《第4章 子育て心温計による診断》

【4.1】診 断 例

(その7)二面性

 心の安定について考えてみましょう。〈奉仕状態〉の説明のところで,私たち人間は社会での人間関係につきまとう緊張を緩和するために温かさを求めていると言いましたが,心の安定を得るためには,二つの相反する力の均衡が必要だからです。ヤジロベーのあの安定感です。心にも釣り合いが必要なのです。
 小学生の作文を読みますと,例えば「お父さん」という題で,「ぼくのお父さんは怒るととても恐いです。でもお酒を飲んでいるときは優しくて面白いお父さんです」といったパターンが多いことに気付きます。恐いだけのお父さんでもないし,優しいだけのお父さんでもありません。子どもはお父さんの相反する二つの姿にバランスを見つけ,それが印象に残って作文に書いています。子どもの目には安定したお父さんが見えています。緊張と緩和の均衡を見抜いています。このような安定は大きな復原力を持っています。相反する力があることによって,互いに対する復原力になります。この正反対なものが同時に存在する意外性を不思議に思った子どもは,父親の姿から人間らしさのモデルを無意識のうちに探り当てています。
 子育ての場合に父と母という二つの力が区別されるのは,このような理由からです。厳父慈母という対称的なものが均衡することで,互いの存在の必要性が保証され,家庭が安定します。家庭の中で父親の力が弱まっているのは,バランスを欠くことによって,母親の力の適正化ができなくなるという意味で問題なのです。さらに父親と母親がそれぞれに自分の中でバランスした二面性を備えていなければなりません。しっかりしているようでどこか抜けているという状態です。どちらかに片寄っていると必ず不安定になります。つまり無理をして疲れてきます。天は二物を与えずと言われるように,優れた点とそうでない点を持ち合せているのが人間です。その前提の上に私たちの人間社会はできあがっています。互いが足りない部分を補い合っています。そのことを知っている人には,バランスがとれている余裕が見られます。よく言われる,酸いも甘いもかみわけた人とは自己のバランスを保持している人です。
 子どもは親を二面的に捉えています。私たち親も子どもを二面的に見てやりましょう。頑張っている部分とそうでない部分とがあります。そうでない部分にも存在価値があることを認めなければなりません。目覚めて頑張る部分は眠って休養をしている部分に支えられているのです。勉強と遊びという二面性も同じです。遊びにあれこれ肯定的な理由を付けて成長に必要な要素があるから大事であると言うことより,もっと単純に無価値(勉強に対して)であること自体の価値を認めることが必要です。遊びの意義は十分条件として存在しています。生活の中で人生を切り拓いてゆくとき,いちばん大切なものは心の安定だからです。
 自分と他人の間にあるいわゆる人間関係のバランスについても,同じようなことが言えます。例えば,目を瞑って片足で立ちますとやがて必ずふらついてきます。私たちは対象と自分の位置関係の微妙な変化を目で検出して,筋肉の力で均衡を保持することによって全身のバランスを保っています。私たち自身の平衡感覚は他との関係の上にあると言えます。自立することは自分一人で地に立つことで達成できるのではなく,他との関係でバランスをとれるようになって始めて完成します。一人で立っていればわがままということ自体有り得ません。誰かと手をつないでいるから,わがままはいけないことになるのです。
 人間関係を自分の心の中で安定させるためには,心の中に自分と他人を同じように住まわせておく,つまり常に他人に対する自分を知っておくことが必要です。他人という対象に目を瞑れば,私たちは倒れてしまいます。自分意識しかないとき,心のバランスが崩れ,子育ての中でさまざまな弊害が表出します。
 相反する力であるからこそ平衡が得られるということを,もっときちんと意識しておきたいと思います。