、つり上がっていた目がますます尖って、突き刺すように睨まれた。
 高いところから見下ろすようにされて、奈保は肩をすくめた。逃げ場のない感じだった。
(こ、こわい)
 俯いたら涙が出てきそうになった。私何しちゃったんだろう?って一生懸命考えた。

「あんた馬鹿じゃねえの」

 は?

 一瞬固まって反応が遅れたら、見知らぬ男の子はすたすたと長い足を動かして、階段を上っていってしまった。
 すぐに見えなくなってしまった。
 奈保は、その間ずっと誰もいないホームで立ちつくしていた。

 へ? 誰?何?

 なんてクエスチョンマークに頭が支配されて、おかしなことになってた。しばし。

 腑に落ちたとき、学ラン姿が頭の中で鮮明に戻ってきた。

(あ、もしかして、さっき私の向かい側に座ってた?)
(え、じゃあ、馬鹿じゃねえの。って?)

 私、肩ぐらい貸しといてあげるわ。って言って笑った女の子がいて。
 素敵な女の子だと思った。

 思ったのにな。

 見た覚えのない男の子だった。
 初対面なのに。いきなり後ろから呼び止めて。

 馬鹿じゃねえの。って。

 なんだ?

「……なによそれ」

 遅いよ、ってぐらいのタイミングで、なんだかどうしようもない怒りが腹底から湧いてきた。
 ジャージ詰め込んだ手提げ袋、勢いよく地面に叩きつけようとした。
 そうしたら、ちょうど反対ホームに電車が流れ込んできて、見事に乗り遅れたりした。 

 

 

 

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