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語り屋カタリの推理講戯/円居 挽

2018年発表 講談社タイガ マB01(講談社)
「フーダニット・クインテット」
 犯人当てでは属性が重要だとするカタリの講義を受けて、ノゾムはまず“プレイヤー”という属性に着目していますが、カタリが説明したような“容疑者を限定する条件”としては使われていない――正確にいえば、一旦は容疑者がプレイヤーに限定されるものの、それは真犯人を隠すミスディレクションとなる――のが面白いところ*1。そしてプレイヤーが全員除外された後、いわゆる“見えない人”トリックとしてカメラマンが犯人と指摘されますが、これはゲームに慣れたプレイヤーほど気づきにくい、裏を返せば初心者のノゾムの方が正解しやすい真相となっているところがよくできています。また、死体を発見したカタリがまずノゾムと合流したことが、手がかりの一つとされているのも巧妙です。

 一方、読者に対しては、カタリがノゾムと出会うあたりまでの冒頭の描写でカメラマンの微妙に存在を匂わせつつ*2、地の文からわたし(39頁)を徹底して省くことで一人称の叙述を三人称に見せかけて、視点人物を隠す叙述トリック(→拙文「叙述トリック分類#[A-3-1]視点人物の隠匿」)が仕掛けられています。このトリックについては、視点人物(=犯人)を(作中での“見えない人”としての)カメラマンとしたところまで複数の前例があります*3が、この作品の最大の見どころはもちろん、隠されていた視点人物の存在が暴かれた後にあります。

 カタリが解き明かすエクストラクエスチョンは、“名も知らないカメラマンは何故、サイトの手によって殺されたか?”(43頁)と、いきなり核心に触れているのが大胆ですが、ゲームの設定を生かして、前例と同様の“カメラマンが犯人”から“カメラマンが被害者へと構図を反転させた真相が秀逸。前例でのカメラマンは、“読者の目から隠されている”という以上の意味はありませんが、この作品ではそれに加えて、“他のプレイヤーにとって盲点となる”という作中での効果を犯行の動機とすることで、“カメラマンが犯人”という真相にいわば作中での必然性を持たせてあるのがお見事です。

 また、カタリの解決まできたところでついに、“プレイヤー”という属性が犯人の条件として効いてくること、さらに“賢明な犯人は自分の属性を偽装する”(23頁)、あるいは“なりすましプレイヤーが存在してもおかしくない”(28頁)と、カタリの講義の中にヒントがしっかり用意されている*4のも見逃せないところでしょう。

「ハウダニット・プリンシプル」
 半球密室の高いところにある脱出口までどうやってたどり着くか――という問題に対して、大量の水を注文することで浮かぶという解決策は、予想以上のスケールの大きさに意表を突かれこそすれ、似たような前例もある*5のでさほど面白味があるとはいえませんが、ファリスがすでに水のカードを使っていたために*6、他のプレイヤーと協力しなければならなかった*7ことで、コンゲーム的な面白さが加わっているところがよくできています。

 しかして〈カクライの解答〉はまず、タンプクが大量の水を注文し、ファリスは泳げないタンプクのために大量の塩を注文したというもの。ここまではタンプクの潜水具に残った“白い粉”への反応*8でわかりますが、どちらも注文の量を増やした結果、ファリスがタワーの屋上で追い詰められて殺されたのはさておき、タンプクが半球の頂点に追いやられて潜れなくなったという、逆説的な死因が非常にユニークです。

 対する〈“イスカ”の解答〉は、ファリスがこっそり塩の代わりに片栗粉を注文し、ダイラタンシー現象(→Wikipedia)を利用してウーブレックによる水面を走ったというもので、強烈なバカミス感が何とも魅力的です。そして、タンプクが予想外の事態に対応できずウーブレックに沈んだ*9のは当然として、順調に水面を走っていたはずのファリスがオブジェの槍を踏み抜いて死んだというのもまた強烈で、“タワーから槍状のオブジェへ直線を伸ばした先に穴がある”(61頁)という配置に“運営の底知れぬ悪意を感じる”(100頁)というのも納得です。

 さて、ハウダニットとしてはどちらの解答もひとまず(後述)成立し得る状況は、有栖川有栖のいう“別のトリック問題”「除夜を歩く」『江神二郎の洞察』収録)より)を地で行くものですが、“ハウダニットは飛距離を競うもの”という講義そのままに、(作者と読者の暗黙の了解ともいえる)“面白い方が勝ち”という“勝ち筋”を堂々と打ち出してある――またそれができるように設定されている――のが、実に見事というべきでしょう。その上で、“白い粉”が本当は食塩だったと言い出してカクライにとどめを刺す、“イスカ”ことカタリの稚気には苦笑を禁じ得ませんが……。

