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〜4周年&100000HIT達成謝恩企画〜

この青い空の下


第20章 大地、はるか(*1)

「うっわ〜っ!! でっかいたるね〜!!」
マルローネはぽかんと口を開け、空色の目を大きく見開いて、“クラリッサ”を見上げた。

カロッテ村のヴィオラートの工房をさんざんに散らかした末に『空飛ぶホウキ』を完成させたマルローネとクライスは、『空飛ぶじゅうたん』に乗ったアイゼルと共に旅立った。悲惨な状態になった工房をながめてあきれ顔のバルトロメウスに、「一刻を争うのよ!」という強引な理屈で後片付け(*2)を押し付け、勇んで出発したマルローネだった。そして、アイゼルは情報交換のためにファスビンダーへ立ち寄った。
ファスビンダーに着いたマルローネは、街のいたるところに置いてあるたるに目を丸くした。そして、『酒と俺亭』に入っていくアイゼルには見向きもせず、たるからたるへと渡り歩いた。外門の脇では「たるっ!」、酒場の前では「た〜る」、食料品店の軒先では「たるぅ」、街路樹の根元では「たぁる」、民家の勝手口で「たぁるぅ」と、レパートリー(*3)の限りを尽くす。中央広場へたどり着く頃には、同じパターンを数回繰り返すに至っていた。
そして、広場の半分の空間を占めている巨大な“クラリッサ”を目にして、得意のフレーズを忘れるほどたまげてしまったのだった。
「どうだ! こんなすごいものは、世界のどこにもないだろう!」
大だるの番人イェルクがふんぞり返って、得意げに笑った。
「ほ〜んと、すごいね〜」
「マルローネさんは単純ですね。何でも大きくすればいいというものではないのですよ」
そばでクライスがあきれたように言う。
「何よ、『大きいことはいいことだ』(*4)って、古いことわざにもあるじゃない!」(*5)
「本当に、そんなことわざがあるのですか?」
「常識じゃないの。クライスって意外と物を知らないのね」
「非常識なあなたに言われたくありません」
「それはそうと、この中には何が入ってるの?」
クライスを無視してマルローネがイェルクに尋ねる。
「聞いて驚くな。ここには名産のワインがなみなみとたたえられている。しかも、誰でもただでいくらでも飲むことができるのだ。どうだ、すごいだろう」
ふたりをよそ者と見たイェルクが自慢げに説明する。
「ほんと? ますますすごいね〜! いっただっきま〜す!」
マルローネはすぐに蛇口にカップを当てる。
「マルローネさん! そんなことをしている場合ですか?」
「うるさいわね、クライス! だって、ただなのよ! 『ただほど安いものはない』って言うじゃない」
「『ただほど高いものはない』とも言いますが」
「あきれたわね。そういう考え方だと、人生楽しくないわよ」
「余計なお世話です」
「あ〜、はいはい」
と、カップになみなみと注いだワインを口に含む。
とたんに、マルローネは顔をしかめた。
「ぶっ! なに、このワイン!? 酸味は強いし、かび臭いし、飲めたもんじゃないわ」(*6)
「仕方ないだろう。年季が入りすぎてすえたワインと、醸造したばかりのワインを一緒くたに入れてあるんだ。本当にまろやかで美味いワインを飲みたかったら、ちゃんとワイン倉庫で買うんだな」
イェルクが言う。
「そら、ごらんなさい。大きければいいというものではないのですよ」
気取った口調で言うクライスをにらみつけ、マルローネは、
「あ〜あ、わかったわよ。どこにも例外ってものはあるものね」
「わかってないじゃないですか」
その時、背後からふたりに呼びかける声がした。
「マルローネさん! クライスさん! 出発しますよ!」
腕組みをしてあごをつんと上げ、アイゼルが立っている。その後ろに、ひと組の男女がたたずんでいた。
「フィンデン王国から来られた、ラステルさんとアデルベルトさんです」
アイゼルが紹介する。ラステルは満面の笑みを浮かべた。
「まあ、おふたりとも錬金術士なのね。嬉しいわ。フィンデン王国を助けに、はるばる来てくださったのね」
「ええ、まあ・・・。結果的にというか、偶然というか・・・、えへへ――あたッ!」
「とにかく――」
マルローネを肘でつついて黙らせ、クライスがきっぱりと言う。
「何もお約束はできませんが、謎を解き、平和を取り戻すことに全力を尽くしますよ。私の知性とマルローネさんの火事場のバカ力があれば――いてッ!」
足を踏みつけられ、顔をしかめる。
「え、ええと・・・。とにかく、マルローネさんとクライスさんの実力は、アカデミーでも群を抜いていますから」
アイゼルがとりなすように言う。非常識ぶりも――と付け加えたかったが、口には出さないでおいた。何といってもアイゼルは常識人なのだ。
「嬉しいわ、そんなすごい錬金術士とご一緒できるなんて」
ラステルの言葉に、クライスは眉を上げる。
「今、何とおっしゃいました?」
「わたしたちも、アイゼルさんの『空飛ぶじゅうたん』に乗せていただいて、フィンデン王国へ帰ります」
「そんな――!? 危ないよ!」
マルローネの叫びにも、ラステルはきっぱりと首を振った。
「これ以上、こちらの街にお世話になるわけにはいきません。アデルベルトさんも歩けるようになりましたし。それに、何もわからず異国で気をもんでいるのには、もう耐えられません。アイゼルさんのお話では、アルテノルトのクリスタさんのお屋敷へ行けば安全にかくまっていただけるそうです。わたしでは、何の役にも立てないし、足手まといになるだけかも知れません。それでも、戻りたいのです」
クライスの視線を受けて、アイゼルは肩をすくめて見せた。宿の部屋でラステルの決意を聞き、思い直すよう何度も説得したが、だめだったのだ。あいにく、マルローネもクライスも自前の『空飛ぶホウキ』を用意していたため、『空飛ぶじゅうたん』には空席がふたつある。旅行の手段がないという口実で断ることもできなかった。
「ぼくは、護衛だからね。雇い主が行くところへ行くだけさ」
アデルベルトは静かに言った。とはいえ、骨折が治ったばかりで体力も消耗しているので、まだ剣を振るって戦える状態ではない。
「気持ちはわかりますが――あいたッ!」
先ほどよりも強く足を踏まれ、クライスはマルローネをにらんだ。
マルローネはにっこり笑ってラステルを見やった。
「それはそうですよね。誰だって、故郷は大切ですもんね」
もし故郷のグランビル村が危ないとなったら、自分もシアも何もかも放り出して駆けつけるだろう。マルローネはアイゼルとクライスに目を向ける。
ふたりとも、うなずいた。
「よぉし! フィンデン王国へ、しゅっぱ〜つ!」


