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〜4周年&100000HIT達成謝恩企画〜

この青い空の下


第13章 目を覚まサンバ(*1)

「こちらです」
ロードフリードが先頭に立ち、石の壁のわずかなへこみや出っ張りを手がかりに上っていく。一分の無駄もない、スマートな身ごなしだ。
「ほい、ほいっと。けっこう面白いね」
マルローネも身軽さでは負けていない。杖を左右の手に持ち替えながら、器用に手がかり足がかりを探して後に続く。
「クライス、あんたも、もたもたしないで早く来なさいよ!」
「はあ、はあ・・・。そう、急かさないでください。私は田舎育ちのあなたと違って、こういうことに慣れていないのですよ」
「歳じゃないの?」
「あなたに言われたくありません」
半分も上りきっていないうちに、早くもクライスの息は上がっている。上から見ていても、動きはぎこちなく、今にも足を踏み外して落ちてしまいそうなほど危なっかしい。
「もう、何やってるのよ! 早くしないと、竜騎士隊の訓示が始まっちゃうじゃない」
「俺が手伝いましょう」
下りていこうとするロードフリードを、マルローネは引き止める。
「ああ、いいわよ、そんなことしなくて。あいつだって子供じゃないんだから。少しは鍛えてやらないとね」
「はあ」
「それより、先に進もう」
「わかりました」
ロードフリードは首を振り振り、カナーラントの王城(*2)の内壁に取り付いて上っていく。目的の石壁の亀裂までは、もう少しだ。
「それにしても、こんな通路をよく知ってるわね」
感心して言うマルローネに、ロードフリードは微笑して見せる。
「騎士精錬所に入ったばかりの頃、先輩に教わったんですよ。ここを登っていけば、錬兵場での竜騎士の訓練の様子を覗くことができるからって。もちろん、見つかったらこっぴどく叱られますから、いつもみんなでどきどきしながら覗き見していました。でも、今になって思えば、あれは悪戯盛りの子供だった俺たちに、注意力や気配の消し方を身体で覚えさせるための訓練なのではなかったかと思えます」
「ふうん、なるほど」
「さあ、着きました」
ロードフリードは、石を組み上げて作られた城壁にぽっかりと開いた亀裂に身体をもぐりこませる。
「狭いですから、頭をぶつけないようにしてください」
「わかったわ」
もがきながら苦労して上ってくるクライスをちらりと見やり、マルローネは身をかがめてロードフリードの後を追う。通路は暗く、天井からいくつも石のかたまりが鍾乳石のように下がっているため、注意しないと頭をぶつけてしまう。
暗がりを抜けると、そこは石壁に前後を囲まれた狭い空間だった。天井はなく、頭上には青い空が広がっている。背をかがめないと、外から頭が見えてしまいそうだ。しゃがんだ時に頭が来る高さに、いくつも穴がくりぬかれている。ロードフリードがささやく。
「この隙間は、グラムナート地方でまだ戦争が盛んに行われていた時代に、城の外壁と内壁の間に作られたものだろうと言われています。おそらくここに予備の武器を蓄えたり、見つからずに兵士が行き来したり、城内に侵入した敵にここから矢を浴びせたりしたのでしょう」
「ふうん、なるほど」
「錬兵場は、こちらの方角です」
マルローネは、ロードフリードに指示された側の穴に顔をすりつける。
「うん、これならよく見えるね」
眼下には、青い鎧とマントに身を包んだ男たちが集まりつつある。竜騎士隊のゲオルグ隊長が言っていた“夕刻の訓示”が始まろうとしているのだ。
背後で気配がした。ようやくクライスが上りきったのだろう。すぐに鈍い音が響き、くぐもったうめき声が聞こえてくる。
「あ、クライス、石が出っ張ってるから、頭をぶつけないようにするのよ」
「そういうことは、もっと早く言ってください」
額にできたこぶをさすりながら、しかめ面をしたクライスが現れた。
「気が利かない人だとは思っていましたが、これほどとは――」
「しっ、黙って! 始まるみたいだよ」
3人は息を殺し、目を凝らしてそれぞれ壁の穴から錬兵場を見下ろした。

その半日前。
酒場『渡り鳥亭』の2階の一室(*3)に場を移したマルローネたちは、互いに情報を交換し合った。
ロードフリードとブリギットが伝えたフィンデン王国の異変は、ローラントを驚かせるに十分だった。
「何ということだ! カナーラントとフィンデン王国とは、ずっと良好な関係を続けてきた。その歴史に終止符が打たれようとしているのか? しかしまた、なぜ――」
「それは、わかりません。でも、ヴィオやアイゼルさんが謎を解くために――そして、マッセンに急を知らせるために、フィンデンに向かっています。今頃はもう、メッテルブルグに到着していることでしょう。ヴィオたちから連絡が来れば、もっと詳しいことがわかりますよ」
