《楽すれば 自分の世界が 狭くなり》

 小大名の城下町で育っていた子ども時代,城跡のある山やふもとの川が遊び場でした。水鉄砲や刀や弓のおもちゃを手作りするために,土手の竹やぶや山林に材料を切り出しに歩いて出かけました。使っていた道具はナタでしたが,切り方に一つの作法がありました。それは切り痕の形です。竹は斜めに切ったままに放置しておくと危険なので,尖った部分をつぶしておきます。また木の幹をノコで切るとき,切り株に雨水が溜まって腐らないように切り口を少しだけ斜めになるようにします。こうしておけばやがてわき芽がふきだします。また山芋やタケノコ掘りをしたときには必ず穴を埋め戻すようにしていました。これらの保全は特別によいことではなくてごく普通のことでした。自分の今日だけの遊び場ではなくて,自分たちの明日の遊び場という共通認識が育っていたのでしょう。
 休みの日に遠くの山野に出かけるといった形の遊びでは,自分が今日だけ遊ぶという非日常的な気持ちが強くなります。明日からの山野は自分の日常に無関係なものとして気配りは及びません。それが行楽地での遊びをやりっぱなしにすることにつながります。
 電車や車などの交通手段は距離を短縮してくれましたが,同時に空間を一時浮遊し地面から自分の足が離れます。自分の足で一歩一歩つないでいないから,目的地はまさに別天地として隔絶された場所になります。自分たちの場所という実感が湧くはずがありません。私たちの生活空間は距離が近くなったといっても,愛着といった気持ちは遠いままです。歩いていれば家の前の道は自分たちの道であるはずなのに,車に乗れば同じ道が自分とは無縁の公道に様変わりします。こうして自分の世界は限りなく狭くなっていきます。

(リビング北九州掲載用原稿:99年8月-1)