13-6-6EX

「よし、じゃあ行くか・・・っとと」
「シロウっ!」
 深山町へ向かい歩き出そうとしてよろめいた士郎を、慌てて駆け寄ったセイバーが抱きとめた。
 凛が伸ばしかけて届かなかった手を空中でわきわきさせて誤魔化しているのをアーチャーは横目でじとーっと眺める。
「ごめんセイバー。ちょっとふらついた」
「さっきの無茶の代償よ。損傷が大きかった臓器とかは一通り直してるけど神経の異常とかはキャスターあたりにでも頼まないとちょっと手が出ないわ」
 凛に言われ、士郎はむぅと困り顔になった。
「一時的にでもなんとかならないか? これじゃ走ることもできそうにないんだが・・・」
 時々閃光が走っている我が家上空が気になるのか歯を食いしばって歩き出そうとする士郎に、アーチャーは軽く肩をすくめた。
「セイバー、そいつの手を握れ」
「はいっ!?」
 唐突なコミニュケーション要求にセイバーは思わず声を上げた。
「・・・いきなり何言い出すのよアンタ・・・」
 マスターのジト目にも表情を変えず、アーチャーは顎で士郎を指す。
「そいつはセイバーと接触していると傷が高速回復する変態的な体質だ。現にさっきより痛みが薄れているだろう?」
「え? ・・・そう言われると・・・内臓が全部裏返ってるみたいだったのが消えてきてるような・・・」
「本当に? 女の子に抱きしめられて気分良くなってるだけじゃなく?」
 ジト目のままこちらに向き直られ、士郎は少しひるみながらも頷いた。
「いや、指くらいなら動かしても痛まなくなったし・・・って言うか、前からセイバーが傍にいたら傷が早く治るな、とは思ってたんだ。それこそ気のせいかと 思ってたけど・・・」
「実際には、何かの力が働いてたってこと・・・?」
「あ、愛の力でしょうか?」
 セイバーの発言を凛とアーチャーは敢えて聞かなかったことにする。
 セイバーは、沈黙した。
「―――原理は落ち着いたら教えてやるから、今はそういうものだと納得して手を握るんだ。セイバー」
 アーチャーに視線で促され、セイバーはガクガクと頷いた。
「わ、わかりました。シロウの手を握ります・・・!」
「ならわたしは士郎の頬をつねるわ」
 手のひらを両手で包み込むように握られる。頬をぎゅむっとつねられる。
「・・・あの、遠坂さん?」
「何かしら? 衛宮くん」
 にこーっと笑う凛にアーチャーはため息をついた。
「愉快なコントではあるが、急ぐのだろう。行くぞ」
「あ、こら、まだ・・・!」
 むくれる凛を無理やりお姫様抱っこに抱き上げ、アーチャーは強く地を蹴った。
「セイバーも手を握ったまま抱き上げて付いて来てくれ」
「望むところです・・・!」
 鼻息も荒くセイバーは士郎を抱き上げてアーチャーの後を追う。
(―――恥ずかしい)
 仮に万全の体調であっても魔術師と英霊では移動速度が段違いだ。
 士郎もそれはわかってはいるが、自分よりも小柄な少女に横抱きにされるというのは、ちょっとした羞恥プレイである。
「あの、シロウ。密着すればするほど回復するようですし、その、粗末で申し訳ありませんがそのまま胸に顔を埋めてみてはいかがでしょうか?」
「!?」
「うふふ、セイバーったら愉快なこと言うわね・・・」
「・・・凛。気持ちはわかるが私の首を折ったところで意味はないぞ・・・」
 数分後、そんな事を考える余裕が無くなるまで、四人の息抜きは続いた。

13-7-2に続く


13-8-1Alternative

遠坂桜「やあみんな! わた しの正体は、ゲーム本編BADEND40『ファム・ファタール』で間桐サクラが
     姉さんを聖杯にぶち込んだ時の『姉さんが蟲蔵で超陵辱されればいい。代わりにわたしが遠坂で
     幸せになりたい』って願いが聖杯の力で具現化した存在だったんだよ!」
全員 「なんだってー!?」
遠坂桜「サクラの想像の中の『全て完璧な遠坂凛』が肉体 を得たものだから、「姉さんならこんなことも
     出来るはず…」っていう妄想でいろんな能力を水増し後付されたのがわたしっ! まさに
     チート状態だったんだよ!」
全員 「なんだってー!?」
遠坂桜「そしてこの世界は大聖杯の中にあるっ!  BADEND40でサクラは大聖杯に漬け込んだ姉さんを
     触手責してたわけだけど、その舞台である聖杯内に魔術で組まれた間桐の蟲蔵を中心にして
     冬木市まるごと一個私がつくりあげたっ! ちなみになんで石柱一つの中に街が収められるのかは
     エヴァ○ゲリオンでも見て欲しい! ほら、レリエルの展開したアレよ!」
全員 「ディラックの海だってーっ!?」
遠坂桜「ちなみに姉さんは膜破られる前にわたしがダミー と入れ替えておいたから新品です! 
     ダミーは2月6日、4-8で先輩がルルブレったやつです! もう劣化してましたし要らないんで
     先輩覚醒用のコマとして使いましたっ!」
士郎 「オマエノシワザダタノカ!」
遠坂桜「んで、わたしの目的は姉さんを外のサクラから守 ること! 理由は私を作ったサクラの願望が
     『間桐の蟲蔵から助けてくれる遠坂』を求めていたから! つまり本能!」
全員 「んでんでんで!?」
遠坂桜「にゃーんで! わたしは対黒サーヴァント用の戦 力として今回の聖杯戦争に破れて小聖杯に
     捕獲されていた英霊の魂を自分の身体に降霊させて複製サーヴァント軍団を作ったのでした!
     憑依先が女体だったのでTSが発生したけどまあ小さいよねそんなことっ!」
遠坂凛「ちなみに我が遠坂家は降霊術を得意とするッ!」
遠坂桜「なんやかんやでイスカンダルの宝具とそれを使用 する為の器…ようはそこのイスカちゃんを
     作って裏技的な方法で外のサクラの目をそらす囮として冬木市住民を全員召喚!」
イスカ「なんやかんやってなんなのかなっ!」
遠坂桜「なんやかんやは・・・なんやかんやですっ! そう やって作ったこの冬木市で、わたしの期待通り
     先輩…外の世界の先輩の魂を降霊したサーヴァントであるここの先輩は英霊たちをまとめ上げて
     くれて、今日ついに攻め込んできたサクラを迎撃してくれたわけです! 計画通り…!」
士郎 「駄目だこのサクラ・・・早くなんとかしないと・・・」
遠坂桜「で、この世界ってわたしの魔術で維持してたんだ けどさ、ほら、魔力源である聖杯取られ
     ちゃったじゃん? 市民召喚をやめて魔力節約してるけどちょっと維持は無理っぽいなあ。
     日付が変わるあたりでこの世界、壊れるんで4649」
全員 「なんかすっげぇフランクになった!」


13-8-2に続く




赤セイバー「ん? 尺が少し余っている? ふむ・・・よ い、ならば余が情報を補足してやろうではないか。
        魔力供給を切られた市民達は現在は魂が大聖杯に囚われた状態になっている。
        生きてるとは呼べぬ状態ではあるが、囚われているが故に消滅することもない。再召喚は
        不可能ではあるまい。あんりとまゆはアンリ・マユの一部に魂を憑依させた使い魔でな、
        身体の性質はアンリ・マユそのものであるが故に黒き泥の影響を一切受けぬ。おお、そうだ。
        戦力面だがバゼットと言峰は負傷で戦力外、ランサーは穴が塞がらんのでHPは減った
        ままだが戦闘能力は変わらん。アーチャーは原因不明の昏倒中だ。
        それにしても、我が愛しの奏者はどこに居るのだ? 余を一人にするなどあってはならんこと
        だぞ全く・・・」
セイバー 「・・・ちなみに、この赤い露出狂の真名の人 物はアーサー王のモデルの一人とされています。
       そういうわけで顔が同じなのです・・・不本意ですが・・・すごく不本意ですが・・・」




