「ベジータ!!」
「んまああああ、何てことでしょ」
オレは我に返った。握り締めたままの拳が震えている。壁をぶち抜いて隣の部屋にすっ飛ばされた医者を、ナッパ似の助産師が介抱していた。
医者のやつ、もぞもぞと腕や足を動かしてやがる。ちっ、まだ生きていたか。無意識のうちに手加減してしまうとは。オレも丸くなったもんだぜ。
「先生、しっかりしてください。せんせいっ」
助産師のやつ、医者の襟首を締め上げて、でかい手でびしばしびしばし往復ビンタを食らわしてやがる。いいぞ、もっとやれ。
……っていうか、死ぬぞ、おい。
ちくしょう。医者の野郎がひとの妻にあんなワイセツ行為を働くと知っていたら、絶対にこんな病院には来なかったものを。――何? あれは子宮口の開き具合と胎児の下がり具合を見るための、れっきとした診察だと?
……ふ、ふん、オレをごまかそうとしても無駄だ。
なぜ医者の野郎を殴ったのか、オレが口を割らないので、ブルマも助産師もとうとう諦めて顔を見合わせ、やれやれと首を振った。
そうこうするうち、またブルマの陣痛が始まった。だんだんと痛みが強く、間隔が短くなっているようだ。
「さ、分娩室の方へ」
助産師がブルマをストレッチャーに乗せ、押しながら言った。
「パパもご一緒に」
「なんだと。オレは――イヤだ――やめろ――でえええええええええええええ!!」
ブルマのやつ、しっかりとオレの手を握って離さねえ。とうとうオレは分娩室へ引きずり込まれてしまった。
助産師はてきぱきと器具を用意している。部屋の外では心なしか看護師たちがさっきにも増してあたふたと走り回っているようだ。けたたましいサイレンの音も聞こえる。
「あわただしくてすみませんねえ。先生が救急車で運ばれてっちゃったもんだから、みんな手が回らなくて大変なんですよ。ぎひひひひひ」
ブルマがオレをキッとにらんで言った。
「もう〜、あんたのせいなんだからね。この産院は個人病院なのよ。たったひとりしかいない先生が使いものにならなくなって、どうしてくれるのよ」
「ふん、いい気味だぜ」
「あたしも困るって言ってんのよ。産むときに医者がいなくてどーすんのよっ」
「大丈夫、お任せください。私が責任持ってお世話させていただきます」
助産師が暑苦しい顔をぬっと突き出し、思わずオレたちは後ずさった。
「見るなブルマ。胎教に悪い」
「なにか?」
「い、いや、気にするな。こっちの話だ」
陣痛が強くなってきたせいか、助産師の顔をアップで見たせいか、ブルマはかなりつらそうだ。
「さあ、こんな時こそ呼吸法を忘れないで。リラックスリラックス♪ いいですかあ。パパもご一緒に、はい、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……」
「冗談じゃねえ。このオレがそんなみっともないマネができるか!」
「ベジータあぁ」
「絶対イヤだ」
「……苦しい」
「…………」
オレは頭を掻きむしってわめいた。
「あーーーーっ、ちくしょう! やればいいんだろ。ヒッヒッフー! ヒッヒッフー! ヒッヒッフー! ――これでどうだ!!」
「まあっ、パパ、筋がいいわあ」
誉められてもちっともうれしくねえ……。
だが、恐ろしいもので、ブルマと二人、声をそろえてヒッヒッフーヒッヒッフーとやっているうちに、だんだんとオレは燃えてきた。
何事にも血のにじむような研鑽を積み重ね、頂点を極めないと気がすまないエリート魂に火がついたのだ。
こうなったら完璧な呼吸法を極めてやる。超えてやる、超えてやるぞカカロット!
……なんでここにカカロットが出て来るのかよくわからんが、1日1回これを言わんことには気合が入らんのだ。
ええい、超えてやるぞカカロット!!
「気を高めろ」
「え」
「オレたちが闘いの時にやってるだろ。気を高めろ」
「出来ないわよ。そんなの」
「いいからオレのやる通りにするんだ」
オレはゆっくりと体中の気を集め、青白い炎のようなオーラにして全身から燃え立たせた。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーっ」
「はああ……」
「声が小さい! 自分の内へ内へと精神を集中させていくんだ。もう一度! はあああああああああああーーーーーーーっ」
「はああああああーーーーーっ」
「よし、そのまま呼吸法になだれ込む。いくぞ。ヒッ、ヒッ、フー!」
「ヒッヒッフー」
「まだまだだ。ヒッヒッフー」
「ヒッヒッフー」
「ヒッ、ヒッ」
『フーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!』
オレたちは声をひとつにして力の限り気を放出した。波動で分娩モニターやさまざまな器具が小刻みに震え、分娩室全体がグラグラと揺れている。
「すごいわ! いまだかつて見たこともない……なんて力強い呼吸法なの!!」
助産師は両目から滝のように涙をほとばしらせ、感激にむせんでいる。
……どうでもいいが、やはり胎教に悪いツラだ。
「赤ちゃんの頭が出てきたわよ。いきんで!」
さあ、一気に攻め込むぞ。用意はいいか。
「…………」
どうしたブルマ。……なに!? さっきので息が上がってしまっただと。なんてこった。敵はもう目の前じゃないか。
「立て、立て……立つんだ。ブルマあぁ!!」
オレはセコンドのように分娩台を叩いて叫んだ。
助産師が裏返った声でわめく。
「力を振り絞って! 赤ちゃんの心拍が激しく上下してるわ。早く出してあげないと」
まだだ。まだだぞ。タオルを投げるのはまだ早い。諦めるんじゃねえ!
「出産のために その1――脇を締め、やや内角を狙い、えぐりこむようにして」
「いきんで!」
「産むべし、産むべし、産むべし!!」
おぎゃああああああ……。
「う、生まれた……」
「よっしゃあああああ!!」
オレは助産師と腕をぶつけあい、ガッツポーズをした。
ああ、この感じ。初めて異星人の星を征服した時の達成感が蘇るじゃねえか、ナッパよ――。
「素晴らしかったわ、パパ!」
頬を紅潮させた助産師がオレの肩を両手でぐわしとつかみ、瞳をきらきら輝かせて言った。
「助産夫になったら?」
「ならんわっっっ」
「女の子よ」
生まれたばかりのしわくちゃの赤ん坊を抱き、ブルマが涙をひとすじこぼしてオレを見上げ微笑んでいる。オレの胸にもなにか温かく湿ったものがいっぱいに広がってゆく。
言葉もなく、オレたちはただお互いを見つめ合っていた。
いつまでも……。
それからしばらくして――長女ブラを交えたオレたちの新しい生活が始まった。生命力に満ちあふれた赤ん坊に振り回されながらも、活気のある日々が過ぎてゆく……。
ある日のこと、オレはブルマから、あの産院がラマーズ法をアレンジした新しい呼吸法を採用しているという話を聞いた。
その名も『格闘ラマーズ法によるファイティング・バース』
指導者はもちろん、あのナッパ似の助産師だ。
オレは深くうなずいた。今度のことでひとつだけわかったことがある。
そうとも――
出産は、闘いだ。
(おわり)
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