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〜4周年&100000HIT達成謝恩企画〜

この青い空の下


第10章 妖精とワルツは森の中(*1)

空は抜けるように青く、綿菓子のように真っ白な雲がいくつか、ふわふわと浮かんでいる。風はさわやかで、冬に向かって紅葉しかけている木々の葉をそよがせ、小鳥のさえずりが混じって、いかにものどかなピクニック日和の昼下がりだ。
だが、フィンデン王国西部の『大貫洞』近くの街道では、そのように平和的な周囲の雰囲気にはそぐわない光景が広がっていた。
若い女性と子供だけからなる旅人の一行を殺気立った様子で取り囲んでいるのは、青光りする重鎧に身を固め、鋭く大きな抜き身の剣を握った騎士の一団だった。ある者は剣を振りかざし、無防備な女性に今にも切りかかりそうに見える。まさに、戦場の悲惨さ、兵士の暴虐さを描いた活人画のようだった。放っておけば、さらに悲惨な光景が展開されるかも知れない。
ところが、騎士たちも女性たちも、絵と同じようにぴくりとも動かない。ある瞬間から全身がしびれ、時が止まったようになってしまっている。意識はあり、周囲で何が起きているのかもわかるのだが、筋肉がまったく言うことを聞いてくれない。
――ただひとりを除いては。
『空飛ぶじゅうたん』から降り立った錬金術士ヘルミーナは、腕組みをしたまま、彫像のように動きを止めている人々の間を歩き回った。笑みを浮かべて時おり大きくうなずくのは、自分が調合してきて使用した『冥土みやげ』の効果に満足しているからだろう。『冥土みやげ』は、強力な毒薬の一種で、使われた対象に毒や麻痺、混乱、睡眠、魅了など、様々な状態異常を引き起こすことができる。今回使ったのは、比較的シンプルで基礎的なもので、相手に麻痺をもたらすものだった。上空から広範囲にばらまいたため、フィンデン王国騎士隊ばかりかアイゼルやヴィオラートの一行にまで効果が及んでしまったのだ。(*2)
「久しぶりね、ふふふ。それにしても、アイゼル・・・あなた、太った?」
ピンク色の錬金術服にローブという、ザールブルグにいた頃と変わらない服装をしたアイゼルの前に立つと、ヘルミーナは透明な液体が入ったガラスびんを取り出し、中身の液体を指につけて、動けないアイゼルのくちびるにすりこんだ。
ヘルミーナの解毒剤はすぐに効果を発揮し、アイゼルの身体が自由になる。
「太った?――って、最初に言うセリフがそれですか!」
腰に手を当ててあごを突き出し、アイゼルがかみつく。
「そりゃ、カロッテ村は野菜が美味しいから(*3)、少しは食べすぎの影響が出ているかも知れませんけど・・・」
「それだけの元気があれば、大丈夫だね、ふふふ。元気そうじゃないか」
左右の色が異なる鋭い瞳を向け、ヘルミーナは不気味に微笑んだ。杖を拾い上げたアイゼルは、ややぎこちない笑みを浮かべ、師に頭を下げる。
「あ、ありがとうございました、助けてくださって・・・。それに、こんなに早く来てくださるなんて」
「ふふふふ、途中まで、余計なでかぶつを乗せていたもんだから、予定よりかなり遅れてしまったよ。でもまあ、そのおかげでちょうどあなたたちに会えたんだから、よしとしなきゃならないねえ。それで――」
ヘルミーナは周囲にあごをしゃくった。
「味方は、誰と誰なんだい?」

アイゼルがヘルミーナの解毒剤を使い、麻痺していたヴィオラート、カタリーナ、パウルを解放した。
「紹介は後だよ。とにかくこいつらを始末して、落ち着いて話ができる場所へ移動しないとね」
というヘルミーナの言葉で、まだ麻痺したままのフィンデン騎士団の面々を縛り上げ、さるぐつわをかませて街道脇の森へ引きずり込む。カタリーナもヴィオラートも、新たに現れた不気味な雰囲気を持つ女性への好奇心はとりあえず抑えて、黙々と作業をした。
