*****《ある町の社会教育委員のメモ》*****

【安全の視点?】

 小学校PTAの地域集会が,従来地域の公民館で実施されてきました。昨年から合同という形で,学校でも開催されるようになりました。個別の開催ももちろん希望により実施されます。合同地域集会では,当然のこととして地域の子育て機能がテーマになるので,地域の各役員が招かれて参加しています。
 PTA会長のOBということで招待され,集会での協議のまとめを頼まれました。昨年からの引き続きです。今年のテーマは「子どもたちと地域の安全について」と掲げられています。このところ町のあちこちに子どもを対象にした不届きな振る舞いをする輩が出没しています。こんなことは数年前まではなかったのですが,情報の氾濫が事例学習を進めているせいか,真似をする輩が出てきたようです。今のところ幸いに深刻な被害は出ていませんが,注意をしなければなりません。親として,地域人として,何ができるかを見つけなければなりません。
 更にもう一つ,6月1日の佐世保の事件が突きつけられました。仲良しであった友だちの間に突然に凶行が紛れ込んでしまう恐ろしさは,親にとっては驚愕でした。このことをどのように受け止めるか,何を学ぶか,何を産み出すか,それが親としての哀悼の意味です。

 いくつかのことをまとめておきましょう。地域集会で出てくるであろういろんな意見を束ねる紐が必要だからです。

○確認しておくこと
 皆さんにお尋ねします。「自分のお子さんの安全を親身に考えてくれていると思う方を思い浮かべてください。何人いましたか?」。先生方,同級生の親御さんはもちろんですが,それ以外に信頼できる方が思い浮かびますか? お子さんの行動範囲が,どなたかによってきちんと見守られていると思われますか? 親に代わって見守ってくれる人は,縁を結んでおかないとできません。誰かが見てくれるだろうという期待だけであるなら,不安ではないですか。

○安全の条件
 地域の安全は,あそこにはあの人がいる,そういう信頼できる知り合いのネットワークです。誰かがいるはずだという曖昧な状態では,安全とは言えません。子どもが通学途中で怪我をしたら誰かが処置してくれるだろう,この「だろう」という思いが隙間なのです。例えば,子ども110番の家があります。そこの方をご存じですか? 子どもがお世話になるかもしれない方,そんな大事な方とはやはり信頼関係を結んでおかなければと思う,それが子どもの安全を守る第一歩ではないでしょうか? では,そのためにはどうすればいいのでしょう。地域の行事に参画して,顔見知りになることです。顔つなぎをすることで,人との信頼関係は始まります。特に,家の近く100m以内が子どもの孤立する範囲です。ご近所にこそ,わが子を見守ってくれる人をつくっておくことです。通りすがりの人はただ見てるだけで,見守ってはくれません。

○安全の取り組み
 地域の雰囲気があります。例えば,子どもを見るとき,服装の乱れに着目しますね。乱れがつけ込まれるからです。同じように,地域の佇まいに乱れがあると,誰もが無関心だという隙が産まれます。草がボウボウと伸び放題のところがいつまでも放置されていると,そこには目が届いていない証拠です。逆にきちんと刈り込まれていれば,誰かが見ているという雰囲気が漂うはずです。隅々まで目が行き届き構っているというまちづくりが,防犯の第一歩です。防犯ポスターをあちこちにしっかりした形で提示することもいいでしょう。ただ,防犯標語などの立て看板を立てるのはいいのですが,雨ざらし日ざらしで字がかすれて消えかかったままに放置されているのを見かけることがあります。かえって手抜きをしているような印象を与え,逆効果です。更新するという手抜きをすることが,防犯意識の衰退を示すからです。地域のことを皆で気にかけているという態度を表現するために,いろんなアイデアを出し合いませんか?

 さらには,何かが起こったときの対応を実際に訓練してみることです。やってみることで,何をどうすればいいのか,きちんと見えてくるはずです。考えるだけではいざというときに役に立つかどうかの検証ができません。例えば,防犯ブザーを持たせる場合,学校で子どもたちに使う練習をさせることはもちろんですが,もう一歩進めて,地域の方に「この音を聞いたら駆けつけて」とお知らせをしておかなければなりません。ブザーを鳴らしても,周りの人が何の音か分かっていないと,効果は半減します。学校と地域の連携とは,そういうことです。いろんな対応について,子どもたちへの啓発や,連絡網の機動性と確実性,地域との協力の可能性など,具体的な詰めをじっくりと検証しておくことです。一度やっておけば,後は楽ですし,余裕も産まれます。

○安全の心配
 心配なことが一つあります。福岡市内では,市民の手による防犯の動きが活発になっています。防犯というのは守ることですが,それは犯罪を無くすことではなくて,追い出すことです。市内を追い出された魔の手は,防犯意識の低いところへと流れ出してきます。その心配をすれば,隣接する町としてこれから十分な対処をすることが必要になります。早めの行動が求められます。

○安心させていますか?
 子どもを育てる上で最も大事なことは,安心させることです。赤ちゃんが泣いたとき,まずグッと抱きしめてやります。安心させるためです。子どもが育ちを止めるのは,不安になったときです。独りぼっちの孤独,誰も自分を見てくれない,話を聞いてくれない,いろんなケースがありますが,それは安心感の欠如です。仲良しの友だちとこじれたとき,一つの安心感の喪失が起こります。そんなとき,自分の気持ちを包んでくれる,もう一つの安心感があれば,子どもは不安に駆られた激情に走ることなく,落ち着いていられます。自分を温かく見守ってくれる人が一人でもたくさんいることが,子どもの安心感を幾重にも支えることになり,健全な育ちに向かわせることになるのです。

 実際の地域集会ではどのように協議が流れていくのか分かりませんが,その中のいくつかのポイントを,以上のような視点で括ることで,まとめにしようと思っています。この予習がどの程度生かされるか,楽しみです。

《地域集会を終えて》

 通学路の危険箇所の話が出ていました。改善の要求を行政に区長や校長を通して求めるということのようでした。かつて,会長をしていた頃には,その件は専門委員会の業務として実施していたのですが,どうなったのでしょう。不審者対策については,集団登校の見守りをしているが,その改善について提案されていました。夕方6時の帰宅を案内する放送の取り組みをはじめるという自治区もありました。また,子ども110番の家についても,その待機状況,校区外の110番の家の案内などについての質問もありました。総じて,組織的な見守り活動に関心が向いていました。

 「講評」という役回りを与えられていましたが,予定の時間を過ぎていました。そこで,大事なわが子を見守ってくれる人を具体的に思い出してもらうという質問,支援してくれる人と顔見知りになることの必要性,対応の更新の必要性について,短くお話ししておきました。心構えについて,少しでも気付いて頂いたらよいのですが,後は祈るばかりです。

(2004年06月07日)