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1998年2月の感想

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十二人の手紙(井上ひさし)
試行錯誤(A・バークリー)
寝台車の殺人者(S・ジャプリゾ)
砂のクロニクル(船戸与一)
すいかの匂い(江國香織)

井上ひさし『十二人の手紙』中公文庫 1980(1978)

収録作品
「悪魔」「葬送歌」「赤い手」「ペンフレンド」「第三十番善楽寺」「隣からの声」「鍵」「桃」「シンデレラの死」「玉の輿」「里親」「泥と雪」「人質」 

*内容紹介(裏表紙より)
キャバレーのホステスになった修道女の身も心もボロボロの手紙、上京して主人の毒牙にかかった家出少女が弟に送る手紙など、手紙だけが物語る笑いと哀しみがいっぱいの人生ドラマ。

*感想
どれも面白く読んだのですが、全体的に少し古さを感じました。気に入ったのは、「赤い手」「玉の輿」「里親」「泥と雪」かな。

「悪魔」、些細なことですが、宛名で、「光代様」が最後に「三田光代様」になるところが、距離感を伝える感じがして気に入りました。
「葬送歌」、してやられたり。笑えます。
「赤い手」、構成の勝利。無味乾燥な文書の羅列なのに、すごくイメージを喚起させられました。
「ペンフレンド」、よく物語になりそうな話ですね。
「第三十番善楽寺」、古川さんのしゃべらなかった理由が述べられる結末もさることながら、彼が口をきいた意見に共鳴。
「隣からの声」、ほんとだったら怖いけどなー、と思いながら読んでいたら実は、という展開。先が読めちゃうけど、手紙の形式は、合ってる気がしました。
「鍵」、ミステリらしい話。木堂の最後の手紙がいいよね。顔が目に浮かびます。
「桃」、ある意味で、「第三十番善楽寺」と似たような、風刺話でもありますね。なかなかピリッときいてます。
「シンデレラの死」、最後の連名の手紙の中の、あの言葉だけを彼女は拠り所にしていたのかな・・・・・・。
「玉の輿」、これまた構成の妙。「左△の書○○から**」って、「**」は、事実なんですよね? 「書○○」は実在するんですよね? うひゃー。
「里親」、コトバの意地悪が招いた不幸。どうしようもなく袋小路なんだけど、読んでいるこちらも、呆然。
「泥と雪」、こういうのって、コトバの魔術がなせる技あり、逆に恐ろしさでもありますね。言われたことより、書かれたことのほうが信じやすい、と聞いたことはあるのですが。
「人質」、これを書きたくて、それまでの話を書いたわけじゃないと思うけれど、出来はまあまあというところかな?

98/2/3


アントニイ・バークリー 鮎川信夫訳『試行錯誤』創元推理文庫 1972
Anthony Berkeley, Trial and Error, 1937

備考:『トライアル&エラー』改題

*内容紹介
あと数カ月の命だと宣告されたトッドハンター氏は、残りの時間を活かすために社会的に悪人とされる人物を殺すそうと決意する。事件後、日本へ旅行に出かけた彼は、知人が容疑者として捕まっていることを知り、急ぎ帰国。自分が真犯人であることを訴え出るのだが、全く相手にされない。かくして、「自らが有罪である」ことを証明すべく、前代未聞の裁判が始まることになったのだが。

*感想
面白い。感心しちゃう。技巧派だなー。いやー、参った。結末、気になるでしょう? 最後の最後までちゃんとひっぱってってくれるし、見事なヒネリが効いてる。話したいけど、ネタバレになっちゃうから何も話せないのがつらい。

「真実っていったいなに?」、これについて真面目に書かれた「メタ・ミステリ」もあればこの作品のように、皮肉まじりのユーモアでこっちをとことん楽しませてくれるものもあるんだな。

ミステリを読んでいる時は、大抵「犯人(罪を犯したもの)対真実追求者(探偵や読者)」という構図になると思うけど、これは、読者が罪を犯した側にいて、かつ、真実を探求してもいる、という不思議な状態に置かれてるんじゃないか。

