Scene−7
そして・・・。
夏の日も暮れ、カスターニェの町はとっぷりとした闇の中に沈む。
とはいえ、町のそこここに吊り下げられた提灯には灯がともされ、浜辺では無数のかがり火が焚かれている。町中に繰り出した人波も、昼間と変わるところがない。
しかし、人々は徐々に、中央通りから海岸へと向かっていた。
いよいよ、カスターニェ夏祭りのフィナーレ、花火大会が開かれるのだ。
砂浜に作られた観覧席には子供たちや家族連れが鈴なりになり、開始を今やおそしと待ち構えている。
海上には、見物客を乗せた漁船が何艘も浮かび、かがり火で水面を照らしながら、こちらも息を殺して、最初の花火が打ち上げられるのを待っている。
エリーとダグラスも、早めに宿を出て、丸木作りの観覧席に収まっていた。
ファンファーレが鳴り響く。
カスターニェ町長が短い挨拶を述べるが、聞いている者は誰もいない。
誰もが、夜空に大輪の花が咲く瞬間を、固唾をのんで待ち受けていた。
そして、唐突に、観覧席の左右前方から白い火球が打ち上げられ、大きく弾ける。一瞬遅れて、大地を震わすような爆発音が響き渡る。
「わあ!」
思わずエリーは子供のような歓声を上げて、空を覆い、飛び散る火花に見入っていた。
地元青年団が準備した仕掛け花火、カスターニェ漁協提供の20連発花火など、様々な趣向を凝らした花火が、立て続けに打ち上げられる。この花火大会はコンテストも兼ねており、ささやかながら賞金も出るのだ。それだけに、準備する側も真剣である。そして、真剣であればあるほど、見物客も楽しめるというわけである。
あっという間に時間は過ぎ、出し物もあとふたつを残すばかりとなっていた。
今大会の目玉、ザールブルグとケントニスの各アカデミーが錬金術の粋を尽くした仕掛け花火である。
一瞬、浜辺は闇の中に静まり返り、観客のざわめきと潮騒の音だけが聞こえてくる。
そして、ふれ役の大声が響き渡った。
「それでは、ケントニス・アカデミーの出し物です・・・。題して『虹色フラム・海中大噴火』!!」
その声が途切れると同時に、砂浜からふわりと長方形の布が浮かび上がった。
その上には、髪をなびかせた人影が乗っているのが見える。
「マルローネさん・・・『空飛ぶじゅうたん』だ!」
エリーが小さく叫ぶ。
マルローネを乗せた『空飛ぶじゅうたん』は、音もなく波打ち際を越え、海上に出る。
そして、マルローネは杖を振りかざし、大きく腕を広げた。
一瞬の間をおいて、腕が振り下ろされる。
と、同時に・・・。
波間の下に、七色の光が走った。
光は、マルローネが浮遊している場所を中心に、放射状に伸びていった。
人々が息を飲んで見守る中、四方八方に伸び広がった光は、突如水面を割って空中に伸び、爆発音とともに七色の火花を海面に散らした。
まさに、海全体が燃えあがったかのようだった。
まばゆい残像が人々の目に焼きつき、幻想の世界に一瞬閉じ込められたかのような印象を残して、マルローネの仕掛け花火は終わった。
わずかな間をおき、客席から大きな拍手がわき起こる。
いったん海岸に着陸したマルローネは、マントを翻して一礼し、砂丘の彼方へ飛び去っていった。
「すげえな・・・。いったいどういう仕掛けになってるんだ」
息をのむダグラスに、エリーはケントニスでマルローネを手伝ったことを思い出して、説明した。
「たぶん、爆発寸前の『虹色フラム』を『時の石版』を使った箱に封じこんで、海の中に沈めておいたんだね。それから、一斉に封印を解いたんだと思う」
「ふうん・・・。よくわからねえが、とにかくすげえな」
観客のざわめきが続く中、再びふれ役の声が響く。
「いよいよ花火大会、最後の出し物です・・・。ザールブルグ・アカデミーより、『フローティング・ドラゴン』!!」
