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〜4周年&100000HIT達成謝恩企画〜

この青い空の下


第7章 深き森の隠れ里(*1)

「ふ・・・あああ〜」
思わず小さなあくびをもらしたイクシーは、はっとして口をおさえ、あたりを見回した。
幸い、ケントニス・アカデミーのロビーに人影はなく、誰にも気付かれた様子はない。
いけないいけない。もっと気を引き締めていなければ。
ここのところずっと、なんとなく緊張感のない日々が続いている。なぜなのだろう。
上目遣いに思いをめぐらす。思い当たる原因は、ひとつしかない。
あのふたり――ザールブルグからやって来たお騒がせコンビがいないからだ。
(・・・ったく、いるならいるで気苦労が絶えないし、いないとなると気が抜けてしまうし。本当に厄介なふたり組だわ)
ふと、気配を感じて、視線を下げる。
ショップのカウンターの中、椅子にかけている彼女の足元が、ぼんやりと虹色に光っている。
「な――!?」
見る間に光はふくれあがり、イクシーのスカートの中に広がる。
突然、なにか柔らかいものが脚の間に現れ、ぺたぺたとイクシーのふくらはぎをなでまわす。
「あれえ・・・。なに、これ・・・?」
もぞもぞと動き、つぶやきまでが聞こえる。
イクシーは小さく悲鳴をあげた。
「きゃっ、お化けぇっ!」(*2)
立ち上がりざま、スカートの上からこぶしで殴りつける。
「わ!」
床に転がり出たのは、紺色の服と帽子をかぶった小さな男の子のような姿だった。
ぺたんと座り込み、両手でイクシーのこぶしが当たった頭頂部を押さえている。
「うう・・・。頭、痛いよぉ・・・。あれ、ここ、どこ?」(*3)
きょろきょろと左右を見回す妖精に、イクシーは冷静な口調を保とうと努めながら言った。
「ここは、ケントニス・アカデミーです。厳密に言えば、ショップカウンターの後ろ30センチというところね」
「ああ・・・。良かった、ちゃんと着いたんだ」
「どこが“ちゃんと”よ、少しは出現する場所をわきまえなさい!」
イクシーは赤面して言葉を荒げたが、妖精の目に涙が浮かぶのを見て、口調を緩める。
「それで・・・? あなたは誰? 何の用なの?」
「あ、あの・・・、ボク、ピコっていいます・・・。ザールブルグのアカデミーから、お手紙を届けるようにって言われて、それで・・・」
「ああ、わかったわ。誰宛なの?」
時おり、緊急を要する連絡が、このように妖精の手で届けられることがある。イクシーは手紙を受け取った。宛名を見て、眉をひそめる。
不安そうに身体を丸めているピコを見やり、
「残念ね。この宛名のふたりは、今ここにはいないわ」
「ええっ!?」
「マルローネさんもクライスさんも、しばらく前から外出中です。行く先不明、いつ戻るかも不明・・・。つまり、連絡の取りようがないということね」
「そんなあ・・・」
今にも涙をこぼしそうなピコの頭をなで、
「とにかく、この手紙は預かっておきます。戻り次第、すぐに渡すようにするわ。だから、安心してお帰りなさい」
「うう・・・。森へ帰りたいよぉ・・・」
消え入りそうな声でつぶやくと、紺妖精は来た時と同じように虹色の光に包まれて消えた。この結果を報告したら、アカデミーのこわいおばさんにお仕置きをされるのではないかと、ピコが不安にさいなまれていることなど、イクシーは知る由もない。
「ふう・・・」
ひとつ小さなため息をつくと、イクシーは、イングリドがマルローネとクライスに宛てた手紙を未決書類棚に放り込んだ。
(それにしても、あのふたり、いったいどこをほっつき歩いているのかしら?)


