+ゆきます、かへります+ ++TOP

  +  +  + 4 + 

 

 

 4

 ギラギラ油性頭を気遣って、逆に驚かれて逃げられたり。
 席譲ろうとして、ヒステリばばあの逆鱗に触れたり。

 それでいて、周りの視線とか気にしたり。

(だったら、やらなきゃいいのに。馬鹿じゃねえの)

 

 * * *

 毎日、行きも帰りも乗る電車の中は、憂鬱以外のものでできていなくて。
 もし席に腰を下ろしたら、太ももあたりにべったりと貼り付いて、二度と外の世界に出られなくなる気がして。
 そんな中で。

 人の平均より小さな体で、いつも何かしら妙をするのが、目に入らないはずがなかった。
 昨日や今日からのことじゃなかった。
 高校に入って、行きと帰りの短かくて長い間、ずっとだった。
 ずっと見てた。

 こくり、こくりと、電車の単調な揺れに合わせて。
 気持ちよさそうな寝息のおまけ付きで。
 車内の気だるい帰宅ムードの中でも、それだけは鮮明だった。

 藤雄はいつもの位置から、開閉ドアにもたれ掛かった状態で、高い視点から見ていた。いつものように。見下ろすように。

 電車の流れに逆らわない頭の行方を。隣に座っている会社帰り風のサラリーマン(いつもは爆睡している)が、脂汗を流してドギマギしているのが見え見えだ。
 先を期待しているのが。

 もう一度、電車が軽く揺れたら。小さな頭は、サラリーマンの肩に吸い寄せられて。
 それで。

 人生に疲れたサラリーマンを癒すわけ、か?

(馬鹿じゃねえの)

 藤雄は軽い舌打ちをした。
 目つきの悪さを更に鋭利にして。
 長い足を生かして近付いて、サラリーマンの前に仁王立ちする。両手で吊革を掴んで、高い位置から、見下ろすようにしてやった。(本人に睨んでいる自覚はない)

 会社帰り風のサラリーマンは、あと数十センチの距離に神経を高ぶらせていたが、だからと言って、それが例外もなく、漏れもなく、自分に注がれていると気付いた途端、飛び去るようにさっさと逃げ出した。

 追い払った本人の方はと言えば、空いたスペースがやけに不自然なものに感じていた。
 それは一種独特の、車内や客の視線が作り出す、空間だった。

(もしここで腰を下ろしたら、べったりと貼り付いて一生立ち上がれなくなるかもしれない)

 空いたスペースをしばし凝視した後、藤雄は結局、その引力に逆らえなかった。
 おとなしく、着席する。

 そして、電車が軽く揺れて。

 コトンと右腕に重石を感じた。ごく軽い感触だった。
 小さな頭は、枕にする位置が気に入らないらしい。微妙に動き続けている。
 それは、身長差を考慮すれば、当然の結果だった。
 藤雄は外から見れば無表情のままで、その様子に変化は見えなかった。

(でも、この可能性を考えていなかった、と言えば、嘘になるだろう?)

 藤雄は腰の位置を、かなり前方にずらして、足を投げ出すようなだらしない格好をした。
 絶えず動いていた頭が、心地のいい高さを見つけて、おとなしくなった。
 藤雄の右肩に小さな頭が収まった。

 気持ちよさそうな寝息を耳のそばに聞く。さっきより鮮明に。

「……」

(例えば、オレは、もうこれで、ここから外の世界には出られないことになる……)

 

 

 

 5 へすすむ ++ 3 へもどる++登下校シリーズTOPへかえる+