戻る

前ページへ

〜ふかしぎアンケート感謝プレゼント小説<朧褻 龍霞さまへ>〜

緑の目の令嬢 Vol.3


Scene−7

熱い靄が、感じられる限りの遠くまで、濃密にたちこめていた。
その中に閉じ込められ、ノルディスはもがいていた。
涼しい空気と、ひとしずくの清涼な水を求め、必死に手を伸ばし、進もうとする。
しかし、どちらの方向へ進めばいいというのだろうか。
東西南北はおろか、上下の感覚さえ失われていた。
熱い空気がのどを焼き、とめどなく汗が流れる。
このまま眠り込んでしまえたなら、どんなにか楽なことだろうか。
何度も、その誘惑に屈しそうになる。
だが、ノルディスの中のなにかが、それに抵抗していた。
いうことをきかない四肢を意志の力でなんとか動かそうとしながら、ノルディスは出口のない霧の中を這い進んだ。

(・・・ディス。・・・ノルディス)
なにかが聞こえた。
いや、聞こえたと言うより、感じたと言った方が正しい。
霞がかかり、よどんだ記憶の海の彼方から、ひとつの名前が浮かび上がって来る。
(・・・アイゼル・・・?)
その単語が何を意味するのか、今のノルディスにはわからなかった。
不思議に懐かしく、大切なものだという感覚だけが残る。
ノルディスは、必死に両手を伸ばし、その声の源に触れようとした。
そして、無限に近い時間が流れたと思った頃・・・。
ノルディスの手は、靄ではない、別のものをつかんだ。
固い手触りのものを右手に。そして左手には、柔らかく暖かい感触。
ノルディスは、全力を注いで、それにしがみついた。
(アイゼル・・・!!)


Scene−8

ミルカッセは、はっとして眠りから覚めた。
あわてて首を振り、意識をはっきりさせようとする。
そうだ。アカデミーの寮棟の一室で、病魔と戦い続けるノルディスに付き添っていたのだった。
ルイーゼと交替しながらとはいえ、病人を看護することは精神的にも肉体的にもかなり疲れるものだった。気付けば、陽は西にかなり傾いている。
眠っていた時間は、それほど長くはない。
(だめね、わたしったら・・・。もっとしっかりしなくては・・・)
魔界に育つ薬草を求めてエアフォルクの塔に向かったアイゼルは、もう最上階に着いただろうか。
ノルディスの額に載せておいたタオルが、ずり落ちていた。
それを取ろうと、ミルカッセが手を伸ばす。

その時だった。
「・・・ゼル」
ノルディスの固く食いしばった口から、かすかな言葉が漏れてきたのだ。
「え?」
ミルカッセが身を乗り出し、よく聞き取ろうとする。
しかし、しばらく待っても、それ以上の言葉は聞こえてこない。
「空耳だったのかしら?」
そう思ったが、念のために、そっとノルディスの肩を揺すってみる。
「ノルディスさん・・・? 気がつかれましたの?」
返事はない。
諦めて、ミルカッセが身を引こうとした時・・・。
ノルディスが、もがくように身体をよじった。
右手がなにかを探るように布団から出て、アイゼルが置いて行った杖をつかむ。
同時に、左手が布団をはねのけ、ミルカッセの方に突き出される。
ミルカッセは反射的にその手を握った。

その瞬間。
雷に打たれたかのような衝撃に、ミルカッセの身体が硬直する。
強風に吹きあおられたかのように、ミルカッセのヴェールがはためき、髪の毛が逆立つような感覚が襲う。
驚愕したまま、ミルカッセの目は、アイゼルがノルディスの傍らに残していった『白銀の杖』の先端が、まばゆく青白い光を発するのを見た。
そして、ミルカッセは自分の胸が燃えているのに気付く。
いや、そうではない。
首から下げた『アルテナの紋章』が、太陽のように輝き、熱い光を放っているのだ。
熱く、大きなかたまりが、ノルディスの左手からミルカッセの体内に流れ込んで来る。
それは、ミルカッセの腕から肩を抜け、胸元に集中していく。
「ああ・・・」
ミルカッセはあえいだ。
身体がはじけそうだ。
昔、父親から、神が宿った巫女の話を聞いたことがある。その時、巫女の全身は神の力の奔流で満たされ、限りない恍惚を味わったという。
今の自分は、ちょうどそれと同じような状態なのではないか・・・。
苦しい中にも不思議に冷静な心で、ミルカッセは思った。