「わあっ!」
マルローネに突き飛ばされて、『フェーリングじゅうたん』がつくる渦の中に飲み込まれたクライスは、一瞬、気が遠くなった。そして、気付くと小高い木のこずえに仰向けに引っかかっていた。
彼の体重を受けた枝はたわみ、へたに身動きすると折れてしまいそうだ。葉叢にさえぎられて視界は悪く、ここがどれくらいの高さなのかもわからない。
「くっ」
懸命に手を伸ばしてしっかりした枝を探し、体勢を立て直そうとする。書物から得た空間力学の豊富な知識も、このような状態では何の役にも立たない。
(あなたも、少しは運動した方がいいんじゃないの?)
いつも部屋にこもって本ばかり読んでいるクライスを見かねて、姉のアウラ(*4)がいつも言っていた言葉を思い出す。しかし、後悔先に立たずである。
もがいた末に、ようやく右手が太い幹をつかんだ。後は、ここを支点に身体を引き上げれば――。
ほっと息をついた、その瞬間、
「きゃあ!」
べきべきと枝が折れる音とともに、金髪を振り乱した人影が両手を振り回しながらクライスの上にまともに落ちてくる。
「わっ!」
抱きしめるような体勢でマルローネの身体を受け止めたクライスが、柔らかな感触を確かめるいとまもなく、ふたり分の体重に耐え切れなくなった枝はぽきりと折れた。
大きく広がった枝で何度もバウンドし、ふたりはもつれ合うように地面に落下する。
クライスは背中から、マルローネは腰から、鈍い音をたてて落ちた。だが、幸いにも地表は腐葉土が厚く積もっており、クッションのようにふたりを受け止めてくれた。いくつかのあざは残るかも知れないが、骨折などの大きなけがは避けられたようだ。
「あつつ・・・」
「いった〜い!」
少し遅れて、ふたりの杖が降ってくる。そして最後に、マルローネの新アイテム『フェーリングじゅうたん』がふわふわと舞い落ちて来た。
尻もちをついたまま、しばらく茫然と顔を見合わせていたふたりだったが、やがてクライスがかみつくように口を開く。
「マルローネさん! なんという無茶なことをするのですか! 効果のほども知れない新アイテムで、いきなり人体実験するなんて――。もしものことがあったらどうするんですか!?」
「あ、あははは、ごめんね、クライス――。でも、ほら、なんとかうまくいったみたいだし」
「木のてっぺんに人を転送するアイテムなんて、危険すぎて使えるものじゃありません! 何もない空中に飛び出したら、どうするつもりだったのですか!?」
「う〜ん、おかしいなあ。計算では、ケントニス・アカデミーの中庭に出るはずだったんだけどなあ」
マルローネは首をかしげる。
「どういう計算ですか!?」
「ええと、その・・・、あはは、希望的観測ってやつ?」
「あきれましたね。それでは失敗するのも当たり前です!」
「あ、でも、ほら、よく言うじゃない。『必要は発明の母』って」
「それを言うなら『失敗は成功のもと』でしょう」
クライスは眼鏡の位置を整えると、ゆっくりと立ち上がり、身体のあちこちを確かめる。どこにも異常がないことを確認すると、ローブに付いた小枝や枯葉を払い、あたりを見回した。
マルローネも起き上がると、杖と『フェーリングじゅうたん』を拾い上げた。
「う〜ん、もう少し改良の余地があるようね」
そして、魔法のカーペットを無造作にたたみ、かごに放り込む。
「さて、帰ろっか。お腹すいちゃったし」
「待ってください」
クライスは、不自然に平板な口調で言った。
「どうやって帰ろうというのですか?」
「え? もちろん、歩いてに決まってるじゃない。『フェーリングじゅうたん』は、しばらく日をおいて魔力が充填されるのを待たないと使えないし。それにさっきの実験で、危ないってわかったしね」
「マルローネさん――」
