*****《ある町の社会教育委員のメモ》*****

【変化への条件整備?】

 社会教育に携わっていると,社会のほころびに目が行き,なんとかしなければという正義感らしいものに感染してしまいます。いわゆる熱意という高揚は正しいことへの執着心に支えられています。その高熱を内に閉じこめて,じっくりとエネルギー効率を高めるプロセスがなければ,一人のぼせ上がって浮き上がってしまいます。
 熱い思いを沈着さに転換する冷静さが求められます。一つの方法は,ほころびは一部のことであるという気付きです。全体がダメなのではなくて,概ねうまくいっている中で,ある箇所にほころびがあるということです。このほころびは手直しという対処で繕うのが普通です。しばらくはしのげるはずです。ところが,視野を中長期に広げると,あちらこちら手直しを重ねることが全体の整合性を少しずつですが歪めていきます。着物のほころびを繕い続けると,着物自体がツギハギだらけになっていくのと同じです。思い切った改修が必要になります。

 社会の改変を目指す場合に押さえておくべきポイントを概観しておきましょう。やるべきことは二つあります。構造改革と意識変革です。社会教育分野で壁と意識されるのは人々の意識です。意識が変わらなければどうしようもないという悩みを持ち,そこで立ち往生しているのが現状です。そこで,社会教育活動は,「意識を変えるためには啓発をもっと」という方向に進んでいます。しかしながら,その機会を設けても,次には参加が少ないという壁に変わってしまいます。またしても,意識が低いという壁が再現されます。堂々巡りを繰り返しているわけです。どうすればいいのでしょうか?

 一つの時代にマッチしたシステムは,時代が移ればミスマッチを起こすのは必然です。晴天に適合したモノは雨天では用を足しません。社会というシステムも同様です。今までうまくいったシステムにこだわり頼ろうとすればするほど,新しい時代からは離れていきます。システムは改めるべきものです。それが「構造改革」です。社会システムでは,スクラップアンドビルドを進めることになります。ところが,言うは易く行うは難しでもあります。特に難しいのはスクラップです。今まであるものを無くすのはたいへんな抵抗を受けます。
 ものごとには順序があることを思い出しましょう。スクラップアンドビルドという語順は不自然です。スムーズに事を進めるためには,ビルドアンドスクラップなのです。家の住み替えのケースを考えると,災害などでスクラップになればプレハブ建家に避難してビルドされる家に移るという順序ですが,平時では,今の家に住みながら新しい家をビルドして新居に移り住みます。古い家は転居後にスクラップして更地にすればいいのです。
 構造改革はまず新しいシステムを構築することからはじめます。そこに移った後であれば,無人になった旧システムは自然消滅します。新しい時代にマッチしたシステムを作っていけば,ビルドアンドスクラップは無理なく進展するはずです。大事なことは旧システムを更地にする手続きを忘れないことです。それを忘れると旧システムはお化け屋敷として残存しかねないからです。
 構造改革に準ずるものとして,機構改革があります。これは既存のシステムを組み替えることですから,それほど大きな困難はないでしょう。システムのトップさえその気になりさえすれば実行可能です。問題はトップに英断する勇気があるかどうかということになります。
 社会教育分野における構造改革は,主として関係団体に対して求められます。会員数のデフレスパイラルに陥っている組織があります。最大の原因は新規加入がないということです。その組織に吸引力が失われていることなのですが,その件については,改めて後日触れることにします。

 次に「意識変革」について考えておきます。長寿化が進んで多世代社会になりました。人の意識は育った時代をベースに構築されます。各世代が持っているそれぞれの意識が混在しているので,価値観の多様化という現象が表出し,一方で世代間の断絶という印象が強まっています。意識においてもビルドアンドスクラップという作業が必要です。
 意識世界を構築している素材は「言葉」です。そこで意識を変えようとするなら,言葉を換えなければなりません。新しい言葉を生み出すことが意識を変える基本的な方法です。パラダイム変革は新語の導入によって行われてきたという歴史を思い起こすべきです。天動説から地動説という言葉の変換がイメージを変換し意識を変えてきたのです。新しい言葉であれば,多世代が等しく初体験として同じ立場に立つことになり,共通理解が進みます。
 先ほど「多世代社会」と書きました。聞き慣れない言葉ですが,社会を見る上で必要なイメージを与えてくれるはずです。これまでにも,社会教育分野では「参画」,「学社融合」などの言葉が出てきました。言葉が湧いてこない時代は停滞します。次から次に新語が生まれるようになれば活気が生まれます。また,新制度として出現した「学校週五日制」という言葉がありますが,親がそれをそのまま使えば意識は正鵠を得なくなります。親の使うべき言葉は「家庭週二日制」という新語でなければならないのです。地域の活性化を図るためには「老若融合」という言葉が指針をイメージさせてくれます。
 意識を変えるために啓発活動を,という従来のやり方の弱点は,啓発すべき言葉を持たないということです。人を参集するためには,「この指止まれ」という明確に意識できる指標としての指が必要です。それが言葉です。拠り代としての魅力を備えた新語であり,目新しいイメージです。
 先の構造改革においても,言葉の創造は有効です。組織の名称を改めるということです。古いイメージに染まった組織名では,名前によって損をしてしまいます。イメージチェンジは名前から始まるのです。新しい名前に適った組織を作っていけば,それが結局は構造を変えることになります。

 社会を変えていく道具,それは言葉です。意識,イメージ,思考,いずれも言葉を使います。新語を導入することで,状況は知らないうちに変わります。それを意識的に実行しようとするなら,言葉という道具を最大限に活用すべきです。変化への条件整備である構造改革と意識変革は,効果的な新語を導入できるか否かに掛かっています。

(2002年08月18日)