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読後メモ
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2011.05/2011.07
日記の
フリ
日記というよりは、気になったこと、興味のあることを忘れないようにメモしてる、ってほうが正しいので「フリ」。
日付ごとにアンカー付けています。
e.g.
http://www5a.biglobe.ne.jp/~nanatsu/diary1106.html#yyyymmdd
2011年6月
読・観・聴・その他
6/19(日)
鷹見緋沙子『死体は二度消えた』と『悪女志願』を
読み終わりました。前者は、犯行の過程を言い当てるのは難しい。関係者一同を集めた場での語りによってやっとわかるので、そこに盛り込み過ぎな感じがなき
にしもあらず。でも、複雑さに関心しました。『悪女志願』は、自分が罠にはめられていたのだと知った女性の復讐譚。ハラハラする場面も、結局彼女に味方し
て後味としてはそれほど悪くない。先日読んだ『わが師はサタン』と3つ読んでみて、少しずつタイプが異なっているのが芸達者だと思った。
久しぶりに映画を観に行きました。ギンレイホールでやっていた、マノエル・デ・オリヴェイラ監督『ブロンド少女は過激に美しく』(2009/ポルトガル=スペイン=フランス)とイェジ・アントチャク監督『ショパン 愛と哀しみの旋律』(2002/ポーランド)。
『ブロンド少女は過激に美しく』。オリヴェイラ監督100歳のときの作品。唐突とも思える終わりかたに、あーやっぱりくえない監督、健在だなあと嬉しくなった。くえないくせに、わりと長めに挟まれるポルトガルの夕景とか、そんなギャップにちょっとやられる。
以下ネタバレなので反転させます。
あのラストシーン(大股びらき)がすべての種明かしとシンプルに思っていいのだろうか。反面、この映画がそのようにわかりやすく伝えてくれると素直に信じていいのか、疑いも抱いてしまうのだけど。
数回出てくる盗みの(物がなくなる)場面。効いていると思ったのが、彼女が登場しない場面で帽
子の紛失があること。彼女とは物理的には関係ないにもかかわらず、「彼女と関わると不運・不幸なことが起きるのでは」という精神的なイメージがこの場面で
私に芽生えた。だから、宝石店で彼女一人指輪のところに残されたとき、いよいよ何か決定的なことが起こるのではないかという不安でドキドキした。
あんなに大変な思いをして仕事をして、すべてを失ってもまた仕事をしようとしたくらい彼女のこ
とを思っていたのに、あの事件で「消えろ」という強い言葉を吐くくらいの嫌悪感を示したマカリオ。盗みはもちろん最悪だけれども、決定的に育ちが違うのだ
なと思った瞬間だった。彼の怒りは、見抜けなかった自分自身へも向いていたのだろうと思った。
また、宝石店を出たときに彼女は「ぶたないで」と言っていた。「ぶつ」などという行為が良家で行われるとは思えないので、「ぶたないで」という発言自体がに違和感を感じる。
あと、キスシーンのときの右足上げ。あれはいったい?
