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ブラボーつるおか(1993秋・東北)後編

日本海

ブラボーな出来事に振り回されて、まるで迷路のように抜け出せなかった鶴岡の市街地を抜け出せば、そこは見渡す限りの田園地帯だった。
道路脇に延々と続いている防雪柵が、このあたりの冬場の地吹雪の厳しさを伝えてくれる。
しかし、それはまだ数ヶ月も先の話。
防雪柵はヘナヘナと折りたたまれていて、その支柱の合間から見える青い空と緑の絨毯のコントラストが、とにかく気持ちの良い道なのだ。

前方から、いかにも旅のライダーといった風情のバイクが走って来るのが見える。
今や北海道以外では珍しい光景になったけれど、対向バイクとピースサインを交わすのは実にキモチイイ瞬間だと思う。
北海道を走った事の無いアカネちゃんにも、そんなキモチ良さを経験させたいと思ったワタクシは、ココでちょこっとシコミのピースサインを決行してみた。
シコミと言っても、あらかじめエキストラのライダーを雇ってピースさせるなんて、いくら何でもそんなアフォな事をする訳は無い。
後ろを走るアカネちゃんからは見えないように、自分の体の正面にピースを小さく突き出したのだ。
その意味は・・・・・・・
何の事は無い。
コチラからのピースに反応しただけのピースサインよりも、アチラからピースを貰ったように見えたほうが、アカネちゃんがキモチいいかと考えただけなのだ。
そんなモクロミを込めたピースを送ると、対向のライダーもキチンとピースを返してくれた。
即座に目をやったミラーの中で、アカネちゃんもピースを送りかえしているのが見えた。
よし、とりあえずは思惑通りにはなった。
あとは、アカネちゃんがカンゲキしてくれたどうかだ。

今から考えれば、なんとも幼稚でバカくさい行動ながらも、その時のワタクシはイジらしいほどに頑張っていた。
なぜなら・・・・・
鶴岡市内で感じてしまったアカネちゃんに対するワダカマリもいつのまにか消え失せ、再びゴキゲン伺いコゾーに豹変していたのだ。
その心境の変化は、庄内平野の開放的な風景に高揚してしまったからだろう。
それは防雪柵が降ろされている時だけの、一時的な風景であるかも知れないのに。

一休み

R47号を東に向かって走る。
日本三大急流の一つである最上川に寄り添った、これまたキモチいい道なのだ。
最上峡と呼ばれるこの峡谷は、『奥の細道』の松尾芭蕉も乗ったという船下りも有名で、「石巻の松尾馬笑のナンダコリャ丸」なんかは丸めてポイの迫力満点なのだそうだ。
古口という集落から草薙温泉までの10キロ弱の間に観光川下り船が運行され、アタリマエながら川登りというのは無いから、下りだけの片道運行となっている。

「それじゃ、船は一方的に下流に溜まっちゃう」
などというツマラない疑問は置いといても、マイカーで来た観光客は、下船後に乗船ポイントまで戻らなければならない。
もちろん、そのへんはキチンと考えられていて、クルマの回送代行サービスが行われている。
オプションで、下船ポイントまで係員がクルマを運んでくれるのだ。
残念ながらバイクまでは対応していないけれど、我々にはバイクが2台ある。
下船ポイントにバイクを1台だけ停めて、そこから2ケツで乗船ポイントまで向かい、船下りの後は、あらかじめ停めといたバイクに2ケツで乗船ポイントまで戻れば良いのだ。

しかし実際の我々は、何も考えずに2台で乗船ポイントに来てしまった。
そもそも、この道を走っている事さえナリユキで、予定ではR112号の月山道路のワイディングを楽しむハズだったのに、YHの壁に貼られた最上川下りの写真に絆されて
「ねえ、アタシタチも最上川に行こうよう!!」
なんて感じでルート変更しちゃったのだ。
そんな訳だから何も情報を持ち合わせず、だいいち船に乗るかどうかさえ決っていなかった。