「なんだい、この変なおばさんは?」(*4)
と不用意に発言して、問答無用でネーベルディック(*5)の直撃をくらったパウルは、草むらで昼寝をして体力の回復に努めている。どのみち、今行っている作業には、非力な妖精は役に立たない。
異変があった痕跡を消し去った一行は、フィンデン騎士団が森の中につないでいた馬を奪って、街道沿いに東へ進んだ。ヘルミーナの『空飛ぶじゅうたん』には、全員を乗せることはできない。乗馬ができるのはカタリーナとアイゼルだけだったので(*6)、カタリーナがヴィオラートを、アイゼルがパウルをそれぞれ同乗させている。ヘルミーナが上空から前方を偵察し、その指示に従って一行は馬を進めた。
街道に人気はなく、道沿いに広がる畑や牧場もひっそりとしている。住民がいるにしても、外出することすら恐れて家に閉じこもっているかのようだ。
日が傾きかけた頃、街道脇にこんもりとした森を見つけ、一行はその中に入り込んだ。
森の中の空き地で野営の準備を終えると、改めて紹介が行われ、アイゼルが、手紙を送った後にわかったことをヘルミーナに報告する。
料理当番に当たったカタリーナは、話を聞きながら、焚き火にかけた鍋でウサギ肉とにんじんのシチューをかき混ぜている。もちろんにんじんはカロッテ産だ(*7)。パウルは近くの大木に向かって、ときの声を上げながら剣の練習をしている。
ヴィオラートは、荷物の中から一冊の本を取り出して、ぺらぺらとページをめくった。以前にアイゼルからもらった『シグザール見聞録』(*8)という参考書だ。シグザール王国の名所旧蹟や名産品が紹介されていて、そこにはアイゼルの先生に当たる女性の若き日の肖像画も載っているという話だった。ヴィオラートは、本に載っているかわいらしい少女の肖像画と、焚き火にそばに座ってアイゼルと話し合っている女性とを見比べ、目を丸くしていた。
肖像画の少女は白いブラウスに青いスカート姿で、スカートと同じ色の帽子をかぶり、あどけない表情で微笑んでいる。それに対して、今アイゼルと話しているヘルミーナは、確かに髪や目の色は同じだが、見るからに危険で不気味で怖ろしげな雰囲気を発散している。確かにラステルが話していた通り、できればあまり近づきにはなりたくないタイプだ。
(なんで、このかわいい女の子が、あんなふうになっちゃったんだろう・・・?)
何度首をかしげても、答らしきものは浮かんで来ない。錬金術のせいなのだろうか。
あたしも気をつけなくちゃ、とヴィオラートは思った。(*9)
「さあ、できた。味がよくしみて、食べごろよ」
カタリーナの声に、一同は鍋の周囲に集まった。
皿に盛られたシチューを、思い思いにすする。
「うわあ、おいし〜い! カタリーナさんって、料理が上手なんですね!」
素直に喜んでいるのはヴィオラートだ。カタリーナが答える。
「ふふふ、ありがとう。全部、自己流なんだけどね」(*10)
「ほんとだね、お姉さん。人は見かけによらないね!」
パウルのセリフは、ほめているのかどうかよくわからない。
アイゼルは上品に、ヘルミーナは無表情にスプーンを口に運んでいる。
食事が済むと、改めてヘルミーナが口を開いた。
「結局、あなたが手紙に書いてくれたことから後は、大した新情報はないってことなんだね」
「まあ・・・そうです」
アイゼルがくちびるをかむ。
ヘルミーナはカタリーナに目を向けた。あたりは闇に沈み、カタリーナは焚き火の明かりを頼りに、小刀で“マッセンの騎士”の人形を彫っているところだった。
「あなたが見た夢の話を、もう一度してくれないかしら?」
カタリーナはうなずくと、生まれ故郷のマッセンハイムの街が謎めいた魔物に襲われて全滅する、という夢の内容を語った。