以上、ラストシーンも含めていろいろ総合すると、やっぱり「良家の出身」というのがそもそも怪しかったのではないかと想像する。思えば、彼女を知っていて紹介してくれた友人も良家の出身ではあると言いつつ、「よくは知らない」と言っていたのだ。
そんな結論でふりかえってみると、あの中国風の扇子が安っぽく、高級な場面で浮いていたことが印象として浮かんでくる。
あー、おもしろかった。
『ショパン 愛と哀しみの旋律』はカップリングしていたので観
たのですが、ショパンとジョルジュ・サンドの生活を見ていてすごく疲れました。巻き込まれた家族もいい迷惑ですが、自分から巻き込まれていそうな面がなき
にしもあらずで、結局誰にも感情移入できず。みんなエキセントリックだったり気難しかったりして大変です。勘弁…でした。
6/14(火)
最近読み終えた本は3冊。
池澤夏樹=個人編集世界文学全集の『マイトレイ/軽蔑』。ミルチャ・エリアーデ 住谷春也訳「マイトレイ」。
エリアーデ自身の体験をもとに描かれたと思われる恋愛小説。みずみずしい文章は、原文もそうなのか、訳も抜群にうまいのか、とても美しい。恋愛それ自体の
心の読めなさに加えて、異文化の異性という読めなさ、正確な言語で意思疎通ができないもどかしさ。でもやはりそれは恋愛という楽しさと苦しさには必ず伴う
ものだと思う。先が読めるシンプルな物語だけれども、この物語がほぼ私小説であり、かつ、その後日談を知って、物語への関心はいや増した。解説は必読と思
う。少し切なくなるが。マイトレイ側からの物語がいつか翻訳されるといい。
アルベルト・モラヴィア 大久保昭男訳「軽蔑」。「読めな
い」テーマで、『マイトレイ」と共通点があると思う。しかし、私にとっては、「軽蔑」での読めなさのほうが断然こわかった。妻の態度も言葉も「わたし」の
視点から描かれているため、結局、最後まで読者である私には、態度も言葉もそのままなのか、「わたし」の思い込みが入りすぎているのか、わからないまま
だ。しかし、妻が使った「嫌い」ではなく「軽蔑」という言葉は、物語全体の中で何よりも強く心に刺さる。なんて強くてつらい言葉だろうと。「嫌い」をひっ
くり返すより、「軽蔑」を帳消しにするほうが、たぶん断然むずかしい。
フレデリック・ダール 長島良三訳『生きていたおまえ』。
フランスのミステリは登場人物も少なく、心理描写に重きが置かれているイメージがあるけれど、これもそう。利己的な主人公の発する言葉は、思っていること
とはまったく違うというのがモノローグによってはっきりわかる。そのいやらしさが半端ないので、感情移入ではなくいつ破滅してくれるのかを待ちながら読み
進めた。
鷹見緋沙子『わが師はサタン』。鷹見緋沙子=天藤真と知っ
たのはいつだったのかなあ。この本の解説では、まだ覆面作家ということになっていて、「昭和十八年生まれ。東京女子大中退、神奈川県在住。主婦」という設
定らしかった。完成度は高いけれど、エログロ度も高い。電車で読むときにはちょっと気をつけないといけない場面も多々あるくらい。天藤真に下品さをプラス
して、情緒をマイナスした感じ。ただ、最後の最後に描かれた男女の関係のように、ちょっとヒネった描き方をする点は、読んだどの作品か忘れてしまったけれ
ど、既読感があり、天藤真だなあと感じた点でした。「わが師はサタン」というタイトルが秀逸。なぜなら、前半と後半では意味が異なってくるから。わりと気
に入ったので、鷹見緋沙子名義のほかの作品も読んでみます。
6/13(月)
先週から少し緊張する出来事があり、遠くまで移動して、きょうの夕方帰ってきた。少し安心していいのだろうか。よくわからない。
睡眠時間はいつもより長かったのに、いつも眠い。3泊4日家を離れていただけで、普段の生活から遠いところにいた気がする。出張をたくさんしている人たちを尊敬します。
6/5(日)
淀川長治・山田宏一・蓮實重彦『映画千夜一夜』を上下巻と
も読み終わる。
なにしろ膨大な数の映画を話題にしていますし、マニアックだったり古いものも多いので、観ているもののほうが断然少ないのですが、だからこそ、自分の観た
ことのある映画が出てくるととっても嬉しいしテンションが上がります。鼎談当時は観られなかったけれど、今になって観られる映画もありますし、その逆もま
たある。そういう時間の経過は感じつつ、内容の古さはまったくない。淀川さんが好きな映画に対して、ものすごーく長く語る場面が面白いです。けっこうズバ
ズバ言うし。山田氏と蓮實氏が淀川さんを尊敬しているさまが伺えるのもいいものだ。
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2011.05/2011.07