13-10-1EX 贋作と真作

■衛宮邸 ギルガメッシュ私室

「ふむ。贋作であるという致命的な欠点を除けば、悪くない出来と言ってやろう」
 いつもの縦ロールをおろしたストレートの金髪から湯上りの香りを漂わせるギルガメッシュが見下ろしたそこには、無数の武器が転がっていた。
 踏み場もなく敷き詰められた剣に槍、鉾や短刀の数はざっと見るだけで100は越えているだろう。
 数え切れないのならば、それは無限と同じ事ともいう。
 そういう意味でも、実際に幻想の鉄で出来ているという意味でもこれらは全て無限の刃の一部である。
「やってみれば意外と投影できるもんですね・・・正直、調子にのってやりすぎた感はありますけど」
 士郎もまた腕組みで自分の作品を見下ろす。
 食事と平行して作っていたというキャスター謹製の魔力回復茶を飲みつつ、次々に蔵出しされるギルガメッシュの課題に挑み続けた結果がこの大量投影である。
 王の財宝としてはそれほど格の高いものではないとはいえ、どれもが伝説を持ち後世に語られる名品である。夢中で解析して投影し、解析して投影し、気づけばごらんの有様だった。
「これ全部消すのって大変そうだな・・・作るごとにちゃんと消しておけばよかった・・・」
 士郎の呟きに、ギルガメッシュはふんと鼻を鳴らす。
「むしろ、一定時間で消滅するように作っておくべきであろう。永続するという特性は評価すべきだが、それはまだ模倣のレベルにしかないぞ」
「いや、そもそも複製を作る魔術であって、オリジナルに無い条件を付与するような事はできないと思いますよ?」
「その言葉がそもそも未熟だというのだ。あの贋作者はその辺り、理念のみだが本物であったと言えよう」
 それはそれとして、とギルガメッシュはパチンと指を鳴らす。
 床に散らばっていた刃の群れは、その音と共に一斉に柄を床に這わせて直立した。天井を向いた刃の群れは、ぱっと見では針山地獄のようである。
「うぉっ、何ですかこれ!?」
「模倣としては真に迫っているからな。我の財の複製である以上、我に従わぬ理由があるまい?」
 もう一度パチンと指を鳴らし、ギルガメッシュはクローゼットを指差した。
「貴様ら、下がってよいぞ」
 言うが早いか、刃の群れはいそいそと二列縦隊を作り、行儀よくクローゼットの中に行進を始める。
 最後の一本がぺこりと頭・・・というか切っ先・・・をさげてから器用に柄をひっかけてクローゼットの扉を閉め、完全に閉まりきる前に中へと飛び込む。
 ギルガメッシュは元通りになった部屋を見渡しふふんと得意げに胸を張った。
「消えよと言えば消えるかもしれんが、貴様の修練となるだろうからな。いずれ時間の出来た時にでも消しにくるが良い。茶菓子と紅茶を持参でな」
 遠まわしに今後もちょくちょく部屋に遊びにくるがいいぞだが勘違いするな別に貴様の為じゃないんだからね財宝のメンテナンスなんだからね!と伝える王様に、士郎はわかりましたと頷いてから疑問をぶつける。
「さっき言ってたの、どういう意味なんですか? アーチャーならコピー以外もできるってことですか?」
「む? いや、違う。間違っているぞ衛宮」
 ちょっと仮面の反逆者っぽい言い回しでギルガメッシュは首を横に振った。
「奴に出来るのではない。貴様にも出来るがその発想が無いというだけだ。たとえば、貴様の工房にあった中身の無い時計だが、あれは真作と同一か?」
 かつて強化の魔術に四苦八苦していた頃のことだ。修理しようと土蔵に転がしておいた目覚まし時計を手慰みに投影したことがあるが、出来上がったものは肝心の機械部分が無い、外装だけのハリボテであった。
「いや、確かに元のやつには中身ありましたけど・・・中身が作れなかったのは単に俺が手順を構築できてなかったってだけですよ?」
 解析も中途半端なら経験の憑依も機能への共感もない不完全な投影では複製を作るには至らず、結果外見という最も表層でしかない部分だけが具現化されたのだ。
「それが理念の欠如だというのだ衛宮。中身の有る時計を作ろうとして失敗した、か。だが、この我が中身の無い時計を所望していたとしたらどうだ?」
 どんな状況だそれは、というつっこみはさすがに入れない。
「本来の手順に則らぬという程度は真贋の基準にはならん。『間違った手順』であろうと、再現できるのならそれは新たな魔術だ。―――その一例が、貴様もよく使う冒涜的なアレであろう?」
 言いながら片手をぐっぱぐっぱと開閉する。
「冒涜的な・・・? ルルイエ関係に心当たりは無いですよ?」
「貴様は知らぬかもしれぬが、そやつらは実在する上に10年前に眷属がこの街に出現していたのだがな・・・」
 そうでなくてアレだよぼかーんって、ぼかーんってとギルガメッシュは手をぐーぱーぐーぱー続ける。
「・・・ひょっとしてブロークンファンタズム(仮称)のことですか?」
 宝具に格納された魔力を起爆しているだけの、魔術に造詣があって宝具が手元にあれば誰でも出来る類の技術なので正式名称は存在していなかったりする。
「そう、財に対するリスペクトのないあの使い捨ての事だ。貴様らはエコを学ぶがいい」
「む。投影は消滅後魔力に戻る地球に優しい魔術です」
 マナに戻るわけではないから結局のところ消費一辺倒ではあるが、とりあえずゴミにはなりません。
「ふん。それはともかくだ。貴様らがアレをやる時は投影した宝具に手を加えて捻っているだろう?」
「あ」
 投影重装(トレースフラクタル)という呪文で管理されるそれは、投影の重ねがけである。思えば昨日、干将莫耶の刃を磨耗させるという重ねがけもしたではないか。
「一度投影したものを変形させる事が可能ならば、当然最初から変形させて投影する事も可能だろうよ。もう一つ例を下賜してやるが、貴様らの双刀も原典からアレンジが加えられているぞ」
「ああ、そういえば刀身の文字がアーチャーが刻んだ魔除けの護符なんだっけ・・・」
 士郎は腕組みして自己の内面にストックされた投影ストックを確認してみる。
 たとえば、エクスカリバーに手を加えようとしても手の出しようが無い。あまりにも完成されたその構造は少しでも手を加えてしまえば途端に真実味を失い、形だけの贋作に堕ちてしまうだろう。
 ゲイボルクを矢に変形させた事があったが、あれは元々槍が分裂して多数の矢になるという伝承を持っており、その側面で具現化させただけの事。たとえばルールブレイカーを矢にするような無茶は出来まい。
 アーチャーはカラドボルグなどの剣をを矢にするという無茶をしていたし、その経験を再現する事なら士郎にも出来るが、自力で別のものを変化させるとなると手に余る。
 どれだけインチキじみた成長を遂げようと未熟である事に変わりは無く、研ぎ上げられた本物の贋作者とはレベルが違うのだ。
 だが、神秘としての格がそれ程高くない干将・莫耶やダーク、斧剣あたりならば弄くる余地もあるのではないか?
「成程・・・なんだか出来る気がしてきました」
「うむ。貴様の位階で先程の財が加工できるかは知らぬが、まあ励むがよい。この我のような光輝溢れる王と違い、貴様らは足掻く事でしか進めんのだからな」
 ちなみに光輝と高貴がかかっているのだと得意げにギルガメッシュは語り、そういうのを自分で説明するのはどうかなあと士郎は暖かくスルーした。
「まあ、今夜には間に合わないでしょうけど修行してみます」
 うむ、励めよと鷹揚に頷かれ、思案する。
 英雄王の蔵出しセレクションを見せてもらって武器の貯蔵はかなり増えた。数があればいいという物でもないが、個人としての能力が低い自分にとっては多様性だけが頼りだ。咄嗟に出せる物は多ければ多いほどいい。
 貸し借りで言うなら、これは借りだろう。そして、やはりパートナーの影響だろうか。借りがあるというのはどうも落ち着かない。
「・・・よし」
 頷き、魔力回路を起動する。
 心の中に蓄えた数々の武器。その中から引っ張り出してきたのは最も馴染んだ双刀の片割れ、干将である。
「ふむ?」
 唐突な魔術行使に首をかしげるギルガメッシュの仕草に和みながら士郎は手順を飛ばして高速投影できるそれを、敢えて手順を踏んで製作してみる。
 士郎が投影を行う際に踏む八工程は、徹底的なまでの再現の手順だ。
