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〜「名探偵クライス」犯人当てクイズ当選プレゼント小説<kozue様へ>〜

国王陛下のメイド探偵エリー

甘い誘惑 [捜査篇] Vol.3


誘惑−6:回想の迷宮

夜明けを告げるフローベル教会の鐘が、さわやかな秋の大気に響き渡る。風に乗って、早起き鳥の鳴き声がかすかに聞こえてくる。
「う、う〜ん」
エリーはうっすらと目を開けた。『職人通り』の工房にいる時、働き者のエリーはいつも早起きだ。調合で徹夜をしている場合以外は、夜明けの鐘と共に目覚めるのが常だった。だが、今朝の目覚めはいつもとなにかが違う。
「あれ・・・。ここ、どこ?」
工房の2階にある狭い寝室と違って、天井は高く、ベッドも枕も段違いに柔らかい。あまりにふかふかで、かえって寝心地が悪いほどである。
なじみのない壁や天井をぼんやりと見上げているうちに、頭がはっきりしてきた。自分がどこにいて、それが何のためなのかを思い出す。ここはシグザール城の上階、ブレドルフ国王の私室のすぐそばにある使用人部屋だ。自分は王室付きのメイド見習いとして雑用をこなし、なおかつ国王からじきじきに下命された盗難事件の捜査もしなければならない。
「うわあ、起きなきゃ!」
あわててベッドから跳ね起きる。昨日、シスカから渡された勤務スケジュール表はベッドの脇の目立つ場所に貼ってある。寝る前に何度も読み返して、やるべき仕事は頭に叩き込んだつもりだが、念のためにもう一度確認した。
朝一番の仕事は、ブレドルフが起きる前に湯を沸かして髭剃りと洗面の準備を整え、控えの間に用意しておくことだ。それから、国王が一日の始まりをリラックスして過ごせるよう、ハーブティを給仕する。朝のティータイムは、おそらくブレドルフと一対一で落ち着いて話ができる唯一の時間だろう。
エリーが与えられた部屋は、ノルディスやアイゼルが暮らしていたアカデミーの寮の個室よりも一回り大きい。備え付けの家具はベッドとクローゼット、それに書き物机と椅子で、壁には以前にここにいたメイドの趣味なのだろうか、花畑を模したかわいらしい壁紙が貼られている。机の上には、すでに昨夜のうちに調合用具を出して整理してあり、いつでも作業にかかれるよう準備が整っている。だがお菓子作りにかかるのは、他のルーチンワークを済ませてからだ。
クローゼットから、支給されたメイド服を引き出す。シグザール伝統のお仕着せは、クラシックで地味な仕立てだが、布地の高級さは貴族のドレス並みだ。ほとんど黒に近い濃紺の地に白いレースのフリルがアクセントを添え、エプロン部分は温かみのあるクリーム色がかった白だ。胸の部分と袖口には、シグザールの紋章が目立たぬように刺繍されている。このエプロンドレスは、幾代にもわたって受け継がれる中で、見た目と実用性の双方ともに洗練されてきたのだろう。持参した参考書『シグザール王室儀典大全』(もちろんダイジェスト版の方だ)にも、メイド服の着こなし方は図解入りで詳しく載っていたので、昨夜のうちに何度も試着してみたが、実際に着てみると非常に動きやすく、フリルも邪魔にはならない。しかも、サイズまで、あつらえたようにぴったりと合っている。
手早く着替えを済ませると、エリーは最後の仕上げに髪を整え、カチューシャ式のヘッドドレスを着けた。クローゼットの扉の裏側の大鏡に自分の姿を映して確認する。長めのスカートの裾をひょいとつまむと、気取ってくるりと回り、小首をかしげてにっこりと微笑む。
「うん、けっこうかわいいじゃない」
誰も見ていないから、言えるセリフである。アイゼルにでも聞かれたら、向こう10年はからかいの種にされるに違いない。ともあれ、かわいいかどうかは主観の問題として、少なくとも外見だけは、非の打ち所のないメイド姿だ。
「さあ、初仕事、がんばるぞぉ!」
エリーは気合を入れ直して、部屋を出た。

「やあ、なかなか似合うじゃないか。このままずっとメイドとして雇っておきたいくらいだよ」
シグザール城の中庭を見下ろすように作られたテラスで、ブレドルフはティーカップを手にエリーに話しかける。メイド姿のエリーはサイドテーブルにポットを置くと、襟元のピンクのリボンをいじりながら、はにかんだようにうつむく。
