子育て心温計の全体図は別ファイルに示すとおりです。
【3.4】子育て心温計の使用上の注意
これまでに述べてきましたように,子育て心温計は9つの心構えの基準を目盛として,17の行動パターンから構成されています。ここで,この心温計を使用する場合に注意することについて補足をしておきます。
(1)悪い状態と言われるものは,無法状態と対立状態であり,どんなことがあってもこの状態に留まることは許されないことです。また良い状態は,奉仕状態と愛情状態であり,なるべくこの状態に留まれるようになることが成長の目標です。その他の状態がいわゆる普通の状態ですが,これは成長途上にあるもので,決してそこに安住すべきものではありません。
(2)行動パターンについての説明からも分りますように,右側の健全発育部は積上げ型になっています。例えば,自立状態が達成されない限り協力状態は生れません。したがって,この心温計は成長の達成度を測るためにも使うことができます。後でこの例については触れることにします。
(3)健全発育部の全体的な特徴は,下から順に発育するにつれて,個人的な欲望が他との関係の深まりにつれて段々と押え込まれていって,次第に私という自己が消え去っていくように見えます。心の喜びに変質してゆくからですが,言替えますと,自分が消えて「もう一人の自分」が成長しているからです。
(4)この心温計は一人一人に付随したものですから,人間関係を見るときにはそれなりの考慮が必要です。例えば,普通の親子関係では,親は愛の状態にあります。子どもが親に対して甘えるとき,その多くは他人であったら迷惑なことです。ところが親は子どもに対して愛によってそれを受入れています。子育て心温計は客観的な検温をしなければ意味がありませんので,親としての心情を抜きにして診断することが,親の守るべき条件です。そのために,親自身もこの心温計で検温することが使用前の前提になります。
(5)人は非常に多くの行動をすると同時に,一つの行動の動機が全く異なっていることがあります。例えば,姉が妹をかばう場合,自分は姉であると思っているのであれば自立状態ですし,妹を可愛いと思っているのなら愛情状態です。しっかりと見極めなくてはなりません。
(6)相手や状況に応じて種々雑多な行動をします。仲良く遊んでいたと思ったら,いつの間にか喧嘩をして対立状態になっていることもあります。一人の子どもは常に状態を移動していることに注意して下さい。状態という概念は不変という意味を含んではいません。状況によって移り変るから状態と表現できるのです。心は動くということを忘れてはなりません。
(7)一つの行動がたいへん複雑な構成を持っていることがありますので,行動のパターンを一つに限定してしまうには十分に注意を払うべきです。例えば,ご婦人がお店で洋服を選ぶとき,店員さんに勧められた服を「こんな柄のものは,誰も着ていないから」と辞退します。それではこちらはと差出された服を見て「これと同じものを皆が着ているから」とまた断ります。皆と同じであることに安心感を持てる〈群集状態〉と,一方では皆と同じではありたくない,目立ちたいという〈自我状態〉を同時に合わせ持っています。簡単に切離すわけにはいきません。これが女性心理の複雑さの原因ではないかと思います。
(8)例えば,大学の卒業式で和服を着飾った女子学生がすれ違うとき,何気ない素振りをしていても,視線だけは相手の姿を上から下まで追っています。自分の着物の方が色柄ともに上品だし生地も上等のようだと思いたいのかも知れません。優越感を持とうとする〈自我状態〉は自分と他人を比較しますが,その場合の多くは,人間自身よりも付属物を介した判定になり,その尺度は金銭的になりがちです。この場合には〈自我状態〉と〈変動状態〉が結合しています。このように発育不良部は多くの場合,合併症状として現れます。しかし健全な状態とペアになることは決してありません。
(9)小学生の場合の6年間は変化の激しい時期ですから,親はその応対の時期と内容を間違えないように細心の注意が必要です。適時性と適量性と言われるのはこのことです。育ちの全体像の中で,わが子は今どの段階にあるのかを知る上で,この子育て心温計は役に立つでしょう。子どもがどの状態にいるのかを正しく測ることで,適切な対応(治療・援助)をしてやることができます。その対応によって,子ども自身も自分の発育段階を知ることができます。子どもにとっては自分の成長を自覚することはたいへん大切なことです。育ちの意欲に関わることだからです。
(10)病気の場合の診断でもそうだと思いますが,心温計による検温だけではなく,「会話による問診」を合わせて判断する方が望ましいと思われます。大まかな状態の判断は心温計で可能ですが,一つの行動の後ろにある心の状態を引き起している原因は,多様なものでしょう。その原因は問診でなければ判断することはできないでしょう。子どもに対し治療や援助を具体的に施す場合には,ぜひ対話を欠かさないようにして下さい。病気になったときに慌てて対話をするのではなく,普段の対話を通して,子どもの心の状態のカルテを親はきちんと整理しておいて下さい。