戻る

事件篇捜査篇解決篇
前ページへ次ページへ

〜「名探偵クライス」犯人当てクイズ当選プレゼント小説<kozue様へ>〜

国王陛下のメイド探偵エリー

甘い誘惑 [事件篇] Vol.2


誘惑−2:絶品チーズケーキ

エリーの工房は、戦場のような騒ぎになっている。
「ピコ! カステラは用意できている?」
「は、はい・・・。一応・・・。でも、これでいいのかなあ。自分では、うまくいったと思うんですけど・・・」
「どれどれ・・・。うん、ふっくらして、甘みもあるし、上出来じゃない」
カステラのかけらを口にしたエリーは、満足そうにうなずいた。心配そうに見上げていたピコは、ほっとしたように息をつく。ピコとエリーは長い付き合いだ。エリーに雇われて働いているうちに、最下級の黒妖精から伝説の虹妖精にまでレベルアップを遂げたのだから、ピコの腕は確かなのだが、気弱な性格だけはいまだに治っていないようだ。
「あ、あの・・・。言われたとおり、ハチミツの配合比を上げて、ミルクは濃縮したものを使って、魔法の草は極上品だけを・・・」
確認のために報告するピコだが、エリーは忙しくてそれどころではない。
「あ、プリチェ、ヨーグルトはガラスの大鉢に入れておいてね。すぐにかき混ぜられるように!」
「は〜い」
「ピーポー、乳糖に混ぜるザラメは砕いてくれた?」
「ちょっと失敗しちゃった」
「あ〜あ、これじゃ、まだ粒が不ぞろいだね。ピコ、ちょっとやってくれる?」
「え・・・? でも、カステラの仕上げが、まだ・・・」
「じゃあ、急いで済ませちゃって! あ、シャリオチーズを選別する仕事もあったんだ!」
「ふえぇぇん・・・。森へ帰りたい・・・」
情けない声を出しながらも、ピコは着実に作業をこなしていく。なにしろ虹妖精の作業スピードはエリーよりも速いのだ。
「スイートエキスのびんはどこだっけ? 棚にないよ!」
「お姉さんが、さっき持ってったよ〜」
「へ? じゃ、どこに置いたんだろう? ――あ、天秤の陰にあったよ」
「あ、あの・・・。カステラは、どこに置いたら・・・?」
「そこに置いといて! そうしたら、チーズを溶かす前にスイートエキスを一振りして――うわっ、手が滑った!」
「ふぎゃっ!」
「あ、ピコ、ありがとう。頭で受け止めてくれたんだね。ふう、ガラスのびんが割れなくてよかったよ」
「ひいぃん、ボクの頭はどうなってもいいんですね・・・」
「お姉さ〜ん、ヨーグルトを持って来たよ〜。でも、重いなあ――わっ、足がもつれた!」
「きゃあっ! プリチェ、こぼしちゃダメぇ!」
「むぎゅっ!」
「あ、ピコ、ありがとう。身体を張って受け止めてくれたんだね。貴重なヨーグルトがこぼれなくてよかったよ」
「ううう・・・。お、重いです・・・。早く、どけて・・・」
「そうだね、ヨーグルトの鉢は安定した場所に置かないと」
「ふえぇん、ボクの身体のことはどうでもいいってことですね・・・」
「はいはい、ピコもいつまでも寝てないで、一緒にシャリオチーズを溶かしてね。むらができないように均等にするには、ピコの技術が必要なのよ」
「ふえぇん、必要なのは、技術だけなんですね・・・」
「ヘイヘイ、雑貨屋から新鮮なランドーを買ってきたぜ、ベイベ!」
「あ、ポポル、ご苦労様。・・・あれれ、数が少なすぎるよ」
「途中で怪物が現れて、半分食べられちまったんだよ、ベイベ」
「つまみ食いしたならしたと、はっきり言いなさい!」
「・・・踊っちゃうぜ、イェ〜!」
黒妖精のポポルは、回転ダンスをしてごまかす。エリーはごまかされない。
「はい、ポポル、遊んでないで、もう一度、行って来なさい!」
「わかったぜ、人使い・・・じゃなかった、妖精使いが荒いなあ、ベイベ」
「つべこべ言ってると、アイゼルに言って雇ってもらうわよ」
「それだけは勘弁だぜ、ベイベ」
黒妖精はかごを背負ってすっ飛んでいく。
「さあ、ピコもピーポーもプリチェも手を貸して。一気に型に入れるよ」
「お、お姉さん、重いよ〜」
「う、腕が、もげそうです・・・」
「大丈夫! 気合と根性で、なんとかなる!」
「森へ・・・森へ帰りたい・・・」
こんな光景を目にすれば、『職人通り』のおかみさんたちが「あの工房では小さな子供を朝から晩まで無慈悲に働かせている」とささやき合うのも無理からぬことだ。
「よおし、いよいよ最終段階。いっけえええ!」
気合のこもったエリーの叫びが工房にこだまする。チーズケーキを作るときのエリーには、爆弾作りに取り組んでいるマルローネ以上に鬼気迫るものがあるようだ。
何はともあれ、甘酸っぱいにおいに包まれた修羅場は、一昼夜にわたって続いたのである。