「だけどよ、フィンデン王国も気になるが、俺たちはこのハーフェンで厄介ごとを抱え込んじまってるんだぜ。こっちをなんとかするのが先だろ?」
ダスティンが言う。ローラントはうなずく。
「その通りだ。ゲオルグ隊長が、なぜあのような理不尽な命令を下したのか、竜騎士隊がなぜ拷問や処刑の道具などを手に入れようとしているのか、はっきりさせねばならん。そして、正しい姿に戻さなければ!」
「でもさあ、似てるよね」
マルローネがぽつりと言う。
「フィンデン王国の騎士隊と、カナーラント王国の騎士隊。どちらも同じように市民を弾圧しようとしてる・・・フィンデン王国は現在進行形で、カナーラントは未来形だって違いはあるけどさ」
「マルローネさんにしては、いいところをついていますね」
「クライス! “にしては”って何よ、“にしては”って」
「うむ、その通りだ」
ローラントがうなずく。マルローネが目をむく。
「ローラントさんまで!」
「いや、そういう意味ではない。フィンデンとカナーラントで同じような異変が起こっているということについてだ」
「ああ、やっぱりそうよね。安心した」
「マルローネさんは黙っていてください。あなたがしゃべると話が先に進みません」
「クライス、うるさ〜い!」
「とにかく――」
ロードフリードが冷静な口調で割り込む。
「俺も騎士精錬所時代からゲオルグ隊長(*4)のことはよく知っていますが、とても先ほどお話を聞いたような命令を出す人ではありません。それから、フィンデン王国の騎士隊のことも研究したことがあります。規律はドラグーンより厳しいようですが、市民の平和と安全を守ることを第一にしている立派な騎士隊のはずです。それがここまで変貌してしまうということは、陰に何者かのよこしまな意思が働いているとしか思えません」
「ロードフリード様のおっしゃる通りですわ」
ブリギットが言い添える。
「わたしもゲオルグ様とは実家のパーティで何度かお目にかかっていますが、本当に高潔で優しい方です。今回のことは、魔が差したとしか思えません」
「では、黒幕は誰か、ということだな」
ローラントがつぶやく。
「あの隊長が口にしていた、エイスという人物ですね」
クライスの言葉に、ローラントは大きくうなずく。
「とにかく、私は隊長の命令通り、夕刻に錬兵場へ行ってみるつもりだ。エイスという男をじかに見るチャンスだしな」
「でも、危険じゃない? 騎士が大勢集まるんでしょう? 他の騎士がみんなあんなふうになっちゃってるとしたら、ひとりじゃ危ないよ」
マルローネが言うと、ローラントはにやりと笑ってロードフリードを振り向いた。
「ロードフリード、精錬所時代に何度も通った隠れ場所を覚えているな?」
「ええ、もちろんです」
「すまないが、あそこに忍び込んで見張っていてくれ。そして、いざという時は援護してほしい」
「わかりました」
「ねえねえ、何? あたしも行きたい」
マルローネが興味しんしんな様子で尋ねる。
「ふむ、確かに、場合によっては飛び道具が必要になるかも知れんな」
考えた末、ローラントが断を下した。
没収してあった爆弾やその他のアイテムを返し、錬金術士ふたりの同行を許可する。
ブリギットは自分も行くと言い張ったが、ロードフリードの説得でしぶしぶ折れ、ダスティンと一緒に酒場で待機することになった。
そして、ローラントが王城へ堂々と正門から入っていくのと同時に、ロードフリード、マルローネ、クライスの3人は裏道を伝って城壁の隙間に回りこみ、岩登りを開始したのだった。


錬兵場の隅に立って、ローラントは油断なく周囲を見回していた。この場にいるだけで、なにか不気味な得体の知れない事態が進行していることが、ひしひしと感じられる。
やはり、おかしい。どう見てもおかしい。
顔見知りの竜騎士たちが何人もいるのだが、声をかけても手応えがないのだ。
みな、長年の訓練で鍛え上げられた精鋭のはずなのに、心ここにあらずといった様子である。戒厳令やその他のことを尋ねたいのはやまやまだったが、怪しまれることを恐れて、踏み込んだ質問は避けざるを得なかった。
やがて、喇叭の音がが鳴り響き、騎士たちは整列する。ローラントもその中に混じった。不安が心に広がり、胸騒ぎがしてならない。ロードフリードたちが身を潜めているはずの場所に目を向けたかったが、気持ちを抑えつける。
間をおかず、城内から隊長のゲオルグが現れ、整列した騎士隊に正対して立つ。
「ドラグーン、全員集合しました!」
先任の中隊長が報告する。ゲオルグはぞんざいにうなずくと、おもむろに口を開いた。
「これより、カナーラント王室特別顧問にしてドラグーン総隊長エイス殿から最終命令がある。謹聴するように」
(総隊長だと――?)
