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〜4周年&100000HIT達成謝恩企画〜

この青い空の下


第11章 1000人分の首斬ります(*1)

「ねえ! いつまでこんな格好させとく気なの?」
馬車の荷台で揺られながら、マルローネが声を上げる。この言葉を口にするのはもう何度目かわからない。
「これじゃあ、筋肉痛になっちゃうし、日焼けでお肌や髪がぼろぼろになっちゃうよお!」
首を曲げて、隣に転がされているクライスの背中をあごでつつく。
「クライス! あんたも何か言いなさいよ!」
「体力の無駄ですよ。骨休めだと思って、のんびりしたらどうですか」
「よく、そんなにのんきにしていられるわね!」
「状況を冷静に受け止めているだけですよ」
「もう! ほんとに頼りにならないんだから!」
マルローネは、照りつける太陽から少しでも身を隠そうと、荷台の手すりの影の部分にもぐりこんだ。
自由を奪われたまま荷馬車に乗せられてホーニヒドルフを出て、もう半日が過ぎていた。
ホーニヒドルフの宿屋『泉亭』に泊まったクライスとマルローネは、爆弾魔の手配書を見た店主のゼムに眠り薬入りのワインを飲まされて熟睡してしまい、その間に縛り上げられてしまった。そして、通報を受けたハーフェン竜騎士隊のローラントに、爆弾で重要遺跡を破壊した罪で逮捕されてしまったのだ。
ローラントは村人から一頭立ての荷馬車を借り受け、縛られたままのふたりの錬金術士を荷台に放り込んで、ハーフェンに向かって出発した。もちろん、証拠品として没収した荷物や杖も積んでいる。
荷台にはわらは敷いてあるものの、険しい山道に馬車はがたがたと揺れ、そのたびにマルローネとクライスは互いにぶつかりあったり、手すりに叩きつけられたりした。農作業用の馬車には幌もついてはおらず、ずっと日に照らされ通しだ。馬の手綱を握ったローラントは、ふたりを顧みることなく黙々と山道を下っていく。
「ねえ、逃げたりしないから、縄をほどいてよぉ・・・」
急な曲がり角にさしかかり、馬車が速度をゆるめた時、哀れっぽい声でマルローネが訴えた。
馬車を止めたローラントが、振り返って荷台に転がったふたりを見つめる。
「ふむ・・・。本当に逃げたりしないと、名誉にかけて誓うか?」
「名誉に――?」
クライスが眉をひそめる。ローラントは重々しい口調で言う。
「ああ、われわれ竜騎士にとって、名誉をかけた誓いは神聖なものだ。それを破るよりは、命を捨てることを選ぶ。お前たちは錬金術士だと言ったな。どんな職業にも、その職業なりの名誉というものがあるはずだ。縄を解いてほしければ、錬金術士の名誉と誇りにかけて、逃亡しないと誓え」
「うん、誓う誓う、誓っちゃう!」
「マルローネさん!」
クライスは振り返ってマルローネを叱るようににらみつけ、ローラントを見る。
「おっしゃる通り、錬金術士にも守るべき責務や誇りがあります。錬金術士としての名誉にかけて、誓いましょう。このマルローネさんも――」
と、何も言うなというようにマルローネをにらみ、
「マルローネさんは、その場しのぎのごまかしや出まかせは得意ですが、大事な時に嘘を言うような人ではありません。信用してくださって結構です」
「なんか、その言葉、素直に喜べないんだけど」
マルローネがふくれる。
「よし、わかった」
ローラントはひとつうなずくと、剣を抜いて無造作にふたりのいましめを切った。
「ああああ、生き返った!」
マルローネが大きく伸びをする。クライスは眼鏡をかけなおすと、ゆっくりと腕や肩をほぐしていく。
「では、行くぞ」
ローラントは何事もなかったかのように御者席に戻り、馬に鞭を当てた。
再び、ごとごとと馬車が坂道を下り始める。
「でも、どうしてこんなにあっさり自由にしてくれたんだろう?」
声をひそめて、マルローネがクライスにささやく。今にも逃げ出す相談でも始めそうな表情だ。
「あなたは本当に、即物的というか、おめでたい人ですね」