「できた・・・。やったね!」
出来上がったチーズケーキからひとかけらを切り取り、口にしたエリーは嬉しそうに叫んだ。
ピコをはじめとする妖精たちは超過勤務からようやく解放され、屋根裏部屋へ引っ込んでぐっすりと眠り込んでいる。
すでに夜は明け初め、ランプに照らされた工房にも、窓から朝の日差しがまぶしく差し込んでいる。
チーズとハニーカステラの入り混じった甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。見た目、味、香りのすべてにおいて、納得のいく出来だ。チーズケーキに限っては、少しでも納得できない出来のときにはためらいなく捨ててしまうというこだわりが、エリーにはある。しかし、今回はブレドルフ国王じきじきの依頼ということもあって、原材料の段階から厳選したものを選び、何度もブレンド調合を繰り返して最上の品質を作り上げた。カステラも通常のものよりも甘いハニーカステラを使い、乳糖の他にスイートエキスとザラメを加えて甘さにも変化をつけた。くせのあるシャリオチーズもヨーグルトを配合することでまろやかなものに変わり、えもいわれぬ風味をかもし出している。
「ああん、食べちゃうのがもったいないくらいだよ。このまま時間を止めて、ずっととっておきたいなあ」
うっとりとつぶやく。どことなく、夢見るような表情を浮かべている。火加減をこまめに調整しながら、一睡もせずにいたのだ。全身全霊を傾けたチーズケーキが完成した興奮がさめるにつれて、睡魔が忍び寄ってきたのかも知れない。
と、工房のドアが激しくノックされた。
「ふあ〜い、開いてま〜す」
返事がやや間延びしたのも、仕方がないところか。
「お〜す、仕事を頼みに来てやったぜ。あれ? 何だ、そりゃ」
飛び込んできたのは、シグザール王室聖騎士隊の蒼い鎧に身を固めた精悍な若者だった。聖騎士隊第一分隊長として、剣の腕も精神面でも進境著しいダグラス・マクレインである。
「ダグラス! 食べちゃダメ!!」
エリーは反射的に動いて、チーズケーキを置いた作業台の前に立ちふさがる。ダグラスは、親しくなり始めた頃から、工房へ来ると、すぐに目にとまったものを口に入れてしまう癖があった。工房に保管してあった『月の実』を何度も食べつくしてしまったことがあったし、性格を変えてしまう薬を勝手に飲んで、シグザール城に大騒動を引き起こしたこともあった。そうでなくても、大食らいで遠慮を知らないダグラスである。先手を打って防衛線を張っておかなければ、取り返しのつかないことになるかもしれない。
「おいおい、いったいどうしたってんだよ。俺は、騎士隊が使うメガフラムを頼みに来ただけで――」
言いつつ、ダグラスは鼻をひくひくさせる。
「それにしても、何だよ、この工房は。まるで開店前のケーキ屋みたいなにおいだな」
「そりゃそうよ。一晩かけて、チーズケーキを作っていたんだから」
「へえ、おまえの後ろにあるのが、完成品か。ちょっと見せてみろよ」
