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貧乏クジの男

〜「愛のあかし」後日談〜

第1章第2章第3章(最終章)


第2章

 それから1週間が過ぎた。行きつけの店で新しい皮ジャンを買ったオレは、包みを手に家に戻って来た。地球に来てしばらくは、ブルマが用意した服を文句も言わずに着ていたが、あの女が選ぶ服は変に派手だったり、当てつけがましいロゴが入っていたりして、今までオレは妙ちくりんな服のせいで、仲間内で密かに笑い者になっていたようだ。

 うおおっ、思い出しただけで屈辱に我を忘れそうだぜ!

……はっ、いかんいかん。せっかく買った皮ジャンを握りつぶしてしまうところだった。平常心だ、平常心。

 「平常心、平常心」と唱えながら玄関を入ったところで、世界で2番目に苦手な女に会ってしまった。ブルマの母親だ。1番目は誰だと? わかりきったことを訊くな。
「あらぁ、ベジータちゃん。ちょうどよかったわ。これからパーティーよ。ついさっき、ヤムチャちゃんが来て――」
 母親が最後まで言い終わらないうちに、オレはリビングに向かって突進していた。

 ズドドドドドドドドドドドドドドドド……

 0.3秒後にリビングの前まで来ると、ヤムチャの野郎のふぬけた声が聞こえてきた。
「……いや、こないだはお祝いの品も渡せずじまいだっただろ、それで今日、出直して来たんだ」

 しょうこりもなく、また来やがったのか! いまいましいやつめ。

 オレはリビングに飛び込むと同時に、ヤムチャの腕をむんずとつかんで言った。
「そうかそうか。またオレに修行をつけてもらいに来やがったのか。オレは忙しいんだが、きさまの熱意に免じて相手をしてやろう。来い」
「ちょっと、ベジータったら」ブルマが顔をしかめて叫ぶ。
「ベ、ベジータ、オレは別に今日は――――」無理に笑いながら断りかけたやつの口をがっきと塞ぎ、オレは一気にまくしたてた。
「何? 今日は重力を300にして特訓したいだと? ははははは。やる気満々じゃないか。せめて100にしておけ。死ぬぞ。何? いやだ? ははははは。しょうがないやつだな」
 恐怖で引きつった顔のやつを、オレは有無を言わせず重力室まで引きずって行った。


 それでも死にもせず、ボロボロになったやつが重力室からカタツムリのように這い出したのは、8時間後のことだった。ちっ、思ったよりタフな野郎だぜ。しかし、今度という今度は懲りやがっただろう。これでオレの生活は安泰だ。
 タクシーにやつを押し込みながら、オレはほくそ笑んだ。


 それから数週間経ったある日の昼下がり、たらふく昼食を詰め込んだオレは、午後からのトレーニングまでの時間を、いつものようにリビングでくつろいで過ごした。半死半生でやつが去ってから、オレの心にやっと平安が戻ってきた。いわゆるやすらぎってやつだ。サイヤ人の辞書には載ってないがな。


 しばらくして、オレはふと意識を取り戻した。ソファにもたれたまま、居眠りをしていたようだ。いかん、時間を無駄にしてしまった。すぐにトレーニング開始だ。
 立ち上がり、重力室へ行こうとすると、エレベーターが定期点検中で止まっていた。仕方がないので階段で上がることにする。階段を登ろうとして、オレは玄関でひそひそと話し声がするのに気づいた。
「なんだかいつもベジータに捕まって、ろくに話せないだろ。体の調子がやっと戻ったんで、来たんだけど……。あの、ベ、ベジータは?」

 まぁーた来やがったかああああああ!!!!

 ズドドドドドドドドドドドドドドドド……

 オレの顔を見たとたん、逃げ出そうとしたヤムチャの襟首を、オレはむんずとつかんだ。
「ベベベベベジータ、勘弁してくれ。オレはまだ死にたくない」
「そうかそうか。
今日はオレがいつもこなしている特別メニューをきさまにくれてやろう。
なに、たいしたことはない。運が悪けりゃ死ぬかもしれんがな」

 オレはやつの鼻先に顔を近づけ、かつてナッパやラディッツを震え上がらせた、「一見機嫌がよさそうだけど、その実ものすごく怒っているんだぜ」という微笑を浮かべてみせた。ヤムチャの野郎は今や失神寸前だ。いい気味だぜ。くそったれ。

「いいかげんにしなさいっ」
 その時、鋭いブルマの怒号が後頭部に突き刺さり、オレは我に返った。ま、まずい。ちょっと手荒にやりすぎたか。

 ヤムチャの襟首をつかんでいた手を放し、おそるおそる振り向くと、ブルマが唇を引き結んでオレを睨みつけていた。

 やばい……。この顔は本気で怒っている顔だ。

 オレはこの顔が苦手だ。ブルマが本気で泣いたり本気で怒ったりすると、さすがのオレでもどうしていいかわからず、途方にくれてしまう。他のどんな女が泣こうがわめこうが平気なのに、ことブルマに関してだけはダメだ。前世でこの女に弱みでも握られているのかもしれない。

 そんなことを頭の隅でぼんやり考えていると、急にブルマの表情が緩み、柔らかな微笑が取って代わった。
「ほんとにもう、ベジータったら。あたしがヤムチャと話してると必ず邪魔するんだから。しょうがない人ねえ。焼きもちなんか焼いて。あたしたち、今はお互い何とも思ってないんだから」

今、なんと言った?

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