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〜「名探偵クライス」犯人当てクイズ当選プレゼント小説<kozue様へ>〜

国王陛下のメイド探偵エリー

甘い誘惑 [解決篇] Vol.3


誘惑−15:第二の真相

「もうひとつ、確認しておきたいことがございます」
サイドテーブルの脇に戻ると、エリーはブレドルフに向かって、落ち着いた口調で尋ねた。
「申し上げにくいのですが、ヴィント前国王陛下は、その・・・ご高齢で、――ボケていらっしゃるということは、ございませんか」
シスカが息をのむ。じろりと責めるような鋭い視線を向けたが、エリーは気付かないふりをした。自分の推理が正しいとすれば、先夜のシスカの警告は別の意味を持ったものとなる。
「え? 何だって?」
ブレドルフは目を丸くした。
「はははは、そんなことはないよ。王位についていた頃から、少しとぼけたところはあったけれど、それは性格だしね。今でも、ぼくが難しい案件でアドバイスを求めれば、的確に答えてくれる。ボケているなんて、ありえないよ」
「わかりました。ありがとうございます」
一礼したエリーは、数日前の深夜、思わぬところでヴィント前国王と遭遇した顛末を語った。それを聞いて、ブレドルフはますます混乱したようだった。
「そんなばかな――? シスカ、きみもその場にいたのか? いったいどういうことだい?」
問い詰められたシスカだが、礼儀正しい物腰を崩さず、冷静に答える。
「陛下・・・。陛下がお知りにならなくてもよろしいこともございます」
「わたしの考えを申し上げてもよろしいでしょうか」
エリーが割り込んだ。ブレドルフは助けを求めるようにエリーを見る。
「ああ、言ってくれ」
エリーはうなずくと、話し始める。
「あの時、ヴィント様のお言葉を聞いたわたしは、たいへんな違和感をおぼえました。口調は平板で、感情がまったくこもっておらず、まるでへたな役者がお芝居のセリフを棒読みしているみたいだと思いました。でも、追いかけて来られたシスカさんの言葉から、その時はヴィント様が・・・その、老人ボケになってしまわれているのだと思い込んでしまいました。そして、夜毎、ふらふらとさまよい歩いておられたヴィント様が、たまたまブレドルフ陛下が席を外された際にやって来られて、陛下のお菓子を持っていって、食べてしまわれたのではないかとも疑いました」
エリーはシスカからゲマイナーに視線を移した。
「でも、昨日、ヘートヴィッヒさんとお話ししているうちに、ヴィント様は少なくともすべての事件の犯人にはなりえないということがわかりました。10月の初めに、ヘートヴィッヒさんはヴィント様とカーテローゼ様に呼ばれて、10日ほど続けてお茶のお相手をしに出かけられたそうです。毎夜、月をながめながら夜遅くまで3人でおしゃべりをされていた、と。つまり、その期間はヴィント様にはアリバイがあることになります。それに、ヘートヴィッヒさんの口ぶりからも、ヴィント様のお加減が悪いというようには感じられませんでした。それで、考えているうちに、別の可能性に思い当たったのです」
エリーは、その時のことを思い出すように、天窓を見上げる。
「先ほども申し上げましたように、深夜にお会いした時、わたしはヴィント様の言動に、へたな役者がセリフを棒読みしているようだという印象を持ちました。それは、なぜでしょうか・・・」
エリーは再び視線をティーテーブルの面々に戻すと、きっぱりと言った。
「それは、まさにその通りのことが行われていたからです」
「へ、どういうことだい、エリー?」
ブレドルフが、今日、何度となく繰り返した質問を口にする。エリーは視線をさまよわせながら、
「犯人は、わたしが事件を調査しているのを知って、危機感を持ったのかもしれません。まさかヴィント様に濡れ衣を着せようとしたわけではないでしょうが、とにかく捜査の攪乱を狙って、ひと芝居打ったのだと存じます。もちろん、ヴィント様もご承知の上だったのでございましょう」
「父さんが――!?」