クライスが冷ややかに答える。
「何よ、どこがおめでたいって言うのよ!」
「わかりませんか? 私たちは、名誉にかけて逃げないと誓ったのですよ。名誉を重視する騎士にとっては、このことは鎖よりも強靭な枷となるのです。私たち錬金術士にとっても、同じことでしょう」
「よくわかんない。はっきり説明してよ」
「つまり、ここで逃げたら、私たちは人間以下の虫けらと同じになってしまうということです。マルローネさんも、そんなふうに思われるのは嫌でしょう?」
「絶対イヤ!」
「そういうことです。ローラントさんは、人間としての信用と誇りという精神的な縄で、私たちをがっちりと縛ってしまったということなのですよ」
「ふうん、そっか」
マルローネは両手両足を伸ばして、ごろんと寝転んだ。
「まあ、いいや。じゃ、とにかくハーフェンへ着くまで、のんびり骨休めしよう」
「やれやれ・・・。その楽天性を、少しは分けてほしいものですね」
クライスは肩をすくめたが、その表情はまんざらでもないという感じだった。

穏やかな天候の中、馬車の旅は順調に進んだ。
時おり、盗賊や野獣の群れが襲ってくることもあったが、ローラントの剣技とマルローネの魔法で問題なく追い散らすことができた。そんな戦いの最中に何度も逃げ出せる機会があったにもかかわらず、その場にとどまったことで、ローラントもすっかりふたりを信用したようだった。
「ねえ、ハーフェンに着いたら、あたしたち、どんな罰を受けることになるの?」
荷台にもたれて、マルローネが尋ねる。ザールブルグやケントニスのアカデミーで、何度も問題を起こしてはペナルティを受けているので、慣れているというか、あまり心配はしていないようだ。
ローラントはしばらく考えをめぐらせた後に、口を開く。
「ふむ、そうだな・・・。とりあえず、ドラグーン本部に身柄を引き渡す。そして、速やかに裁判が行われるだろう」
「本格的ですね」
他人事のようにクライスが言う。
「裁判では、関係者の事情聴取が行われ、公正に判断されて、処分が決まる」
「処分っていうと、まさか、鞭打ちとか水責めとか、逆さはりつけとか――!?」
「マルローネさん、変な想像はやめてください。いったいどこで、そういう悪趣味な知識を身に着けているのですか」
「ははは、想像力が豊かだな」
ローラントは笑った。そして、
「心配するな。カナーラントの刑法典は、懲罰よりも犯人の更生に主眼を置いている(*2)。いたずらに苦痛を与えるような処分はない。お前たちが外国人であることも、酌量の理由になるかも知れん。だが、爆弾を使用して重要遺跡を破壊したという事実は消せぬ。国家に与えた損害は賠償してもらわねばならん」
「なるほど。刑事的側面より、民事的側面の方が大きいようですね」(*3)
「おそらくは、故意ではなく重過失と認定されれば、罰金と一定期間の労役というところで落ち着くだろう」
「なるほど」
「え、なになに? 難しい言葉ばかりで、よくわかんないよ」
「つまりですね」
眼鏡を調えたクライスが、講師口調でマルローネに説明する。
「わざとやったわけではないと認めてもらえれば、損害を手持ちのお金で払って、払いきれなければ働いて返すということです」
「なんだ、だったら最初からそう言ってよ」
「法律用語を使った方が、話が早いものですからね」
「何よ、クライス、偉そうに知ったかぶりして」
「マルローネさん、市民として法律を学ぶのは当然のことではないですか」
「うるさ〜い!」
議論になったらかなわないマルローネは、ぷいと顔をそむける。クライスが錬金術の研究の合間に法律を学んでいるのは、万一マルローネが暴走して大事件を起こしてしまったら、自分が弁護をかって出よう心に決めているからなのだが、そんなことをマルローネが知る由もない。
「ふふふ、裁判官を務める竜騎士隊ドラグーンの隊長は、立派な人物だ。公平で思いやりもある。寛大な処置をしてくれるだろう」
「何ていう名前の人なの?」
「ゲオルグ隊長だ」