シュルツェ屋敷の奥まった一室。
ランプの油が燃える臭いと、かびくさい香りが漂う。
ヘルミーナとオヴァールが、それぞれ古ぼけた分厚い書物を抱え込んで、黙りこくったままページを繰っていた。
ふたりが読みふけっているのは、騎士団に踏み込まれたヴェルンの中央図書館から館長のオヴァールが脱出する際、一緒に持ち出してきたフィンデン王国の年代記だった。
何巻か欠落はあるが、過去数百年にわたってフィンデン王国内外で起こった出来事が記されている。今回の異変と似たような事件が過去に発生していないか、謎の仮面の騎士の正体を解き明かすような記述はないか――メッテルブルグから戻って以来、ヘルミーナはオヴァールと共に部屋にこもって年代記に没頭していた。
「見つけたぞ・・・。確かに、はるか昔にも、魔界の住人が侵入して来たことはあったらしい」
オヴァールが顔を上げ、黄ばんで崩れそうなページを指し示した。
「王国歴382年――というから、数百年前だな。魔界から何者かが王国へ攻め入り、時の国王がそれを封印したという記述がある(*7)。事件の詳しい経緯は、ページが損なわれていて読み取れないが」
「ふん、それじゃ、何の役にも立たないじゃないの」
ヘルミーナは不機嫌な顔で椅子にもたれかかった。
「確かに、面白い記事はいろいろ載っているけれど、当面の問題に光を当ててくれるようなものは見つからないねえ。せめて、索引でも付けてくれていたら良かったのにね。これは図書館長の怠慢だね、ふふふ」
「仕方がないだろう。図書館も人手は足りないし、優先順位というものがあるんだ。もっと重要な本があるのだから、そちらの索引作りに人手を割くのは当然のことだ。減らず口を叩いている暇があったら、さっさと先を読み進めたまえ」
「ふん、新たに連絡が入るまでは、こうして暇つぶしをしているしかないのかしらね」
ヘルミーナは再び年代記に視線を戻した。
マッセンへ向かったヴィオラートたちからは、リサを出発したという手紙が届いて以来、連絡はない。イングリドへの手紙を届けにザールブルグへ向かったパウルからも、カナーラント王国の状況を確認しに戻ったアイゼルからも音沙汰なしだ。その間にもシュルツェ一家の情報網からは、フィンデン全土で非道な振る舞いに及んでいる騎士団の様子を伝える知らせが次々に入って来る。
ヘルミーナは“気晴らし”と称して夜の散歩に出かけることが多くなっていた。そのたびに、翌朝のアルテノルトの街では、ひどく怖ろしい目に遭って錯乱状態に陥った騎士が発見されるのだった。(*8)