「はい、おそらくヴィント様も、ブレドルフ陛下がお菓子の食べすぎで太られたことを、気にかけていらっしゃったのでしょう。ご自身もお身体を悪くされていたのですから、なおさらのことです。ですから、人のいいヴィント様は犯人の願いを聞き入れて――もしかすると、多少の悪戯ごころも混じっておられたのかも知れません――、ボケ老人のふりをすることを承知されたのでしょう。もちろん、陛下は専門の役者さんではございませんので、お芝居がお上手ではありませんでした。とにかく記憶を頼りに、自分が言わなければならないセリフを、必死におっしゃっていたのでしょう。ですから、わたしは、へたな役者みたいだという印象を持ったのです」
エリーはシスカに目を向ける。
「さすがにシスカさんは、長年にわたって外交の場でいろいろな役割を演じてこられただけあって、自然な演技をなさっておいででした」
シスカは無言だったが、カップをお茶をひと口すすり、艶然と微笑んだ。
「おそらく、このシナリオを書かれたのはゲマイナーさんでしょう。わたしもその時は、完全にだまされてしまいました」
エリーはゲマイナーを見やる。
「まあ、ヴィント陛下は昔から演技がへただったからな。その分、俺やシスカやウルリッヒが苦労させられた」
というのが、ゲマイナーの答えだった。
「それでは、シスカも――?」
ブレドルフが唖然としてつぶやく。
「いいえ、シスカさんだけではありません。ゲマイナーさん、エンデルク様、ウルリッヒ様・・・。この4人の幹部の方が、全員で協力して犯行計画を練り、実行されたのです。初日にシスカさんがわたしの言葉遣いをたしなめられた内容を、早くもあくる日にはエンデルク様がご存知だったことなどから、4人の幹部の方は毎日のように頻繁に情報交換をされていたに違いありません。ですから、ウルリッヒ様が計画に関わっておられないということは考えられないと存じますし、何回かは実際にお菓子を盗むこともなさったのではないでしょうか。ダグラスは、エンデルク様の命令を受けて盗みを実行しました。ほかの聖騎士の方の関与はわかりませんが、おそらく伝令として正規の任務を果たしただけで、何もご存じないのではないかと存じます。また、ヴィント様は先ほどのお芝居の時だけの共犯者でしょう」
「モルゲン卿・・・。きみもなのか?」
ブレドルフの問いに、ウルリッヒは黙って頭を下げた。
「だが、どうしてそんな、回りくどいことを・・・」
「陛下・・・。わたくしが何度、お菓子を召し上がりすぎるのをお諌めしても、聞き入れてくださらなかったではありませんか」
シスカが言う。
「いや、だって、あれは、ぼくのほとんど唯一の楽しみだったし――」
「陛下は、時おり、かたくなになられることがありますからな。申し上げれば申し上げるほど、頑固になられてしまう」
ウルリッヒも礼儀正しく言う。エンデルクも重々しくうなずく。
「ご即位前の陛下は、何度もこっそりと城を抜け出しては、街をさまよい歩いておられました。私が何度お諌めしても、行動を改めてはくださいませんでした」
「みんな・・・」
ブレドルフは、どうしていいかわからないかのようだ。
「だが、エルフィール、よくここまでわかったものだな」
エンデルクが感心したように言う。
エリーはやや緊張が解けたのか、ほっとしたように答えた。
「はい、昨日の晩までは、まったく五里霧中でした。ですが、寝床でいろいろと悩んでいるうちに、ゲマイナーさんの言葉を思い出し、そこからすべてが解けていったのです」
「何だと?」
ゲマイナーが目をむいた。エリーは微笑む。
「ゲマイナーさんが、妖精さんたちを怒鳴っていた言葉です。『みんなで協力してやらんか!』――これが、最大のヒントになりました。この言葉を聞かなかったら、わたしの頭では、永久に事件の真相はわからなかったでしょう」
「く・・・」
ゲマイナーはくちびるをかんだが、やがて誰に言うともなく、つぶやいた。
「やれやれ、だから俺はエルフィールを甘く見るなと言ったんだ」
「初耳だな」
「初耳です」
「初めて聞いたわ」
ウルリッヒ、エンデルク、シスカが声を揃えて言い返す。ゲマイナーは不機嫌そうに幹部たちをにらみつけたが、やがてエリーに目を向ける。
「ああ、きみ・・・。錬金術士をやっているのに飽きたら、うちへ来たまえ。シグザール秘密情報部は、常に有能な人材を求めているからな」