「なるほど、竜騎士隊の隊長にはぴったりの名前ですね。でも、名前負けしていなければいいのですが」(*4)
「何言ってんの、クライス?」
「わからなければ、けっこうです」
「まあ、ともかく犯人逮捕に成功したということで、私の昇給も早まるかも知れん。結果的には、おまえたちに感謝しなければならないかも知れんな」
「ふうん、騎士のくせにけっこういじましいのね」
「当然ではないか。騎士とて、生活がかかっていることに変わりはない」
「まあ、いいけど」
「そうだ、聞き忘れていたが――」
クライスとマルローネを見比べて、ローラントは尋ねた。
「お前たちは、夫婦なのか?」
「は・・・?」
ふたりの目が点になる。しばしの沈黙。
「な、何言ってるのよ! 誰がこんなやつと!」
クライスをにらみつけ、マルローネが怒鳴る。クライスは顔をそむけ、冷静な口調を保とうと努力しながら、
「何を根拠にそのような発言をされるのか、理解に苦しみます。妙な誤解はやめていただきたいものですね」
ローラントはすまなそうに、
「そうか、いや、失礼した。だが、おまえたちの様子を見ていると、息はぴったりだし、本当に心を許し合っているように見えたものだからな。未熟な判断だった。忘れてくれ」
ローラントはそのまま馬を御すのに集中しようとした。だが、自分がもしかしたら言ってはいけないことを言ってしまったのではないかとひしひしと感じていた。そのことは、後ろの荷台に重くたちこめる沈黙が、何よりも雄弁に物語っていた。


まあ、いろいろあったにせよ――。
一行は、ようやくカナーラント王国の首都ハーフェンに到着した。
ハーフェンは、カナーラント王国の南西部に位置し、大河ヴィスコー川の北岸にある。街の中を縦横に運河が走り、荷物の移送はほとんどが運河を行き交う小船で行われている(*5)。大河に面した波止場には外国と交易する大型船が絶え間なく出入りし、カナーラント王国の産物を運び出すと同時に、異国からの輸入品や観光客、商人などをもたらしている。ハーフェンに滞在している人間の半分は、様々な目的で外国からやって来た人々だとすら言われている(*6)。ヴィスコー川を渡った南側にも王国の領土は広がっているが、ほとんどは森と湿地からなる未開の地で、足を踏み入れる者は少ない。ハーフェンは、実質的にはカナーラント王国の南限とも言えた。
ザールブルグと同じく、ハーフェンの街は堅固な城壁に囲まれている(*7)。だが、ザールブルグの城壁が外敵の侵入を防ぐ目的で築かれているのに対し、ハーフェンの城壁はそれ以外にも洪水を防ぐという理由があるようだ。(*8)
外門で馬車を止め、馬をつなぐと、ローラントはマルローネとクライスを伴って城壁をくぐる。
いたるところに水路が走り、橋が架け渡されている。橋の上から覗き込むと、銀色の鱗を光らせた魚の群れが運河を泳ぎまわっているのが見える(*9)。マルローネが歓声をあげた。
「わあ、おいしそう!」
「あなたはすぐに食い気に行くのですね。自然の美しさを愛でようという気持ちは起きないのですか?」
「うるさいわね、そういうことはお腹がいっぱいになったら考えるわよ」
相変わらず言い合っているふたりを、ローラントがうながす。
「騒がないで、さっさと進め。どうあれ、お前たちは逮捕された犯人なのだからな」
「まったくです。マルローネさんの緊張感のなさにはあきれてしまいますね」
「あんたに言われたくないわよ」
ローラントに先導され、にぎわう街中を進む。ふたりとも、一時は没収された杖やかごを返してもらっている。もっとも、爆弾類だけは証拠としてローラントが預かっているが。
酒場や商店が並ぶにぎやかな通りを過ぎ、中央広場に出たところで、不意にローラントが姿勢を正した。
ローラントと同じく、青い鎧に濃紺のマントを身につけ、腰に大剣を差した騎士が歩いてきたのだ。がっしりしたローラントよりも一回り大きい。年齢も上のようだ。
「ゲオルグ隊長!」
ローラントが敬礼する。
「第2小隊所属、竜騎士ローラント、帰還いたしました!」
