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ドミニック・ファーブル 野口雄司訳『美しい野獣』ハヤカワ・ポケット・ミステリ#1107
1970
Dominique Fabre, UN BEAU MONSTRE, 1968
*内容紹介
自分の妻を「可能性の殺人」でもって殺した、アラン。自らは手を汚すことなく、相手を心理的に追いつめることで死に至らしめる、というそのやり方は、警察の必死の捜査も手が出ない。妻を殺した瞬間のあの官能的な喜びが薄れようとしている今、アランは新たなる犠牲者を見つけたところだった。
*感想
これって、一種の倒叙物なんでしょね。自分は直接的には手を汚さないで、相手を殺してしまう、というその犯罪美学に酔ってる性格異常の男。女を抱きしめている時でさえ、その自分の姿を鏡にうつしてウットリという人間ですから、もうどうしようもありません。
彼のやり方というのが、「私はあなたを好きだ」というのを自分からは決して示さない、というもの。核心から一歩ずれた言葉でもって、相手に想像を喚起させて、いい気分にさせてしまうわけです。相手の女性は、「彼が自分を好きなのかどうか」やきもきし、次第に深みにはまってしまいます。が、彼は態度で示さないし、無論相手のことを愛してもいません。スルリといつもすりぬけてしまいます。相手の精神がだんだん参っていってしまう過程が、なかなかうまく描けていました。
で、前半は面白いんですが、後半、ラスト近くであまりにB級な展開をしちゃうのが興ざめでした。また「彼が自分を殺そうとしている」ことを察知した女性の反応も当たり前といえば当たり前で、アランの犯行の動機もただの「性格異常」で片づいてしまうのが、うーん、ちょっと物足りないのです。
それは多分、読みながら、フランシス・アイルズの『レディに捧げる殺人物語』 A MUDER STORY FOR LADIES(あるいは『犯行以前』 BEFORE THE FACT)と比べていたからなんでしょう。
アイルズのほうは、夫は妻を愛しているにもかかわらず殺そうとし(つまり「性格異常」に加えて動機がちゃんとある)、妻はそれを知りつつ殺されようとする、という倒叙物。夫の気持ちも妻の気持ちも両方緻密に描かれているので、どうして妻が殺されようと思うに至ったのか、納得したくはないけど納得してしまう、うまい運び方でした。ラストも、ものがなしいしね。
と、ついついアイルズのほうを比較評価してしまったのでした。
けど、女をその気させるそのセリフ回しのいやらしさは、なかなかだったな。言葉が理解できるってすごいことですね。相手の言葉で一喜一憂して、勝手に想像して勝手に喜ぶ。そして自分は、どんどん勝手に恋に落ちる。恐ろしくも巧妙なやり方でした。やっぱりフランスものってクセがありますね。でも、それが結構好きなのです。
とりとめない男女たちの、とりとめない散文的物語。感想書けないよー。あまりに感覚的すぎて。困ったなー、というところで、帯の惹句。「現在(イマ)のあなたの恋愛に感謝したくなる、まったく新しい失恋小説。」うまいね。そういうこと。
ジョルジュ・シムノン 宗左近訳『オランダの犯罪』創元推理文庫
1960
Georges Joseph-Christian Simenon, UN CRIME EN HOLLANDE, 1931
*内容紹介(とびらより)
五月のある午後、パリ警視庁のメグレ警部は、オランダの小都市に非公式の出張をすることになった。フランスの大学教授が講演旅行の途上、奇怪な殺人事件に巻き込まれてしまったからだ。
言葉の通じないメグレは、それでも事件関係者のリストを頼りに、まず十八歳の少女ベーチェを訪れる・・・・・・。
*感想
フランス語の通じないオランダでの捜査ということで、なかなか思うようにはかどりません。関係者一同を集めて、事件の模様を再現し、犯人は誰誰だ、と事件の解明をする、というパターンを久しぶりに読んだので、珍しく思えました(メグレものらしくない気もしますし)。
わりにあっけない話だなーと思いながら読み終えました。が、ちょっとした余韻を残してくれました。メグレが「オランダにやってきたよそ者フランス人警察」という扱われ方をされて、加えて、「事件の解明が必ずしも関係者を救わない」という、よくあるテーマが最後に浮かび上がってきています。
事件の性質上、「真相を暴いていいのかどうか」と、いう場合、探偵役がどう行動するか、というのには、いろいろありますね。『Yの悲劇』の結末、『頼子のために』のようなもっていき方、それから『オリエント急行』みたいな例。私個人は「悩む探偵」が好きなので、探偵役が「これで本当に良かったのだろうか」なんて悩みつつ余韻を残すものには、評価が高いのですが・・・・・・。
ジョン・バカン 小西宏訳『三十九階段』創元推理文庫
1959
John Buchan, THE THIRTY-NINE STEPS, 1915
*内容紹介(とびらより)
アフリカからロンドンに帰って来たリチャード・ハネーは退屈しきっていた。人生とはかくも退屈なものか、と。しかしふと知りあった男が殺されるにおよんでハネーはおそるべき国際スパイ団の大陰謀にまきこまれてしまった。世界大戦勃発の危機をはらむ陰謀! しかし単身それを阻止する手がかりは「三十九階段」という謎の言葉だけ。ハネー青年のゆくてには、つきつぎとスパイ団の魔手がのびる。スパイ文学史上、不滅の名作!