ドアがノックされ、クリスタが飛び込んでくる。
「来たよ! ヴィオラートからの手紙だ。さっき、氷室を見に行った若い者が届けて来たんだ」
ヴィオラートの一行は、オヴァールから渡された“物質転送箱”を携えている。その小箱に入れた品物は何でも即座にアルテノルトの氷室に送られるという性質を利用して、一方通行ではあるが、素早い連絡ができるのだ。
「マッセンハイムにたどり着けたのかい?」
ヘルミーナの問いに、クリスタは顔をくもらせた。
「いや・・・。どうやら、厄介なことになったみたいだね。いったんこっちに戻って来るとさ」
クリスタはテーブルに手紙を広げた。ヘルミーナとオヴァールが覗き込む。
そこには、マッセンの国境近くの村で一行が遭遇した仮面の騎士との対決の顛末が書かれていた。
「ふうん・・・。マッセンにも仮面の騎士が出たか。やっぱりね」
「ああ、どうやらあんたの推測が当たっていたみたいだ。余計に厄介だね」
「この分だと、カナーラントも危ないかも知れないな」
3人は顔を見合わせた。
「しかも、この文面だと、仮面の騎士は一度は倒されたのによみがえったらしい。これが本当なら、とんでもない相手だよ。メルの必殺技を受けて、まだ生きていたなんて」
過去に一緒に冒険に出て、何度もメルの剣技を目の当たりにしているクリスタが、深刻な顔で言う。
「まあ、魔界の存在だとすれば、そういうことがあってもおかしくないけれどね、ふふふ」
「ヘルミーナ、あんた、捕まえて解剖したくて仕方がないんじゃないの?」
クリスタが横目でにらむ。ヘルミーナはにやりと笑みを浮かべ、
「そりゃそうさ。不老不死の薬を創り出せるかも知れないんだからね。ふふふふ」
「現実的な話に戻ろう」
オヴァールが話題を元に戻し、整理する。
「とにかく、これでフィンデンでもマッセンでも、騒ぎの裏に仮面の騎士がいることははっきりした。しかも、そいつらは魔界から来たらしい。ここまではいいな」
「ああ。そいつらさえ始末すれば、十中八九、ことは収まると思って間違いないね。ただ、どうやって始末するかだ」
クリスタは言葉を切り、考え込んだ。
「とりあえず、なにか強力な魔法の武器が必要だね、ふふふ」
ヘルミーナが意味ありげな笑みを浮かべて言う。
「魔法の武器?」
「そうさ。直接、倒せる物ならいちばんいいけれどね。倒せなくても、体力を奪うとか行動能力を鈍らせるとか、魔力を封じるとか、そういう効果のある道具か薬がほしいところだね」
「あんたは錬金術士だろ? ちゃちゃっと作るってことはできないのかい?」
「それが、なかなか一筋縄ではいかないのさ。いまいましいことにね」
ヘルミーナは吐き捨てるように言った。
「メッテルブルグで出会った、あのフレイムとかいう騎士には、あたしの極上の超強力『暗黒水』も効かなかった。今、あたしが持っているレシピには、あれ以上に強力な薬はない。ヴェルンの図書館が使えるなら、あそこにこもって探してみるところなのだけれどね。閉鎖されているのではねえ」
「悪かったな」
オヴァールがぶすっと答える。
「とにかく、この手紙によれば、メルやヴィオラートはいったんアルテノルトに帰って来るそうだ。連中が着く頃には、何事もなければアイゼルも戻って来るだろうし、あの変な妖精もザールブルグのあんたの同僚からの返事を持って来るかも知れない。全員が揃った段階で、作戦を立て直すしかないね」
てきぱきとしたクリスタの言葉に、腕組みをしたヘルミーナが答える。
「間に合えば、いいんだけどね。ふふふふ」


