[紹介]
三津田信三が散歩の途中でふと立ち寄った古書店〈古本堂〉。三津田とともにそこに入り浸るようになった友人の飛鳥信一郎は、店主から一冊の本を購入する。革装ながら稚拙な作りの同人誌らしい、『迷宮草子』と題されたその本には、七つの物語が収録されていた。それを読み始めた信一郎と三津田は、やがて様々な怪異に襲われ始める。どうやら、それぞれの物語に含まれた“謎”を解かなければ、怪異から逃れることはできないらしいのだ……。
- 「霧の館」
- 山の中で道に迷い、霧に包まれた洋館にたどり着いた“僕”は、老婆の世話を受けてそこで暮らす少女・沙霧に出会った。滞在を許された“僕”は沙霧と親交を深めるが、彼女のドッペルゲンガーらしきものが館を徘徊する中、ついに不可解な事件が……。
- 「子喰鬼縁起」
- 妻と息子を相次いで失った“私”は、十九年前の夏に起きた出来事に思いを馳せる。それは身重の妻と二人で訪れた、〈子供を襲う鬼〉の伝説が残る土地のわびしい見世物小屋の中で、同行した夫婦が連れていた赤ん坊がさらわれた事件だった……。
- 「娯楽としての殺人」
- 五人の大学生が住む下宿。その一人が謎の毒死を遂げた後、下宿のゴミ置き場で拾った無記名の原稿を読んだ“私”は、残る下宿人の誰かがそこに書いてある“娯楽としての殺人”――親友殺しを実行したのだと確信し、その犯人を探そうとするが……。
- 「陰画の中の毒殺者」
- 山小屋で出会った老人が語ってくれた、戦時中に起きたという事件。一人の娘を囲む五人の男たちの集まりの最中、男の一人が毒入りワインを飲まされたのだ。だが、その場の状況を検討してみると、被害者を狙った犯行は不可能なはずだった……。
- 「朱雀の化物」
- “私”が偶然入手したノートには、十年前にとある山荘で起きた大量殺人事件の経緯が克明に記されていた。山荘で一泊した高校生グループの前に姿を現し、次から次へと全員を惨殺していった〈朱雀の化物〉とは、一体何者だったのだろうか……?
- 「時計塔の謎」
- 伯母と養女の千砂が二人で住む時計塔のある屋敷を“僕”が久々に訪ねたその日、千砂が時計塔の見晴らし台から転落死してしまう。事故にしては不審な点もあったが、転落直前に“僕”が時計塔を見た時には千砂の近くには誰一人いなかった……。
- 「首の館」
- “私”の目の前で、“彼女”の首は皮一枚残して無残に切断された――とあるウェブサイト上の活動を通じて知り合った面々が、合宿を行うために狗鼻{くび}島を訪れた。だが、〈狗鼻の館〉に到着した一行を待ち受けていたのは、恐るべき惨劇だった……。
[感想]
デビュー作『忌館 ホラー作家の棲む家』に続く〈三津田信三シリーズ〉(?)の第2弾で、文庫化に際して上下二分冊となっただけでなく、初出のノベルス版から全面改稿されており(*1)、特に結末はまったくの別物といっても過言ではありません。また、小口部分に浮かび上がる“UNKNOWN” の文字や、要所要所の禍々しい手書き文字風の書体といったノベルス版での趣向がなくなったのは残念ですが、代わりに文庫版では作中作『迷宮草子』の装丁が凝っている――表紙がノベルス版よりもそれらしく作られ(*2)、各話の扉にイラストが新たに付されている――のが目を引きます。
さて内容は、前作『忌館 ホラー作家の棲む家』で大変な目に遭った三津田信三が、それをきっかけに思い出した十数年前の出来事――『迷宮草子』という奇怪な同人誌をめぐる恐怖と謎解きの物語で、後の作品にみられる“ホラーとミステリの融合”というコンセプトが明確に打ち出された作品となっています。
作中作の『迷宮草子』は単独で“奇譚集”として成立しているのですが、それをいわば“問題篇”だけのミステリ短編集として、それぞれの物語の後に飛鳥信一郎と三津田信三の二人による“解決篇”が配されるという構成が面白いところ。
その一方で、この『迷宮草子』を読み始めると様々な怪奇現象が発生し、“謎を解かなければ怪異から逃れることができない”という設定が秀逸で、恐るべき怪異が二人の身に迫ってくる中で推理が展開される“解決篇”は実にスリリング。しかもその怪異が、結果的に推理の正誤を判定する――筋の通った推理であっても、怪異が収まらなければ“真相”とはいえない――機能を担っているところが非常にユニークです。