*感想
特に好きなタイプのあらすじではなかったんですが、なんとなく気になって手に取ったものです。が、「あと一日ロンドンにいて何もなければ、ここから離れよう」と決めた矢先に、「あなたを男と見込んでお願いがあるのです・・・・・・」なんて、見知らぬ男からの打ち明け話。面白くないわけがなーい。物語のテンポがよく、次々と危機にみまわれるのに、素晴らしいタイミングでそれを乗り越える運の強さと出来すぎ感。でも、逆にそれが快感なのです。すごく追いつめられた話なのに、妙な余裕、ユーモアがあって、いかにも物語チックなのが、楽しめた理由なのかもしれません。
ひねくれものの性で、「この人は信用していいのかー」と、ハラハラ読めたのもまた良かったのでしょう。追いつ、追われつの中盤あたりまでが私は特に楽しめました。
続編で『緑のマント』『三人の人質』があるようですが、新刊では入手不可能みたいです。縁あって、どこかでめぐりあったら、読んでみたいです。
ロジャー・スカーレット
大庭忠男訳『エンジェル家の殺人』創元推理文庫 1987
Roger Scarlett, MURDER AMONG THE ANGELLS, 1932
*内容紹介(とびらより)
エンジェル家は、まるで牢獄のような陰気な外見をもつ家だった。しかも内部は対角線を引いたように二分され、年老いた双子の兄弟が、それぞれの家族を率いて暮らしていた。彼らを支配しているのは長生きしたほうに全財産を相続させるという、いまはなき父の遺言だった。そして、死期の近いことを感じた双子の兄が、遺言の中身を変更することを弟に迫ったときから、すべての悲劇ははじまる。愛憎うず巻く二つの家族の間に起こる連続殺人事件を、たくみなストーリー展開と、もりあがるサスペンスによって描いた密室ものの古典的名作、完訳決定版!
*感想
発表が1932年。クイーン(バーナビー・ロス)の『Xの悲劇』や『Yの悲劇』が書かれたのと同じで、クリスティなんかも有名な作品を次々発表していた頃ですね。屋敷の見取り図、密室殺人、家族の確執、などという、なかなかにそそる道具立てですが、うーん、つまらなくはないけど、対して印象的な話でもないかな、という読後感でした。動機の「矢印」がなかなか複雑で、言われてみればなるほど、なんだけど、そのヒネリがちょっと面白かったな。
J−P・シュヴェイアウゼール
平岡敦訳『ロマン・ノワール フランスのハードボイルド』白水社文庫クセジュ
1991
Jean-Paul Schweighaeuser, LE ROMAN NOIR FRANC'AIS, 1984
*感想
フランスのハードボイルドの歴史がわかります。作者や作品をあげながら解説が入っていますが、残念ながら日本語訳になっているものは、ほとんどありません。なのでイメージがつかみにくいところはありますが、訳者による人名、書名の索引もついていて、いつか役に立ちそうな気もします。フランスものって不遇だよなあ。
アントニイ・バークリー 真野明裕訳『ピカデリーの殺人』創元推理文庫
1984
Anthony Berkeley, THE PICCADILLY MURDER, 1930
*内容紹介(とびらより)
<ピカデリー・パレス・ホテル>のラウンジで休んでいたチタウィック氏は、目の前で話し合っている二人連れにいつとはなしに注目していた。年輩の女性と若い赤毛の男。とそのうちに、男の手が老婦人のカップの上で妙な動きをするのが目にとまった。しばらく席をはずしてもどってみると男の姿はなく、婦人はいびきをかいて寝ているではないか。異常を感じた彼は、やがて死体の第一発見者にして、殺人行為の目撃者になっていた。氏の証言から、容疑者はただちに逮捕される。疑問の余地のない単純明快な事件と思えたが・・・・・・!?