クライスは、厳しい表情でマルローネを見つめた。
「どうしたの? そんな真剣な顔しちゃって」
「マルローネさん、この森は――」
「『竜虎の森』のどこかでしょ? 下って行けば、そのうちアカデミーに――」
「――永久に、たどり着かないでしょうね」
「へ?」
マルローネはきょとんとクライスを見る。
「何を言ってるのよ、クライス。悪い冗談は――」
「気が付きませんか?」
クライスは、下生えから一群れの花を摘み取り、マルローネに見せた。花の蜜を吸うためか、小さな蝶がとまっている。
「少なくとも、ここは『竜虎の森』ではありません。植生も生物相も、まったく違います」
それは、マルローネが見たこともないような、異国的な花と蝶だった。
「まさか――」
マルローネが息をのみ、クライスを見る。クライスは肩をすくめ、
「もしかしたら、エル・バドール大陸ですらないのかも知れません」
木の間を通して青く広がる空を見上げ、クライスは問いかけた。
「マルローネさん、あなたはいったい、あの新アイテムを使って、私たちをどこへ送り込んでしまったのですか?」

それから数日間、ふたりは森を探検して回った。
森は深く広く、人が歩いた痕跡もなく、果てしなく広がっているように思えた。
幸いなことに、森のそこここに新鮮な泉が湧き出しており、鳥や小動物もたくさん生息していたので、飢えや渇きを心配する必要はなかった。料理番はもっぱらクライスの役割だったが、マルローネの料理の腕前を身をもって知っているクライスは、その役割を文句なく受け入れていた。気候はそれほど寒くはなく、野宿もさほど苦にはならない。
「やっほ〜、クライス、大漁だよ〜」
食料調達係のマルローネが、まるまると太ったウサギやウズラをぶら下げて、戻ってくる。獲物に傷ひとつないのは、『時の石版』で動きを止めて、その隙に捕まえてひねってしまうからだ。
森の中の開けた場所には即製のかまどが作られ、クライスが火をおこして片手鍋をかけていた。本来は錬金術の調合に使うものだが、この際、気にしてはいられない。
これも錬金術用のナイフでさばいて、切り身にした肉を鍋に投げ入れる。味付けは、これもマルローネが調合材料として持ち歩いていた、カスターニェ産の塩だ(*5)
「ねえ、これも食べられるんじゃない?」
マルローネは、かごから取り出した見知らぬキノコを無造作に鍋に入れる。(*6)
「待ってください! 毒キノコかも知れないじゃないですか!」
「だいじょぶだよ。解毒剤もあるし」
「そういう問題ではありません!」
言い合いながらも、煮立ったスープを食器に盛る。食器と言っても、調合に使う乳鉢とビーカーが代用品だ。これしか手元にないのだから、仕方がない。
「おいし〜い! クライスって料理もうまいんだ」
スープをほおばったマルローネが、幸せそうに言う。
「口の中にものを入れたままでしゃべらないでください。本当にエチケットを知らない人ですね」
憎まれ口をたたきながらも、クライスは心なしか嬉しそうだ。
太陽の位置や動きから判断すると、ふたりは大きな山の東南斜面にいるようだった。このまま斜面を下り、川を見つけてたどっていけば、必ず人の住む場所にたどりつけるに違いない。この場所が世界のどこなのか見当もつかないが、誰か地元の住人に出会えれば、ケントニスへ帰る手がかりが得られるだろう。
(でも、もう少し、この状態が続いてもいいかも知れませんね・・・)
なにしろ、大自然の中、マルローネとふたりきりだ。もしかしたら、こんなことやあんなことが――。(*7)
「――イス、ねえ、クライスってば!」
夢想にふけっていたクライスは、マルローネに頭をひっぱたかれてわれに返った。
「何ですか、いきなり」
「だって、何度呼んでも返事しないんだもん」
