第16章 お陽さまと散歩に行こう!(*1)
シュルツェ屋敷のサンルームは静かだった。
ここは屋敷の裏手に当たっており、森を背負っているため、正面玄関や中庭をうろつくフィンデン騎士団の目は届かない。シュルツェ一家の当主が騎士隊の駐留を歓迎し、酒や料理を気前よくふるまっているため、非番の騎士や見回り中の騎士までが集まって来るのだ。屋敷にたむろする騎士の数が多いほど、また騎士たちが屋敷にいる時間が長いほど、市民への監視や弾圧は減る。クリスタはちゃんと計算していた。
サンルームでは、アイゼルがお茶のお代わりを注いだところだった。
「パウルは、ちゃんとザールブルグに着いたかしら」
ヘルミーナはかすかに眉を上げ、
「ふふふ、まあ六分四分というところかね。だめなら遠からず舞い戻って来るだろうから、すぐに結果はわかると思うわ」
ふたりは昨夜、メッテルブルグから戻ったばかりだった。
城の牢獄から救出されたヴィトスは別室のベッドで休んでいる。大きなけがなどはなかったものの、体力を取り戻すには1週間程度はかかる見込みだった。
「アイゼル、あなた、妖精については、どのくらい知っているの?」
唐突にヘルミーナが尋ねた。アイゼルは首をかしげ、
「いえ、あまり・・・。妖精を雇ったこともほとんどないものですから」(*2)
「そう・・・。あたしは一時期、研究したことがあるのよ。ホムンクルスを創り出す過程で、妖精の生態に興味を持ってね」(*3)
ヘルミーナは外に広がる森を見やった。その森の向こうにそびえるファクトア山には、はるかな昔から神殿を守っている妖精たちが暮らしている。
「世界の各地には、どうやら妖精の生活拠点が点在しているらしい。シグザール王国内にはひとつだけ、あなたも知っていると思うけれど、ストルデル川の南にあるわね(*4)。それから、あなたの話では、カナーラント王国内にも一箇所――」
アイゼルがうなずいた。『失意の森』の奥地にある妖精の村には、ヴィオラートと一緒に訪れたことがある。パウルもそこの出身だ。
「シグザールの妖精たちを研究した結果、わかったのは、かれらの活動範囲は『妖精の森』を中心に同心円状に広がっているらしいということよ。だから、シグザールの妖精たちは、北はカリエル、南はドムハイト周辺まで行くことができる(*5)。西はカスターニェを越えてケントニスまでね。だけれど、その到達距離は無限とは言えないようね」
空になったカップを差し出され、アイゼルは黙ってお代わりを注ぐ。
「グラムナートの旅からザールブルグへ戻ってすぐ、妖精を雇ってグラムナートの採取地へ行かせようとしたのだけれど、無理だったわ。ここからはあたしの推論だけど、どうやら妖精には出身地によって縄張りが決まっていて、それより先には行けないのではないかしら」
「でも、それじゃ――」
アイゼルが眉をひそめる。
「パウルはザールブルグへは行けないってことじゃないですか!?」
「そう思うかい、ふふふ」
ヘルミーナは笑みを浮かべた。
「あたしが見た限り、あの変な妖精は、並みの妖精とは違う。言ってみれば、突然変異みたいなものね。『冒険に出たい』と言い出す妖精なんて、普通じゃないわ。だからこそ、賭けてみようと思ったのよ。あの妖精なら、妖精界の伝統やら常識やらに縛られずにやってのけられるんじゃないかとね」
「なるほど、そうかも知れませんね」
アイゼルは息をついた。
ドアがノックされ、クリスタとオヴァールが入って来る。
「来たよ、ヴィオラートからの手紙だ」
クリスタが、手にしていた紙片をテーブルに置き、ヘルミーナもアイゼルも覗き込む。
「さっき、氷室に届いていたんだ。どうやら、あの小箱はうまく作動したみたいだな」
オヴァールが言う。マッセンへ向かうヴィオラートたちが状況を知らせることができるよう、氷室への転送機能を持った小箱を渡しておいたのが効を奏したようだ。