「ふうん・・・。確かめたいのだけれど、夢の中に出てきた魔物は、氷と冷気で攻撃してきたって言うんだね。稲妻や雷撃じゃなくて」
ヘルミーナは謎めいた言葉を口にした。(*11)
「ええ、確かに氷だったわ」
カタリーナは確信を持って答える。ヘルミーナは口元に意味ありげな笑みを浮かべてうなずく。
「なるほど、これは興味深いね」
「どういうことなんですか、ヘルミーナ先生?」
アイゼルがいぶかしげに尋ねたが、ヘルミーナは答えない。
「ともかく、マッセンへ向かう前に、フィンデン王国内でもっと情報を集めないといけないようね、ふふふふ」
「じゃあ、やっぱりメッテルブルグへ行くんですか?」
ヴィオラートの問いに、ヘルミーナは鋭い視線を向けて、
「では質問しよう。メッテルブルグへ行ったら、どうやって情報を集めるのかしら? アイゼルの弟子なら答えられるはずよね、ふふふ」
ヴィオラートはどぎまぎして答える。
「ええと、酒場へ行って聞くとか、街の人に尋ねて回るとか・・・」
「騎士隊が監視しているのにかい?」
「それは――」
ヴィオラートは口ごもる。アイゼルが助け舟を出した。
「そうね、確かにメッテルブルグは騎士隊の監視もいちばん厳しいでしょうし、情報を得るのは難しそうね」
「ラステルさんの言うことが正しいのなら、入り込むだけでも命がけだわ」
カタリーナが言い添える。ヘルミーナはうなずき、
「それに、市民の間に流れている噂だって、王室や騎士隊がでっち上げた偽情報の可能性が高いね。独裁国家には、よくあることだわ、ふふふふ」
「では、どうすれば・・・?」
アイゼルの質問に、ヘルミーナは落ち着き払って答える。
「公式の情報が信用できないなら、信用できる情報がありそうなところへ行くのが道理でしょうね、ふふふ」
「ええと、それって――?」
「裏の社会には、裏のルートを通じて真の情報が集まってくるものよ、ふふふふ」
ヘルミーナは、丸めた紙を取り出すと、ばさりと広げた。
それは、フィンデン王国の地図だった。
「20年以上前の地図だけれどね、そう大きな変化はないと思うわ」
そして、地図上の一点を指し示す。
「あたしたちは、今ちょうど、このあたり――『小麦街道』(*12)の途中にいるはずね。東へ進めばメッテルブルグだけれど、ここは避けて北へ迂回しましょう。アルアレーレ湖の南岸沿いに進んで、リーゼナーゼの山を突っ切り、『萌芽の森』に抜ける・・・。そうすれば、最短距離で行くことができるわ」(*13)
地図を指していた指を、大きく右側へ移す。
「目的地はここ――アルテノルト(*14)よ」
「なにか――、あてがあるんですね?」
自信たっぷりな師の言葉に、アイゼルが尋ねた。
「さあ、どうだかね、ふふふふ」
ヘルミーナは意味ありげな笑みを浮かべただけだった。
「まあ、いいさ! そこへ行けば大冒険が待ってるんだろ? オイラの出番だ! さあ来い、魔物め! 腕がチリンチリン鳴るぜ!」
パウルが張り切って叫ぶ。ヴィオラートは苦笑して見つめる。
ヘルミーナはあきれ顔で言う。
「一体全体、誰が妖精を連れて来ようなんて考えたんだい?」
「ええ、まあ・・・。妖精さんの能力が、なにかの役に立つこともあるんじゃないかと思って・・・」
アイゼルが苦笑しながら答える。
「ふん、まあ、いいけどね・・・。それにしても、こんな妖精は初めて見たわね。本当に――」
「あ、だめです!」
次の言葉を察知したヴィオラートが止めたが、遅かった。ヘルミーナの言葉がパウルに突き刺さる。
「本当に、変な妖精だわねえ・・・」
「オイラが、変――!?」
たちまち、パウルの目に大粒の涙が盛り上がる。
「うわああああああ〜ん!!」
パウルは、森の奥の暗がりへ、駆け出して行ってしまった。