途中で、もしかして、と思って、最後で、うーむやっぱり、と唸って。下手すると、読者は犯人側にいて頑張っていたはずなのに、最後にポーンと背負い投げされる。そんな仕組み。まったく、バークリー&アイルズってすごいね。

98/2/6


セバスチアン・ジャプリゾ 望月芳郎訳『寝台車の殺人者』創元推理文庫 1966
Se'bastien Japrisot, COMPARTIMENT TUEURS, 1962

*内容紹介(とびらより)
十月初旬、パリは、その汽車が帰ってきた南仏とはうってかわったうすら寒い朝だった。急行寝台列車の、あるコンパートメントの中に美人の銃殺体が見つかった。金は盗まれてなかった。怨恨か? 女はけっして人に嫌われる女ではなかった。コンパートメントには5人の相客がいる。だがひとりひとり、その客たちは消されていった。

*感想
ジャプリゾの、ミステリとしての第1作目となった作品。クリスティの某作品を思わせるトリックを仕掛けてます。相客一人一人に焦点を合わせて章が分けられているんですが、「寝台二二三号」のバンビ&ダニエルの章がいいです。ミステリとしての読みどころ、ではないんですが、ちょっとせつない小話に仕上げてあって、気に入りました。ラストは、おしゃれ(だと思う)。その「寝台二二三号」の章がいきる終わり方です。また、三人称と独白形式(一人称)が、絡み合っている文章の流れが、過去と現在との時間の区別にもなっていて、その構成がすごいなあと感心しました。

98/2/11


船戸与一『砂のクロニクル』毎日新聞社 1991

*内容紹介
独立国家建設をめざすクルド人ゲリラ、そのための武器調達に関わることになった日本人武器商人「ハジ」、ゲリラを阻止する立場のペルシア人、そしてもう一人の「ハジ」と呼ばれる日本人。それぞれの過去と思惑が絡み合い、一つの地に集結する。

*感想
イランやクルド人について詳しくないので、ツライかな、とも思ったのですが、読み進むうちに逆に話がわかりやすくなってゆき、大丈夫でした。伏線を張っておいて、時間の経過とともに関係者が集結していくさまには、ぞくぞくしてしまいました。読ませるなあー。純粋な思想を求めることが、自分を追いつめることにになったという矛盾、その中にいたサミル・セイフが特に悲劇的に思えました。それと関連して、「もうひとりのハジ」が感情を出して泣くところも印象的でした。うー、胸がイタイ。

初めのほうと終わりのほうにある簡単な「年表」。それぞれたった数行で語られる裏に、語りつくせないほどの物語があるに違いないのに。この物語を「分厚い」なんて思っていいのかどうか・・・・・・。でも、そんなのはただの感傷なんだろうな。『砂のクロニクル』、いい題名です。

98/2/28


江國香織『すいかの匂い』新潮社 1998

収録作品
「すいかの匂い」「蕗子さん」「水の輪」「海辺の町」「弟」「あげは蝶」「焼却炉」「ジャミパン」「薔薇のアーチ」「はるかちゃん」「影」

*感想
作者の江國香織は、昔から追いかけている人。でも最近作風が変わってきたな、と今回の作品集できちんと実感しました。『落下する夕方』が転換期だったんだろうか、と今思っています。『落下する夕方』 は、原田知世、菅野美穂、渡部篤郎の配役で映画になります。好きな話だったから、映画化を聞いたときには反発したけれど、いちばんのポイントである華子役が菅野で、わりに納得。

話は戻って、今回の新作短編集『すいかの匂い』は、読んでいると、「うしなうこと」といった色が濃いように感じて、今までの「ほわほわ」と暖かいイメージがほとんど薄れているのがわかります。私は、彼女の特色ある形容詞の使い方、それがいいえて妙、そして暖かい、というのが好きでした。けれど、今回、「暖かさ」よりも「喪失」を強く感じた言葉の使い方は、「いいえて妙」であるからこそ、ひりひりと痛々しかったのです。人を不安にさせる痛さ。もちろん、嫌いというのではないのだけど、あの暖かさが懐かしいのも事実です。

98/2/28


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