 かつて適当に行っていた模倣を段階をつけて一つ一つ丁寧に行う事で成功率を上げているのが今の状態であり、一つでも狂えば想定した結果は出ない。出せない。
 ならば、あえてどこかの手順を変えれば―――たとえば、蓄積年月の再現段階で本来は行われなかった経験を憑依させたりすればどうなるだろう。
 物体として成り立たなくなって消滅したり、変更点以外が失われた駄作として完成する可能性の方が高いとはいえ、どうあれ本来完成する筈のものとは別の投影物が出来上がるのではないか。
 理念や骨子のレベルで捏造をしたところで、10割の確率で幻想が破綻するだろう。それができるのならば、もはやその者は贋作者ではない。
 経験や技術も今は無理だろう。アーチャーならば自身の鍛錬と経験を混ぜ込む事で変更を可能にするのかもしれないが、少なくとも士郎の引き出しにはそんなものは入っていない。
 ならば、現時点で可能なものがあるとすれば材質か。
 新たな何かを作るのではなく、別のものの材質を代わりに再現するくらいならば、あるいは。
 意味有るのかそれと自分でもちょっと思うが、せっかく開いて貰った新しいルートだ。その取っ掛かりくらいは見せておきたい。
 投影の工程を進め、考える。
 さて、何の材質で試してみたものか。
 ふと目をあげれば、こっちを眺めるAUO。
 退屈してきたのか金色の髪を弄り始めている。
「・・・ギルガメッシュさん、好きな色は?」
「なんだ唐突な愚問を。金に決まっている」
 やっぱりと頷いて投影再開。
 エクスカリバーでぶん殴ってもへこむ程度という噂のあの鎧。あれの材質を流用して、金色の干将とかいかがなものか。
 うわー、なんか馬鹿っぽいぞ自分と苦笑しつつ士郎は残りの工程に取り掛かる。
 デモンストレーションとはいえ、見せる相手は無双の鑑定眼をもつギルガメッシュだ。中途半端なものや失敗作を見せたらその性格上、容赦ない罵倒は免れまい。というか、親しき仲にも処刑ありの人だからなあ。
 魔術を行使する傍らでちらりとそんな事を考えた途端、ふと気付く。
 少女ギルガメッシュ用として、干将は大きすぎないだろうか? それ、減点ポイントでは?
「っ・・・投影、完了!」
 土壇場で揺らいだ意思をなんとか纏め上げ、士郎はなんとか魔術を完成させた。
 とりあえず暴走とかはしなかったが―――
「・・・ナイフか?」
「・・・ええ」
 士郎の手に現れたのは、刃渡り5センチ程のナイフであった。
 形状としては干将そのものなのだが、黒くもなければ金でもない。魔除けの護符もないし亀甲状の文様もない。
「ふん、妙なものを投影したな」
 ギルガメッシュの遠慮ない言葉に士郎はがっくりと頷く。
 鎧の材質で投影というだけなら成功したかもしれないのに、咄嗟にサイズの変更をしようとした結果がこれであった。
 ダークの構成を流用してサイズを調整したのだが、それぞれの工程は集中を欠いて中途半端になり、干将としての特徴も鎧の材質という特徴も中庸化してしまっている。
 文字通り鍍金が剥がれた状態とでも言うべきか。本物のギルガメッシュの鎧が鍍金というわけではないが。
「すいません。ギルガメッシュさんモデルを作ってみようとしたんですが、失敗です」
「・・・・・・」
 ギルガメッシュはむっとした顔で腕組みした。
「衛宮。この我に同じ事を二度言わせる事が、どれ程の罪かはわかっているな?」
「三回ならどうです?」
「それは天丼ゆえに許す」
 なんでやねんと機械的につっこみを入れる士郎に少し機嫌が直ったのか表情を緩め、その手からナイフを取りあげる。
「・・・この我からしてみれば許しがたい行為ではあるが、貴様は真作に否定されぬ贋作であろうとしているのだろう? 貴様の真作と言える存在が居たとしても、贋作者である貴様自身を肯定すると宣言したのであろう?」
 一瞥し、くるっとひっくり返し、ふむと頷く。
「なれば、貴様は己の生み出した物の真贋についても是非を語るな。我は贋作を許さんがな。世界の全てはこの我の物であり、贋作とはそれを掠め取り貶める行為だ」
 視線を士郎に戻し、原初の鑑定王による鑑定結果が下された。
「駄作だな。鎧としての属性が入った代償に剣として備わる筈の属性が全て抜けた。対魔術、対物理ともにひたすらに頑丈ではあるが、それだけだ。神秘としての格も見る影も無く堕ちた。もはや宝具の類とも呼べん」
「うわぁ・・・」
 予想はしていたが、あまりの酷い評価に声が出る。だから失敗作だと言ったのにと士郎は思い。
 だが。
「それでも、我はこれを見た事がない。『剣の形をした鎧』などというものは、初見だ」
 ギルガメッシュは、そう言って愉快そうに笑って見せたのだ。
「あ、いや、確かにそんなもの作ろうと試みた奴は居ないだろうけど・・・っていうか、俺も別に作ろうとして作ったわけじゃないけど・・・」
 苦笑しながらも、士郎はその剣・・・っぽいナニカの評価を改めた。
 否定するから失敗作なのだ。
 今、ギルガメッシュは笑っている。
 生半可な名剣では一瞥しただけで放置される英雄王がだ。
 ならば、それ以外の事にどれ程の意味があるだろうか?
「衛宮。貴様の献上品、今回は特別に受け取ってやろう。貴様が他人の真似事を材料に新たな何かを為す可能性をな。なに、我が世界は広大だ。贋作者の一人や二人遊ばせたところでどうというものでもない」
 言って差し出されたのは小指である。
「・・・ゆびきり、ですか?」
「うむ。軽い気持ちで我に触れれば全身遍く金になって死ぬと思うがいいぞ」
 いやそれ違う王様ですよねとはつっこまない。
 つまりは、英雄王の期待を裏切るというのは死に値するぞという意味なのだろう。
 故に。
「大丈夫。俺は立ち止まれないし、立ち止まらない」
 士郎は躊躇無くその小さな小指に自分の小指を絡めた。
「よかろう。英雄王がその誓約見届ける。・・・ゆーびきーりけーんまーんうーそつーいたら針せーんぼーんのーますーっと」
 指切った、と離れた小指を見つめ、士郎は尋ねてみる。
「今・・・さりげなく剣万とか言いませんでした?」
「ん? 当然だ。背約者に王たる我に手ずから処刑されるという名誉を与えてどうする。昨日のわくわくぴぽーんもそうだったであろう?」
「剣一万本刺されたら針飲まされる前に死んじゃいますよ・・・?」
 拳骨一万発も十分死ねるが。
「たわけ。剣で肉体が死んだ後、抜けた魂に針を叩き込むのだ」
「・・・うん、罰じゃなく完全に処刑なんですね」
 さすがに魂すら痛めつけられるとは思っていなかったが、そこは苦行バッチこいの衛宮士郎である。まあいいかと普通に納得する。
「そもそも、この我が汗を流して必死に殴りまくるなどというのは王として美しくあるまい」
「そうですか? さっきの理論でいくと、ギルガメッシュさんがこれは王の振る舞いであるとして言い切れば必死にパンチ繰り出してても問題ないのでは?」
 ぎっるぎるにしてやんよって感じでと続ける士郎にふむとギルガメッシュは頷く。
「一理有ると認めてやろう。確かに、この我こそが天上天下に唯一真正なる王である以上、我を王らしく無いという雑種が居れば、そやつが王という概念を理解していないという事になる」
 王様理論である。
「となれば・・・つまり、我が拳を繰り出せばそれは王気オーラパンチか」
「花園高校のさおとめですね」
「故に、我の歩く道は全て王気道オーラロードとなる」
「海と大地の間に繋がりそうですね」
「我の胸を見よ。これをどう思う?」
「すごく・・・ビッグ・オーです」
「ふふん、やるではないか。ならばこう、中腰でだな、歌うのだ」
「お・・・オートマチック?」
「それだ。よし知的にいくぞ。軌道エレベーターを吊るす為の地球を周回する輪っかでな・・・」
「それはオービタルリング・・・ってなんか趣旨変わってません?」
「気にするな。ろくな部下が居なかったり上司に不満があったり」
オー人事、オー人事。似合わないなあ、ギルガメッシュさんと人事って単語・・・」
「なんだと?」
 無意味なやりとりは、十分後に士郎がギブアップするまで続いた。
 王様は語彙の貯蔵も十分だった。
 というより、普段格好つけて言えないでいた冗句の貯蔵が十分だった。