「ふうん、メルが一緒にマッセンへ行くことになったのかい・・・。まあ、戦力が増えるのは悪くないね」
短い手紙に目を走らせたヘルミーナがつぶやいた。
「マッセンに関しては彼女らに任せるとして、問題はメッテルブルグだね」
クリスタが口を開く。
「もし、ヘルミーナの想像通りの相手だとすると、一筋縄では行かないことになるよ」
「ああ」
ヘルミーナがうなずく。
「対決するにしても、しばらく準備が必要だね。情報も足りない。やつを倒すには、かなり強力な魔法と、腕の立つ剣士が必要だろう」
「腕の立つ剣士と言ってもねえ・・・」
首をかしげるクリスタに、ヘルミーナは謎めいた笑みを浮かべてみせた。
「ふふふふ、まあ、それについては、あてがないわけでもないさ」(*6)
「情報収集に関しては、手伝えるかも知れないな」
オヴァールが言った。
「騎士隊が図書館に踏み込んで来た時、手元にあった本を何冊か持って脱出して来たんだが、それがたまたまフィンデン王国の年代記だったんだ。似たような事件が過去にあったのかどうか、なにか解決策のヒントになるような記述がないか、当たってみる。かなり膨大な中身だから、手伝ってくれるとありがたいがね」
ヘルミーナはアイゼルを見やってうなずいた。クリスタが肩をすくめて言う。
「それにしても、ヘルミーナの魔法が効かなかったとは、かなりの強敵だね。でも、相手がひとりで良かったよ。そんな連中が何人もいたんじゃ、始末に負えないからね。やっぱりここは――」
「ちょっと待って」
ヘルミーナが鋭く口をはさんだ。腕組みをし、厳しい表情を浮かべている。
「ど、どうしたのよ?」
「いいことを言ってくれたよ、クリスタ」
音を立ててカップを置き、窓の外を見やる。口からひとりごとがもれる。
「そうさ・・・。もし、ひとりだけじゃなかったら・・・」
「あ、あの、ヘルミーナ先生?」
アイゼルを振り向き、ヘルミーナは有無を言わさぬ口調で言った。
「あなた、『空飛ぶじゅうたん』を使って、すぐにカナーラントへ戻りなさい。どんな手段を使ってもいいから王室に連絡をつけて、仮面の騎士に気をつけるよう警告するのよ」
馬車は日差しを浴びながら、なだらかな草原を縫って伸びる街道をひた走っていた。
はるかな南の国と、シグザール王国とを結ぶ数少ない長距離の馬車便だ。
ひと月以上を費やしてドムハイト王国を縦断し、広大な湿地帯(*7)を右に眺めながら単調な草原を走り続け、数日前にストルデル川を越えた。すでに前方には、目的地のザールブルグを囲む森が見えてきている。もうすぐ到着だ。
(とうとう、また来たんだ・・・)
サライ・マーヤ(*8)は馬車の窓から外をながめ、吹きつける風に髪をなびかせながら思いにふけった。風の香りや空の色さえ、懐かしく感じられる。
緑色の瞳と浅黒い肌を持つサライは、南の国で生まれ育った。サライがまだ小さい頃、北の国から移り住んできたひとりの女性がいた。リリーという名前の異国の女性は、街に工房を開き、様々な不思議な技や魔法の品物をもたらしてくれた。そして数年後、リリーは南の国にとってまったく新しい技術――錬金術を教える学校を開き、サライもそこで錬金術を学ぶことになった。
ささやかな南の錬金術アカデミーで、サライは優秀な成績を修め、初めての南の国からの留学生として、ザールブルグで1年間を過ごしたのだった。(*9)
あれから何年も経ち、サライは南のアカデミーで講師を務める一方、リリーの助手として錬金術の研究に励んでいた。南の国では、ザールブルグやケントニスでは入手できない材料が手に入る。そのため、南のアカデミー独自のアイテムがいくつも生み出されていた。リリーが研究を深めたラフ調合の手法が大きく役立ったことも論を待たない。