ローラントは心の中で首をかしげた。総隊長などという役職は、カナーラントの竜騎士隊にはない。また、王室特別顧問は臨時に置かれる職位で、国王を補佐するいわば王国ナンバーツーの地位だ。名誉職的な意味合いが強いが、その権力は市民を代表する各種評議会や騎士隊など、文民と軍人のすべてに及ぶ。
(いったいどんなやつなのだ、エイスという男は?)
少なくとも外見に関しては、すぐに答がもたらされた。
黒光りする鎧に身を固めた男が、ゲオルグの背後の扉から姿を現し、壇上に立つ。
(こいつは――!?)
ローラントは息をのんだ。竜騎士隊は体格のいい男が揃っているが、目の前にいる男は、その誰よりも背が高く、体つきもたくましい。まさに偉丈夫と呼ぶのがふさわしい姿だった。英雄物語の主人公のように均整の取れた体格に隆々とした筋肉の鎧をまとっているのがわかる。全身から発せられる“気”を感じただけで、ただ者ではないと直感する。ざんばらの髪は長く、夕刻の微風にたなびきゆらめいている。だが、もっとも異様なのは、その顔だった。
額からあごの先、両耳にいたるまで、青い金属の仮面におおわれているのだ。両の目、鼻、口の部分には穴が開けられているが、その奥にひそむ素顔をうかがい知ることはできない。
「では、命令を下す」
仮面の奥底から発せられる氷のような冷たい声は、ローラントの背筋をぞっとさせるのに十分だった。
思わず身じろぎをする。
しかし、他の騎士隊員は動揺する気配もない。微動だにせず黙って聞いている。
「明朝、竜の刻をもって、カナーラント王国全土は戒厳令下に置かれる。竜騎士隊は速やかに市民を制圧し、すべての資産を没収せよ。反抗する者は、すべて連行し、厳罰に処せ。第1中隊はハーフェンを掃討し、反乱分子を殲滅せよ。第2中隊はホーニヒドルフと周辺の街道を、第3中隊はファスビンダー周辺を支配下に置け。第4中隊は『失意の森』を含む王国南東部を制圧せよ(*5)。逆らう者には容赦するな。切り捨ててもかまわぬ。ドラグーンの力と偉大さを思い知らせるのだ!」
騎士たちの間から、どよめきが起こった。だが、それはローラントが感じたような戸惑いと怒りのこもった声ではなく、暴虐と殺戮の予感にはやり立った雄叫びに近いものだった。
「総隊長殿に、お尋ねします!」
勇気を奮い起こして声を張り上げ、ローラントが一歩踏み出す。
「本命令の明確な根拠、ならびに本命令への国王陛下の承認の有無を確認したい!」
「ローラント! 命令違反は厳罰だぞ」
ゲオルグの声を無視して、ローラントは壇上の仮面の騎士に迫る。
「人として、竜騎士の名誉にかけて、このような命令は承服しがたい!」
「まだ残っておったか・・・」
エイスがつぶやき、ローラントに仮面の顔を向ける。気後れしないよう、ローラントは相手をにらみつける。
仮面の奥の目が、怪しい光をたたえてローラントを見つめた。
「目を見ちゃだめ!」
遠くで、マルローネの声が聞こえた。
だが、ローラントにはもはやその言葉の意味がわからなかった。
心の中に霧がたちこめ、その奥から強烈な衝動がわき起こってくる。
おのれは特別の存在であり、自分の持つ強大な力を誇示したい衝動――。弱者をさげすみ、踏みつけにして支配したいという衝動――。自らの行動を邪魔立てするものには、死と苦しみをもって報いようとする衝動――。勇者エイスをたたえ、その命令に従うことを至上の喜びとし、身も心も捧げつくそうという衝動――。
われ知らず、ローラントも他の竜騎士と同じく、右手を振り上げ獣のような雄叫びを上げていた。
「うにィ!」
声が響くのと同時に、鋭いとげの生えたかたまりがローラントのむき出しの首筋にぶつかる。
「くっ!」
激しい痛みで、頭の中の霧が晴れた。たぎっていたおぞましい衝動が去っていく。