「ん・・・。ああ・・・」
相手はぞんざいにうなずく。ローラントにいぶかしげな表情がよぎったが、そのまま申告を続ける。
「北部の重要遺跡を損壊した被疑者を連行して参りました! これより城にて引渡し手続きを行います!」
隊長はじろりとローラントをにらむ。
「くだらぬ・・・。もっと重要な、国家存亡に関わる任務があるというのに、何をしていたのだ」
「は?」
ゲオルグはどんよりと濁った目でクライスとマルローネを見やり、
「そんなやつらはさっさと処刑して、原隊に復帰しろ。夕刻、錬兵場にてエイス殿から新たな下命がある。王国全土を戒厳令下に置き、不穏な民衆を鎮圧するのだ」
感情のこもらない平板な口調で言い捨てると、用は済んだというようにくるりと背を向け、歩み去る。
「お待ちください! いったいどうなさったのですか、隊長!?」
動転するローラントのそばで、マルローネとクライスはささやき交わす。
「ねえ、あんまり穏やかじゃないね」
「あの隊長という人は、私たちを処刑せよ――と言いましたね」
「ローラントさんの話と、ずいぶん違うじゃない。あの隊長のどこが“公平で思いやりのある立派な人”なのよ?」
「まったくですね」
「あれが立派な人なら、魔人ファーレン(*10)だって人格者だわ」
マルローネは、じっとクライスを見る。
「ねえ、逃げちゃおうか」
「初めて、あなたの意見に賛成したい気分になりましたよ。ですが――」
ちらりとローラントを見やる。
「こんな状態の人を、放っておくわけにはいきませんね」
確かに、ローラントはうつろな目を見開き、棒を呑んだように茫然と立ちすくんでいる。
「あ〜あ、だめだわ、こりゃ」
竜騎士の顔の前で手をひらひら振ったマルローネがつぶやく。
「仕方がないわね」
マルローネはかごからビーカーを取り出すと、そばを流れている運河から水を汲んで来た。そして、勢いをつけてローラントの顔にかける。
「何をする!」
われに返ったローラントが剣に手をかける。このあたりは、騎士としての本能的な反射行動なのだろう。
「やっと落ち着きましたね」
クライスが穏やかに話しかける。
「先ほどの隊長さんの言葉には、あなたも驚いていたようですが・・・」
「うむ・・・」
ローラントは難しい顔でうなずいた。
「あれがゲオルグ隊長の言葉とは、信じられぬ。まるで、人が変わってしまったかのようだ」
「戒厳令とかなんとか、言ってたわよね」
「ばかな話だ。カナーラント王国は平和で、治安もよい。盗賊どもはいるが、それはいつものことだ。どこに戒厳令など敷く必要があるというのだ」
ローラントは頭をかかえた。
「私の留守中に、何が起こったというのだ!?」
クライスとマルローネは顔を見合わせた。これからどうすべきか、と互いに目で問いかける。だが、答えが出ないだろうことは、ふたりともわかっていた。
その時、広場の端から、声がかかった。
「おっさん! ローラントのおっさん!」
顔を上げ、ローラントがぎろりと目をむく。
「私はおっさんではない!」(*11)
「ははは、許してくれ」
声の主が現れる。
皮の作業着に皮手袋をはめ、頭にバンダナを巻いている。ローラントよりも背が高く、均整の取れた身体つきをしている(*12)。だが、ローラントのような鍛え抜かれた肉体とは違う。むき出しの二の腕の筋肉の盛り上がりを見ると、どうやら腕力を使う職業のようだ。
「ダスティンか、どうした?」
ローラントが表情をゆるめる。顔なじみなのだろう。ダスティンと呼ばれた男は、人懐っこそうな顔にほっとしたような笑みを浮かべた。
「よかった・・・。あんたはまだ、まともみたいだな」

ハーフェンで唯一の武器屋の経営者だというダスティン・シュミートは、広場では人目があるからと、ローラントを酒場に誘った。中央広場の向かいにある『渡り鳥亭』という酒場だ。他に行き場のないクライスとマルローネもついて行く。
『渡り鳥亭』は、王都ハーフェンにふさわしい立派な作りの酒場だった。水の都らしく、店内の壁から突き出た大きな竜の口から水があふれ、壁際に作られた池に注がれている。カウンターでは、整った顔立ちの妙齢の女性がてきぱきと接客している。