サライは今、ここ数年の南のアカデミーでの研究の成果をまとめた書物を、ザールブルグ・アカデミーへ届けに行くところだった。
「ただ荷馬車で送ってもいいのだけれど、誰か内容を説明できる人が持って行った方がいいしね」
師のリリーの言葉がよみがえってくる。でもサライにはわかっている。リリーは、サライが懐かしい人たちに会える機会を与えてくれたのだ。
あの頃の友人や、世話になった人々の顔が、次々に心をよぎる。
エリーやアイゼル、ノルディスは元気だろうか。イングリド先生とヘルミーナ先生は、相変わらず角突き合わせているのだろうか。卒業したシャーロッテ(*10)は、今どうしているのだろう? 卒業制作の材料を採取に行く時に護衛をしてくれた冒険者たち――ハレッシュさんにルーウェンさんは、今も『飛翔亭』に行けば会えるのだろうか(*11)。
サライの荷物には、ザールブルグを去る時にエリーから餞別にもらった手作りの人形(*12)がぶら下がっている。
「ねえ、サライ先生!」
少女の声に、サライは物思いから引き戻された。声の主を見やる。
「どうしたの、アニス? もうすぐザールブルグに着くわよ」
アニス・リュフトヒェン(*13)は南のアカデミーの2年生だ。知識も技術もまだ未熟だが、錬金術の素質は師のリリーも認めている。
「若いうちに見聞を広めておいた方がいいわ」
というリリーのはからいで、サライに同行することになったのだ。ザールブルグへの滞在は数日に過ぎないが、今回の旅はアニスの将来にとっても有意義なものになるだろう。聡明なアニスとの旅を、サライも楽しんでいた。
ただ、余計なおまけがついてきたことが悩みの種だったが。
「サライ先生、サイード(*14)が気分が悪いんだって!」
アニスが心配そうに言う。
「またなの?」
サライは、馬車の壁にぐったりともたれている少年を見やる。サイード・ラーウィーはアニスの幼馴染で、同い年だ。だがアカデミーの生徒ではない。サイードは、裕福なアニスの家の使用人の息子で、幼い頃からアニスの身を守るのが自分の使命だと決め込んでいる。
今回の旅でも、アニスの身が心配だと無理やりついて来たのだ。
「ねえ、サイード、だいじょうぶ?」
アニスの声に、サイードはくぐもった声で答える。
「うう、お嬢様・・・ちょっと、きぼちわるいでふ・・・」(*15)
「ほんと、顔が真っ青だよ」
サイードは必ずアニスのことを“お嬢様”と呼ぶ。男らしい精悍な顔つきで、身体も引き締まっているが、見かけほど強くはない。浅黒い肌のため、顔色が青いのか判別がつきにくいが、誰よりもよく知っているアニスが言うのだから、具合が悪いことは間違いないのだろう。
「もう、しょうがないなあ。ほんとに乗り物に弱いんだから」(*16)
あきれたようにアニスが言う。サライは申し訳なさそうに、
「ごめんなさいね、もう『酔い止めの薬』は使い切ってしまって、手持ちがないのよ」
もちろん、すべてサイードが服用してしまったのだ。
「も、もうだめでふ・・・」
サイードがうめく。
「仕方がないわね」
サライは馬車の前方へ向かうと、御者に声をかける。
「すみません、ちょっと止めていただけませんか?」
「ああ!? だめだだめだ、予定よりかなり遅れているんだ。このままじゃ、約束の時刻までにザールブルグに着けなくなっちまう」
御者がどなり返す。
「でも、連れが具合が悪くって――。このままじゃ、馬車の中を汚しちゃうかも」
「そいつあ、困るな! だが、下ろしてやるが、待ってるわけにはいかないぞ」
すぐにサライは決断した。『近くの森』には何度も採取に来たことがあるし、道もわかる。この距離なら、歩いても日暮れまでにザールブルグの外門へ着けるだろう。
「かまいません、残りは歩きますから!」
「わかった!」