「あ、パウル、待って!」
森の中で丸くなって泣いているパウルを探し出して、慰めるのに深夜までかかってしまい、おかげでヴィオラートは翌日、一日中あくびを繰り返す羽目になってしまった。


その後は数日間、何事もなく一行はヘルミーナの指示したルートを進み続けた。
主要な街道を外れているため、見回りをする騎士隊に出くわすこともない。
北に広がるサファイア色の水面はアルアレーレ湖だ。この湖から流れる川を下ればメッテルブルグに出る。湖を越えてさらに北に広がる森の向こうには、鋭く切り立ったボッカム火山が褐色の山肌をさらしている。
アルアレーレ湖の東岸にそそり立つ岩山リーゼナーゼの南側を回り込むように進み、もうひとつの大きな湖リーゼトレーネに突き当たる手前で馬を捨て、山に入る。道なき道を進み、時には行く手をふさぐ大岩を爆弾で吹き飛ばして道を切り拓いた。ヘルミーナが持参した爆弾の威力はすさまじく、ヴィオラートは目を丸くするばかりだった。
「すごい・・・。錬金術を極めると、こんな強力な爆弾も作ることができるんですね」
「そうね。でも、極める方向を間違えないようにした方がいいわよ」
ヘルミーナに聞こえないように、アイゼルがささやいた。
何日か難儀な旅を続けた末、一行は山岳地帯を抜け、ふもとの広大な森に足を踏み入れた。フィンデン王国の東端に広がるこの深い森は、『萌芽の森』と名付けられている。その森を縫って、『南東街道』と呼ばれる街道が南北に延びている。
「この街道には、昔から盗賊がよく出るのよ、ふふふ」
森の中をくねくねと抜けていく街道に出る時、ヘルミーナは言った。
「それじゃあ、警戒しないといけませんよね」
ヴィオラートが言うと、ヘルミーナは意味ありげに微笑む。
「そうね。まあ、遅かれ早かれ襲われることは間違いないわ。襲ってくるのは、盗賊か、それとも騎士隊か・・・」
「そうか、騎士隊にも注意しないと」
「襲われても、戦ってはだめよ」
ヘルミーナは意外なことを言い出した。
「へ?」
「どうしてですか?」
ヴィオラートとアイゼルはあっけにとられて尋ねる。
「そんなの、男のすることじゃないぜ、ベイベ!」
「あたしたちは女だけどね」
興奮したパウルの反論に、落ち着いた口調でカタリーナが言う。
一同の疑問に対してヘルミーナは、
「とにかく、あたしが合図するまでは、せいぜいけがをしないように抵抗を最小限にして、女子供らしくきゃあきゃあ悲鳴を上げていればいいわ。女子供だけで都会から逃げてきた旅人――という感じでね。護衛はたったひとり。でもその護衛もあまり強くはない」
と、カタリーナを見やる。
「なんだかよくわからないけど、了解したわ」
カタリーナが答える。そして、いぶかしげに眉をひそめているアイゼルとヴィオラートに、
「準備した方がいいわ。何者かが森の中を近づいてきている・・・。人数は――、そう、20人くらいかしら」
「え?」
ヴィオラートが杖を構え、あたりを伺う。
「うん、オイラにもわかるよ。悪いやつらだ」
パウルが言い終わらないうちに、がさがさと茂みがざわめき、剣や斧、ナイフなどを構えた男たちが姿を現した。いかにも山賊らしい、汚れた皮鎧をまとった連中だが、驚いたことに青い鎧を着て騎士の格好をした男も数人混じっている。
「ほう、こいつは珍しく、上物の獲物だぜ」
下卑た笑いを浮かべて、盗賊のひとりが言った。他の男たちもにたにた笑いながら、徐々に輪を狭めてくる。
「女だけとは、都合がいいや」
突然、ヘルミーナがひざまずき、懇願するように両手を差し出す。
「お、お願いです! お金でも宝石でも差し上げます! ですから、どうかこの子たちだけは――」(*15)
これまで聞いたことのないヘルミーナの哀れっぽい声に、アイゼルは愕然としていた。
