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〜「名探偵クライス」犯人当てクイズ当選プレゼント小説<kozue様へ>〜

国王陛下のメイド探偵エリー

甘い誘惑 [解決篇] Vol.1


誘惑−13:緊迫のお茶会

「謎が解けました。・・・いえ、解けたような気がします」
「エリー・・・」
エリーの言葉よりも、その表情にブレドルフは目を見張った。生気が感じられず憔悴しきっていた昨夜とは、人が変わったかのようだ。今朝のエリーの顔はきりりと引き締まり、栗色の瞳には高揚した心を思わせるような輝きがある。
いつものように、エリーはブレドルフのカップに熱いハーブティーを注ぐ。
「陛下、お召し上がりください」
「いや、そんなことよりも――」
ブレドルフは身を乗り出した。
「早く、犯人の名前を教えてくれ」
「いえ、ここではまだ、申し上げられません」
エリーは落ち着いた口調で答えた。
「どういうことだい?」
「恐れ入りますが、関係者の皆さんを集めていただけませんか。皆さんがお揃いになったところで、わたしの推理をお話ししたいと思います。いくつか、確かめたいこともございますので」
エリーは関係者の名前を挙げた。ブレドルフは考え込む。
「う〜ん、それでは、まるでシグザール王室最高会議を開くのと同じようなメンバーになるな。――よし、わかった。最高会議に準ずるものとして、大至急、会議を開くことにしよう。幸い、今日の午前中は重要な公務はないからね」
「あ、でも・・・」
エリーは口ごもった。
「うん? どうしたんだい?」
「会議などという仰々しいものにしていただきたくはありません。エンデルク様にご指摘を受けたのですが、陛下が夜食を召し上がるという行為は公務ではなく、プライベートなことです。ですから、陛下の夜食が盗まれた事件についてのご説明も、会議室のような公式の場ではなく、陛下の私的な場所で行うのがふさわしいかと存じます」
エリーは丁寧に自分の意見を述べると、エプロンの前で手を組んだ。
「ああ、なるほど・・・。では、どうしたらいいんだい?」
「今日の午前中は重要な公務はないとおっしゃいましたね。では、陛下が幹部の皆さんを慰労するという名目で、お茶会を催されてはいかがでしょう。お給仕をするということで、わたしが同席する理由にもなりますし」
「そうか。でも、あまりに急だと思われないかな」
「あら、陛下の気まぐれには、幹部の皆様も慣れていらっしゃるのではございませんか」
「ははは、きみにはかなわないな。よし、すぐに手配しよう」
ブレドルフは苦笑してうなずく。
「よろしくお願いいたします」
エリーは礼儀正しく頭を下げた。関係者全員が一堂に会することになるならば、どのような場所でも構わなかったのだが、堅苦しい会議の場などにメイドが同席するのはそぐわないし、それだけで緊張してしまう。シグザール王国を支える錚々たるメンバーの前で自分の推理を披露し、事件の謎を解いて真犯人を指摘しようとするのだから、ただでさえ過大な緊張を強いられるのだ。できることなら、なるべくリラックスした状況で行いたい。
「では、わたしもお茶の準備をいたします」
一礼して退室しようとしたエリーだが、真剣な眼差しをブレドルフに向けて、付け加える。
「陛下――」
「うん? 何だい」
「真相がどのようなものであっても、驚かないと約束してくださいますか」
「あ、ああ、わかったよ」
そんなわけで、それから半刻の後、シグザール城の主だった面々が、国王のプライベートなサンルームに集合することになったのだった。