ここで初めて
「せっかくだから船に乗ってみる?」
という事になり、キップ売り場に行ってみれば・・・・・
もう難民小屋とでも言うべき大混雑で、1時間の乗船待ちとのこと。
鶴岡市内で時間を使いすぎた事もあり、川下りは断念せざるを得なくなった。

もともと予定に無かったからなのか、アカネちゃんは特に残念がっている様子ではなかったけれど・・・・・
ゴキゲン伺いコゾーと化していたワタクシは、何とかアカネちゃんの気分を盛り上げようとヤッキだった。
「ねぇねぇ、ピースサインを送ってきたバイクがいたけど、なんだか北海道みたいだったねぇ」
「そういえば、1台、ピースしてきたわね」
「どぉ?キモチ良くなかった?」
「どぉって・・・・・イキナリだったから慌てちゃったけど・・・・」
ううっ。なんだか噛みあわない。
「で・でさぁ、川下りは出来なかったけど、バイクで走りながら眺める最上川だって、カンドー的だったよね!」
「うん。でも、すっごく眠かったぁ」
「・・・・・・・・・・」
「あっ!見て見て。アレ食べようよ!!」
アカネちゃんの感心は、アユの塩焼きの屋台に奪われてしまった。

アカネちゃんは、ブッキラボーに答えた訳ではない。
この時のワタクシの問いかけは、なにやらコトを終えたばかりのオトコが
「どうだった?オレの良かった?」
なんていちいち確認しようとして、オンナをシラけさせてしまうような無粋な質問だったろう。
にも関わらず、アカネちゃんはいつものようにクッタクのない明るさで答えてくれたのだ。
ただ、その答えが
「ピースサイン、カンゲキしちゃったぁ!!」
とか、
「最上川の景色、なんだか感動!!」
といった感じの、ワタクシが勝手に期待していた答えとはズレがあったにすぎない。
アカネちゃんは、まさか自分の行動・言動が、いちいち一喜一憂されているなんて思ってもいなかったのだろう。
親の仇のようにアユに喰らいつくワタクシを怪訝そうに見つめ、すぐに自分のアユに視線を落としてオシトヤカにかじりついた。
なんだかアユの塩焼が、一層にニガい味に感じられた。


新庄市の手前で最上川に別れを告げ、そこからはイッキにR13号を南下した。
この日の宿は福島の高湯温泉で、まだまだかなりの距離を残している。
東根市あたりでの信号待ちの際に、アカネちゃんに声を掛けた。
「そろそろ昼飯にしない?」
「そうねぇ」
昼飯を食うにはずいぶん遅くなってしまったけれど、ココまで引っ張ったのには意味があったのだ。
「このへん、ソバが名物なんだって。ソレを食おうよ」
「へぇ。知ってる店とかあるの?」
「いや、これから探そうかと・・・・」
「だったら、ホラッ、アレで良いわよ」
「えっ?アレって、あのモスバーガーの事?」
「うん。アタシ、モスバーガーって好きなんだ!」
「じゃ・じゃあ、そうしようか・・・・・」

やたらとポロポロこぼれて食い辛いモスバーガーをかじりながら、『価値観の相違』というフレーズがアタマをヨギる。
それと同時に、なんだか急に気が楽になった事に気がついた。
それは、価値観の相違を納得した上での、アカネちゃんへの接し方を悟った訳では無く、
「アカネちゃんとは、今も、今後も、一緒にツーリングをしているだけのタダのトモダチなのだ。」
などと、勝手に納得した結果だった。
最初からずっとそのツモリであろうアカネちゃんからすれば・・・・・・
勝手に意識され、そして勝手に醒められたって困っちゃうのだろうけれど、たぶん本人には伝わっていない違いないから、別にメイワクをかけた事にはなるまい。

今から思えば、致命的な価値観の相違なんてのは、何もなかったのだ。
一緒に走り、それが楽しいと思えば、楽しみの対象などはお互いにそれぞれで良いハズだ。
むしろ、全く同じ感動を相手に求める事にムリがある。
しかし、この時のワタクシは・・・・・・・
自分で勝手に敷いたレールを走ってくれないアカネちゃんにモドカシサを感じ、実はそのレール自体が、本来の目的地に向かう道を遮断してしまっている事に、全く気がつかないでいた。

川下りよりも焼きアユ?