まず『迷宮草子』の第一話「霧の館」は、鮎川哲也編『本格推理3』に収録された作品に加筆修正したもの。山中の洋館を舞台にした作品で、その幻想的な雰囲気が大きな魅力になっています。そして不可解な事件の謎そのものもさることながら、その組み立て方が実に見事です。
続く第二話の「子喰鬼縁起」では、不可能とも思える状況下での赤ん坊の誘拐――というよりも消失事件が扱われており、読んでいてやや状況が把握しにくいところがないでもないとはいえ、“解決篇”はなかなかよくできていると思います。とりわけ、怪異を絡めた演出がお見事。
誰が書いたかわからない原稿から始まる第三話「娯楽としての殺人」では、事件の起こった同じ下宿に住む女子大生が素人探偵に乗り出すものの、なかなか思うようにはいかない顛末が描かれており、結果として『迷宮草子』の中では異色のとぼけた味わいになっているのが愉快。しかしそれに反して、怪異が襲いくる“解決篇”は何とも凄まじいことになっています(*3)。
第四話の「陰画の中の毒殺者」ではかなり限定された状況での毒殺が扱われており、それゆえに“解決篇”もロジックを(ある程度)前面に押し出したものになっています。加えて“推理合戦”風の趣向も盛り込まれ、本書の中では最も“推理”に重点が置かれているといえるかもしれません。なお、ノベルス版では一点気になる箇所があったのですが、文庫版では加筆によってその点がフォローされています。
山荘を舞台にした大量殺人事件の顛末が描かれた第五話の「朱雀の化物」は、『迷宮草子』の中での個人的ベスト。“解決篇”で〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉 と指摘されているように“アレ”の系譜に連なる作品ですが、短編であるがゆえに殺人が矢継ぎ早に起こり、その残虐さも相まってスプラッタ・ホラーに通じる味わいになっているのが非常に面白く感じられます。“解決篇”における〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉に関する考察もよくできていますし、真相が明かされてなお不気味なものが残るところが秀逸です。
第六話の「時計塔の謎」では、一人で時計塔に登ったはずの娘が謎の転落死を遂げた事件が扱われていますが、トリックは小粒な上に既視感があったりと、ミステリとしてはさほどのものとはいえません。結末で浮かび上がってくる登場人物の心理が、(スリラー的な意味で)この作品の見どころといえそうです。
そして第七話の「首の館」は……詳しくは書けませんが、最後の1篇にふさわしく“問題篇”も“解決篇”もともに実に凄まじいものになっており、「朱雀の化物」と並んで本書の白眉といっていいでしょう。
『迷宮草子』の“問題篇”をすべて解き終えた飛鳥信一郎と三津田信三にさらなる怪異が迫りくる中、『迷宮草子』そのものの謎が俎上に上る結末は、各篇の謎解きがおおむね合理的なミステリらしいそれだったのに対して、“怪異に筋道をつける”というホラーミステリならではのものといえるでしょう。前述のように文庫版では結末が大幅に変更され、わかりやすく効果的なものになっているのが目を引きますが、一方でノベルス版の混沌と迫力に満ちた結末も捨てがたいところで、気になる方は両方の版をそろえて読み比べることをおすすめします。
*1: ざっと確認してみましたが、大筋では内容が変更されていない作中作部分についても、かなり文章に手を入れてあります。
*2: (一応伏せ字)“と、け、な、い”(ここまで)(文庫上巻90頁)のところで趣向に気づいてニヤリとさせられました。
*3: ノベルス版の“解決篇”ではさらに、 『迷宮草子』に関するネタが一つ明かされていたのですが、文庫版ではそれが後回しにされています。
2007.10.13 ノベルス版読了
2010.12.20 / 12.22 文庫版読了 (2010.12.27改稿) [三津田信三] |