ゲマイナーはにやりと笑った。それはエリーに対する彼なりの最大の賛辞だった。
「でも、どうして、ひとことわたしにおっしゃってくださらなかったのですか。陛下からの依頼を断るか、そうでなければカロリーを控えたお菓子を作るように、おっしゃっていただければ――」
エリーがシスカやゲマイナーを見回しながら言う。ゲマイナーが答えた。
「それは考えたさ。だが、きみがお菓子作りを断れば、陛下は別の誰かにお菓子を作らせただろう。それでは事態に変化はない」
「それに、カロリーを控えたお菓子を提出するように言っても、あなたがその技術を会得するには長い時間がかかったでしょう。その場合も、陛下はどうにかして、お菓子を調達し続けたはずだわ」
シスカも言い添えた。
「なるほど・・・。確かに、そうですね」
釈然としないままに、エリーはうなずいた。確かに、糖分やカロリーを控えつつ、美味しいお菓子を作れるようになるには、やはりそれなりの修行期間が必要だろう。これからでもいい。カーテローゼ前王妃にお願いして、いろいろと教えてもらおうとエリーは思った。
「ところで、陛下――」
ウルリッヒがあらたまった調子でブレドルフに尋ねる。
「われら全員、覚悟はできております。ことここに至った以上、われら4名、いかなる処分もお受けいたす所存」
ウルリッヒをはじめ、エンデルク、シスカ、ゲマイナーまでがひざまずき、深々と頭を垂れた。
「え、どういうことだい?」
「畏れながら、申し上げます」
とまどっているブレドルフに、エリーが助け舟を出した。
「ウルリッヒ様が書かれた『シグザール王室儀典大全』には、王族――特に国王陛下に対する罪と、それに対する罰が明記されております。国王陛下の私物を盗み、しかもそれを繰り返し行ったということは、王室侮辱罪、ことによっては国家反逆罪にも該当するかと存じます。それに対する刑罰は、国外追放、身分剥脱などの厳罰が規定されております」
「エリー・・・」
エリーの厳しい口調に、ブレドルフも驚いて見返す。
「でも、ぼくは――」
「法は、法です。例外なく守られなければなりません。幹部の皆様も、そうお考えなのだと存じます」
エリーはきっぱりと言った。そして、やや口調をゆるめ、
「ですが、わたしがこれまでご説明してきた事件の真相は、あくまでひとつの仮説に過ぎません」
「え?」
「もうひとつ、考えられる真相があります」
エリーは言うと、部屋の隅から金属製のかごを取り上げて戻って来た。
「エリー、それは――」
ブレドルフの声に、幹部の4人も顔を上げて、エリーが手にしているかごを見る。
そこには、つやつやした毛並みの、丸々と太った大きなネズミが入っていた。かごの隙間に鼻面を押し当て、爪でガリガリと引っかいてなんとか逃げ出そうとしている。
エリーはすまして言った。
「昨日、陛下の控えの間に仕掛けておいたネズミ捕りに、この大きなネズミがかかっていました。最初の調査でエンデルク様がお考えになったように、どこからかネズミが入り込んで、部屋に人がいなくなるたびに、陛下のテーブルからお菓子を盗んでいたと考えることができます。犯人のネズミも、この通り、捕えました。以後、お菓子の盗難は起こらないでしょう」
「エリー、きみは・・・」
「陛下がご依頼になった、お菓子盗難事件の謎を解くという命題につきまして、わたしはふたつの解決を提示いたしました。どちらが真相かは、すべて陛下のご裁断に委ねたいと存じます」
エリーはブレドルフの前へ進み出た。そして恭しく両膝をつき、胸の前で指を組むと、こうべを垂れる。
ブレドルフは一瞬、黙り込んだが、すぐに晴れ晴れとした顔になって、宣言した。
「エリー、ぼくは、きみが示してくれたふたつの解決のうち、ネズミが犯人だったというのが盗難事件の真相だと思う。それに間違いない。――エンデルク」
「はっ」
「犯人のネズミは厳罰に処することにする。シグザール国王の名において、このネズミにザールブルグ市外への永久追放を命ずる。遅滞なく、刑を執行してくれたまえ」
「御意。直ちに『近くの森』に追放いたします」
エンデルクは胸の前に右手を添え、頭を下げた。


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