5 がたん、と電車が揺れた。
心地よい眠りから奈保は目覚めた。
最近、文化祭の準備とか滞ってて、作業していたら気が付くと朝だった。なんてこともしばしばだったから。
(あー……寝ちゃったんだ、あたし)
瞼はまだ重たかったが、頭はすっきりしていた。
ずーっと支配されていた重たいものから解放された感じ。
(でも、なんで世界が全部、横向きなんだろ……?)
バッと奈保は慌てて頭を起こした。
そして、まじまじと、その表情の読めない横顔を見た。
よく考えてみると、毎日顔を合わせていたはずなのに、この人の顔をちゃんと見るのは初めてだと思った。
いつも見上げなければ見えない位置に顔があったし、あれ以来は、視線合わせないようにしてたし。
「あ、あの」
彼は視線だけこっちに寄越した。
えっと、と奈保は言葉を濁した。
人を見下したような……あの、視線を今は感じなかった。目線が同じだからだろうか。
怒ってるような、怖い感じはしなかった。
「……あ、ありがとう」
すごく妙な顔をして、彼はこっちを向いた。何言ってんだ?こいつ。という感じ。
「あの、肩、貸してくれて……」
何言ってるんだろう、と自分でも情けなく思う。
もうなんだかこの先の展開がはっきりしていて、なんだか色々、上手くできなくて、やだな。って。
こんなそばにいたんじゃ、耳ふさいでも、無駄だろうし。
それなら、と奈保は開き直って、じいっと見つめた。いつもの形に動くと確信しながら。
「……、どういたしまして」
今度は奈保が妙な顔をする番だった。何言ってるんだろう?この人。と言う感じ。
(なんだろう?)
奈保はなんとなく、座席にきちんと、背筋を伸ばして足をそろえて行儀よく、座り直した。
彼はだらしなく腰掛けたままで、二人が並んで座っている姿はなかなか対照的だった。
(体の左半分、緊張して固まってるような、なんだろう。この感じ)
藤雄はギョッとした。
「……なんで笑ってんの?」
奈保は学生鞄を両腕で抱えて、堪え切れないような満面の笑みを浮かべていた。
藤雄は眉をひそめて怪訝そうな顔をした。なんだ?こいつ。と言う感じ。
うれしーと奈保がこぼした。
「……なにが?」
「みんな、私の予想と違うことするのね」
ああ、と藤雄は合点した。ギラギラ油性頭やヒステリばばあのことだろうと思った。
「だから最近しんどいなって思ったりしてたんだけど……」
今度は泣きそうな顔をする。
「でも、こういう予想外は嬉しいね。私てっきりまた、……言われると思って、たのに」
奈保の呟きを、藤雄は表向きは平静のままでも、心中は動揺して聞いた。
「……なんで泣いてんの?」
だから嬉しいからだって。と奈保は言葉にできなかった。ううう、と変な声になった。
「……」
帰りの電車の気だるい、集団催眠にかかってしまったような雰囲気。
電車の中は憂鬱以外のものでできていなくて。
それは一つも変わっていないのに。
(なんだろう?)
「まもなく、○×△駅〜、○×△駅〜……」
丁寧な女性のアナウンス。目指す駅の名前だった。
奈保は座席の引力なんてものともせずに、素早く立ち上がった。
立ち上がった背中を、藤雄は少し感動して見たりした。
奈保はくるりと反転して、あの。とまた言った。
「あの、なんで肩、貸しといてくれたの?」
私、肩ぐらい貸しといてあげるわ。って言って笑った女の子がいて。
素敵な女の子だと奈保は思ったのだ。
それを、頭のどっかで思い出したりしてた。
「別に……」
藤雄はそっけなく答える。全然優しくはなかった。でも怖くもなかった。
目が、合って。
藤雄は居心地の悪そうな顔をした。溜め息を付いて、しょうがない。と言う感じ。
ゆっくりと口を開く。
「それは、オレがあんたを……」
プシューと音を立てて扉が開いた
きょとんとして、奈保はその場に立ち尽くした。それでも日頃の習慣で降りなくちゃって、頭のどっかで思ってはいたんだけど。
扉が閉まります、ご注意ください。女性の丁寧なアナウンスがもう一度……そして。
「……馬鹿じゃねえの」
藤雄は呆れたように言い放った。
奈保はと言えば、藤雄の隣、空いたスペースが気になったので、逆らわず腰掛けた。
(これで、マイナス1つ)
そう思ったら、可笑しくて奈保は笑った。
藤雄は眉をひそめて怪訝そうな顔をした。
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