「ふふふ、そうはいかねえなあ。若い女はいい金になる」
「そうともよ、売り飛ばす前に、お楽しみもあるしな」
盗賊が伸ばした手で袖を捕まれ、ヴィオラートは悲鳴をあげた。普通なら杖で殴りつけているところだ。理由はわからないものの、ヘルミーナの指示には従っている。
「いや! やめてください!」
同じように伸ばされた手を弱々しく振り払って、アイゼルも騎士のいでたちをした男に叫ぶ。
「あなたたち、騎士でしょう? なぜ助けてくださらないのですか!?」
「ふふふ、あいにくだな」
騎士の鎧を着た男は、薄汚れた姿の山賊の肩に手を回した。
「俺たちは、お仲間なのさ」
「ああ、なんてこと!」
アイゼルは少女のような悲鳴をあげて、身を震わせた。悲劇のヒロインを演じている気分だ。ヘルミーナの意図はよくわからないが、ここは従っておこう。
「その手を放せ! さもないと――」
円月刀を抜き、カタリーナが叫ぶが、手は震え、腰は引けている。これも演技である。
「さもないと、何だって?」
男が3人、にやにや笑いながらカタリーナに近づく。それぞれ、とげのついた棍棒や、斧やナイフを握っている。
「へっへっへ、かわいがってやるぜ、姉ちゃん」
「来ないで!」
悲鳴に近いカタリーナの声が、森に響く。
「悪者どもめ! パウル様が相手だぁ!」
パウルは剣を抜いて突進したが、ひょいと身をかわされ、つまみ上げられてしまう。
「こらぁ、放せぇ! 卑怯だぞ!」
足をばたばたさせるが、ぽいと茂みに放り投げられてしまう。
「だ、誰か、助けてぇ!」
ヘルミーナの悲鳴が響いた。盗賊どもは猫がネズミをいたぶるように、じわじわと迫る。
その時――。
「待ちな!」
鋭い男の声が、盗賊の背後から聞こえた。
「この森での狼藉は、お天道様は許しても、俺たちが許さねえ」
いつの間に現れたのか、冒険者のようないでたちをして剣を握った10人ほどの男たちが立っている。
粗野な顔つきをした者も多いが、盗賊どもに比べると服装も動作も洗練されているようだ。
とたんに、ヘルミーナが起き上がって杖を振りかざし、鋭い声で叫ぶ。
「よし、もういいよ! 思いっきりやっちまいな!」
振り返りざま、あっけにとられた顔の盗賊に向かって杖を振り下ろす。
「ネーベルディック!」
強烈な水流に押し流され、数人の盗賊が木の幹に激しく叩きつけられて失神する。
「汚い手を放しなさい!」
盗賊の手を振り払ったアイゼルが、燃える瞳でにらみつけ、杖からの雷撃を叩きつける。
「ロートブリッツ!」(*16)
青い鎧を雷に直撃された騎士が、ぶすぶすと煙を上げながらばったりと地面に倒れる。
「グリューネブリッツ!」(*17)
ヴィオラートの杖から放たれた火球に、盗賊の皮鎧が燃え上がり、男たちは苦しがって地面を転げ回る。
「な、なんだ!?」
うろたえる盗賊に、カタリーナはにっこりと笑いかける。
「あたしの方こそ、かわいがってあげるわ、ふふ」
そして、盗賊どもの間を矢のように駆け抜ける。
「ターフェルルンデ!」
カタリーナの剣がひらめく度に男たちの悲鳴があがり、盗賊は腕や腹を押さえてばたばたと倒れていく。
あっという間に、戦いは終わった。
「ふふふふふ、まあ、ざっとこんなものね」
腕組みをしてあたりを見回し、満足げにヘルミーナがつぶやく。
「どう、なかなかの名演技だったと思わない?」
「は、はあ・・・」
アイゼルが苦笑してうなずく。
「お、おい、いったい、どうなってるんだ、こりゃあ?」
後から現れた男たちのリーダー格の男が、あっけにとられて叫ぶ。男たちは、みな若い。
リーダー格の男は、四角くてごついが精悍な顔をしており、短く切り揃えた髪は逆立っている。(*18)
「あんたたちを待ってたんだよ、ふふふ」
ヘルミーナが静かに言う。