店の奥の目立たないテーブルにつくと、ローラントがふたりの錬金術士を紹介する。ただ、爆弾事件の犯人だということは省略して、旅先で知り合ったと言うにとどめた。また、信用できるから何を話してもかまわないとも言ってくれた。
「わかった。人数がいた方が、なにかいい知恵が出るかも知れないしな」
ダスティンは、なにかを警戒するようにあたりを何度か見回した後で、声をひそめて話し始めた。
「おかしいなと思ったのは、2、3日前だ。あんたも知っての通り、うちは竜騎士隊に武具を納めている。だから、騎士隊が注文に来ても、特におかしいとは思わなかった。だが――」
ダスティンはポケットからたたんだ紙を取り出し、テーブルに広げてみせる。
「こいつを見てくれ。こんなけったいなものを注文されたのは初めてだぜ」
「何だと?」
ローラントが覗き込む。マルローネとクライスも興味しんしんで見つめる。
それは、いくつかの装置を描いた図面だった。四角い枠の中に金属が埋め込まれた箱のようなものや、人形を思わせるずんぐりした中空の金属の筒に両開きの扉がついたものなどがあった。
「何なの、これ?」
マルローネが言う。クライスは難しい顔をしてつぶやく。
「まさかとは思いますが・・・。このようなものを本当に作ろうとするとは、信じられません」
「あんた、これが何か知ってるのか?」
ダスティンが言う。真剣な眼差しだ。クライスは眼鏡の位置を整え、答える。
「私も、図書室の本で読んだことがあるだけですが――。これらは、ずっと昔、まだ残虐な領主や悪逆な王が支配していた暗黒時代に使われていた、拷問と刑罰のための用具ですよ」
「何ですって!?」
「これは、発明者の名前を取って『ギヨタン』(*13)と呼ばれている処刑道具。こちらは、『鉄の処女』(*14)という名前が付けられたものですね。他にも、拷問用の口枷やさらし台などもあるようですね」
「あきれた! あんた、図書室に入りびたってると思ったら、そんな悪趣味な本ばっかり読んでたってわけ? よくそれで、あたしのことを悪趣味だなんて言えたものね!」
「私は守備範囲が広いだけです」
マルローネの当てこすりに、クライスはすまして答える。
ローラントが愕然とした顔で、
「だが――、なぜ竜騎士隊がそのようなものをほしがるのだ!?」
ダスティンがうなずく。
「ああ、だから、俺は聞いてやったよ。こんなものを作らせて、何をするつもりだ――ってな」
「うん、そしたら?」
「やつらは、氷のような目で俺をにらんで言いやがった。『お前の知ったことではない』とさ。おまけに、余計なことを考えたら、できあがった製品を俺の身体で試験してやる――だと」
「何ということだ!」
ローラントがこぶしをテーブルにたたきつけた。グラスが倒れ、中身がテーブルにこぼれる。
「ああん、もったいない!」
「マルローネさん、そんなことを言っている場合ではないでしょう!」
「あはは、ごめんね」
「それにしても――」
ダスティンは遠くを見るような目で言う。
「あいつら、まるで人が変わっちまったみたいだったぜ。顔見知りの俺を、初めて見るような目で見てよ・・・。そう、魂を抜かれて、別の人間がすりかわってるみたいだった」
「でも、本当に、そんなものを作って、どうするつもりなのかしら?」
マルローネの問いに、クライスが肩をすくめる。
「想像したくはありませんが、国民を脅すのに使うか、あるいは実際の刑罰に使用するつもりなのでしょうね。先ほどの隊長が言っていた、戒厳令という言葉にも符合しますし」
「くそっ、わけがわからん! カナーラントは――、ドラグーンは、どうなってしまったのだ!?」
ローラントが毒づく。
「あんたなら、なにか知ってるかと思ってたんだがな」
がっかりした様子でダスティンが言う。
「ところでダスティンさん、これ、作るつもりなんですか?」
図面を指差してマルローネが尋ねる。ダスティンは声を強め、