13-10-2に続く



13-10-4EX 借り物と自己と

■衛宮邸 屋根裏。ハサンの穴

「声をかけないのですか? ハサン」
 ちびセイバーは、天井板の穴―――屋根裏に居る自分達にとっては床の穴から階下を覗いていたハサンに尋ねてみる。
 既に士郎と佐々木は軽く挨拶をして別れ、それぞれ別の場所へと移動を始めていた。
「はいです。わたしは特に問題とか抱えてないですし、時間をとってもらう程でもないです」
 ハサンは覗き穴を塞ぎ、物理的に小さな友人に振り返る。
「ハサン・サッバーハは、十九人で一人の仮面アサシンです。自己の確立について悩むなんてのは座にみんなして押し込められてる時からずっとですし、今更コピーだとかはどうでもいいのです」
 そもそも、自分以外のハサンを否定するというのは全てのハサンに共通している思想だ。
 師であったり弟子であったり伝説に聞いていたり、生前に尊敬やら愛着やらあった相手であったとしても、こんな中途半端に混ぜられた状態では嫌にもなるというものだ。
 世界もなんという中途半端な事をしてくれるものか。
「コピーであることはともかく、女性の体になっていることは構わないのですか?」
 ちびセイバーの問いに、ハサンは苦笑混じりに頷く。
「ハサンは・・・ああ、『ワタシ』は、元からそういうハサンなのです。自己改造の技で長になった、必要に応じて肉体を継ぎ接ぎする暗殺者。何代目だったかのハサンが人格を切り替える事で万能化したように、肉体を切り替える事で万能化したのが『ワタシ』なのです」
 言って触れた自分の頬は、柔らかな感触を返す。
 皮膚を削いで潰した元の肉体ではない、間桐桜と、そして遠坂桜と同じ顔。
「多分、その性質故にハサンは桜さまと同じ身体になったですよ。召喚時の身体は生前最後に使っていた物であってハサンを現すものではなく、憑依先の肉体を変質させるだけの特徴が、このシャイターンの腕だけだったのです」
 言ってビロン、と伸ばしたのは通常時は二つに折りたたまれた、人間には在り得ない多関節の右腕だ。
「そういうわけで、ハサンの悩みは一つだけです。おそらく再戦する事になる向こうのハサンにどうやって勝つか・・・別の英霊の体を接続して強化した向こうと、人間である桜さまの肉体を接続して力を落としたこちらの力の差をどう埋めるか、くらいですぅ」
 昼の戦いでダークの相殺合戦に負けていたのを思い出し、ちびセイバーは軽く唸った。
「サクラの身体にメリットはないのですか?」
「美人ですぅ」
 即答されて半眼になる。
「それ以外で」
「おっぱい大きいですよ?」
「私なら谷間に埋まったりできますか?」
「楽勝ですぅ!」
 ぐっ!と親指をつきだすハサンにちびセイバーは凄いですねと笑顔で頷き、躊躇無く抜刀した。
「それで、真面目に話をするつもりはありますか?」
「ご、ごめんですぅ・・・二重の意味でちっちゃいのに、デリカシーが足らなかったです・・・」
「・・・・・・」
 ちびセイバーは、無言で剣を収める。
 ぺこぺこと頭をさげるハサンが、信じがたい事に悪意無くその台詞を吐いた事を怒りに支配されること無く理解した事も含め、その自制心は賞賛に値するだろう。
「再度問いますが・・・サクラの身体になった事で戦闘面で優位はあるのですか?」
「ほとんど無いです。一応魔術師の身体なんで魔力は上がってるので風除けの加護の防御力とか妄想心音の成功率とか上がってるですけど、実戦においては既に十分なランクのパラメータでしたから」
 お手上げですと肩をすくめるハサンに、しかしちびセイバーは不敵に笑う。
「成程。確かに、あなた固有の戦力は敵方のアサシンに劣るかもしれません。しかし、それだけの事でしょう? 上げるくらいなら、その手で握るべきだ。奴が持っていない剣を」
「剣・・・ですか?」
 小英霊は大きく頷き腕組みなどする。
「リンがよく口にしている言葉があります。即ち、『足りないならばよそから持ってくればいい』のです」



13-10-5に続く


13-10-5EX ブリーフィング前、二人の会話

■衛宮邸廊下

「アーチャーが敵に回った以上、計算が合わなくなるわね」
「計算?」
 思う存分パヤパヤして盛り上がった頭をクールダウンしながら居間へ向かっていた士郎は、同じく頬をぺちぺちやってクールダウンした凛の言葉に首をかしげた。
「そう。こちらの攻め手がセイバー、ライダー、ランサー、ギルガメッシュ。相手は少なく見積もってもセイバー、ライダー、バーサーカー、ギルガメッシュ・・・そしてアーチャー。一人多いわ」
「一対一が連続するとは限らないんじゃないか?」
 士郎の問いに、凛は軽く頷いて同意する。
「ええ、でもイスカちゃんに聞いてみたら、アーチャーが向こうに行った分、集団戦になる可能性は減ったって言ってたわ」
 どうしてかわかる? と水を向けられ、士郎はしばし考える。
「えっと・・・この土壇場にいきなり寝返ってきたアーチャーを混ぜて集団戦はできないから?」
「そういうこと。昼の話を聞く限りバーサーカーは誰かと連携できるコンディションじゃないみたいだし、ギルガメッシュは問題外。考えられるのはライダーとセイバーのコンビくらいだけど、ライダーはサクラのすぐ傍か、逆に外でペガサスを生かすかだと思うのよね」
 そうなると、と士郎は布陣を想定してみた。
「アーチャーを利用しようとするなら、どう転んでもいいよう遠くに配置する筈だ。そして裏切った時の為に、信用のおける相手をその手前に配置する」
「そ。つまり外から進入するわたしたちから見れば、まずアーチャー、次にセイバーかライダー、どこかのタイミングでバーサーカーと遭遇して最後にセイバーとライダーのまだ出てきてない方と向こうのシロウって順番で事が進む筈よ」
「・・・昼の戦いを見る限り、最深部に居るのは向こうの俺とサクラだけで、ライダーは外かもしれないな」
 ええ、と凛はその可能性を肯定する。
 我慢する事をやめたサクラは、シロウに守って貰いたがっている。合理的でなくとも、その選択をするかもしれない。
 ふうと息をつき、凛は肩をすくめた。
「相手のサーヴァントが一人ずつ出てきてくれるなら、全員でボコって各個撃破していくのが一番確実なんだけどねえ・・・」
「優位には進められるけどセイバーやバーサーカー・・・の黒いのが居るからな。二人ともとにかく頑丈だから、こっちの魔力や体力が持つかどうか・・・」
 こちらの作戦では、無限供給という相手の強みを短期決戦・・・補給する必要のない段階での決着で無効化しようとしているのだ。どこかで手間取って消耗してしまえば、先が無くなる。
「そうね。可能な限り各所のサーヴァントを一対一で押さえ込んで先へ進むべきだと思うわ。目標はサクラただ一人。あの子を解呪してしまえばそれだけで全て終わりなんだから」
 現状、サクラを殺せるかもしれないのはエクスカリバーとエア。
 そしてサクラを救えるかもしれないのはルールブレイカーだ。
「だから、まあ・・・場合によるけど、サーヴァントの誰か一人をわたしが引き受けるわ。装備はたんまり整えたし、時間稼ぎならできると思う」
「・・・時間稼ぎっていうなら俺の方がいいんじゃないか? 少しくらいなら再生するし」
 遠坂の場合、うっかりがあるからそういうのを任せるのは怖いんだよなあと口には出さず考える士郎に、凛は首を横に振る。
「言ったでしょ? わたし達のすべき事はサクラの解呪。アンリ・マユから引き離す事よ。極論すれば、サーヴァントも向こうのシロウも倒す必要はないのよ」
 先行するセイバーの背中を眺めて凛は説明を続ける。
「規格外で反則だらけとはいえ、アンリ・マユってのはサーヴァントなの。その根本的なルールから逸脱できないわ」
 即ち、サーヴァントは現世の『依り代』と結びついていなければその存在を維持できず、その結びつきは魔術による『契約』で為されているというルールから。
「つまり、契約を解除すればアンリマユは存在できなくなる?」
「正確に言えば、契約を解除した上で大聖杯を叩き壊せば、よ。契約を解除しただけだと聖杯の中の魔力を使って存在を維持されてしまうかもしれないし、単独行動スキルもってたりするかもしれないし」
 そう言って凛はぱしんっと広げた左手に右の拳を叩きつけた。
「大聖杯の中に満ちた魔力が汚染された結果アレが生まれたっていうのなら、根こそぎ焼き尽くしてやるまでよ」
 くくくくく・・・と笑う姿はほとんど悪役であるが、士郎的には遠坂は今日も元気だなあといったところだ。
「こほん。そういうわけで、最終目標はサクラへの解呪実行。その為にはサーヴァント達を押さえ込み、向こうのシロウを無力化する必要があるわね」
 先頭のセイバーが居間へ入り、凛が、士郎がそれに続く。
 既にそこには全員が揃っていた。こちらへ振り向く顔が、どれもふてぶてしい力に満ちていることに苦笑し、士郎は拳を握りしめた。
 今宵、総てに決着を。
 そして願わくば、新たな朝を、全員で。

