「反町さんが止めた理由、最後まで反対だった一番大きな理由って言うのは、…僕のオリジナルとあの人が、特別な関係にあったのを知っていたからじゃないですか?」
 参ったな、ちくしょう。今日は酔いが回るのが早い。飲みつけない銘柄のせいだろうか。
「君は、それを尋きに僕のところへ来たのか?」
「そう、…多分、そうです。反町さんなら答えてくれると思った」
「若島津がそのことを君に何か話した?」
 そこでようやく視線を下げ、彼は首を左右に振った。緩慢な動作だった。
「…だけど、そこのとこは大きな問題じゃないんです。問題はあの人の感情より、事実がどうだったかってことですから」
「事実?」
「あの人がオリジナルについて語っても、それはあくまで主観ですよね。僕が知りたいのは…オリジナルが、僕の知らない誰かが、彼を愛してたのかってことなんだ」
 愛していたか。
 その言葉の意味するものは、所詮は主観でしかありえなかった。少なくとも反町はそう思った。この少年に納得のいく答えをやれるとも思わなかった。
「───君の期待してる言葉かどうかは判らない。ただそれを僕なりの表現で言うなら、あの二人はお互いを……大事にしていたよ。そうだな。僕なんかが側にいるのが、邪魔なんじゃないかと思うくらいね」
「お互いしか見てなかった?」
「いや、それとも違う。…排他的だとか、周りが見えてないとか、そんなふうに言ってしまいたく無いんだ。僕は今でも、あの二人を本気で羨ましいと思ってる。それをセンチメンタリズムだと笑われちまったら、まったく反論出来んわけなんだが」
 笑うなんて、と彼は遮ろうとしたが、いいからと手を上げて押さえて反町は続けた。
「あのね、いいかい。僕は本当に彼らが好きだったし、彼らも僕をかなり内側に踏み込ませていたふうだった。僕らは三人して──今の君よりずっと若い時分から、つるんでよく遊び回ってた。隠しごとも殆ど無かった。あの頃、若島津は僕が口説きそこねた女の数まで答えられたと思うよ。まあ、これは品のいい例えじゃないが」
 でも、あの二人は。
「あの二人は、そんな思春期の仲間意識とも違う、単にお互いが特別な相手だったんだろう。何がそんなにって、僕だって当時から思っていたよ。オレとあいつと、どこがそんなに違うんだってね」
 特別という言葉に意味があるのだとしたら、それはあの二人から教えられたものだった。悔しさを感じるより、ただ、そう、羨ましいと。
「つまり肉体関係があるなしも、大して意味のある事柄じゃないってことですか?」
「…なあ、そこだけを明確にしたいなら、答えてやったっていいんだぜ。僕の知る範疇の話でだけどな。君の年頃でその問題が大きいのは判るよ。でも判るだろう? 違うんだよ」
 違うんだよ。
 押し黙ってしまった彼をおいて、反町は立ち上がってキッチンへ行った。ほぼ溶けて形を成さなくなった氷を、新しいものと取り替える。まったく馬鹿げてる、なんだって俺はこんな話を、子供相手に真剣に話してやってるんだ? それも夜の夜中に、貰い物のバカ高いバーボンを空けながら。
 ───決まってる。彼が『真剣』だからだ。あんな眼をして俺を見るからだ。
 そうか、明らかに違うのはその点かもしれない、と反町は思った。記憶の中の友人は、自分に対してあんな暗い眼をしなかった。信頼があったとか無かったとかの話じゃない、おそらく、あいつはあんな飢餓感にふりまわされたことは無かっただろう。最初から手に入れていた。欲しいものを、本当に欲しかったものを。
 リビングの戻ると、さっきと同じ姿勢のまま少年は俯いていた。新しい綺麗な氷をグラスに継ぎ足してやると、視線を動かして口の端だけで笑う。
「どうした」
「そんなふうに、新しいのに入れ替えられたらいいのにって。誰も、気が付きゃしないのにって。…すいません。ちょっとおかしかった」
 美味しいですね、これ。気を取りなおしたように言い足し、汗の浮いたグラスに手を伸ばす。「十年早いよ」と明るく返した反町に、軽く肩を竦めてみせる。それはどちらかと言えば、若島津がよくする仕草だった。

 


 page.1page.2 《   》 NEXT PAGE

 
NOVELS TOP