続いて、群集の中からゆらりと現われた人影が、浜辺に置かれた大きな木箱に歩み寄る。
「あ、ヘルミーナ先生だ」
エリーがつぶやく。
ヘルミーナはつかつかと木箱に歩み寄ると、呪文を唱えながら、箱を縛っていた幅広のナワを解いていく。
ガタン、と音を立てて木箱のふたが外れ、砂地に落ちる。中から、ぼうっとした青白い亡霊じみた光が立ち昇った。
「いったいどうする気なんだろう。あんまり危ないことしなけりゃいいけど」
過去のヘルミーナの妖しげで危険な実験の数々を思い出しながら、エリーがつぶやいた。
ヘルミーナの口から、低いが良く通る声が漏れる。
「さあ、封印は解かれた・・・。『生きてるフラム』よ、散れ! 弾けるがいい!!」
同時に、青白い光に包まれた無数の『フラム』が、ざわざわと動き出し、波を乗り越え、水面を滑るように移動していく。
そして、数瞬の後・・・。
沖合いで、爆発音とともに大きな火柱が立った。
それに続いて、次々と火柱が立ち昇る。
火柱は、上下動を繰り返し、うねり、逆巻き、徐々に波打ち際へと近付いてくる。その様は、あたかも巨大な口を開いて猛り立ち、海辺へ向かって迫ってくる巨竜のようだった。
人々から、悲鳴に近い叫びが上がる。
最後に、炎の巨竜は観客の頭上に七色の火花を噴射し、音もなく消滅した。
今度は、拍手が起こるまでに、かなりの間があった。それだけ観客も迫力に圧倒されていたということなのだろう。
「今度もすごかったな・・・。ありゃあ、どういう仕掛なんだ?」
訪ねるダグラスに、エリーは首を振って答えた。
「わからない・・・。それに、あんまり知りたくもないよ・・・」
Scene−8
こうして、興奮のうちに花火大会も終了し、人々は三々五々、散っていった。
海岸に残って仲間内で飲みなおすグループや、宿に帰って休む者、まだ営業を続けている露店で最後の掘り出し物をあさる者など、様々である。
『船首像』に戻ったエリーとダグラスは、それぞれの部屋に分かれた。
「おやすみ、ダグラス」
「ああ、じゃあまた、明日な」
部屋に戻ったダグラスは、しばらくベッドに寝転がり、じっと天井を見つめていた。
窓から見える浜辺に、ヤシの木の長い影が落ちるのが見える。
月が昇ってきたのだ。
ダグラスは、そっと身を起こし、耳をそばだてて、隣の部屋の様子を探る。
エリーの部屋からは、ことりとも物音はしない。
もう、眠ってしまったのだろう。
ダグラスは、足音を殺して、そっと部屋を出た。
ルーウェンとの約束の時間は、もうすぐだ。
まだ酔っ払いが騒いでいる酒場の脇の階段を降りると、ダグラスは海辺の道を、南側の岩場へと急いだ。
昼間、ルーウェンに言われた通り、その場所はすぐに見つかった。
岩場に小さな丸太小屋が建っている。これが、『千年亀温泉』の入り口だ。
『千年亀温泉』は、カスターニェ海岸の岩場に湧き出した天然の温泉だ。24時間、誰でも利用することができ、料金も安いという。
ダグラスは、小屋の入り口に設置してある『料金箱』と書かれた木箱に小銭を放りこむと、『男性用』と書かれた扉を押し開けた。
中は、狭い脱衣所になっており、その先はもう月光に照らされた天然の露店風呂だ。人の気配はない。
「ちぇ、まだ来てねえのかよ」
ダグラスはつぶやくと、手早く着ている物を脱ぎ、湯の中に身体を滑りこませた。
月光を浴びた湯気が青白く立ち昇る中、ダグラスは潮だまりのような天然の温泉の中央近くまで出てみた。
周囲は岩場で囲まれているが、左側だけは、竹を組み合わせた柵でさえぎられている。その向こう側は女湯なのだろう。
ダグラスはゆったりと湯に身体を預け、全身の力を抜いた。
魔物との戦いでできた傷にはかすかにしみるが、逆にその感覚が心地よい。
しばらくは物を考えるのも忘れて湯にひたっていたダグラスだが、やがてルーウェンとの約束を思い出す。