ダグラスがにじり寄る。
「でも・・・」
エリーはためらった。
「どうしたんだよ、減るもんじゃないだろ?」
「何を言ってるの。食べたら減るんだよ」
「だから、見るだけだって言ってるだろ」
「本当に、見るだけよ。それから、半径1メートル以内には近付かないこと。触るのも、息を吹きかけるのもダメよ」
「けっ、何だよ、そりゃ。俺って、そんなに信用がないのかよ」
「食べ物に関してはね」
「ちっ、わかったよ」
なおもエリーは警戒を緩めず、そっと身体をずらした。ダグラスが感嘆の口笛を吹く。
「・・・・・・。すげえな、こいつは」
「でしょ。これまで作った中で、いちばんいい出来かもね」
エリーは誇らしげに胸を張る。ダグラスは様々な角度から、芸術的とも言えるチーズケーキをためつすがめつする。そして、ぽつりとつぶやいた。
「うまそうだな」
「ちょっと、ダグラス!」
エリーがきっとにらむ。ダグラスはそ知らぬ顔で、
「・・・そういえば、俺、今日は朝飯、まだなんだよな。腹減ったなあ」
「『飛翔亭』は、もう開店してるでしょ。食べてきたら?」
「ちっ、冷てえなあ。考えてみりゃ、俺、まだエリーが作ったチーズケーキを食ったことないんだぞ。いつも、チーズケーキの話を聞かされるだけでよ」
「あれ、そうだっけ?」
「そうだよ」
「ごめんね、ダグラス。でも、このケーキを食べさせるわけにはいかないの。これは、国王陛下からの依頼で――」
「何だとぉ!?」
ダグラスが目を丸くして叫んだ。思わずエリーは後ずさる。
「へ?」
「そうか、おまえが陛下の召し上がるお菓子を・・・。なるほどな」
ダグラスは考え込むような表情を浮かべる。エリーはいぶかしげに、
「ええと、どうかしたの? わたしの作ったお菓子が、なにか・・・?」
「いや、何でもねえ。最近、陛下がデザートやお菓子に凝ってるって、ちょっと小耳に挟んだだけだ」
思い直したようにダグラスは、チーズケーキを見やる。
「ただ、俺に言わせりゃ、これにはちょいと彩りが足りねえようだな。今の季節、故郷のカリエルでは、ブドウが豊作でよ。お菓子にゃ必ず新鮮なブドウや甘いレーズンが入っているんだ。チーズケーキにも、ブドウを入れてみたらいいんじゃねえか」
「あ、そうだね、それもいいかもね。でも、今は手許にブドウがないや」
「ははは、天気もいいし、採取にでも行ってきたらどうだ。工房にばかりこもってると、運動不足で太っちまうぞ」
「べーだ。ダグラスこそ、最近お腹が出てきたんじゃないの?」
「けっ、冗談じゃねえ」
「でも、ブドウかぁ・・・」
エリーはみずみずしい大粒のブドウの房を思い浮かべる。そういえば、季節は秋口だ。ダグラスの故郷カリエル王国との国境地帯に広がる東の台地の周辺では、『幸福のブドウ』が鈴なりだろう。
「言われてみれば、そうだね。今度、ブドウを採ってきたら、レーズン入りチーズケーキを試してみるよ」
「おう、そんときゃ試食させてくれよ、頼んだぜ」


前ページへ次ページへ
事件篇捜査篇解決篇

戻る