「何だって!? 俺たちを?」
男たちばかりではない。アイゼルもヴィオラートも目を丸くしている。カタリーナは、興味深そうにヘルミーナと新来の男たちを見比べている。
「どうしても、会いたかったものでね。でも、正面から行ったって、そう簡単には会えないだろうからね、ふふふ」
「どういうつもりだ? ことと次第によっちゃあ――」
リーダー格が気色ばむ。他の男たちも、少しずつ詰め寄ってくる。
ヘルミーナは落ち着き払って進み出る。
「あんたたち、シュルツェ一家の手の者かい?」
「なぜ、そう思う!?」
「ふふふふ、昔から、ここらはシュルツェ一家の縄張りだろう? それに――」
ヘルミーナは、周囲で気絶している盗賊どもを見回す。
「シュルツェ一家は、こいつらのように女子供を襲ったりはしない。そうだろう?」
「ああ、こいつらは、くずだ。盗賊の風上にもおけねえ」
「ふふふ、弱気を助け、強きをくじくシュルツェ一家ってわけだ」
「だったら、どうだって言うんだ? あんたらに何の関係がある?」
リーダー格の男はすごんだ。
周囲を取り囲んだ男たちも、どことなく殺気立ってきたようだ。
「ふふふ、実は大ありなのよ」
ヘルミーナは平然と腕を組んだまま、男たちを見返した。
「クリスタに、会いたいんだけどねえ。ふふふ」
「何!?」
その名を聞いて、男の態度がややあらたまった。口調も丁寧になる。
「失礼ですが・・・。大姉御の、お知り合いですか?」
「ふふふふ、さあね。なにしろ、20何年ぶりだからねえ・・・」
ヘルミーナは、面白がっているような笑みを浮かべた。
「あのクリスタが、大姉御とはね、ふふふ」
まだ不審そうな表情が拭えないでいるリーダーに、ヘルミーナは自分の名前を告げた。
「わかった、大姉御に取り次ぐ。少し待ってくれ」
と、リーダーは部下のひとりに指示した。部下はすぐに足早にその場を去る。
他の男たちは、カタリーナやアイゼルにしたたかに痛めつけられた盗賊どもを次々に縛り上げていく。
「この人たちを、どうするんですか?」
ヴィオラートが尋ねる。
「ああ、普通なら、城の騎士隊に引き渡すところだが、今はそうはいかねえ」
若い男のひとりが答える。
「今の騎士隊は、盗賊よりも始末が悪い。特に性悪な盗賊どもが、騎士隊に雇われてるって話だ。信じられるかい?」
「おい」
リーダー格の男が鋭く言う。
「余計な話はするな」
まだ、ヘルミーナたちを信用したわけではないということだろう。
その後は、言葉を発する者はなく、気まずい沈黙が森にたちこめる。
アイゼルもヴィオラートも、詳しい事情をヘルミーナに尋ねたいのはやまやまだったが、ヘルミーナは柔らかな草むらにゆったりと腰を下ろしたまま、沈黙を守っている。
やがて、茂みが揺れて、使いに出ていた若者が戻って来た。リーダー格の男に近づき、耳打ちする。
リーダーはうなずき、ヘルミーナに向き直った。
「大姉御からの伝言だ。確認のため、次の質問に答えてほしいそうだ。あんたが自分で言っている通りの人物だとしたら、正しく答えられるはずだと大姉御は言っている」
「ふうん。面白いね。その質問は何だい?」
笑みを浮かべてヘルミーナが言う。
「質問は、こうだ。俺には、何が何やらさっぱりわからねえがな。――『ユーディットが飼っていたオウムの名前は何か?』だとよ」
それを聞いたヘルミーナは楽しそうに笑った。
「なるほど・・・。思い出したよ。あの、いつもユーディットにくっついていた、やかましいオウム――いつも昼寝の邪魔をするから(*19)、いつかひねって焼き鳥にしてやろうと思っていたんだけどね、ふふふ。そう、あのオウムの名前は、フィンクだ・・・」


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