御者が手綱を引き、馬車は急停車した。すでにザールブルグの西に広がる森の中に入っている。
アニスに支えられて、よろよろとサイードが馬車を下りた。3人分の荷物をかついで、サライも続く。
馬車はすぐに、埃をまき上げて走り去った。
しばらく経って、げっそりしたサイードが、茂みから出てくる。アニスは腰に手を当て、
「ほんとに、もったいないんだから! こうなることがわかってるんだから、少しは朝ごはんを控えればよかったのに」(*17)
「め、面目ないです・・・」
サイードは小さくなっている。サライは元気付けるように声をかけた。
「さあ、森の中で少し休みましょう。ついでに、少し材料を採取していくのもいいし。南の国にはないキノコや木の実が採れるわよ」
「わあ、楽しみ! 早く行きましょう、先生!」
アニスははしゃいで森へ駆け込む。
「待ちなさい! オオカミがいるかも知れないから、気をつけるのよ」
あわてて声をかけるが、アニスは構わずにどんどん先へ行ってしまう。
足元がふらつくサイードを気遣いながら、荷物をかついでサライが続いた。
「先生!」
茂みの奥から、アニスの叫びが聞こえた。かなり興奮しているようだ。
「先生! オオカミが――!」
「何ですって!?」
サライはあわてた。自分は腕に覚えがある方ではない。しかも、護衛がついた馬車でザールブルグまで行くつもりだったので、爆弾などのアイテムも用意していなかった。
「お嬢様!」
唯一、剣を持っているサイードが叫んで走り出そうとしたが、まだ乗り物酔いが醒めないのか、力が入らない。
「アニス!」
茂みを抜け、森の中の空き地へ出たサライは、目を丸くした。オオカミが3頭、茶色の毛皮をさらしてぐったりと倒れている。小柄なアニスが興味しんしんで見守る中、オレンジ色の服を着た見知らぬ女性が、倒れたオオカミの口から牙を抜き取っている(*18)。
見知らぬ女性――?
いいえ、とんでもない。あの錬金術服、あの帽子は――!
「エリー!」
サライの叫びに、エリーは顔を上げた。相手が誰かわかると、満面の笑顔で駆け寄り、抱き合う。
「サライ――! そうだね、今日、ザールブルグへ着く予定だったんだよね!」
サライがザールブルグへ着く期日については、手紙であらかじめアカデミーに伝えてある。エリーが知っているのも当然だ。
「あ、でも――」
身体を離すと、エリーはきょとんとして見つめる。
「何でこんなところにいるの? 馬車で来ると思ってたから、ザールブルグの停車場へノルディスが迎えに出てるはずなんだけど・・・。もしかして、歩いて来たの?」
「あはは、そんなわけないでしょ」
サライはアニスとサイードを紹介し、馬車を途中下車した事情を説明する。
「そっか、そうだよね」
エリーはうなずくと、薬草やキノコ、木の実などが入った採取かごを背負い直す。
「久しぶりに講義のスケジュールが空いたんで、採取に来たんだけど、もう帰ることにするよ。サライたちを案内しないとね」
「ありがとう」
礼を言ったサライだが、エリーの言葉にふといぶかしげな表情がよぎる。以前にもらった手紙では、エリーは卒業後、錬金術の工房を開いて生活していたはずだ。
「講義――?」
「うん」
エリーが答える。
「ヘルミーナ先生が急に旅に出ちゃったんで、イングリド先生に頼まれて、ノルディスと一緒に臨時の講師をやっているんだよ。工房の仕事も休むわけにはいかないし、もうてんてこまいで――」
「ふうん、そうなの」
「ねえ、先生、あれ何?」
話し込んでいたエリーとサライは、アニスの声にはっと顔を上げた。
アニスが指差す先、大木の幹の前面がぼうっと虹色の光に包まれている。
「気をつけて!」
エリーが油断なく杖(*19)を構える。