そして、数日後。
マッセンの国境の村から避難させた村人たちをリサに落ち着かせ、メルとカタリーナとヴィオラートが アルテノルトへ向かっているという手紙が届いてすぐのことだった。
相変わらず年代記に読みふけっていたオヴァールが、大声をあげた。
「おい! 見てくれ!」
「ふふふ、どうしたのかしら? あなたがそんな声を出すなんて、珍しいわね」
自分が読んでいた書物を閉じ、ヘルミーナが覗き込む。
「これだ」
オヴァールが目を通していた年代記は、比較的新しいものだった。ここ200年ほどの出来事を記した書物だったので、見るのは後回しにされていたのだ。
「150年ほど前の記述だ。これによると、当時、偉大な力を持った魔法使いが魔を封ずる秘法を編み出し、人知れず隠したという。その秘法には強大な力が秘められているため、悪用されることを恐れて“炎渦巻く竜の巣”へ封印した、と。もし、これが本当なら――」
「魔を封ずる強力な秘法か・・・。使えるかも知れないね。もし、本物ならね、ふふふ」
ヘルミーナは笑みを浮かべた。
「あんたが疑うのももっともだ。こういう年代記には、単なる噂や吟遊詩人の創作した物語までが事実として記されていることが多いからな。だが、こいつを見てくれ」
オヴァールは、くねくねした判読しにくい筆記体で記された文字を指す。
「秘法を封じたという魔法使いの事績だ。無から有を創り出す術を駆使し、様々な薬、道具、武具、アクセサリーなどを考案して、世に貢献したという。若い頃に時間を征服したという噂さえあったそうだ」
「何ですって?」
ヘルミーナの表情が引き締まる。オヴァールは淡々と続ける。
「そして、ここにその魔法使いのイニシャルが記してある。J・Vだ」
顔を上げる。オヴァールの目にもヘルミーナの瞳にも、静かな興奮の色が浮かんでいた。しばらくの間、沈黙が続く。
「ユーディット・フォルトーネ(*9)・・・」
つぶやくようにヘルミーナが言った。

知らせを受けたクリスタがすぐに駆けつけ、オヴァールが見つけた年代記の記事の吟味にかかった。
「間違いない、これはユーディットのことだよ。彼女なら、これくらい偉大な錬金術士になったっておかしくない」
クリスタは断言した。
「年代も合っているしね。あの頃、ユーディットは『200年前から来た』と言ってた。最初は信じなかったけどね。彼女が元の時代に帰ったとすると、それから修行を積んで50年・・・うん、ぴったりだよ」
「ということは、この記事の信憑性は高いことになる。本当に魔を封じる秘法が存在する可能性が高いということだな」
オヴァールがうなずく。
「だが、“炎渦巻く竜の巣”とは、どこのことなのだろう?」
クリスタは指をぱちんと鳴らして、立ち上がった。
「そういうことなら、宝探しのプロを呼ばなくちゃね」