「お茶をお持ちしました」
内心の緊張を隠しつつ、エリーはティーポットを載せたトレイを手に、午前の暖かな陽光が差し込むサンルームへ歩み入った。
楕円形の白いティーテーブルを囲んで、正面にブレドルフが座り、国王の左右にシスカとウルリッヒ、手前側にゲマイナーとエンデルクが腰をすえている。椅子がひとつだけ空いていた。
「ダグラスもお呼びとのことでしたが、彼は早朝より騎馬訓練のため、ベルグラド平原へ分隊を率いて行っており、帰還は昼過ぎの予定です。緊急事態とあれば呼び戻すのですが、私的な慰労会とのことですので、軍務を優先させていただきました。失礼の段、お許し願います」
いつも通りの低いがはっきりとした声で、エンデルクが言った。ブレドルフがちらりとエリーに視線を走らせ、エリーはさりげなくうなずいて承認の意を示す。できることなら、関係者のひとりとしてダグラスにもこの場にいてほしかったが、軍務とあれば仕方がない。
エリーは『シグザール王室儀典大全』に載っていた通りの作法で、まずブレドルフの前に置かれたカップにハーブティーを注ぐ。その手許を、厳しい女教師の目つきでシスカが見つめている。自分の番が回ってきても、その視線は揺るがない。だが、エリーの作法に落ち度はないと判断したのか、かすかな笑みを口元に浮かべて、満足げに軽くうなずいた。
ウルリッヒもエンデルクも、カップにお茶を注ぐエリーにはほとんど視線を向けず、礼を失しない程度に目礼しただけで、その内心は計り知れない。最後はゲマイナーだったが、居眠りしているかのようにだらしなく椅子にもたれて目を閉じ、お茶を注がれてもまったく反応を見せなかった。もちろん、昨日エリーと緊迫した対決があったことなど、おくびにも出さない。いつもの態度なのかもしれないが、それがかえって無気味だ。
全員にお茶を注ぎ終わると、メイド姿のエリーは部屋の隅のサイドテーブルの脇に引き下がった。無意識にエプロンの裾をいじりながら、心の中では、これからしなければならない話の段取りを必死におさらいしている。
「では、いただこうか」
ややぎこちなく、ブレドルフが言った。
「はい、いただきます」
シスカが如才なく応じ、ウルリッヒとエンデルクもカップを取り上げる。ゲマイナーはぼんやりと目を開け、物憂げな様子で大あくびをした。そして、何気ない顔で言う。
「ふあああああ〜。陛下、お茶菓子は出ないんですか。俺は今朝、朝飯を食っていないものでね、腹が減って仕方がないんですよ」
これを聞いたシスカが、意味ありげにウルリッヒに目配せする。
「ふふふ、ヘートヴィッヒさんが朝食の準備を忘れるなんて、考えられないことですけれど」
「しかも、ゲマイナー卿が愛妻料理をすっぽかすなど、ありえないことだな」
ウルリッヒも口元をかすかにほころばせる。エンデルクは無表情にカップを口に運んでいる。
「ふん、勝手に言っていろ」
ゲマイナーはがぶりと一気にカップを空け、お代わりをよこせと指を鳴らしてエリーに合図をする。わざと礼儀作法を無視するのが、この男の流儀なのだろう。
エリーがお代わりを注いでいると、ゲマイナーは眼鏡の奥から鋭くブレドルフを見やった。
「ところで陛下、そろそろこのお茶会の趣旨をご説明願いたいものですな。いくら国の内外が平穏だとは言っても、しなければならないことはいくらでもあるのです。陛下は王妃の相手ができなくてお暇かもしれませんが、我々は暇ではありません。ただの気まぐれで我々4人を集めたわけではありますまい」
この遠慮のない言葉に、エリーはひくりと身をすくませる。夫とのなんらかのいさかいを理由にリューネ王妃がドムハイトへ帰ってしまっているとすれば、あまりに無神経な発言ではないか。
だが、ブレドルフは感情を害した様子もなく、肩をすくめた。
「やあ、ゲマイナー卿にはかなわないな。――うん、今日、みんなに集まってもらったのは、他でもない。このひと月半ほど、ぼくの夜食のお菓子が盗まれている件に関してなんだ」
ウルリッヒとシスカがちらりと視線を交わし、エンデルクが涼しげな目をエリーに向ける。ゲマイナーはふんと鼻を鳴らし、腕組みをして椅子にふんぞり返った。ブレドルフは続ける。
「ぼくは、ここにいるエリーに相談した。きみたちも知っていると思うが、エリーはただの見習いメイドではない。ザールブルグでも一流の錬金術士だし、盗まれたお菓子はエリーが作ってくれたものだ。彼女ならば錬金術士としての経験を生かし、事件の謎を解いてくれるだろうと、ぼくは期待した。そして、今朝、エリーは言ってくれた。――謎が解けたような気がする、と」
一同の視線がエリーに集中する。面白がっているようなゲマイナー、眉をひそめるシスカ、興味深げなウルリッヒ、ほとんど表情を変えないエンデルク。
頬に血が昇るのを感じ、エリーは思わずうつむく。だが、ここで萎縮してはいられない。
大きく息を吸い込むと、エリーは顔を上げ、ポケットからノートを取り出した。
「では、陛下のお許しをいただき、わたしの考えをお話ししたいと存じます」


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