マルローネはクライスの顔をじっと覗き込む。
「ねえ、何で実験が失敗したか、わかった気がするよ」
「触媒を使いすぎたのでしょう?」
クライスはさらりと答えた。
マルローネが目を丸くする。
「うん、そうなんだよ。本には、『フェーリングじゅうたん』の魔力発動のために使う『黄金ドリンク』は、一滴たらせばいいって書いてあったんだけど、あの時、あたしはどぼどぼこぼしちゃったもんね。だから、異常な力がはたらいて――」
マルローネは言葉を切って、クライスをにらんだ。
「もしかして、あんた、最初っからわかってたの?」
「妙な場所へ飛ばされたと気付いた時に、すぐ推測しましたよ。薬を使いすぎて問題を起こすのは、マルローネさんの得意技ですからね」
「むっか〜っ! なんで教えてくれなかったのよ!? おかげで、あたしはここ何日も悩んで悩んで――」
「ひとに教えてもらってばかりでは、進歩はありませんよ。自分で考えないと身につきませんからね」
「もう! 相変わらず、やな性格ね!」
「性分ですので」
「ふん、もう寝るわ、おやすみ!」
「あ、マルローネさん」
「何よ」
「食事の後片付けは、あなたの仕事ですからね」


次の朝、早々にキャンプをたたむと、ふたりは南に向かって森を下って行った。
やがて、木々がまばらになってくる。
「そろそろ、森は終わりみたいね」
「そうですね、なにか人の痕跡が見つかれば良いのですが」
「ちょっと、これ持ってて」
かごと杖をクライスに渡し、ローブをはずすと、マルローネは傍らの木にするすると登っていく。幼い頃、故郷のグランビル村で森を駆け回っていたから(*8)、木登りはお手の物だ。
「どうですか、マルローネさん?」
正面を向いたまま、クライスが声をかける。見上げたら、スパッツに包まれたマルローネの形のいい下半身が目に入ってしまうので、自重しているのだ。
「ちょっと待って――あっ、あそこ、煙が見えるよ!」
「何ですって!?」
思わず頭上を振り仰いでしまい、赤面してあわてて目をそらす。
「森の向こうの、崖のあたりだよ。・・・あれ、クライス、どしたの?」
下りてきたマルローネが、いぶかしげな顔をする。
「いえ、何でもありません」
「なんか、顔、赤いよ」
「気のせいでしょう――。それより、煙はどちらの方角に?」
「あっちよ」
西の方へ進路を変え、しばらく進むと、森が途切れてがらんとした平坦な土地に出た。
北西の方向へ傾斜の急な崖が立ち上がっており、そこに岩穴がいくつもうがたれている。
「きっと、この穴のどれかから煙が出てたんだよ」
マルローネが言う。
「どうやら、そのようですね。ご覧なさい」
クライスが、頭上にある比較的小さな穴を指す。丸い穴の上側の岩壁に、黒いすすがこびりついている。
「誰か、人が住んでるんだね。よおし!」
勇んで手近の洞窟に入ろうとするマルローネを、クライスは止めた。
「待ってください。ここは慎重に行かないと」
「なんでよ」
「考えてもみてください。こんな場所をねぐらにしているのは、どんな人たちか――」
「そっか、なるほど」
ザールブルグにいた頃、旅人を悩ませていた盗賊団を壊滅させた(*9)ことがあるマルローネは納得した。あの時の盗賊団も、このような洞窟を根城にしていた。
「よおし、じゃあ、こっそり行こう」
ふたりは、足音を忍ばせて、薄暗い洞窟に足を踏み入れた。
あちこちにある自然の亀裂や、人工的にうがたれた穴から陽光が差し込んでくるのか、洞窟の中はぼんやりと明るかった。床は平坦で歩きやすい。
「やはり、人の手が加えられていますね」
側面の壁に手を触れながら、クライスがつぶやく。
曲がりくねった壁のそこここには、いくつもくぼみが作られ、燃えさしのロウソクが残っている場所もあった。