 

13-11-1に続く


13-11-1EX 赤枝の騎士

■衛宮邸 裏庭

「ランサー、少しいいですか」
「あン?」
 裏庭に停車してあったバイクのところへやって来たランサーは、背後からかけられた声に首だけ振り向いた。
「どうした? バゼット」
「はい。不要だとは思いましたが、私が仕事の時に使うサバイバルキットです。邪魔にならなければ、持っていってほしいのですが・・・」
 腰に巻くタイプのポーチを差し出す右腕が、僅かに震えていた。
 緊張や恐怖ではないのは一目瞭然。一度切断された神経がまだ完全には繋がっていないのだろう。
「・・・中身は?」
 ぶっちゃけいらねぇよなあと思いながら、ランサーは一応尋ねてみる。
「昼にも使った治癒軟膏をすり込んだ擬似皮膜、吹き付けると擬似肉になる傷塞ぎ、塩、水、ブロック栄養食、くまちゃん―――」
「くまちゃん?」
「孤立状態で潜伏している際の精神病対策です。和みます」
 キリッと音がしそうな真顔で言われて、ランサーは無表情に頷く。
「ブランデー・・・消毒液兼用です、発火、浄化、連絡などのルーンを刻んだ小石がいくつか・・・ああ、ポーチ自体にも対衝撃のルーンを模様として織り込んでいますので、ちょっとやそっとでは中身にダメージは及びません」
 そこまで言って、少し自信なさげにうつむく。
「もっとも、サーヴァントレベルの戦いとなると、私程度のルーンでは気休めにしかならないと思いますが・・・他のものだって・・・」
 実際、ランサーにしてみればバゼットの魔術の腕はまだまだ駆け出しだ。馬鹿にしたものでもないが、自分でやった方が早い。
 中身についても、丸ごとサバイバル人間であるところのランサーにとってはその辺に落ちてるものを使って自作できるものばかりである。
「あ、あと釣り針も入っています。これ一つあると色々使えますからね」
「よし、持ってこう」
 しかしランサーはそう言ってポーチを受け取った。
 別に釣り針に引かれたわけではない。ないぞ。
「・・・ありがとうございます」
「おう」
 ポーチを腰に巻き、動きの邪魔にならない事を確認してから改めてバイクにキーを刺す。
「・・・胸、大丈夫ですか?」
「でかいぞ」
「そういう意味でなく」
 真顔で返されて、ランサーは少し悲しい顔をした。
「表面的には塞がりましたが、本気で戦えばすぐに傷が開く筈です・・・」
 事実である。魔術である程度の対処はできるが、そっちに回路を使うということは、戦闘用に使える回路が減るという事だ。ランサーは、それを選ばない。
 故に、ランサーはバゼットのポーチを受け取った。サバイバルキット、生き残る為の道具。生き残って欲しいという、彼女の願いを受け取った。
「確かにやっかいなもんだぜ、この傷は。まあ、さす―――」
「さすがゲイボルクですね! 投げれば30の鏃となって降り注ぎ、突けば30の棘となって破裂する! 名は雷の投擲を意味するとも言われメイブとの戦いでは1日に100もの心臓を貫いたと言われています! そもそも・・・」
「ストップ! ストップだバゼット! なんつーか、それをオレに語ってどうする」
 少女のように目をキラキラさせてまくしたてる姿にちょい引きしつつランサーは両手で勢いを押し留める。
「し、失礼しました・・・」
「まあ、話が早くて助かるけどな」
 苦笑しつつランサーはキーを捻り、エンジンをかけてからバイクを押し始めた。
「話ですか?」
 おうよと頷き、正門を目指す。
「ああ。そんだけ知ってるならわかるだろ? 信じておけよ。おまえの判断は正しかったってな」
 そう、確かに傷は深い。
 普通ならバゼットや言峰と並んで負傷者として寝かされるべき状態だ。
 それでもランサーは・・・クー・フーリンは戦いに赴く。

「いいかバゼット。おまえが呼んだサーヴァントは、強いんだぜ?」

 何故ならば、赤枝の騎士に逃亡も敗走もないのだから。
「っ! ・・・は、はい!」
 力いっぱい頷くバゼットにそれでいいと笑い、遥かな後輩の憧れに応えるべくランサーは勝利への一歩を踏み出した


13-11-2に続く


13-12-10EX アイオニオン・ヘタイロイ


 商店街から骸骨兵を駆逐して次の救援ポイントへイスカンダルと機械化騎兵団が去っていって数分の後。
 しばらくしたらまた押し寄せてくるのであろう骸骨兵の次集団がくるまでにと、商店街の人々は休憩をとっていた。
 八百屋から提供された果物や、酒屋提供のお茶やジュース。喫茶店はおしぼりを提供し、薬局から持ち出した薬で打ち身や切り傷の治療が行われる。
 先ほどの突進でトラックが壊れたことでトラック野郎軍団から商店街親父防衛団に転属になった八百屋の熊さんは、考えても仕方の無い修理費のことを頭から締め出した。
「挨拶とか、せんでいいんですかい?」
 声をかけたのは、物陰からぞろぞろと出てくる屈強な大男の一団である。
「うむ。ややこしくなるのでなあ」
 街灯に照らされたのは、鎧姿に槍を携えた男たちだった。苦笑とも微笑とも付かぬ笑いを浮かべた彼らは、目の色も髪の色もこの国の民のそれではない。
「改めて、助けていただいてありがとうございます。皆さんがきてくれなければイスカちゃんが来るまでにどうなっていたことか・・・」
「はははははは、なに、気にする必要は無いぞ!」
 電気屋の店主がぺこぺこと頭をさげるのに豪快な笑い声をあげて先頭の大男がその肩をべしべし叩く。正直痛い。
「我らは好きでここへ来たのだ。そして諸君らと同じ戦場に立った。もはや我らは朋友だ。細かい事をきにするな。あれだ、ぶっちゃけていこうではないか」
 大柄な男の言葉に頷く兵士たちの正体は言うまでもない。
 征服王の軍勢―――全員が英霊にまで昇華されているという反則級の超人兵団。
 イスカンダルが、呼べぬと思っていた者達である。
「しかし奴も、征服王を名乗るにはまだまだ青いのう。たかだか心象風景が違う程度の事で我らが来れぬ筈があるまいに。その程度の壁を越えるなど、世界の果てに向かうよりは断然に容易いぞ」
 男は差し出された果物を礼を言って受け取り、美味そうにかぶりつく。
 あの少女、イスカンダルは確かに本物とは言えない。混じりものが多く、再現度が低い。大遠征の記憶も曖昧で、『世界の果て』のイメージもオリジナルとは違う。それはつまり、王の軍勢とは心象風景が異なるということだ。
 故に、朋友をサーヴァントとして召喚するという能力は同じでも、会ったことも無く記憶も薄いマケドニア軍を呼ぶことなど、出来はしない。黒のシロウが『無限の剣製』を使えないように。
 それが、少女イスカンダルの認識であり、キャスターも認めた真実でもある。
 だが。

「我らの絆を、呼ばれなければ来ないという程度のものと思うとは片腹痛いぞ?」

 イスカンダルには彼らを呼ぶ能力が無い。
 だがそれは、彼らにイスカンダルの元へ来る能力が無いという事ではないのだ。
 混じり物がある? 
 密度が薄い? 
 オリジナルが別に存在する?
 それが、その程度がどうしたというのか。
彼方にこそ栄え在りト・フィロティモ だ。この戦場はちと小さいが、兵の数も英霊の数も中々のものではないか。その果てを目指し、乗り越えんとするのならば・・・貴様もまた、余の朋友である! なあ、我が映し身よ!」
 そして、赤い髪のその男は、高らかな笑い声と共に槍を構えた。
 視線の先には、再度進攻を開始した骸骨の兵団がある。
 あの時と違い、今回は騎兵である必要は無い。戦車を乗り回すのも愛馬で駆けるのも大好きではあるが、自分が構築した戦術だ。無論これだって体得している。
「さあ、隊列を組みなおすぞ! 敵は多いが、余には貴様らがついている! 勝利は疑うべくもない!」
 心底愉快そうな声に、槍などもったことのない男達が、つられるように急造の棒切れ槍を握る。
 力の弱いものは彼らを励ましたり石を拾ったりと出来ることを勤める。何故かウケケケケと不気味な笑い声をもらしながら肉斬り包丁を振り回してる女も居て怖い。
「うむ、良いぞ、良いぞ・・・! 心配するな! 貴様の事は、隣の者が守ってくれる! 貴様は隣の誰かを守れ! 朋友を信じて進めば敵などおらぬ!」
 赤毛の大男は一息区切り、道幅一杯に並んだ商店街の親父達―――いや、民の軍勢に率先し、戦の咆哮ウォークライを力いっぱい放った。