「ローラントさん!」
振り返ると、剣を抜き放ったロードフリードが駆け寄ってくる。杖を振りかざしたマルローネとクライスが続いている。
「反逆者を切り捨てよ!」
ゲオルグが叫んだ。ときの声を上げて騎士たちが剣を抜く。
「くそっ!」
ローラントもやむを得ず剣を抜く。だが昨日までの友と剣を交えるのは抵抗がある。
「下がって!」
マルローネの声に、ローラントは石畳の床を蹴って飛び下がった。
「時のォ――石版!!」
マルローネが、くまなくルーン文字が描き込まれた灰色の板を投げる。くるくると宙を飛んだ板は、竜騎士たちの頭上で砕け散り、破片が降り注いだ。
「おお!」
「これは――!?」
ローラントとロードフリードの口から叫びがもれる。
竜騎士たちは、ある者は剣を抜こうとし、ある者は抜き放った剣を振りかぶり、闖入者たちに殺到しようとしていたが、その姿勢のまま、全員が凍りついたように動きを止めていた。隊長のゲオルグも、命令を下そうと右手を振り上げて大きな口を開けたまま、微動だにしない。
「うふふ、どう? ざっとこんなものよ、あたしの『時の石版・クラフト混合拡散バージョン』(*6)の威力は。騎士さんたちにけがをさせるわけにはいかないしね」
マルローネが胸を張る。
「気をつけて! マルローネさん!」
クライスの叫びに、マルローネはあわてて飛び下がって大剣の一撃を避けた。
「うそぉ、効いてないなんて!?」
竜騎士すべてが『時の石版』の効果で動きを止めた中、謎の仮面の騎士エイスだけはまったく影響を受けていないようだった。
剣を抜き放ち、無表情で迫って来る。もっとも、仮面越しでは生身の表情などわかるすべもないが。
「くそ、化けの皮をはがしてやる!」
「あいつの目を見ちゃだめよ、いい!?」
マルローネの声にローラントはうなずく。先ほどのようなおぞましい衝動を覚えるなど、二度と経験したくない。
「行くぞ、ロードフリード!」
「はい!」
「だが、殺すなよ。ひっとらえて泥を吐かせるのだ」
「了解!」
現役の竜騎士と、かつて竜騎士の幹部候補として将来を嘱望された青年が、肩を並べて剣をかざし、不気味な敵に向かって突進する。
「どうだ!」
ローラントが気合をこめて切り込む。竜の鱗をも切り裂くという一撃を、しかしエイスは軽々とはじき返した。
「てやあっ!」
ロードフリードの突進もはね返された。
「虫けらどもが!」
エイスの剣から、青白い光が走った。
「うわっ!」
身をかわしたロードフリードだが、光がかすめた左腕には、きらきらと光る氷におおわれている。周囲の気温が、急激に下がっていく。
「気をつけてください! 氷属性の魔法を使うようです!」
クライスが叫ぶ。
「くっ――やむを得ん、あれをやるぞ、ロードフリード!」
「はいっ!」
ローラントの声に呼応して、ロードフリードが駆け寄る。
「なまってはおるまいな!?」
「日々、精進しています!」(*7)
ローラントとロードフリードは、顔の正面で両手持ちの長剣を構えた。
全身の気を剣に集中する。それと共に、剣が輝き始める。竜騎士の鍛錬を積んだ者だけに可能な技だ。
「うおおおおおおっ!!」
ふたり同時に、クロスするように剣を振り下ろす。剣先に集中した竜騎士の“気”が、焔と化して解き放たれる。竜騎士の中でも剣技に優れ、息の合った者にしかできない合体技“ドラグーン・ノヴァ”だ。(*8)
竜騎士の焔は、狙いたがわず仮面の騎士を包んだ。さすがにひるんだか、エイスの足が止まり、身を守るように剣をかざす。
「今です、マルローネさん!」
クライスが叫び、杖を振り下ろす。
「エーヴィヒズィーガー!」
「いっけえ〜っ!!」
雷光が飛び、マルローネのメガフラムが次々に炸裂する。火柱が立ち、頑丈な城壁が爆風に震える。