次の瞬間。
ミルカッセの胸元から発せられたまばゆばかりの光輝が、部屋全体を覆った。
目の前が、真っ白になる。
そして、ミルカッセの目に、ぼんやりと、迫ってくる大きな人影と、銀色に輝く細身の剣が映った。
思わず、ノルディスの手を放し、ミルカッセは両手で顔を覆う。
幻影は、すぐに消え去り、ふと気付くと、いつもと変わらない病室の風景が見えた。
先ほどまで、部屋で荒れ狂っていた、光と力の奔流の名残はどこにもない。
しかし、ミルカッセは、それが実際に起こったのだと、はっきりとわかっていた。
全身の力を奪われたかのように感じ、ミルカッセは崩れるように椅子にもたれかかった。


Scene−9

キリーのレイピアが、すぐ目の前に迫っていることは、気配でわかった。
しかし、アイゼルには、もう自分の身体を守るだけの力は残ってはいなかった。
(ごめんなさい、ノルディス・・・。わたし、精一杯やったんだけれど・・・)
左手で握り締めた『アルテナの紋章』が、アイゼルを慰めるかのような温もりを与えてくれる。

その温もりが、突然、熱に変わった。
(何なの!?)
アイゼルは驚き、手を放そうとしたが、『アルテナの紋章』は吸い付いたように離れない。
なにかが、紋章を通じてアイゼルの体内に流れ込んでくる。
それは、大いなる力だった。萎えかけていたアイゼルの心を奮い立たせ、強大な敵に立ち向かう力を与えた。
アイゼルは、目を閉じたまま、三たび、精神を集中した。
おびただしい魔力が、杖に向かって集まっていくのを感じる。そして、今度の魔力には、これまでになかった力が備わっているように感じられた。
アイゼルは、目を大きく見開いた。その緑色の瞳には、炎がたぎっていた。
「これでも・・・」
アイゼルは、無意識のうちに叫んでいた。
「くらいなさい!!!」

今までの2回とは違っていた。
アイゼルの杖の先端からは、七色に輝く無数の光球が放たれ、キリーに向かって飛んでいった。
決着を着けるつもりでレイピアを大きく突き出そうとしていたキリーは、一瞬、反応が遅れた。
しかし、すぐに呪文を唱え、魔力をレイピアに集める。
七色の光の矢の第一波は、キリーのレイピアに襲いかかった。
レイピアは、まばゆい光芒の中、崩れるように溶け去っていく。
キリーの表情が、初めて驚愕にゆがむ。
マントを掲げ、防御するキリーに、光球は次々と殺到していく。
小さな爆発が次々に起こり、キリーがよろよろと後退する。
最後に大きな爆発が起こり、七色の火花と共に、キリーの身体は弾き飛ばされ、瓦礫の山に埋もれた。

それと同時に、ハレッシュとロマージュが我に返る。
「あれ、俺、何をやってたんだ!?」
「あたし、どうしたのかしら・・・?」
キリーの魔力が途絶えると共に、ドッペルゲンガーも消え去ったのだ。
アイゼルは、口をぽかんと開けたまま、立ちすくんでいる。自分が何をしたのか、よく覚えていない。
やがて、瓦礫の山の中から、キリーがよろよろと立ち上がる。
ハレッシュとロマージュが、消耗しつくしたアイゼルをかばうように、立ちふさがる。
キリーのかみしめたくちびるから、真っ赤な血が一筋、あごを伝った。
「待て・・・。わたしの負けだ・・・。薬草は、すぐに渡そう。それを持って、帰るがいい・・・」


Epilogue

そして・・・。
舞台は再び、魔界の片隅、“虚無”の霧のかなたにひっそりとたたずむ“魔女”の住処に移る。
いつも変わらぬ穏やかな雰囲気の中、暖炉で燃える炎の温もりを全身に感じながら、キリーと“魔女”がゆっかりと腰を下ろし、薫り高いハーブティーをすすっていた。
アイゼルの最後の攻撃を受けた際の火傷と、その時に瓦礫の山に叩きつけられたせいで、全身がひりひりと痛む。しかし、“魔女”が調合してくれた塗り薬のおかげで、いくぶんか楽になっていた。

