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キマイラの新しい城/殊能将之

2004年発表 講談社文庫 し68-5(講談社)

 やはり何といっても、“名探偵”であるはずの石動戯作が事件の謎解きを水城に丸投げしてしまうという、ミステリにあるまじき(?)超展開が強烈。しかも、最初は“名探偵資格の口答試験”に律儀に答えていたはずが、しまいには“今回は、水城の話をメモした虎の巻が手元にあるから、こんな楽なことはない。”(407頁)と開き直る始末*1。シリーズを通じて“名探偵”としての立場が変遷してきた石動ですが、もはや行き着くところまで行ってしまった感があります……とはいえ、さらにそれを(あくまでポジティヴに)推し進めたのが麻耶雄嵩の“貴族探偵”(→『貴族探偵』を参照)という見方もできるかもしれません。

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 本書では二つの“密室殺人”が扱われていますが、実は一方は密室ではなく、もう一方は殺人ではないという、何とも人を喰った真相が用意されているのが作者らしいところです。もっとも、それぞれの事件が決してつまらないわけではなく、なかなか面白い工夫が凝らされていると思います。

 まず現代の事件では、“秘密の抜け穴”ならぬ“公然の抜け穴”――非常口の存在には脱力を禁じ得ませんが、それに気づかせない作者のミスディレクションがなかなか秀逸。非常口など存在しない時代の、つまりは“本物の密室”での事件をまず前面に出しておき、さらに“コスプレ再現ドラマ”(苦笑)を通じて“そこが中世の古城だと”(380頁)思い込ませることで“本物の密室”に見せかけることに成功しているわけで、時代のずれを利用した巧みなミスディレクションといえるでしょう*2

 一方過去の事件では、“コスプレ再現ドラマ”後の最初の謎解きの際の様子などから、〈稲妻卿〉の死の真相が見出されれば“天使たちは実体と化し、さまよえるわが魂を迎えに来る”(207頁)、すなわち〈稲妻卿〉が“成仏”するか否かによって謎解きの正誤が判定されるという趣向かと思い込まされた*3のですが、これも脱力ものの豪快なダミーの解決を経て、当の〈稲妻卿〉自身が犯人はいないことを最初から知っていたという結末に唖然。しかしそれが、壁画の銘文でも示唆されていたシンプルな三段論法で導き出されているのが心憎いところです。

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 ところで、作中で展開されている“カー談義”(144頁〜146頁)の中では、“密室のなかに別の容疑者を入れておく”作例については具体的な作品名(ディクスン名義の長編『ユダの窓』)が挙げられていますが、他の二つの作例については致命的なネタバレになってしまうために作品名は伏せてあります。カーのファンにとっては一目瞭然かもしれませんが、一応伏せ字で作品名を記しておきます。
 ・“犯人のほうを密室に入れる”という作例 → (以下伏せ字)『死者はよみがえる』(『死人を起す』)(ここまで)
 ・“もっと数多くの容疑者を密室のなかに入れておいたら”*4という作例 → (以下伏せ字)『白い僧院の殺人』(ここまで)

 ちなみに、これもカーのファンにはいうまでもないことかもしれませんが、(以下伏せ字)348頁で石動が披露している“借り物の名推理”(ここまで)は、カーの(以下伏せ字)『ビロードの悪魔』そのまま(ここまで)です。

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*1: ネタバレなしの感想ではアントニイ・バークリーのロジャー・シェリンガムを引き合いに出しましたが、そのシェリンガムもこのような事態は(性格的に)無理でしょう。
*2: このミスディレクションも、カーのある作品(以下伏せ字)『火よ燃えろ!』(ここまで)のものを発展させた形といえるように思います。
*3: このような趣向が盛り込まれた、三津田信三『作者不詳 ミステリ作家の読む本』を読んでいたこともあるかもしれませんが。
*4: この作品については、これまでそのような見方をしたことがなかったので、目から鱗でした。

2011.06.19読了

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