奥に進むと、広間のような空間に出た。そこで洞窟はいくつかに分岐し、上や下へ伸びている通路もある。
分岐点の岩に刻み目をつけて目印とし、ふたりはもっとも広い通路をたどった。
ここまでのところ、人の気配はない。だが、先ほどマルローネが木の上から観察した時、この洞窟のどこかから煙が上がっていたことは間違いない。
ふたりが進んだ通路は次第に狭まり、やがて突き当たりに木の扉が見えた。厚板で作られた扉は、半分開いている。
そっと忍び寄ったマルローネは、中の気配を探る。
振り向いて、クライスに首を振って見せると、マルローネは扉の中へ身を滑り込ませた。背後を気にしつつ、クライスが後へ続く。
そこは、岩をくりぬいて作った倉庫のようだった。木箱やたるが積み上げられ、ロープや布を丸めたものが雑然と置かれている。
「食べ物、ないかなあ」
マルローネがごそごそと木箱を探りまわる間、クライスは周囲の壁や天井に目を走らせる。
薄暗くてよく見えないが、岩の表面になにかが描かれているようだ。
穴倉の片隅に束ねて置かれていた松明を見つけると、クライスは火をつけた。
燃え上がる炎に、ふたりの影が大きく壁に浮かび上がる。
「うわあ・・・!」
上を見たマルローネが、息をのんだ。
「きれい・・・。これ、絵だよね」
「そうですね。かなり古い時代のものです。以前、似たようなものを、図書館の本で見たことがあります」
冷静な口調を崩してはいないが、クライスも内心の興奮を抑えきれない。
岩の壁をくまなく埋め尽くすように、まるで生きているかのように見える獣や、それを集団で狩る人々の姿が鮮やかな色彩で描き出されている。
「私たちの歴史が始まる前――、まだ文字を持たなかった時代の人々が描き遺した壁画ですね。古代人が遺してくれた、大いなる遺産ですよ」
「その通りだ」
低いが力強い声が、背後から響いた。

「誰――!?」
はっとしてマルローネが身構える。
クライスが突き出した松明の明かりに浮かび上がったのは、鎧とマントに身を固めたたくましい大柄な男の姿だった。前から後ろへとなでつけられた髪が怒ったように逆立っているが、これが彼の髪型なのだろう。青く輝く磨き上げられた重鎧に、襟の高い濃紺のマント。腰には重そうな大剣を下げている。鋭い目でこちらを見すえているが、敵意は感じられない。警戒心と好奇心が入り混じっているようだ。
「おまえたちは、どうやら盗賊どもの一味ではないようだな。・・・ふむ、こんな奇天烈な格好をした盗賊は見たことがない」
「き、奇天烈で悪かったわね!」
頭のてっぺんから足の先までじろじろと観察されて、マルローネが気色ばむ。
「おまえたちは、何者だ? こんなところで、何をしている?」
「失礼ね! 自分から名乗るのが礼儀でしょ!」
言い返されて、男は居住まいを正した。
「いや、失礼した。私はローラント・オーフェン。カナーラント王国ドラグーン所属の竜騎士だ」
「カナーラント王国・・・」
クライスがおうむ返しに言う。
「カナーラント王国――。ここはカナーラント王国なのね!」
マルローネが嬉しそうに叫んだが、すぐに首をかしげて、
「――で、カナーラント王国って、どこなの?」
これを聞いて、ローラントは狐につままれてような顔をした。
「何だと? ここがどこかもわからなかったというのか?」
「あ、ええと、その・・・。話せば長いことで――」
言いかけたマルローネをクライスが制する。にらまれたマルローネが不服そうに口をつぐむと、クライスは話し始めた。
「失礼しました。私は錬金術士のクライス・キュール。こちらが同僚(*10)のマルローネです」
「錬金術士? 聞かぬ名だな。いったいどのようなことをするのだ?」
「うっそぉ!? 錬金術を知らないの? ――痛っ」
すっとんきょうな声を上げたマルローネの足を踏んずけて、クライスが黙らせる。
