*****《ある町の社会教育委員のメモ》*****

【地域の耕し?】

 私のまちには自治公民館と呼ばれている類似公民館があり,それなりに活動をしています。地域の自治を担う住民からなる組織の中に公民館主事という役割があり,公民館を基盤としたさまざまな活動を推進しています。主事会という年に数回の会合に招かれてオブザーバー格として出席しました。当日は,各自治公民館の活動の報告と研修という趣旨で開催されました。お互いの知恵を学び合おうということです。その際に感じたことを記しておきます。

 共通している悩みは,住民参加の低迷でした。地域自治の一角を担っている隣組長も自分たちの活動という意識がなく,主催者側としての参加をしないようです。輪番制で役を受けているに過ぎず片手間にお世話をしているので,必要最小限の仕事しかしないということなのでしょう。どうせやるならいい仕事をという前向きな気持ちなど全く発揮されていないということです。
 企画をして回覧で案内をしても,期待するほどの参加数が得られず,やっても無駄ではないかという諦めムードがあります。その声が続く中で,終いには「永遠の課題だ」という宣言が出てきました。自治公民館の活動に限らず,社会教育関係の行事はおよそ全て同じ課題を抱えています。ちょっときついコメントになったかもしれませんが,求められるままに若干のお話をさせて貰いました。

 社会教育で使えるわずかばかりの予算の行事に大勢の人を集めようとすることが無謀です。人集めは金がなければ無理なのです。もちろん金で集めるようなやり方は,社会教育に相応しくないと思う方もおられるでしょう。そうなら,集めることははじめから考えてはいけないことです。
 社会教育は生涯学習と重なります。学びたい人が参加できる企画を考えるべきです。欠席する人はどうしようもありません。大事なことは出席した人を精一杯のおもてなしで迎えることです。言い換えると,主事ができることはそれしかないのです。出席した人が,「今日は参加してよかった,また次も参加しよう」と思うように計らうことです。きっと新しい参加者を連れてきてくれます。一度参加したが大したことはなかった,そう思われたら参加は減る一方です。
 ところで,この方針はとても困難なものです。でも,手がかりはあります。まず,主事自らが「自分だったらこんな行事に参加したい」と思えるようなものを企画するように努めることです。役目で例年通りの企画をこなすだけといったやっつけ仕事では,参加者を満足させられないでしょう。そのためには,行事や講座のメニューをあれこれと用意した方がよく,各種団体や行政などからの出前講座などの支援が求められます。この点については別のルートで考えるべきことです。
 地域活動に対する無関心という側面も指摘されました。しかし,それに対する対応が手つかずになっています。住民の意欲を掘り起こすという地道な活動が必要です。手始めに情報をこまめに流すことです。回覧だけではなくて,全戸配布の広報誌をつくるのです。住民はそれぞれなにがしかの費用を拠出しています。参加しない人は何の見返りもありません。それは参加しないから仕方がないと捨て去るのはあまりに身勝手です。こちらから届けるように気配りした方が本筋です。いただいたものに対するお返しはきちんとするのが地域のつきあいです。こんな楽しいことをしていますよ,と日頃から宣伝し住民に周知を図っておくことが耕しの第一歩になります。
 転入された方に「歓迎のお知らせ」といった地域紹介の情報を与える手はずも大事です。日頃からこまめな関わりを持つように図っていなければ,いざというときに関心を持ってはもらえません。そんなことをしても効果はしれているという声もあるはずです。何も一発で決まる方策などないのですから,あれこれやってみるしかないはずです。
 繰り返しますが,できることをきちんとやるしかない,できないことを探してもそれは無駄です。小さな積み重ねという地道な活動が疎かになっているようでは,事態の変換は覚束ないのです。地域活動とは年に数回のイベント的行事ではなくて,日頃の小さな活動が住民に浸透することだと考えて欲しいのです。

 どこまで共感を得たか分かりませんが,何ができるかということに視点がシフトしてもらえたら,それでコメントの役は果たせたと思います。もちろん,社会教育委員として大きな環境整備を進めるという宿題も与えられました。おいおいと考えていくことにします。

(2004年01月06日)