「いざ、進めぃッ! Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaararaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaiiiiiiiiiiiii!!!」


13-13-1に続く


13-13-3EX ファイナルファンタジー

■衛宮邸正門前

 骸骨兵たちは惑わない。
 転送で突然見知らぬ場所に飛ばされようが、それきり何の指示もなかろうがそもそも思考能力を持ち合わせない身には関係ない。
 与えられた命令は単純だ。前進し、肉の身体を見つけて引きちぎれ。
 ガシャリ、ガシャリと骨が鳴る。進む先は、月明かりに照らされた街の中で唯一人の灯した明かりをかざす場所。
 暖かな光にさそわれ、骸骨兵たちは門をくぐってその先を目指し。
「――――――」
 そこに、『それ』は居た。





■回想。

 かつて、とある少女が約束をした。憧れの男性と、指きりで。
 いつか、とある女性が約束をする。弟のような少年と、夕日の教室で。

 想いの質は、似ているような、似ていないような。
 でも、約束の内容はどちらも同じだ。
 誰よりも大切な二人に、彼女は同じ言葉を誓ったのだ。





■衛宮邸 玄関前

 攻撃対象、つまりは人間を見つけて掴みかかろうとした骸骨兵が、ふと石畳に足を滑らせて地面に転がった。
 後から押し寄せて来た骸骨兵がそれに躓き、もんどりうって倒れて双方砕け散る。
 その脇をすり抜けて進もうとした骸骨兵が振り上げた腕は隣の骸骨兵の頭蓋骨を弾き飛ばし、吹っ飛んだそれは別の骸骨兵に衝突して転ばせる。
 ガシャリ、ガシャン。ガシャリ、ガシャンと音を響かせ、不自然なまでに不器用に押し寄せては砕ける骸骨たち。

「この家の留守は―――」

 門を越えられず自滅する姿を見据え、竹刀を地面に突き立てて彼女は呟く。

「―――私が、守るんだから」

 夜風に袴を靡かせ、押し寄せる怪異に微塵も怯まず。彼女はその約束の為だけにそこに居る。
 彼女は英雄でも魔術師でもない、ただの人間だ。ただの、教師である。
 だが、『ただの人間』にこそ。
 理不尽な災厄に相対し、その中ですら誰かを救うことを考えることの出来る者にこそ。
 そういう―――正義の味方にこそ。
 幸運の星は、眩く輝くのである。

 そして骸骨兵たちは、幾十と繰り返された自滅の連鎖を経てついには理解した。
 目の前のそれが、屍の軍勢程度では越えられぬ境界であるということを。

 それは、個人的な幻想。
 ありふれた想い。
 ささやかな愛情。
 衛宮の家を守るもの。

 すなわち




 藤村大河、推参―――













「こんにちは! よろしくね!」

 こちらこそ。



 



13-13-4に続く




13-14-2EX アーチャー

 黒バーサーカーの消滅を確認したアーチャーは、しきりに首を振って落下のダメージを抜こうとしている凛を眺め、うむと頷いた。視線は凛の顔から少し下に固定されている。
「しかし、よかったな凛」
「何が?」
 唐突な言葉に凛はきょとんとした表情で首をかしげ、アーチャーはピッとその胸を指差して見せた。
「なに、君だからこそ、無事で済んだのだ、と思ってな」
 指差す先を見た凛の目に入ったのは、透けるような白い肌。
 バーサーカーの斧剣を叩き折った時に下着までざっくり服を斬られて露出している、極めてなだらかで残念な双丘・・・双平野?であった。
「きゃ、きゃあっ!? ちょ、何見てんのよ!」
 慌てて胸を隠す主にアーチャーは爽やかな笑みとともに親指を立てサムズアップしてみせる。
「貧しくとも嘆く事はないのだな。桜が同じ場面に遭遇したら、間違いなくざっくりいっていた筈だ。いやはや、当たり判定が少なくてよかっ―――」
「ほっとけ馬鹿ッ!」
 凛は、絶叫と共にアーチャーの顔面に全力で右フックを打ち込んだ。 
 吹き飛ぶ様は、まさに矢のようだったという。