「野郎・・・。『男同士、裸の付き合いをするには温泉に限る』なんて言いやがったくせに、来やしねえじゃねえか・・・。ばっくれやがったかな」
その時、かすかな水音が響いた。
「やっと来たか、遅いじゃねえか」
言いかけたダグラスだが、脱衣所の方を見ても、人の姿は見えない。それに、先ほどの水音は、どうも竹の柵の向こう側から聞こえてきたような気がしてならない。
「おい・・・。誰か、いるのか」
わずかに声をひそめ、呼びかける。誰か別の女客がいたところで、ここは共用の温泉場である。不思議はない。ただ、いささかばつが悪いことは確かだが。
また水音がする。湯をかき分けるような音だ。
そして、聞こえてきたのは、思いがけない声だった。
「誰? ロマージュさん・・・?」
ダグラスの声がひっくり返った。
「エリーか!?」
柵の向こうで、息をのむ気配がする。
「ダグラス・・・? ダグラスなの!? なんで、いるの!?」
間違いなくエリーの声だ。
その時、頭上の岩場から、聞き覚えのある男女の声が響いた。
「はい、ごたいめ〜〜〜〜ん!!」
同時に、めりめりという音を立てて、竹の柵がもぎ取られる。
手を伸ばせば届きそうなところに、びっくりして目を大きく見開いたエリーの顔があった。
<Illustration by 綾姫様> |
「キャッ!」
エリーが小さな悲鳴をあげ、湯の中で胸を隠す。もっとも、月光の照り返しや水面のゆらめきのおかげで、見えはしない。
ダグラスは、あんぐりと口を開け、岩場から見下ろすルーウェンとロマージュを見つめていた。
「どうしたの? ふたりとも。びっくりした?」
罪のなさそうな声で、ロマージュが言う。
「ちっくしょう! ふたりして、ハメやがったな!」
顔を真っ赤にしたダグラスが叫ぶ。
「男同士、裸の付き合いをしようなんて言いやがって!」
傍らで、首筋まで真っ赤に染まったエリーも言う。
「ロマージュさんも、女同士、裸でゆっくり話しましょう、なんて言ったくせに!」
「それより、なんでおまえらは水着を着てるんだよ!?」
「あら、だって、ここは公共の露天風呂ですもの」
すまして言うロマージュ。
「誰に覗かれるかもわからないし。自分の身は自分で守らないとね」
「ま、心配することはないさ。さっき、入り口に『現在清掃中』って札をかけといたからな。誰も入って来やしないよ」
ルーウェンも屈託のない笑顔で言う。
「まあ、男と女の間でも、裸の付き合いってのは大事だからよ。俺たちは、ちょいとそのお手伝いをしたってだけのことさ」
「い、意味が違うだろう、こらぁ!!」
いきり立つダグラスに、涼しげな笑顔を向け、ルーウェンは、
「それじゃ、俺たちは、これで退散することにするわ。あとはごゆっくり、な」
「あ、そうだ、忘れてた。あたしたちから、あなたたちへのプレゼントがあるのよ」
思い出したようにロマージュが言う。
「そうそう、マリーにも協力してもらった、とびきりのプレゼントがな」
ルーウェンも笑って言う。
そして、ロマージュは、砂丘の向こう側へ向けて、大きく口笛を吹いた。
『千年亀温泉』が臨む砂丘の陰では、マルローネとクライスが、互いに数メートル離れ、花火の発射筒を持って、身構えていた。
「いい? 合図があったら、同時に点火するのよ。タイミングを間違えないようにね。失敗したら、あんた1週間ただ働きだからね」
「勝手に決めないでください」
その時、砂丘の彼方からロマージュの口笛の音が響いてきた。
「よぉし、行っくよ〜〜!! 点火!!」
マルローネの掛け声とともに、双方の発射筒が軽い爆発音を立て、上空に2発の花火が発射された。
マルローネの奔放な発想と、クライスの緻密な計算の双方があってこそはじめて実を結んだ、恋の仕掛け花火。
それは、まさにどんぴしゃりのタイミングだった。
2発の火球が空に昇った。