虹色の光は見る見るうちにふくれ上がると、その中から小さな男の子のような姿が浮かび上がった。そして、光が消えるのと同時に、緑色の服と帽子をかぶった姿は空中から草むらへ落ち、一回転してぺたんと座り込んだ。びっくりしたように、きょろきょろと周囲を見回している。
「妖精・・・さん・・・?」
エリーは目を丸くして、突然あらわれた小さな姿を見つめた。
だが、どうも、いつも工房を手伝ってくれている妖精とは違うようだ。
背丈や、緑色の服や帽子は同じだが、顔つきが違う。太くつり上がった眉毛を持つ妖精など見たことがない。また、斜め掛けにした太い剣帯と背中に差した剣も、どこか違和感をおぼえさせられる。
妖精はエリーに目をとめると、とことこと近づき、なれなれしく言った。
「やあ、お姉さん。ちょっと聞きたいんだけど、ここはザ・・・ザ・・・ええと、何だっけ?」
「ザールブルグのこと?」
「そうそう、それだよ、そのザルブルドッグ! ここはザルブルドッグかい?」
「だから、ザールブルグなんだけど・・・」
エリーの言葉を無視して、妖精はかん高い声で言う。
「オイラは、ザルブルドッグを目指して、はるばるグラムナートからやって来たんだ!」
「はあ・・・」
サライもあっけにとられて見つめている。アニスとサイードは、妖精に会うのは初めてだったので、やはり興味しんしんといった様子でながめている。
妖精は胸を張った。
「オイラはパウル。強かっこかわいい、妖精最強の戦士さ」
サライとエリーは顔を見合わせ、思わず声をそろえてつぶやいた。
「変な妖精・・・」
「えええ!?」
たちまち、パウルの瞳に大粒の涙が盛り上がる。
「オイラが変・・・、オイラが変・・・」
「へ?」
「うわああああああ〜ん!!」
パウルは下生えの間を駆け出していった。
「あ、サイード、捕まえて!」
「お任せください! ――うわあっ、足がすべったぁ!(*20)」
茂みの中へ倒れこむサイードに、サライとアニスは顔を見合わせてため息をつく。
結局、パウルはあたりを一周して戻って来て、最後は大木の根元で泣き崩れた。
「あ、あの・・・」
どう言葉をかけていいかわからないエリーの代わりに、アニスが近づく。
「ぜ〜んぜん、変じゃないよ!」
「えっ?」
パウルが、泣き濡れた顔を上げる。
「剣を持った妖精さんなんて、かっこいいわ! 話に聞いていた妖精さんとは全然違うよ。とっても強そうだし」
「そうですかねえ・・・あたっ!」
アニスは疑問をさしはさもうとしたサイードに肘打ちをくらわせて黙らせる。
「だから、男の子は泣かないの!」
「うん、そうだよね! お姉さん、よくわかってるじゃないか! そうさ、オイラはイケてる! あのおばさんたちに、見る目がないだけさ!」(*21)
「お――おばさんですって・・・? とほほ」
怒るよりも先に、エリーは情けない声を出す。
パウルは続けて、
「そうだ! 大事なことを忘れてたよ。オイラ、ザルブルドッグのアカデミーってところへ行きたいんだ!」
「へ? アカデミーに何の用があるの?」
「ええと、ドングリさんって人に、手紙を届けないといけないんだ」
「ドングリさん・・・? そんな人、アカデミーにはいないと思うけど」
エリーが首をかしげる。
「そんなはずないよ、あの怖いおばさんは、ドングリさんに届けろって言ってたよ」
「怖いおばさんって?」
「ええと、レンキンジュツシで――そうだ、右と左で目の色が違ってたよ」
「ええ!? まさか、ヘルミーナ先生から?」
「そうそう、そのヘンナ先生! オイラは、ヘンナ先生から妖精最強の戦士と見込まれて、重大な使命を帯びてやって来たってわけさ!」
パウルは得意げに言った。
「ねえ、エリー」
首をひねっていたサライが口を開く。
「この妖精さんが言ってるドングリさんって、もしかしたら・・・」
はっとエリーが顔を向ける。正解に到達したのだ。
ふたりは声を合わせて叫んだ。
「イングリド先生のことだ!」