「まあ、いけませんわ、陛下。お戯れをおっしゃっては・・・」
「あははは、エリー、セリフが棒読みになっているよ」
「えへへ」
エリーはぺろりと舌を出す。『シグザール王室儀典大全』に載っていた、言い寄ってくる貴族をやんわりと退ける仕草とセリフを試してみたのだ。それにしても、著者のウルリッヒはこのような内容をどのように取材して、どんな顔をして書き記したのだろう。
「ところで――」
ブレドルフは真顔になる。王室の側近やアカデミーのドルニエ校長に手を回して、怪しまれない形で首尾よくエリーをシグザール城に長期滞在させることができたのだ。ひと月以上も頭を悩ませてきた盗難事件の捜査に、いよいよ本格的に取りかかってもらうことができる。
「これから捜査を始めてもらうわけだけど、手始めにどうしたらいいのかな。ぼくは素人なので、よくわからないんだ」
「わたしだって素人なんですけど・・・」
エリーは小さな声で言った。ブレドルフはそれには構わず、
「ぼくにできることがあれば、何でも言ってくれ。協力は惜しまないよ」
「はい、お願いしたいことは、いっぱいあります!」
エリーは意気込んで話し始めた。国王に協力してもらいたいことは山ほどある。前日のシスカとの面談の様子を話し、メイドとして行動の自由が著しく妨げられていること、動き回れる時間が少ないこと、有用な魔法アイテムをすべて取り上げられてしまったことを訴える。
ブレドルフは苦笑した。
「そうか・・・。怪しまれてはいけないと思って、シスカには礼儀作法の教育はきっちりと行うよう指示しておいたんだが、裏目に出たか。シスカは真面目だからなあ」
「陛下! 笑い事ではございません!」
予習の成果か、エリーの言葉遣いも自然にメイドらしくなっている。
しばらく黙って思いをめぐらしていたブレドルフは、考え深げな表情で口を開いた。
「没収された魔法アイテムについては、どうすることもできないな。もうエンデルクの管轄下に移っているはずだし、ぼくが返すように命令すれば、理由を問われる。こればかりは諦めてもらうしかない。城内での行動については、いい手を思いついた。きみには、ぼくからの伝言を城内の各部署に持って行く伝令の役割をしてもらうことにするよ。普段はあまりそういうことはしないのだけれど、不慣れなエリーに城内の地理を覚えてもらうためだということにすれば、怪しまれない。そうすれば、きみがあちこち動き回る正当な理由にもなるし、伝言を渡すついでに聞き込みもできるだろう」
「でも、それって、ますます仕事が増えるってことですよね・・・」
「なに、ぼくの身の回りの世話は、手抜きしても構わないさ。お菓子さえしっかり作ってくれればね」
ブレドルフは笑った。その言葉で、エリーは肝心なことを思い出す。
「そうだ! わたし、まだ、その盗難事件の詳しい状況を聞かせていただいてないんですよ。まず手始めに、起きたことをなるべく詳しく話していただけませんか」
「事情聴取ってやつだね。いいとも、今朝は時間がある。――そうだ、その前に、お茶のお代わりをくれないか」
「かしこまりました、陛下」
エリーは教科書どおりに一礼して、ポットのハーブティーを注ぎなおすと、ポケットから小型のノートを取り出して、探偵としての最初の仕事にかかった。
以下は、この時のブレドルフとエリーの会話である。

「初めて盗まれたのは、チーズケーキだった。あれは、もうひと月以上も前だったな」
「陛下が銀貨2000枚で特別な依頼をなさった時のケーキですか?」
「いや、そうじゃない。『飛翔亭』に追加依頼をした時のものだよ。だから、エリーに作ってもらったチーズケーキとしてはふたつ目の方だね。ひとつ目のケーキは、毎晩一切れずつ、じっくり堪能させてもらったよ。他のお菓子はゲマイナーやシスカにも分けてあげたりしたけど、あのチーズケーキだけは独り占めしてしまった」
「えへへ・・・。そんなに喜んでいただけて、嬉しいです」