 アチャー。



13-14-3に続く




13-14-3EX  赤るいかぞくけいかく


■聖杯洞 元第四空洞入り口近く

「しぃいいいいいいいいろおおおおおおおおおおおっ!」
「おーい、とおさかー」
 士郎は戦いの緊張から解き放たれた為か、どこかのんびりと呼びかけて手を振る。
 気が抜けていた。
 抜けていたとしかいいようがない。
 駆け寄ってくる凛は、もはやあくまというより何かの妖怪のような形相だというおに!
「士郎ぉおおおおおっ!」
「遠坂ー」
「士郎ぉおおおおおおおおおおおおっ!」
「遠坂ー」
「阿呆かあああああああああああああああああああああああ!」
 遠坂凛のクロスチョップ! こうかは、ばつぐんだ!
 ぺぐぱっ!と吹っ飛んだ士郎はガラス化した床に叩き付けられて滑り、くるくる回って遠ざかる。
「な、なにをするだー!」
「うっさい馬鹿! 死ぬかと思ったでしょ!?」
 拳震わせ何かの魔眼に覚醒しそうな目つきで睨む遠坂さんに、士郎は素直に土下座する。
「・・・申し訳ない。近くに誰か居る可能性を忘れてた」
 凛はツカツカと歩み寄り、焼け爛れてボロボロの服を掴んで彼を無理矢理立たせた。
「―――あんたが死んじゃうかと思ったのよ。バカ・・・」
 そして、士郎の頬に手を当て、乱暴に唇を重ねる。
「・・・やれやれ、だ」
 呆れ声でアーチャーがそっぽを向くなか、驚愕でフリーズしている士郎が不器用に抱きしめてくるまで、凛は容赦なくキスを続けた。
 引き際がよくわからなかったとも言う。
「・・・ごめん。遠坂」
 ようやく離れて恨めしそうに見上げてくる凛に、士郎はさっきとはまた別の申し訳なさで頭をさげた。
「ったく、ごちゃごちゃ言ってる時間も無いからもういいけど・・・何よあの無茶な決め技は。効果範囲読み間違えたの?」
「いや、接近戦ではどうやっても勝てないのがわかったし、中途半端な攻撃じゃ回復能力で無効化されてしまうから・・・遠坂ならどうするかなって考えたら、自分の身体を囮に大火力で決着かなあと・・・無差別破壊とか大好きだろ? 遠坂」
「・・・うむ」
「別に好きでやってるわけじゃないわよ! アーチャーもうむとか言わないッ!」
 叫びながらも、ああでもいざとなったらわたしやっちゃうかもなーとか思う自分が憎い!
 っていうか原因わたしか! えい反省しろわたし!
「ま、まあ。次はもうこういうのは無しにしなさいよ? 今回はまさかの時の為の保険が利いたけど、アレだって急ごしらえだから必ずしも起動するとは限らなかったんだからね」
「わかってる・・・あ、そうだ。これ返さないとな」
 士郎はそう言って首にかけていた赤い宝石のペンダントを外した。少し名残惜しそうに眺めてから凛に差し出す。
「ん・・・」
 凛はしばらくそれを眺めて迷い。
「いいわ。それ、あんたが持ってなさい」
 そう言って肩をすくめた。
「え、だってこれ遠坂家の家宝なんだろ?」
「そうよ? でも最終的に結婚するんだし、どっちがもってたって一緒じゃない」
「そうか・・・そうええええ!?」
 さらりと言われて納得しかけた士郎は頷いてから言葉の意味に驚きの声をあげる。
「なによ。するでしょ? 結婚」
「あ、いや、その・・・」
 別行動してた数十分で何が起こったんだ遠坂本当にこれは本人か変な病気とかになってないか主に脳。いやあくまの姦計だったりするのか!?
「・・・したく、ないの?」
「結婚しよう」
 混乱のキワミにあった士郎は、上目遣いで涙ぐむ凛の表情に即答した。
「よかった。一応親戚やらなんやらへの示しってものもあるからすぐに入籍とかは出来ないけど、婚約指輪くらいは交換しましょ? リング部分を士郎が作って宝石をわたしが入れるとかいいかもね」
 嬉しそうに微笑む凛に士郎は決断した。OKだ。よくわからんが、色々OKにしておこう。
「・・・ああ、なんだ。そろそろ私が口を挟んでもいいだろうか?」
 うふふあははと笑いあう二人に、いつの間にか数メートル離れていったアーチャーが砂を噛むような表情で声をかける。
「あ、ああ、うん。なんだろうアーチャー」
「いや、おまえにはあまり言う事は無いのだが・・・凛、一体どうしたのだ? 何と言うか・・・その、名状し難きキャラ付けは・・・」
 気を使っているのか使っていないのか微妙な質問に凛はいつも通りの表情を取り戻し、肩をすくめる。
「別に、たいしたことじゃないわよ? デレ期に入っただけで」
「デレただと!? 私の時は最後までそんなにデレなかったぞ!?」
 目を剥くアーチャーに士郎はそーなのかーと呟き、凛は唇を尖らす。
「むー、別の女に・・・たとえばセイバーあたりにうつつを抜かしてたとかじゃない? 自分でもさっきまで気付かなかったんだけど、わたし、もともと心の鎧脱いでくとこうなるみたい。今、全裸」
 ツインテールの先を弄りながらはにかむ姿の眩しさに、アーチャーと士郎は同時にぐっと拳を握った。そのままガッガッと腕をぶつけ合い、掌を打ち合わせてハイタッチ。
「・・・えと、何やってんのよあんたたち・・・」
「いや、うむ。そうか・・・まあ、桜あたりが見たらどうなるかが不安ではあるがその辺は先送りしよう。私は知らん」
 アーチャーはコホンと咳払い。半笑いになっていた表情をひきしめ、ついでに外套のすそをパタパタ払う。大丈夫。私は冷静だ私は冷静。
「さて、本題だ。凛、これを。ずいぶんと長い間借りてしまったな」
 言葉と共に差し出されたのは、大きな赤い宝石のついたペンダント。
 今、士郎の胸で揺れているのと、寸分違わず同じものだ。
「っ! な、なんでアーチャーがこれを持ってるのよ!?」
「私だからだ。手放したり、するわけがなかろう?」
 目を剥く凛に、アーチャーは穏やかな笑みで答える。
 こっちはこっちで何があったのかと士郎が首を傾げるのを他所に、アーチャーは凛の手を取り、そこにペンダントを載せる。
「私が・・・いや、私の元となった、英霊エミヤが生前所持し、生涯持ち続けたものだ。君が彼を召喚する媒介となったものでもある」
「なら、これはあんたの・・・」
 言葉に詰まる凛に、首を横に振る。
「今の私は、ただのアーチャーだ。エミヤではあるかもしれないが、もはやシロウではない。これはもう、私のものではないということだ」
 凛はその言葉に目を伏せ、そしてチェーンを自分の首に回してペンダントをさげた。
「それでいい。これを持っているべきなのは、やはり遠坂凛か衛宮士郎であろうからな」
 アーチャーは同じペンダントをさげた二人を眺めて頷き、いつもの笑みと共に肩をすくめてみせた。
「まあ、これからは家族としてせいぜいこき使ってやるとしよう。コンゴトモヨロシクという奴だ」
 その言葉に、士郎がビクリと身を震わす。
「・・・親父、俺・・・妹ができた」
「姉だ! 私を何歳だと思っているのだ!」
 英霊になった時点で三十路はとうに越えていたぞと凄むアーチャーに、士郎は不思議そうに首を傾げる。
「だってその身体、桜のコピーに憑依してるんだろ?」
「いや、そうかもしれんが肉体基準であれば私もおまえも一歳に満たないぞ・・・」
 うむうと考え込んだ士郎だが、顔を上げて発したのは別の問いだった。
「そういえば、本名とかつけたほうがいいのか? エミヤが苗字ってことは」
「要らん」
「たとえば・・・衛宮シロミとか?」
「要らん!」
「センス無いわね士郎。ここはずばり、衛宮シロッコで決まりよ」
「おまえ達は覗きでもしていたのか!?」
「?」
「?」