風に黒煙が吹き流されると、焼け焦げ、砕けた石畳の上に倒れている巨体が見えた。鎧は黒焦げで、ぶすぶすと煙を上げている。マルローネが恐る恐る杖でつついたが、ぴくりとも動かない。
「あちゃあ、やりすぎちゃったかなあ。死んじゃったら、何にも聞き出せないよね」
「いや・・・、やむを得なかった。全力でぶつからなければ、われわれがやられていたろう」
ローラントが静かに言う。
「とりあえず、素顔を見てみませんか?」
注意深く近寄ったロードフリードが、はっと飛び下がった。
「どうしたの?」
尋ねるまでもなく――。
「ク・・・、クックック・・・」
くぐもった笑い声が、倒れ伏した騎士の仮面の下から響いてくる。
「こいつ、生きている!」
ローラントが油断なく剣を構えた。
ゆっくりと、エイスは両手をついて身を起こす。見る見るうちに、黒焦げになった皮膚がつややかな色を取り戻し、仮面も鎧も不気味な光を放ち始める。
「うそ――!?」
「復活――している?」
マルローネもクライスも、ただ見守るばかりだ。謎の騎士は、肩をそびやかす。
「クックック・・・。いささか、こたえたわ・・・。だが、我は再び降臨する・・・。その時こそ――」
そして、そのまま騎士の身体は半透明となり、空気に溶け込むように消え去った。
「消えた・・・」
「そんな――どうして?」
茫然と顔を見合わせる。
背後で、声が上がった。
「何だ? これはどうしたことだ?」
ローラントが振り返る。
「ゲオルグ隊長!」
『時の石版』の効果が切れたのか、騎士たちもざわざわと動き始めている。どの騎士も、狐につままれたような表情を浮かべている。
「おお、ローラントか。いつ戻ったのだ? ホーニヒドルフへ爆弾魔を逮捕に向かったのではなかったのか?」
理知的で温かみのある声だ。午前中に、中央広場で耳にした氷のような口調とは似ても似つかない。
「隊長! 良かった、元に戻られたのですね!?」
「何を言っているのだ、ローラント。それに、この人たちはどなたなのだね?」
錬兵場には場違いないでたちをしているマルローネとクライスを見やる。
「やはり、マインドコントロールされていたようですね」
クライスが静かに言った。
「あのエイスという騎士が消えたので、コントロールから解放されたのでしょう」
「マインドコントロール? でもどうやって?」
ロードフリードの質問に、クライスは首を振った。
「わかりません。ですが、確かに言えることがひとつあります。あの男には、おそるべき魔力があるようでした。人間離れした魔力が――」
「人間じゃないよ、たぶん・・・」
マルローネが静かに言う。
「どういうことですか、マルローネさん?」
「あたし、知ってるんだよ・・・。あの男が全身から放っていた、不気味でぞっとするような気配。あれと同じ気配を、前にも経験したことがあるんだ・・・」
「何だと? あの男に会ったことがあるというのか?」
マルローネの言葉に耳を止めたローラントが振り向く。
「ううん、あの男を見たのは初めてよ。でも、あいつの同類と戦ったことはある。だから、目を見ちゃだめだってこと(*9)も、すぐわかった」
「うむ、おかげで私も危ないところを助けられた」
ローラントは、マルローネが投げつけた『うに』の傷跡が残る首筋をさすった。
「だが、いったい、いつ、どこで――?」
「ザールブルグにいた頃よ」
「何ですって?」
マルローネの返事にクライスが目をむく。
「あのエイスという騎士から感じた気配、あれは――」
マルローネは真剣な顔でクライスを見た。
「エアフォルクの塔のてっぺんで、魔人ファーレンと向かい合った時に感じたのと、同じものだった・・・」


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