「それで、その晩のことなんだけど――。その日の昼間は、この秋に不作だったベルグラド芋の卸値を上げさせてほしいと近隣の村長が陳情に訪れたり、商工ギルドの幹部との月例会議があったり、礼服を直しに仕立て屋が来たりして、かなり忙しかった。夕食後、いつものようにエンデルクやゲマイナーの報告を聞いてから、この部屋に戻って、手紙を書いたり本を読んだりして、くつろいでいた。そして、いつもの時間になると、給仕頭のフランツがチーズケーキの皿を持って来てくれた」
「あ、すみません。いつものように――とおっしゃいましたけど、陛下の夜のスケジュールはいつも決まっているんですか?」
「うん、パーティーがある時は別だけど、それ以外の日は決まりきっているね」
「ええと、整理しておきたいので、先に、日暮れからお休みになるまでの陛下の平均的なスケジュール――と言いますか、生活パターンを教えていただけますか。わたしのメイドとしての仕事は夕食までとなっているので、シスカさんからいただいた勤務表にも、夜のスケジュールは書いてないんです」
「そうか、わかった。夕食後は、小会議室で城の幹部連から報告を受ける。どちらかといえば、お茶を飲みながら雑談するという感じだけどね」
「そのメンバーは、どういった方なんですか?」
「日によって違うけど、特別顧問モルゲン卿、騎士隊長エンデルク、情報部のゲマイナー卿、外交担当のシスカは、公務で留守にしている時以外はだいたいいるね。聖騎士隊の分隊長が参加することもある。ダグラスもたまに出席するよ」
「わかりました。続きをお願いします」
「報告会は、だいたい半刻で終わる。それからは、私的な時間だ。ぼくは部屋へ引き取って、くつろいで過ごす。そうやってリラックスしながら待っていると、給仕頭のフランツが夜食のお菓子を運んでくるんだ。決まった時間にね」
「あの〜、陛下が夜食にお菓子を召し上がるというのは、昔からの習慣なんですか?」
「うん、かなり前からね。カーテローゼ前王妃・・・つまりぼくの母さんは、料理やお菓子作りが好きで、暇を見ては厨房にこもってデザートやお菓子を作ってくれていたんだ。父さんもぼくも、よく味見をさせられたものさ。昼の公務が済んでから始めるものだから、お菓子が完成するのはいつも夜になってからだったんだよ」
「へえ、そうだったんですか」
「でも、ぼくが即位した頃から、そういう機会は少なくなってしまった。母さんも、引退した父さんの世話をすることで手一杯になったからね」
「なるほど、ヴィント陛下が王位を退かれて、ご夫婦水入らずで過ごせるようになったんですね」
「そんなに甘い話でもないんだよ。父さんも歳のせいか、身体を悪くしていてね」
「え、それじゃあ――?」
「いや、心配するほどのことじゃない。歳を取ると、多かれ少なかれ誰にでも起こる変化だそうだ。血圧と血糖値が高めになっていると御典医に言われてね。食事に気をつけるように指示されたものだから、逆に母さんは張り切ってしまって、父さんの食事を三食きっちり自分で作るようになったんだ。塩分や糖分の量とか、カロリー計算とか、母さんは昔から得意だったからね。それで、お菓子作りまでは手が回らなくなってしまったんだよ」
「はあ」
「そういえば、だから母さんは、リューネとも最初から話が合ったんだなあ」
「リューネ様とカーテローゼ様が・・・?」
「うん、リューネはもともと家庭的な女性だからね、お菓子作りや料理にも興味を持っていたそうだ。それに、少しでも早くうちの家族に溶け込みたかったんだろう、暇さえあれば母さんにくっついて、厨房で勉強していたよ。リューネが作ってくれるお菓子も、母さんのに負けず美味しかった」
「じゃあ、最近はリューネ様が陛下のお菓子を――?」
「そう、ここ1年ほどは、ずっとそうだった。母さん仕込みのシグザール伝統のお菓子にドムハイト風味をアレンジして、オリジナルのお菓子を作ってくれたりしてね。毎晩というわけにはいかなかったけれど、とても楽しみだったよ」
「でも、それじゃあ、どうして陛下は『飛翔亭』に依頼を出すようになったんですか?」
「聞いてないのかい? リューネは今、事情があってドムハイトの首都グラッケンブルグに帰っているんだよ」
「あ、そうか。『飛翔亭』のディオさんが言ってました。ドムハイトの王様――つまりリューネ様のお父様が、落馬してけがをされたので、リューネ様が里帰りされたんですよね」
