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愛はラマーズを超えて

〜「愛のあかし」後日談〜

第1章第2章第3章(最終章)


第1章

 その日、朝食を終えたとたん、ブルマが産気づいた。
「大丈夫、初めてじゃないんだから。ああ、でもこんな時に限ってパパもママも旅行中なんてついてないわ。トランクスじゃ頼りにならないし。第一、あの子は今週、大事な試験があるって言ってたし。ベジータ、あとはあんただけが頼りよ」
「オレはトレーニングが――」
「なによっ、あたしをたったひとりで産ませる気? あんたがそんな冷酷で非情なヤツだとは思わなかったわ」

 いや、オレは本来、冷酷で非情でいいはずなんだが……。

「あ、陣痛の間隔を計らなきゃ。ベジータ、ちょっと時計見て計って。やっぱり先に病院に電話して。それからタクシー呼んで」
 知らず知らずのうちにいいようにコキ使われ、気がついたらオレはブルマと一緒にタクシーに乗って病院へ着いていた。病院名の下に、何のことだかわからんが『立会い出産・ラマーズ法』という言葉が見えた。

 なんだかいやな予感がする。

 分娩室のある2階へ上がったとたん、一種異様な雰囲気がオレを圧倒した。
 あちこちで産気づいた妊婦のうめき声と赤ん坊の産声うぶごえが交錯し、夫らしき連中が廊下を熊のごとくうろうろし、その合間を縫って看護師たちが慌しく駆け回っている。
 オレは心底後悔した。
 こんなところにいられるか!
「ベジータぁ。どこ行く気よ」
 背中にブルマの恨みがましい声が突き刺さり、反射的にオレの足がビクッと止まる。
 ち、ちくしょう。なんだってオレはこの女に弱いんだ。

「あらまああらまあ、お電話いただいたブルマさんですね〜」
 やたらでかくて野太い声に振り向くと、白衣に身を包んだ体格のいい女が、廊下の向こうからどすどすとこっちへ向かって突進してきた。その顔を見てオレは、あっと声を上げそうになった。

(ナッパ! きさま、生まれ変わったのか?)

 ヒゲこそ生えてないが、下品な鷲鼻といい、凶悪な面構えといい、かつてのオレの部下ナッパに瓜二つだ。わずかに違和感を覚えると思ったら、髪がパンチパーマだからだった。

 意外と似合ってるじゃないか……。

 オレの思惑など知る由もなく、ナッパに似た助産師は愛想よく微笑みながら言った。
「まあ、どういうんでしょ。今朝に限ってお産がいくつも重なりましてね。もうさっきからてんやわんやなんですのよ。でもご安心ください。当院はどんな時も万全の体制で臨んでおりますからね〜」
 ぎひひひと笑いながら、助産師はオレたちを「陣痛室」と書かれた部屋のひとつへと案内した。やつがどたばたと出て行くと、狭い部屋の中にオレたちは二人っきりで取り残された。その頃にはブルマの陣痛はどこへやら、けろりとした顔でパンツを脱ぎ(おいっ;) 、分娩着という丈の短い服に着替え、ベッドに横になっている。
「陣痛ってね、痛みがある時と収まる時と交互に来るのよ。知ってた?」
 知るか。オレが知っていればいいのは、いかにして敵を瞬時に完膚なきまでに倒すか――それだけだ。
「もう、ほんっとに戦闘バカなんだから」
 ブルマは肩をすくめておおげさに溜息を洩らすと、ベッドサイドのTVをつけ、備え付けのラックからテープを取り出し、ビデオデッキにセットした。たちまち妙に明るい音楽と共に、「やさしいラマーズ法」という文字が画面に映し出される。
「これでも見て勉強してよね」
「ふん」
「見るのっ」
 オレは憮然として椅子に座り込み、腕を組んで横目で画面を見た。ブルマは分娩の経過を説明するナレーションにいちいちうなずいている。
「そうそう、子宮口が全開になるまでは、いきんじゃいけないのよね。思い出したわ。14年もブランクがあると初産と一緒よね。でも大丈夫よ、ちゃんとお医者さまだっているんだし、頼りになりそうな助産師さんもいるし」

 そうか? ――さっきの助産師の顔が浮かび、オレは心の中で疑問を呈した。
「それに……あんたがついててくれたら最高に心強いわ」
「…………」
 オレはベッドに座り、ブルマの肩にそっと手を回した。ブルマは「ふふっ」と小さく笑いをもらし、もたれかかってくる。なんとなくいい雰囲気になりかけていたところに急激に陣痛の波が打ち寄せ、ブルマはベッドの上で七転八倒し始めた。
「来た来た来た来たあっ。ベジータ、早く腰をさすって! そうじゃないわよ、もっと強く。何やってんのよ、ヘタクソ! あ゛ーーーっ、もう、いいわっ。役に立たないわねっ」
 誇り高き戦闘民族サイヤ人の王子に腰をさすらせたあげく、ボロクソに罵った女は、痛みの波が引くと、すやすやと眠りに入ってしまった。
 いい気なもんだぜ。オレはグッタリと疲れ、椅子に座ったまま、うつらうつらし始めた。

『ヒッヒッフー、ヒッヒッフー、いきみを逃して〜、ヒッヒッフー・ウン、ヒッヒッフー・ウン、さあベジータ王子、今度は短促たんそく呼吸ですぜ〜。ヒッヒッヒッヒッ……ギヒヒヒヒヒ……』

 ナッパに耳元で囁かれている悪夢を見て、オレは飛び起きた。汗びっしょりだ。気がつくと、あのいまいましい「やさしいラマーズ法」とやらがつけっ放しになっていた。
 スイッチを切ろうとリモコンに手を伸ばしかけて、オレは画面に見入った。
 なるほど、あのように呼吸法によって激痛をやり過ごすわけだな。戦闘で負傷した時にも使えるかもしれん……。

※上の「ナッパに似た助産師」の言葉をクリックするとPATAさん作イラストが見られます。

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