さいわい、トレジャーハンターのコンラッドはアルテノルト市内にいて、すぐにシュルツェ屋敷にやって来た。
「ああ、こいつはそんなに難しくないな」
年代記の記述を見せられると、コンラッドはあっさり答えた。
「ユーディットが200年前に住んでいたライフ村は、今のヴェルンの近くだったはずだ。そして、フィンデンの年代記にこれだけ詳しく書かれている以上、彼女の主な活動の場はフィンデン王国内だったろう。だから、フィンデン王国で“炎”と“竜”に関する場所を思い浮かべてみればいい」
「“炎”と“竜”――?」
クリスタがおうむ返しに言う。
「まずは“炎”だ。フィンデン王国で、火に関係のある場所はどこだい?」
コンラッドに問われ、クリスタは少し考えたが、すぐに答える。
「プロスタークだね。あそこは鍛冶の街だ。溶鉱炉もある」
「半分だけ正解だな。プロスタークを支えている炎の源は?」
「そうか、火山だ! ボッカム山だね、正解は!」
「だと思う。“竜”についても同じさ。クリスタも知ってるだろう?」
「わかったよ! ボッカムドラゴンの伝説だ」
クリスタは、フィンデン王国の歴史の暗部に潜む呪いの剣の伝説(*10)を思い出した。20年以上前、ユーディットやメルと共に、伝説が実在のものとなる瞬間を実体験したのだ。
「では、ユーディットはボッカム山のどこかに秘法を隠したことになるね、ふふふふ」
ヘルミーナが楽しそうに笑う。すぐにも出かけて行きそうな雰囲気だ。
「だが、ボッカム山と言っても広いぞ。どこから探し始めるつもりだ?」
オヴァールの疑問に、コンラッドは笑って答える。
「それも、簡単に解ける。200年前、ユーディットの時代にボッカムドラゴンが潜んでいると言い伝えられていた場所を調べてみればいい。彼女は、当時の伝説にしたがって隠し場所を決めたはずだからな」
「それなら調べるまでもない。『ボッカム風穴』(*11)だな」
言下にオヴァールが答える。
「昔から、ボッカム山の主のドラゴンが潜んでいると言われていた洞窟だ。その奥底には、炎が渦巻く池があると言い伝えられている」
「じゃあ、そこへ潜って調べてみればいいんだね。コンラッド、頼むよ」
クリスタの声に、コンラッドはあわてて両手を振る。
「冗談じゃない。あそこは正気の人間が足を踏み入れる場所じゃないぜ」
「どういうこと?」
「あそこは魔物の巣だ。『ボッカム風穴』に比べれば、ファクトア神殿の最深部(*12)へ行く方がましってもんだよ。俺も若い頃には、何回か仲間と潜ろうとしたが、そのたびに死人が出て、とうとう諦めた。触らぬ神に祟りなしってな。強大な魔力を持ったデーモンや、人を惑わす死霊、戦闘力の高いエルフ、大トカゲや精霊まで、無数にうろつきまわっているんだ。おまけに洞窟が狭いから、剣を振り回す余裕もない。メルだっててこずるだろうよ」
「ふうん・・・」
ヘルミーナが腕組みをした。
「それだけじゃない。地下深くへ潜れば、いつどこから溶岩が噴き出てくるかもわからないんだ。分かれ道は少ないそうだから、迷うことはないと思うが、並みの神経じゃ底へ着くまで保ちやしないぜ」
「なるほどね」
ヘルミーナは難しい顔でつぶやく。
「無神経で無鉄砲で怖いもの知らずで、強引でパワーがあって魔力が強くて、それでいて考え深くて慎重で知恵が回る・・・そんなやつが必要だね」
「ヘルミーナ、あんたねえ・・・。そんな都合のいい条件の人間がいるわけないだろ?」
クリスタがあきれたように言う。
「ふふふふ、その通りだね。そんなやつ、現実にはいやしない」
その時、あわただしくドアがノックされ、ボーラー・ジュニアが飛び込んできた。
「大姉御! お客様です! それも5人も――」
ジュニアの後から男女がなだれ込む。
「クリスタ! ああ、わたし、フィンデン王国に帰って来たのね!」
ラステルが顔をくしゃくしゃにしてクリスタに駆け寄る。背後でアデルベルトが昔馴染みのコンラッドに手を振ってみせる。
「やっほ〜! こんにちは〜! ――あ、ヘルミーナ先生、お久しぶりです!」
「マルローネさん! もう少し静かにできないのですか? 失礼でしょう」
杖を振り回してにぎやかに入って来たマルローネをクライスがたしなめる。アイゼルが肩をすくめ、苦笑いしてヘルミーナを見た。
ヘルミーナは一瞬、唖然として、ここにいるはずのない錬金術士ふたりを見つめた。
やがて、くちびるの端がつり上がり、会心の笑みが浮かぶ。
「いたよ、“そんなやつ”が――」(*13)


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