「ふうん、そうか・・・。街のみんなには、そういうふうに伝わっているのか・・・」
「へ? 違うんですか?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ。それに、リューネの帰郷は今度の事件とは関係のないことだよ」
「はあ、そうですか」
「つまり、そういうわけで、リューネが国許に帰ってしまったので、ぼくのためにお菓子を作ってくれる人がいなくなってしまったんだ。もちろん、城の料理長に頼めば作ってくれるだろうけれど、それでは公私混同になるしね。その話をしたら、モルゲン卿にたしなめられてしまったよ。だから、わらにもすがる思いで『飛翔亭』に頼んでみることにしたわけさ。きみのおかげで、大当たりだったしね」
「ありがとうございます。・・・なるほど、だから、今までなかった依頼が、急に酒場に出されるようになったんですね」
「そういうことだね」
「ええと、カーテローゼ様やリューネ様がお菓子を作っておられた頃は、盗まれたことはあったんですか?」
「いや、ぼくの記憶にある限りでは、ないな」
「そうですか。だいたい、わかりました。では、事件があった日のことをお聞かせください」
「最初に話したように、いつも通りの時刻に、給仕頭のフランツがケーキの皿を持ってきてくれた」
「ちょっと待ってください。お菓子はいつも、どこに保管してあるんですか?」
「『飛翔亭』から届けられたお菓子は、フランツが特別な氷室で管理してくれている。王族の食べ物を保管するための特別の氷室でね。小さいが、特製の鍵が付いていて、フランツにしか開けられない。時間が来ると、フランツが鍵を開けて、一食分を取り分けて持ってきてくれるんだ」
「なるほど、それでは、氷室にある間は、盗まれる心配はないわけですね」
「そうだね、フランツがつまみ食いをする気になれば、別だけど。彼は頑固一徹で、信頼できる。自分の仕事に誇りを持っているから、買収も脅しも効かないだろう」
「わかりました」
「さて、その晩だが、さあ食べようと思ったときに、エンデルクから急用だと言って、ダグラスが呼びに来た。国境地帯から、気になる情報を持った早馬が着いたということだった」
「そういうことは、よくあるんですか」
「まあ、そんなに珍しいことではないね。それで、ケーキはそのままにして、すぐにエンデルクと話しに小会議室へ行った」
「その・・・、エンデルク様をこちらのお部屋へ呼んで、話を聞いてもよかったのではないですか?」
「いや、よほどの緊急時でない限り、幹部がこの私室に入り込むことはない。さっきの公私混同の話ではないけれど、モルゲン卿もエンデルクもシスカも、ぼくのプライバシーについては尊重してくれているんだ」
「それで・・・?」
「うん、エンデルクとの話は、すぐに済んだ。ところが、部屋へ戻ってみると、チーズケーキは消えていたんだ」
「お皿ごとですか?」
「いや、皿は残っていて、クリームがほんの少しだけついていたよ」
「それを見て、どうされました?」
「すぐにフランツに、もう一切れケーキを持って来るように頼んだよ」
「なるほど・・・。――って、そうじゃなくて!」
「でも、フランツは、氷室から出すのは一日一回、一切れだけ――それが決まりだと言い張って、新しいのはくれなかった。本当に頑固なんだから」
「陛下! そういうことをうかがっているのではありません!」
「ははは、わかっているよ。そんな怖い目で見ないでくれ。その日は、まさか泥棒の仕業だとは思わなかったからね。なにかの間違いじゃないかと思って、あまり深刻には考えなかった。気になりだしたのは、同じことが日をおいて、何度も起こるようになってからだった」
「毎日――というわけではなかったんですね」
「そうだね。ぼくも毎晩、席をはずすわけではなかったから」
「はい? それって、どういうことですか?」
「つまり、こういうことさ。ぼくがずっと部屋にいれば、運ばれてきたお菓子はそのまますぐに食べてしまう。でも、最初の日と同じように、幹部の誰かから呼び出しがかかることもけっこうあったんだ。そして、用件を済ませて戻ってくると、お菓子が消えている――」
「ええと、それって、言い換えると、陛下のお部屋にお菓子が用意されていて、召し上がる前に席をはずされた日には、必ず盗まれていたってことですよね」