*感想
バークリーって、アイルズ名義のものとの書きわけが非常にうまいですね。別人が書いたもののようです。アイルズ名義のものが、心理描写みっちりだとしたら、こっちは本格ながらも、おとぼけムードのユーモアタイプ。探偵役チタウィック氏は、いたしかたなく探偵をするはめになり、小さな失敗を繰り返しながら頑張ってます。それがまた、従来の、探偵ものを軽くおちょくってる感じがして、メタミステリとまではいかないものの、軽く皮肉が入っているのが面白いのです。
あらすじにもあるとおり、物語はいたってシンプル。なのに、結構本は分厚いのはなぜだろう? と思いながら読んでいました。ちょっとゼイ肉のある感じもあるけれど、まあまあ面白かったと言えるかな。最後がちょっとあっけないのと、「悩まない」のが、ま、残念と言えば残念。でも、この中でいきなり悩みはじめるのも似合わないことは確かだなあ。
カトリーヌ・アルレー 安堂信也訳『罠に落ちた女』創元推理文庫
1983
Catherine Arley, UN FEMME PIE'GEE, 1982
*内容紹介(とびらより)
仏伊国境の山の中にある巨大な療養所がリゾートマンションに生まれ変わる。セリーヌと愛人ジャンは、その療養所へと車を走らせていた。ジャンがセリーヌと生まれてくる子供のために部屋を買ってくれたのだ。パンクらしい。ちょっと降りてみてくれ。言われるままに雪道に降りたったセリーヌ。と突然車が走り出したのだ。なぜ? 置いていかないで! 必死で後を追う彼女の目の前で雪崩がジャンの車を押し潰した。救いを求めて療養所に辿り着いたセリーヌは、そこで悪夢はまだ始まったばかりだということを知る!
*感想
彼女の『わらの女』のような、ひっじょーに救われない話、実は私は好きです。なんとなく、急に、アルレーを読みたくなって、選んでみました。アルレーって、設定はシンプルだし、サスペンスを短時間で味わいたい時にはいいですよね。深い余韻を味わう話ではないけど、読んでいる間は楽しめる、という、素直な本です。
ただ、ラストが2通りの解釈が成り立つっていうのよねー。私は単純に考えたんだけど・・・・・・。深読みできたとは新鮮。
ブリス・ペルマン 荒川清充訳『穢れなき殺人者』創元推理文庫
1984
Brice Pelman, ATTENTION LES FAUVES, 1982
*内容紹介(裏表紙より)
ママンが死んだ。喉のまわりには変な筋がついている。みなし児になった双児の幼い姉弟は、寄宿学校に入れられるのが嫌さにこのことを誰にも知らせず、いつも通りの生活を続けることにした。だが、彼らの母親を殺した当の犯人はそうとは知らず、気が気ではなかった。なぜ警察が現れない? なぜ新聞に事件の記事が載らないのだ!?
*感想
母親が殺されるところから始まるんですが、その描写が気持ち悪いです。子供たちのシンプルな動機が、母親を隠すことになり、そのためについた嘘が関係者に伝わったところで、そのズレが混乱と悲劇を招いたとも言える、ひっじょーに後味の悪い話。子供たちが母親の死を悲しがる場面なんて、あったっけ? 思い出せないもの。子供の残酷さが横溢していて、生理的な気色悪さを起こさせるほど見事ですが、こういうのが合わない人っているんだろうなあ。なまじっかの、「フツー」の殺人事件の物語より、たちが悪いんでしょうね。
もっとたちが悪いのが、私はこういうのが嫌いじゃないってこと。
98/1/27