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 がたん、と電車が揺れた。
 心地よい眠りから奈保は目覚めた。

 最近、文化祭の準備とか滞ってて、作業していたら気が付くと朝だった。なんてこともしばしばだったから。
(あー……寝ちゃったんだ、あたし)
 瞼はまだ重たかったが、頭はすっきりしていた。
 ずーっと支配されていた重たいものから解放された感じ。

(でも、なんで世界が全部、横向きなんだろ……?)

 バッと奈保は慌てて頭を起こした。
 そして、まじまじと、その表情の読めない横顔を見た。
 よく考えてみると、毎日顔を合わせていたはずなのに、この人の顔をちゃんと見るのは初めてだと思った。
 いつも見上げなければ見えない位置に顔があったし、あれ以来は、視線合わせないようにしてたし。

「あ、あの」

 彼は視線だけこっちに寄越した。
 えっと、と奈保は言葉を濁した。
 人を見下したような……あの、視線を今は感じなかった。目線が同じだからだろうか。
 怒ってるような、怖い感じはしなかった。

「……あ、ありがとう」

 すごく妙な顔をして、彼はこっちを向いた。何言ってんだ?こいつ。という感じ。
「あの、肩、貸してくれて……」
 何言ってるんだろう、と自分でも情けなく思う。
 もうなんだかこの先の展開がはっきりしていて、なんだか色々、上手くできなくて、やだな。って。
 こんなそばにいたんじゃ、耳ふさいでも、無駄だろうし。
 それなら、と奈保は開き直って、じいっと見つめた。いつもの形に動くと確信しながら。

「……、どういたしまして」

 今度は奈保が妙な顔をする番だった。何言ってるんだろう?この人。と言う感じ。

(なんだろう?)

 奈保はなんとなく、座席にきちんと、背筋を伸ばして足をそろえて行儀よく、座り直した。
 彼はだらしなく腰掛けたままで、二人が並んで座っている姿はなかなか対照的だった。

(体の左半分、緊張して固まってるような、なんだろう。この感じ)

 藤雄はギョッとした。

「……なんで笑ってんの?」

 奈保は学生鞄を両腕で抱えて、堪え切れないような満面の笑みを浮かべていた。
 藤雄は眉をひそめて怪訝そうな顔をした。なんだ?こいつ。と言う感じ。
 うれしーと奈保がこぼした。

「……なにが?」
「みんな、私の予想と違うことするのね」

 ああ、と藤雄は合点した。ギラギラ油性頭やヒステリばばあのことだろうと思った。

「だから最近しんどいなって思ったりしてたんだけど……」
 今度は泣きそうな顔をする。
「でも、こういう予想外は嬉しいね。私てっきりまた、……言われると思って、たのに」
 奈保の呟きを、藤雄は表向きは平静のままでも、心中は動揺して聞いた。

「……なんで泣いてんの?」

 だから嬉しいからだって。と奈保は言葉にできなかった。ううう、と変な声になった。

「……」

 帰りの電車の気だるい、集団催眠にかかってしまったような雰囲気。
 電車の中は憂鬱以外のものでできていなくて。
 それは一つも変わっていないのに。

(なんだろう?)

「まもなく、○×△駅〜、○×△駅〜……」

 丁寧な女性のアナウンス。目指す駅の名前だった。
 奈保は座席の引力なんてものともせずに、素早く立ち上がった。
 立ち上がった背中を、藤雄は少し感動して見たりした。
 奈保はくるりと反転して、あの。とまた言った。

「あの、なんで肩、貸しといてくれたの?」

 私、肩ぐらい貸しといてあげるわ。って言って笑った女の子がいて。
 素敵な女の子だと奈保は思ったのだ。
 それを、頭のどっかで思い出したりしてた。

「別に……」
 藤雄はそっけなく答える。全然優しくはなかった。でも怖くもなかった。
 目が、合って。
 藤雄は居心地の悪そうな顔をした。溜め息を付いて、しょうがない。と言う感じ。
 ゆっくりと口を開く。
「それは、オレがあんたを……」 

 プシューと音を立てて扉が開いた
 きょとんとして、奈保はその場に立ち尽くした。それでも日頃の習慣で降りなくちゃって、頭のどっかで思ってはいたんだけど。
 扉が閉まります、ご注意ください。女性の丁寧なアナウンスがもう一度……そして。

「……馬鹿じゃねえの」
 藤雄は呆れたように言い放った。

 奈保はと言えば、藤雄の隣、空いたスペースが気になったので、逆らわず腰掛けた。

(これで、マイナス1つ)
 そう思ったら、可笑しくて奈保は笑った。
 藤雄は眉をひそめて怪訝そうな顔をした。

 

 * * *

 私は毎日電車に乗ります。

 短いようで長い30分程度。
 特に大きな駅は通過せず、普段車内には座席がすべて埋まる、ぐらいの人がいます。

 行きも帰りも、私は電車に乗ります。

 

 

 

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