「うん、そういうことになるね」
「ええと、陛下を呼び出したのは、いつも同じ人ですか?」
「いや、まちまちだよ。ゲマイナー卿が呼んでいると言ってエンデルクが来たこともあるし、モルゲン卿が用事だと、シスカが呼びに来たこともある。シスカの呼び出しをエンデルクが伝えに来たり、ダグラスがモルゲン卿の用事で呼びに来たり、いろいろだった」
「そうですか・・・」
「さすがに何回もそういうことが続いたので、ぼくも気になって、エンデルクに相談した。何者かが、ぼくの留守を狙って夜な夜な部屋に忍び込んでいるのだとしたら、由々しき事態だからね。もしも、曲者がお菓子ばかりでなく、ぼくの命を狙ったとしたら――」
「うわあ、大変だぁ」
「エンデルクは顔色ひとつ変えず、黙って聞いていたが、すぐに調べてみると言ってくれた。だが、一週間後に受けた報告は、ぼくを失望させるものだった」
「どんな報告だったんですか」
「シグザール城のあらゆる出入り口や窓、城壁や地下水路を調査してみたが、外部から何者かが侵入した形跡はない。それに、聖騎士隊を中心とした警備体制にも不備はない。だから、陛下の心配は杞憂である――とね。肝心のお菓子泥棒に関しては、証拠なし、手掛かりなしと、簡単に片付けられていた」
「そんな――」
「そこでぼくは、秘密情報部のゲマイナー卿に捜査を指示した。だが、ゲマイナーもまったくいい報告をよこさない」
「あの・・・、すみません、秘密情報部って、何ですか?」
「そうか、これは極秘事項だったな。・・・だが、きみには教えてもいいだろう。シグザールには、重要な国家機密を扱い、他国や国内の情報を集め、国を守るために誰にも知られずに行動する秘密部隊があるんだ。そこの長官が、ゲマイナーなんだよ」
「陛下! そのような重大な機密を、わたしのような者に軽々しく口にするものではございません!」
「ははは、怒るとメイドらしくなるね。いや、ぼくはきみを信頼している。事件解決のためにも、どんな些細な情報でも、すべて知っておいてもらいたいんだ。必要があれば、ゲマイナーにも紹介してあげるよ」
「はい、その時は、よろしくお願いします。・・・あまり、お近づきにはなりたくないですけど」
「そんなわけで、聖騎士隊も秘密情報部も、この連続お菓子盗難事件に関しては頼りにならないとわかった。だから、最後の手段として――」
「わらにもすがる思いで、わたしを呼んだわけですね」
「いや、違うよ、エリー。盗まれたお菓子を作った当事者だということとは別に、部外者であるきみを頼ったのには大きな理由があるんだ」
「どういうことですか?」
「さっきのエンデルクの報告の中で、気付いたことはないかい?」
「ええと、外部からの侵入者の形跡はないってことでしたよね。だとすると、お菓子泥棒は――えええ、まさか!?」
「そう・・・。犯人は、シグザール城の内部にいるのではないかと思うんだ」
「そんな・・・」
「だから、第三者であるきみに、公平な立場での探偵役をお願いしたわけだ。それに、もし内部犯だとしたら、できるだけ穏便に処理したいので、信用できる相手を選びたかったしね」
「そこまで信用していただき、ありがとうございます。――あ、ひとつお尋ねしておきたいんですが、陛下が毎日決まった時間にお菓子を召し上がることは、皆さんご存知なんですか?」
「これはぼくのプライバシーに関することだから、知っている者は限られている。給仕頭のフランツは当然として、知っているのは、おそらくモルゲン卿、ゲマイナー卿、エンデルク、シスカだけだろう。他にも騎士隊の分隊長クラスなら知っているかもしれないな。あ、もちろん、リューネと父さんと母さんもね。それ以外には、知っている者はいないと思う」
「わかりました。さしあたり、お聞きしたいことは――」
「――おや、誰か来たみたいだな。・・・ああ、モルゲン卿か。どうしたんだい? え、もうそんな時間か? すまない、すぐに行くよ」
「うわわ、わたしも急いで掃除をしなきゃ! 初日からシスカさんに怒られちゃうよ。とほほ」


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