「説明すると長くなりますが、ある種の技術者です。私たちの国では、当たり前の職業のひとつなのですが」
「そうなのか? それにしても、派手な格好だな。踊り子のようなものかと思ってしまった」
と、ローラントは露出度の高いマルローネの服装を見やる。確かに胸元は大きく開いているし、お腹とへそは丸見えだ。
「この人を錬金術士の標準だとは考えないでください――あつっ!」
今度はマルローネが思い切りクライスの足を踏んだ。ローラントは不審そうにふたりの顔を交互に見る。
気を取り直して、クライスは眼鏡の位置を整え、続ける。
「それでまあ、私たちは旅を続けていたのですが、この先の山の中で道に迷ってしまい、何日も森をさまよいました。そして、ようやくここへたどり着いたのです」
「なんと――! ゾラ山脈(*11)を越えてきたというのか? 無茶をするやつだ」
感心した口調で、ローラントが言った。クライスがうなずく。言葉の上では、“山を越えてきた”というのは嘘ではない。
「それで、故郷へ戻る手立てを探しているのですが――」
クライスの言葉に、ローラントは、
「うむ、それなら、王都ハーフェンへ行くといい。あそこからは、様々な場所への定期船が出ている。ここからは、険しい山道を下らねばならないが」
「そのくらい、何でもないですよ」
マルローネが請け合う。
「私が護衛してやっても良いのだが、任務中なのでな。残念だが――」
「任務って、何なんですか?」
「盗賊の征伐だ」
ローラントは答える。
「おまえたちが知っているかどうかは知らんが、カナーラント王国には、古代の遺跡がたくさん存在している。それを見物しに他国から訪れる観光客も多い。わが王国の主な収入源は、交易と観光なのでな。国としても、古代遺跡の保護と保存に力を注いでいる」
「ふむふむ・・・あれ?」
もっともらしくうなずいていたマルローネが、ふと耳をそばだたせる。ローラントは続ける。
「だが、王国の西部にあたるこの一帯は、以前から盗賊どもの巣窟になっている。やつらは、このような遺跡にアジトを築き、訪れる観光客や旅人を集団で襲うのだ。盗賊どものおかげで遺跡は荒らされ、観光収入は激減している。そこで――」
ローラントはこぶしと手のひらを打ち鳴らす。
「われわれドラグーンの出動となったわけだ。最大の盗賊団ヤグアールの本拠地(*12)はもっと南にあるが、このあたりの洞窟にも盗賊の根城があるという情報が入ったものでな、こうして偵察に来たのだ。見ろ」
あたりに積み重ねられた木箱をながめやる。
「これらは、盗賊どもが持ち込んだものに間違いない。遺跡を倉庫代わりにするなど、まったくけしからん所業だ」
「ええと、それじゃあ・・・」
熱弁を振るうローラントに、マルローネが言う。
「ここって、いつ盗賊が帰って来てもおかしくないってことよね」
「ああ、その通りだ」
「それじゃ、さっきから聞こえてる、この音は――」
「なんだと!」
ローラントが飛び上がった。
耳をすませると、どこからか金属が触れ合う音、入り乱れる足音、がやがやと言い交わす声などが聞こえてくる。
「しまった! 盗賊どもが戻って来たのだな。不覚だった」
ローラントはすらりと剣を抜いた。
「このままでは、袋のねずみだ。こちらから打って出て、血路を切り開くぞ。続け!」
返事も待たずにローラントは飛び出していく。
「あららら、熱血だわねぇ」
マルローネは、こんなことには慣れっこというように落ち着いている。
「よぉし、行こっか!」
『星と月の杖』を構え、張り切ってクライスを見る。
クライスは肩をすくめた。
「やれやれ、仕方がありませんね」
「あんたは、足手まといにならないように、ちゃんとついて来るのよ」
「大きなお世話です」