13-14-5EX intrude<カルテット・ゴー・ゴー・ゴー>

■聖杯洞 大聖杯の間入口

「よし、あたった」
 今まさに桜へ襲いかかろうとしていた身長3メートルの宇宙人っぽい物体を狙撃した士郎の呟きに、アーチャーはヤレヤレと首を振った。
「中心から2ミリほど着弾がずれているぞ。未熟者め」
「こっちは千里眼じゃないんだ。無理を言うな」
 投影弓を消して反論する士郎に、ふふんと嘲りの笑みを浮かべる。
「ふん、泣き言か。私には出来て、おまえには出来ない。それだけが事実だ。鍛錬の足りなさを他に転化するな」
「っ! 見てろ。次は皆中だ!」
「なに張り合ってるんだか・・・うわ、なんかでかいの来たわよセイバー」
 ついてこれるか? 的なやりとりをしてる二人を放置し、凛はずるずる迫ってくるちょっとした怪獣サイズのUMAを指差した。
「了解です。とりあえず叩きのめしておきましょう・・・はい、約束された勝利の剣エクスカリバーー」
 どこかの未来からきた青たぬきっぽい真名開放と共に振り下ろされた剣から迸った輝きは巨大な刃となって影の巨人を両断してそのまま天井を抉り取って空へと駆け抜ける。
「うわ! 星だ! 星が見えた!」
「威力はもちろんだが、見たか衛宮士郎。中心点を綺麗に真っ二つだ」
「ううむ、確かに・・・」
「だから、なにをやってんのよあんたらは・・・」
 粉々になって消え去る影の巨人そっちのけで内的世界がどうのイメージと指先のシンクロが緩いから離の節で狂いが出るのだとか反省会を始める二人に凛は頭を抱える。
「そういう場面じゃないからこれ・・・ほらほら、なんかいっぱい来てるわよ!」
「む。確かに多いな・・・セイバー、いけるか?」
 士郎は凛の指差す方に十数体もの巨人を見つけてセイバーに尋ねた。
「小足見てからカリバー余裕でしたと言いたい所ですが、魔力残量が残り2割弱といったところです。通常戦闘ならば問題ありませんが、宝具を撃つには多少時間がかかります」
「そうか・・・じゃあセイバーが回復するまで何とか守り切るか・・・アイアスで止まるかなアレ」
 うむうと唸る士郎に、アーチャーはニヤリと笑みを浮かべる。
「不要だ衛宮士郎。そら、投影完了トレースアウト。これを使えセイバー」
 言って具現化したのは約束された勝利の剣エクスカリバーそのものであった。起動に必要な最低限のものだけとはいえ魔力が内包された状態で投影されているこれならば、確かにセイバーのコンディションは関係ない。
「感謝します。では―――『約束された勝利の剣エクスカリバー』!」
 大きく横振りで宙を薙いだ聖剣は半円状の軌道を描き、拡散波となって迫り来る巨人たちをまとめて薙ぎ払う。
「成程、やや軽い気もしますが、なかなかの使い心地ですね」
 手の中から消えた投影聖剣に満足気に頷くセイバーに、士郎は一瞬難しい顔をしてから魔術回路を開く。
「―――投影完了トレースアウト。俺のも使ってくれセイバー」
 そう言って差し出したのは、こちらもエクスカリバーである。涼しい顔で投影してのけたアーチャーと違い、顔に汗をびっしりかいてではあるが。
「おお、これは・・・アーチャーのものにも劣らない精度です。素晴らしいですよ、シロウ・・・愛を感じます」
「―――愛」
 今にも刀身に頬ずりしそうな姿に凛は冷たい声でつぶやき、アーチャーはふふんと鼻で笑って魔術回路を開いた。
投影完了トレースアウト。もう一本だセイバー」
「ぐ、負けるか! ―――と、投影完了トレースアウト! ほ、ほらセイバー!」
「ふん、随分時間がかかるではないか衛宮士郎。そら投影完了トレースアウトだ」
「な、なんだと・・・投影トレース―――」
「やめんかッ!」
 ふらふらになりながら投影しかけた士郎と、ついでにアーチャーの脳天に凛は拳を叩き付けた。
「二人とも魔力が残り少ないのに阿呆なことやってんじゃないの!」
「し、シロウ。さすがにこれ以上は持ちきれないのですが・・・」
 困り顔でエクスカリバーの束を抱えるセイバーに士郎とアーチャーは我に返り、顔を見合わせた。
「・・・これはこれで」
「・・・ああ、キュートだ」
「っ!」
 再度鉄拳制裁を始めた凛に構わずセイバーはスカートの裾を千切って紐にし、二本を残して聖剣の束を背中に背負う。
「・・・フルアーマーダブルセイバーといったところでしょうか」
「セイバー星一号作戦仕様って感じもするな」
「馬鹿いってる場合じゃないわよ! 来た!」
 再度立ち上がる巨人にセイバーは左手で持っていた聖剣を地面に突き刺し、右手に持っていた聖剣を素早く抜き打ちで振るう。光の刃は掬い上げるような軌道で駆け上がり、巨人を真っ二つにして天井を抉った。
「セイバー! 左右から来る! もう一度拡散する奴・・・ブロードカリバーだ!」
「了解しました、シロウ!」
 続き、地面から引き抜きざま大きく円弧を描く軌道で振るった剣がセイバーたちを中心に波紋のように広がり二頭の巨人を消し飛ばす。
「ふむ、次は多いな。六体だ」
「サクラ、やけになってきたみたいね・・・いける?」
 肩を竦めるアーチャーと凛の言葉にセイバーはむんっと親指を立ててみせた。
 古代ローマで、『満足できる・納得できる』行動をした者にだけ与えられる仕草である。
「正直に言いましょう。今、私は即位後初めてと言っていいくらいストレスが発散されていますッ!」
 ゆっくり迫る影を気楽に両断するだけの王様的バッティングセンターにご満悦の表情でセイバーは背負った聖剣を引きぬいて構える。
「行きます!  『約束』ッ 『され』ッ 『』ッ 『』ッ  『利の』ッ 『バー』ッ!」
 ぶんぶん振り回される剣からは小刻みに光の刃が打ち出され、のそのそ迫る6体の巨人を同時に両断してのけた。
「・・・っていうか、そんなのできたっけ?」
 凛のツイートに、アーチャーは軽く肩をすくめた。
「私の投影品だからな。ランク下がってるがその分色々と幻想が入っているのだ。素人にはお勧めできない。ほら、投影完了」
「なんだと!? 投影・・・完了だ!」
「そこ、無闇に張り合わない! 魔力だって足りなくなってるんだから・・・ほら、少しわけてあげるからこっち向いて」
 ぜーはー言いながら聖剣を投影した士郎の顔を、凛は両手で包み込むようにして自分の方へ向ける。
「どうするんだとおさ・・・くわーっ!?」
 そしてその唇に自分のものを押し当て、舌を潜り込ませた。
「ん・・・うむ、ん・・・」
 歯茎や口蓋の感触を軽く楽しんでから口に含んでいた宝石を舌で喉の奥に押し込むと、士郎は反射的にそれを飲み込む。
「ぉぉぅ・・・」
「えへへ。キス、しちゃった」
「リン! 時と場所をわきまえなさい・・・!」
「う、うむ。そうだセイバー。もっと言うのだ!」
 放心する士郎、はにかむ凛。セイバーはキリッと音がしそうな真顔で声を上げ、アーチャーは予想外にショックを受けている自分に驚きながらガクガク頷いた。
「衆人環視のキスはシロウにはまだ刺激が強すぎます! ダウン寸前ではないですか! もうちょっとこう手心を!」
 そっちかよ!と声なくつっこむアーチャーに構わず、凛はニヒルな笑みを浮かべる。
「セイバー。恥ずくなければ萌えないわ」
「しかし!」
 心配げに叫ぶセイバーの肩に、静かに士郎が手を載せた。
「大丈夫だよセイバー。俺もこれから頑張っていくから・・・」
「せ、台詞を取られたッ! おのれ士郎・・・武器ネタの貯蔵は充分か!」
「あー、えっと。わたしから始めといてなんだけど、黒いのいっぱい来てるわよ?」
 凛の声に、三人の顔がすっと引き締められる。
「投影完了、セイバー!」
「はい、シロウ・・・『約束された勝利の剣エクスカリバー』ッ!」
  凍れ凍れ凍れ凍れ     ぶっちゃけ一斉射撃(意訳)
「Ein Flus, ein Halt―――Fixierung,EileSalve――――!」
  我が 骨子は 捻れ 狂う
「I am bone of the my sword―――今宵は無制限なのでな。盛大に吹き飛ぶがいい」
 圧し掛かる影の巨人を閃光の刃が斬り崩し、群がる影の獣はまとめて凍結させられたところにアーチャーの放った矢が炸裂した爆発で粉々に砕け散る。
 連続して撃ち込まれたガンドが、刺さっては爆発するダークが、二色の双剣が。
 聖剣の輝きが、追尾する猟犬の矢が、虹色の光刃が、細々とした宝具たちが。
 巨人の、獣の、触手の、人型の、様々な影を打ち砕く。
 波のように押し寄せる呪詛たちは四人に近づくことすらできず、むしろ押し戻されつつあった。
「十六匹目フィィィィィッシュ! おや、衛宮士郎。貴様はまだ八匹か」
「くっ・・・でも俺が倒した奴の方がでかかったぞ!」
「やめなさいよあんたら・・・なんか苦々しい思いが込み上げるから」
「『約束さてっエクスカブッ』・・・失礼『約束された勝利の剣エクスカリバー』!」
「噛んだわね」
「いいんだよ遠坂。あれはあれで」
「ああ、キュートだ」
「・・・浮気したら殺すわよ」
「あ、はい―――気をつけます」
「本気だった場合はどうなるんだ? 凛」
「遠距離恋愛して貰う事になるわね。この世とあの世で」
「・・・凄く気をつけます」
「気をつけて、見つからないようにするわけか」
「いや、そうじゃなくてーーーっ!」
 地獄の釜をひっくり返した挙句必死でそれをたいらげたらおかわりにもう一杯釜が運ばれてきたかのような死と悪意の雪崩の中、一歩も引かずに英霊と魔術師は戦い続ける。
 口にする言葉よりも状況は悪く、増援も補給も望めぬ以上は無尽蔵に押し寄せる泥土にいつか彼らも飲み込まれる運命にある。
 そして、その時はそう遠くは無いと皆が知っている。
 だが。
「まあ、わたしだってあくまじゃないわ、士郎」
 絶対にうそだ。
「最大限譲ってハーレムは許してあげる。もちろんわたしが別格であるという前提で」
「いや、許されても」
「口を閉じろ衛宮士郎。今・・・今、凛は心を切り刻まれるような苦痛と共に妥協しているのだ・・・!」
「ええ、黙るべきですシロウ。そしてリン。貴女は素晴らしいメイガスだ・・・!」
「魔術師関係ない・・・! いいわね士郎! 身体は許しても心を許したら制裁よッ! なんていうかこう、赤い征裁!」
「世界最強に怖そうだな」
「よく見てなさい! わたしを裏切ったらこうなるわよ! ―――Gros zweiッ!」
 絶叫と共に放たれた強化済みのアッパーカットはおりしも飛び掛ってきたばかりの大猿型の影の股間を無防備な真下から打ち据えた。
「ぴゅぎぃッ!?」
 めちっという粘質の音と共に影猿は悲しげな絶叫をあげる。
 破れた袋から飛び出した二つの睾丸は既に原型をとどめぬほどひしゃげており、圧迫による血流の集中によって生涯最後の膨張を遂げた肉棒は内圧に耐え切れ ず粉々に破裂していろんな液体を飛び散らせて残骸としかいえぬ残りカスだけが内器官と共に股間にだらしなくぶらさがああもう描写するだけできゅってなる きゅって

 そして、それだけでも地獄としか言えない破壊を為したその拳はまだ止まらない! 直上へと振りぬかれたそれは正確に正中線を削ぎ斬ってその身体を真っ二つにした・・・!

「「「ヒッ!?」」」

 思わず股間を押さえて後ずさった現役所持者一人と元所持者二名。総じて真っ青。
「あ、いや、違ッ! 今のはアゴ狙ったんだけどジャンプされたから・・・! うわぁっ! なんか感触が手に残ってて気持ち悪ッ!」
「なんて言い草だ・・・きょ、去勢は危険だぞ凛・・・」
「ええ。あれは、あれだけは駄目ですリン・・・」
「じ、爺さんも遠い眼であれは場合によっては病みつきになるって・・・」


 絶望など無い。する暇が無い。
 彼らは、一人ではないのだから。
 でも、少しは緊張感を持ったほうがいいのではないだろうか。

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