「まっぴらごめんだ! 俺が武器を作るのは、魔物やなんかから人々を守るために使われるからなんだぜ。だがな・・・」
ダスティンはくちびるをかむ。
「あの調子では、逆らえば真剣に命が危ないかも知れない。俺も命が惜しいからな、このままじゃ、結局は作らなきゃならんことになるだろう。まあ、せいぜい作業を長引かせやろうとは思ってるが」
「そうよね・・・」
マルローネがふと顔を上げる。そして、ローラントに尋ねる。
「ねえ、エイスって、誰?」
「ん? そんな名は知らんぞ」
「でも、さっきのご立派な隊長さんが言ってたわよね。『夕刻、エイス殿から下命がある』って」
「ええ、確かにそう言っていましたね」
クライスもうなずく。
「いや、私が知る限り、竜騎士隊にもカナーラント王室にも、そのような名前の人物はいない」
ローラントは断言した。
「どうやら、そのあたりに謎を解く鍵がありそうですね」
クライスは考え込んだ。
誰も言葉を発する者はおらず、重苦しい沈黙がテーブルに漂う。
その時、酒場の扉が開き、男女ふたりの客が入ってきた。
「いらっしゃい」
カウンターから店主のディアーナの声が響き、新来の客は店内を見回す。すらりとした貴族的な顔立ちの青年と、高級そうな旅装に身を包んだ少女だ。
何気なく顔を向けたローラントが、驚きの声をあげて立ち上がる。
「ロードフリード! ロードフリードじゃないか!」
青年の方も、ローラントに気付いてほっとしたような表情を浮かべた。
「ローラントさん――! よかった、探しましたよ」
「どうしたんだ? 故郷の村にいたんじゃないのか?」
少女を伴ってローラントのテーブルに近づいてきたロードフリードは、すぐに真剣な表情に戻った。
「どうしても、竜騎士隊に知らせたいことがあるのです。もしかしたら、カナーラント王国に危険が迫っているかも知れません」
「何だと!?」
ローラントは飛び上がった。
「もう、カロッテ村まで噂が流れているのか?」
「どういうことです?」
ロードフリードはいぶかしげな顔をした。
「もうフィンデン王国のことをご存知なんですか?」
「フィンデン王国? 何のことだ」
「ちょっと待ってください」
クライスが割り込む。ローラントとロードフリードの顔を交互に見て、
「どうも話がかみ合っていないようですね。落ち着いて、最初から順序だてて話した方がいいと思いますが」
「うむ、それも道理だな」
ローラントがうなずく。
「あなたは?」
ロードフリードが尋ねる。クライスは一礼して、
「失礼しました。私はクライス、こちらはマルローネです。私たちは――」
「あの、失礼ですが・・・」
ロードフリードの連れの少女――もちろんブリギットだ――が口をはさんだ。
「もしや、あなた方は錬金術士ではございませんこと?」
「すっごーい! よくわかったね!」
マルローネが目を丸くする。
「この竜騎士さんは、全然知らなかったっていうのに」
マルローネに大げさにほめられて、ブリギットは顔を赤くしながら言った。
「別に、大したことではありませんわ。服装がアイゼルさんに似ていたから、そう思っただけで――」
今度はクライスとマルローネが飛び上がった。
「何ですって!?」
「アイゼルですって!? アイゼルを知ってるの!? アイゼルがこの国に来てるの!?」
「え? 何ですの?」
クライスとマルローネに詰め寄られて、ブリギットはたじたじとなる。
「おい、あんたたち、とにかく落ち着けよ」
話について来られなかったおかげで、ただひとり冷静さを保っていたダスティンが、一同を静める。
「その通りだ」
さすが竜騎士と言うべきか、いちばん早く落ち着きを取り戻したローラントが、ダスティンに声をかける。
「すまないが、店主に言って、部屋をひとつ用意させてくれ」
そして、真剣な表情で一同を見回す。
「どうやら、話し合わねばならないことが、たくさんあるようだな」


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