片側2車線の天童市街で、ちょっとした渋滞に引っかかった。
まあ、街中だけの一時的な混雑だろうし、特に気に留める事も無い。
車幅の狭いアカネちゃんのCBRが先行する形になって、それぞれにスリ抜けをしながら前進を重ね、やがて前方に渋滞の先頭となっている交差点が見えた。
アカネちゃんは、渋滞の先が見えたからか、あるいは後方から追いかけるワタクシを待つツモリだったのか、スリ抜けを止めて追い越し車線側のクルマの列に加わり、前から10数番目ぐらいの位置で信号待ちをしていた。

まさにその時だった。
アカネちゃんのすぐ後の軽自動車が、走行車線側にはみ出す形でクルマを左に寄せながら、追い越し車線の中央にいたアカネちゃんに並びかけたのだ。
そして今度はクルマを右に寄せて、まるでアカネちゃんを中央分離帯に押し付けるようなイキオイで、幅寄せ攻撃をしているではないか!
後からはアカネちゃんの顔は見えないけれど、逃げるに逃げられない状態で苦悩する表情が目に浮かんだ。

ワタクシは後方からイッキにスリ抜けて、その軽自動車に追いついた。
運転しているのはフツーのオッチャンで、全くの無表情なのがブキミだ。
オヤジの前のクルマが前進した隙を見て、ワタクシはオヤジの軽自動車の前に回り込み、そこでバイクを停めた。
オヤジは、バイクに跨ったままニラミつけるワタクシとは視線を合わせようともせず、不自然な方向を見つめてスッとぼけている。
ブチ切れたワタクシがバイクを降りようとサイドスタンドに足を掛けた時、オヤジの魔の手から逃れたアカネちゃんが並びかけてきて叫んだ。
「いいから行こうよ!!」
そのまま2人で交差点の最前列までスリ抜けし、オヤジの軽自動車は後方の車列に消えた。


渋滞の終わった国道を走りながら、この出来事についてアカネちゃんと話す。
もちろん走行中には会話など出来ないので、信号待ちの僅かな時間のたびに、1往復づつの会話なのだ。
「ダイジョーブだった?」
「うん、ヘーキ。でも、ビックリしたぁ」

「とんでもないオヤジだよなぁ。アレ、絶対にワザとだぜ」
「こんな事、慣れたモンよ。」

「そっかぁ。コレが鶴岡のYHで言ってた、女性ライダーへのイヤガラセなのか」
「まぁね。今のは、ちょっと怖かったけど・・・・・」

そしてそれは、何度目かの信号待ちの時だった。
「でも、ありがとう」
「えっ?何が?」
「お陰で助かったわ。やっぱり、パートナーがいると頼りになるね!!」
「パ・パートナー? ソレってどういう意味で・・・・・」
そこで信号は青になり、アカネちゃんはイタズラっぽく微笑むと走り出してしまった。

「パートナー、パートナー、パートナー・・・・」
アカネちゃんがどういうツモリで「パートナー」というフレーズを使ったのか・・・・・・・
ワタクシはアカネちゃんの後姿を追いかけながら、この言葉を反芻するように繰り返し続けた。
そして勝手に考えたって出るハズのない答えを探りながら、次第にキモチが高ぶっていった。
「やはり、アカネちゃんを守るのはオレしかいないのだ!!」
結局、そんな所に落ち着いてしまった。
ついさっき、オトモダチとしての地位を受け入れたばかりだというのに。

『決意』と言うには、それが余りにも軽すぎる事を冷静に顧みる事も無いまま、ワタクシは、一大決心をしたツモリになっていた。
そしてこの選択によって、せつなくて辛いばかりのこの旅が、まだまだ続く事になる覚悟も忘れていたのだ。

VT1100C
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