「それにしても不思議だ・・・」
問わず語りに、キリーが口を開く。
「あの衝撃・・・あんな、か弱い少女から、あのような強烈な攻撃をくらうとは思ってもみなかった。魔人ファーレンの、怒りの雷にも勝るとも劣らない・・・。いったい、あれは何だったのだ」
キリーの脳裏には、アイゼルのきらきらしたエメラルド色の瞳が、はっきりと焼き付いていた。
「人間というものは、思い込めば、あれほどの力を出せるものなのか・・・」
「思い込みだけではありませんよ」
ことり、とテーブルの上にカップを置き、“魔女”は微笑みながら右手を一振りした。

この前と同じように、澄み切った泉のような輝きをたたえた水晶球が現われる。
「わたしは、この水晶球から、すべてを見ていました。あの最後の瞬間、緑の目の娘は、ひとりではなかったのです。魔法の杖にこめられた、限りなく深い想いと、護符に託された、友を思いやる心・・・。あなたを倒したのは、あなたがどうしても信じようとしなかった、人と人との心のきずなだったのですよ」
「心の・・・きずな・・・?」
「あの娘が持っていた魔法の杖には、“魔”の属性が宿っていました。それだけならば、あなたの方が明らかに勝っていたわ。でも、もうひとつ、あの娘が身に付けていた物・・・アルテナの護符は、“聖”の属性を持っていたの。普通ならば、“聖”と“魔”のふたつの属性は、相反するものですから、互いに打ち消しあうはず・・・。ところが、あの時だけは、違っていた・・・」
「お互いに、補いあい、力を合わせた・・・と?」
「そう。ふたつの力は完全に混ざり合い、溶け合って、ひとつになった。それが、あなたを打ち倒したものの正体だったの。でも、それをもたらしたものは・・・」
「奇跡・・・か? いや、わたしはそのようなものは信じぬ」
「偶然かも知れません。しかし、理由はどうあれ、それは起こった・・・。そして、因果律の歪みは修正された・・・。魔界からさまよい出た、ほんのちっぽけな虫がもたらした病は癒され、余計な人間が魔界に入りこむことも防ぐことができました。あなたがいなかったら、このような結果にはならなかったわ」
と、“魔女”はキリーに微笑みかける。

キリーはつんと横を向き、自嘲気味の笑みを浮かべた。
「ふ・・・。所詮、わたしはあなたの手のひらの上の手駒に過ぎなかったということか・・・」
「ほほほ、あなたらしいわね。でも、これをご覧なさい」
宙に浮かんだ水晶球を右手をかざし、上から下へなでるように下ろす。
すると、そこには、キリーも見覚えのある風景が映し出された。
その風景をながめたキリーの冷たい瞳に、ふと微笑のようなものが浮かんだ。

澄み渡った水面に映る景色のように、鮮やかに水晶球に浮かび上がったものは・・・。
柔らかな木漏れ日に包まれて、ザールブルグ・アカデミーの中庭を寄り添って歩く、錬金術服を着たひと組の男女。
病が癒え、歩けるようになった少年と、それを願い、自らの手で実現させた少女。
少女が語りかけ、少年は微笑みを返す。
それを見上げる少女の緑色の瞳は、あの戦いの場と同じように、きらきらと輝いていた。

<おわり>


○にのあとがき>

うひゃあ、甘あまだぁ・・・!
お待たせしました。ふかしぎアンケートご協力感謝プレゼント企画として、朧褻 龍霞さんからリクエストいただいた、アイゼル様の夢物語小説です。

え・・・と。
“夢物語”と言いますか、作者の妄想大暴走小説ですな。
どうも、うちのアイゼル様ときたら、恋に破れて家出するわ、生まれたばかりの子供を誘拐されるわ、そして今回は想い人が瀕死の病に倒れるわ・・・。う〜ん、まさにヒロインそのものですね(え? 『エリーのアトリエ』のヒロインはエリーじゃないかって? いいんです。ここではアイゼルがヒロインなの!)。
やはり、好きな娘はいぢめたくなるという(←小学生かおまえは)・・・。

プロローグとエピローグに登場するふたりの関係については、こちらをご覧ください。

タイトルの『緑の目の令嬢』ですが、これはアルセーヌ・ルパンものの1作のタイトルをパクっています。元の作品は、ヒロインの“緑の目の令嬢”の名はクラリスで、ラストでは湖に沈んだ古代ローマの都市が出現します。つまり、宮崎アニメの名作、『カリオストロの城』の元ネタになった小説でもあるんですね。本屋で見かけたら、読んでみてください。

長くなってしまいました(小説もあとがきも)が、感想など、ぜひお聞かせください〜。


前ページへ

戻る