言い合いながらも、ふたりは足を速め、出口の方へ向かって進む。
「くそ、竜騎士か!?」
「やっちまえ!」
「逃がすな、相手はひとりだ!」
前方からは、すでに男たちの怒号や剣がぶつかり合う音が聞こえてくる。分岐点の広間に躍り出ると、ローラントが十数人の盗賊を相手に孤軍奮闘しているところだった。
「まだいやがったか!」
新来のクライスとマルローネに気付いた何人かの荒くれ男が、向かって来る。
「いっけえぇ〜!!」
マルローネが杖を振り下ろすと、杖の先端から飛び出した無数の火の玉(*13)が、盗賊どもを襲う。
「うわあっ!」
「あちィ!」
服を炎に包まれた盗賊たちが、火を消そうと床を転げまわる。
「なかなかやるな!」
振り返ったローラントがにやりと笑う。大勢を相手にしていても、悲壮感はまったくない。戦いを楽しんでいるかのようだ。
「先に行け!」
「了解!」
竜騎士に合図を送ると、マルローネとクライスは広間を突っ切って進む。
「エーヴィヒズィーガー!」(*14)
クライスの杖から雷光が走り、立ちふさがろうとした盗賊を打ち倒す。
「あら、たまには当たるのね」(*15)
「ふ、私の実力はこんなものです」(*16)
「まぐれのくせに」
マルローネを先頭に、出口へ通じる通路へ飛び込む。
「ローラントさん、早く!」
「わかった!」
盗賊と切り結びながら、ローラントはじりじりと下がってくる。
そして、最後の一太刀を浴びせると、身をひるがえしてマルローネたちのところへ向かって来る。
「待て!」
「くそ、逃がしてたまるか!」
盗賊のひとりが、円月刀を投げつけた。
「マルローネさん、危ない!」
「へ?」
くるくると飛んで来た円月刀が、振り向いたマルローネの頭の脇をかすめる。長い金髪がひとふさ、切り取られて宙に舞った。
「な――」
マルローネの空色の瞳が燃えた。
「よくも、乙女の髪を――!!」
「だれが乙女ですか」(*17)
クライスを無視し、マルローネは目をつり上げて、追って来ようとする盗賊をにらみつけた。
「あったま来た!」
ローブの陰から、赤黒いかたまりをつかみ出す。
「マルローネさん! 何をする気ですか!?」
クライスが止める間もあればこそ――。
「いっけえ〜!!」
マルローネの手から、彼女特製のメガフラムが放たれる。
「ばかな!? こんな狭い場所で爆弾を使ったら――」
ローラントの叫びは、すさまじい轟音にかき消された。
爆発と同時に、煙が吹き出し、洞窟が揺れる。
「マルローネさん、早く!」
みしみしと不気味なきしみ音が響く中、クライスはマルローネを引きずるようにして出口へ急ぐ。ローラントのことなど眼中にない。
ふたりが洞窟から飛び出すと同時に、激しい音とともに、天井から崩れ落ちた多量の岩屑が洞窟を埋め尽くした。

数刻の後――。
崩落をまぬがれた別の出口から、剣を杖にして、全身を埃にまみれた大柄な男がよろめき出てきた。
マントは土埃にまみれて灰色になり、青い鎧も細かな傷におおわれている。どこか切ったのか、薄茶色の髪の毛には血がにじんでいる。
地上に出た男は大きく息を吸い、目をこすってあたりを見回す。
「おおいっ!」
叫んだが、返事をする者はいない。
「くそっ!」
ローラントはひざまずき、こぶしで地面を打った。
「なんというやつらだ! 重要な古代遺跡で爆弾を使うなど、言語道断――。遺跡を崩壊させた所業は、盗賊よりも悪辣きわまる!」
錬金術士を名乗った男女の顔は、しっかりと脳裏に刻み付けてある。
立ち上がると、ローラントは野獣のような雄叫びをあげた。
爆弾魔め、すぐに全国手配して、必ず逮捕してやるからな!!」


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