《経験も 印しつけねば 記憶なし》

 毎朝連れ合いを私の勤務地の近くにあるバス停まで同乗させます。途中で連れ合いが「あれを消したかしら」と言い出して引き返すことがあります。たいていは習い性になっているので消し忘れはありません。消したという記憶が残っていないだけです。指差確認をするように言うのですが,なかなか実行してくれないようです。私は勤務先の部屋から退出するときに指差しをしながら12番目まで確認しています。機器のスイッチ,施錠,消灯が合わせて12動作あるからです。
 人は毎日いろんな行動をしますが,そのすべてを記憶しているわけではありません。抜けてはいけない必須の行動には何らかの確認の方法を採るべきです。
 子どもにとっては育ちの中でたくさんの体験をすることが大事だと言われています。体験させることは必要ですが,それだけでは十分ではありません。体験を意識のレベルに止めておく仕掛けが必要です。例えば思いやりをしつけようとするなら,子どもがちょっとした優しい行動をしてくれたときに「思いやりをありがとう」と,うれしい気持ちと一緒に言葉で印象づけてやりましょう。子どもは「こうすることが思いやりだ」と学習し意識することができます。決して「雨が降らなければいいが」と水を差さないで下さい。せっかくのしつけの機会を水に流してしまいます。体験は言葉でラベル付けしてはじめて身につくからです。
 言葉づかいが品性を表すと言われる理由は,たくさんの体験の中から言葉によって選び出された体験だけが身についているからです。美しい言葉づかいをする人は美しい体験を選び出して身につけていることになります。しつけとは美しい言葉づかいのことです。

(リビング北九州掲載用原稿:98年12月-2)