エリーとダグラスが無意識に追った視線の先で、ふたつの花火が弾けた。
左側の花火は、オレンジ色を中心とした無数の火花となって、空中に、ある絵柄を浮かび上がらせた。丸い顔、頭にはオレンジ色の輪っかをかぶっているように見える。それは、まさにエリーの似顔だった。
一方、右側に上がった火球は、青い光で彩られ、精悍な顔つきの男の顔を描き出した。それは、ダグラス以外の何者にも見えなかった。
空いっぱいに描かれたふたりの似顔はゆっくりと回転し、互いに近付き合うように見えた。そして、ふたりの似顔が口づけを交わすように重なった瞬間、空を舞う火花は音もなく消えた。
見上げるエリーとダグラスの目には、いつまでもその残像が残っていた。
ルーウェンとロマージュは、どこかへ姿を消している。
ふたりは、言葉も見つからず、ただ茫然と夜空を見上げていた。
『千年亀温泉』の水面に、ふたつの影が、ただゆらゆらと漂っていた。
月がうつろい、影が動く。
ふたつの影は、いつしかひとつに重なっていた。
<おわり>
<○にのあとがき>
「ふかしぎダンジョン」65000ヒットのキリ番をゲットされたほしまるさんからいただいたリクエストは、「ダグエリ、ノルアイ、ルーロマの絡んだ話」でした。「ノルアイが結婚した後、他の2組はどうなっているのかな?」というご質問もいただきました。
そういうわけで、今回掲げたテーマは、「アルベリヒの舞の5年後」です。時期的には「エリーの同窓会」の半年後くらい。アイゼル様、予定日近いです(^^;
夏ですし、カスターニェの夏祭りを舞台にしようということで、海と花火と温泉(なぜに温泉?)という主要な小道具は決定。花火といえば忘れちゃならない爆弾娘・・・ということから花火コンテストというアイディアが生まれ、ヘルミーナさん対マリーという夢の(悪夢の?)対決が実現しました。そういえば、コンテストどっちが勝ったんでしょうね?
それから、カスターニェが舞台になるならボルトさんとルイーゼさんも出さなきゃと、急遽出演決定(このふたりのなれそめは、「カスターニェ買い出し紀行」をご覧ください)。ちなみに作中でルイーゼさんが博識(笑)を披露する場面で出てくる深海魚の名前は、すべて実在のものです。
『千年亀温泉』は、ゲームには出てきません。「カスターニェ買い出し紀行」を書いた時に、ルイーゼさんを温泉に入れたくて(おい)勝手に作ったものです。
それにしても、今回のラストシーン、考えようによってはすごくエッチい場面ではないですか。想像力をはたらかせだすといくらでも想像できてしまうという・・・。最初の構想ではこんなはずじゃなかったのに。やっぱりマリーの仕掛け花火ができすぎだったのかなあ(そういえば、花火を打ち上げた後、暗い砂浜でふたりっきりのマリーとクライスがどうしていたのかも気になりますな)。
ということで、サイトの健全路線を維持するため(笑)、現実的なオチを追加しました。ダグエリ派の方、ロマンチックモードのままで終わりたい方は、見ちゃいけません。ここから先へは進まないでください。
<現実的なオチ>
1時間後。
その後のことが気になったルーウェンとロマージュは、そっと『千年亀温泉』の露天風呂に戻って来た。
そこで、ふたりは、気を失って、重なり合うようにぷかぷか浮いているダグラスとエリーを発見したのだった。
どうやら、あれからどちらも身動きが取れないまま湯につかりすぎていたために、湯あたりしてしまったらしい。
「もう! 最後の最後まで手を焼かせるんだから!」
と、ぼやきながら介抱するロマージュに、ルーウェンは言った。
「ま、こいつららしいと言えば、こいつららしいよな」
まるで、なかなか大人になりきれない子供たちを、心配しながらもいつくしむかのような、ルーウェンとロマージュだった。