*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

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【形が伝える心配り?】


 「行ってらっしゃい」と声を掛けながら,手を振って見送ります。この手を振ることに何の意味があるのでしょう? 奈良時代の女性が着ていた衣装には薄い布のヒレがあり,振ることで神の霊力を招き寄せるまじないがあったそうです。袖を振って旅立つ人に神の加護を仰ぎ安全を祈る習わしになっていきました。その思いやりの気持ちが袖が無くなっても手の動きに残されています。とはいえ,手を振るまじないの意味など,現在の人はすっかり思いもしていないことでしょう。見送っている自分を知らせるための合図に過ぎないと考えているなら,それは今風な自分勝手な解釈になります。
 手をかざすといえば,おまわりさんの敬礼がありますが,あの形はどういう意味なのでしょう? 中世の騎士は顔まで覆ってしまう覆面付きの鎧を着けていました。すれ違うときに互いに悪意のないことを示すために,覆面を挙げて顔を見せ合っていました。覆面を挙げるためには手を顔の前に持っていかなければなりません。この騎士の作法が敬礼となって受け継がれているということです。
 エチケットや作法という言葉は消えてしまいました。古い形式は時代に合わなくなったということでしょうが,形を無くしたら込められていた思いも失われていきます。例えば,向き合ってお辞儀をした後に身体を起こす間合いが難しいものです。早すぎても遅れてもすっきりと落ち着きません。作法では,身を起こすときいったん途中で止めます。相手が身を起こすのを待って,一緒に顔を上げるようにします。作法はお互いを気遣う心配りの表れです。
 面接相談を受けることがあります。そのときに,相手の目を見つめるのは,威圧感を与えて,失礼になるということもあります。小笠原流作法に目付の事という項目があり,視線の置き所として「目通り・乳通り・肩通り」が勧められています。上辺が目の辺り,下辺が乳の当たり,左右辺が肩の辺りの四角形の中を見るということです。なんとなくそうしていることでしょうが,目安として覚えておけば,相手に対する礼を失していないという安心感を持つことができます。
 よそ行きといった堅苦しいことではなく,お互いに対する敬意を示す仕草を身につけると,人との関係がまろやかになるのではと思いますが・・・。
(2009年06月25日)