 ……ということで、事実がどちらだったのかはカタリと運営にしかわかりませんが、せっかくなので少し考えてみます。
 まず、他に痕跡が残らないほど運営が丁寧に清掃したにもかかわらず、タンプクの潜水具の“白い粉”を除去しきれなかったとすれば、乾燥するまで目に見えない塩の方に分があるように思われます。が、運営が手がかりとして意図的に痕跡を残した可能性も高く*10、その場合には塩と片栗粉のどちらであってもおかしくないでしょう。
 そこで次に、二人の解答のどちらがより結果に合致しているかを考えてみると、これは〈“イスカ”の解答〉に軍配が上がるのではないでしょうか。〈カクライの解答〉では、ファリスの死体が槍のオブジェに刺さったのが偶然だとされているのも気になるところですが、実はタンプクの方がさらに問題で、水の注入が止まって水位が下がるまで酸素が保てば脱出可能ですし、そうでなくとも、注文に関する“イスカ”の説明*11が正しければファリスを殺した時点で塩の注入は止まり、あとは水が注入されるほど塩水が薄くなるので、やがて脱出口を目指して潜れるようになるはずです。

「ワイダニット・カルテット」
 ポイントを一つも獲得していないマイルのバングルを奪うメリットも、また“顔のない死体”トリックが成立する余地がない*12中で死体を焼く理由も見当たらない――という状況で、〈エイリアの解答〉はなかなか面白いと思います。マイルが獲得したトレジャーを横取りするために、このラウンドで新しく“WHERE”が点灯したマイルのバングルを奪って証拠を隠滅する*13という動機は十分意外ですし、バングルを外すために死体を焼いて収縮させたという理由も想定しづらいものでしょう。死体を焼く前にバングルが外されたことをカタリが事前に指摘している(133頁)ので、誤った推理であることは明らかですが……。

 〈エイリアの解答〉が意外に感じられるのは、「フーダニット・クインテット」の真相とこの作品でのカタリの講義を通じて“バングルを奪う=獲得ポイントを奪う”という図式が強調されていること、さらにこの作品でカタリがノゾムにバングルの外し方を教えていることによるものですが、逆にそれらがわかりやすいヒントとなって、マイルとオウンの入れ替わり――“オウンがマイルを殺して(ポイントのない)バングルを奪った”のではなく、“マイルがオウンを殺して(五つのポイントを獲得した)バングルを奪った”という十分に納得できる図式、さらには指紋を消すために死体を焼いたところまで、予想しやすくなっているのは否めないところです。

 それでも、ノゾムが“WHY”を解き明かしながら“オウン”(マイル)を追い詰め切れなかった後、満を持してカタリが繰り出す“最後の決め手”は、オウンのバングルを外すことができるオウンの指紋……ですが、ノゾムが指摘しているように、“マイル”(オウン)からゴム樹脂に採取しただけでは指紋が左右反転して認証が通らないはずなので、どうもおかしいと思っていると、最後にカタリが以前はオウンだったことが明かされるのにしてやられました。ノゾムが挙げているように手がかりはしっかり用意されていますし、思わぬところに仕掛けられた“爆弾”に脱帽です。

「ウェアダニット・マリオネット」
 まず〈カタリの解答〉は、“被害者があそこで死んだと考えている。死因は(中略)緊急ボタンによる急な移動”(185頁)と、何とも漠然とした解答ですが、“絶対に外す自信があるよ”(184頁)という愉快な前置き(苦笑)にもかかわらず、“的を外して”はいないのがさすがというべきでしょうか。
 続く〈ハタケの解答〉は、“チーム戦”ならではの“捨て石”となっているのが戦略的で面白いと思いますが、“深い場所へ移動したために、水圧で圧死した”というのは無理があるでしょう。次のメライもそうですが、バブルス内外の水圧が連動しているのであれば、緊急ボタンを押すと命の危機に直結してしまうので、それでは緊急ボタンの用をなさないことになります。
 というわけで、“可能な限り最速で海抜ゼロメートルまで戻る”という緊急ボタンの仕様をレプカから聞き出した〈メライの解答〉――“深い場所から一気に浮上したための減圧症による死”も、およそあり得ないものです。
 次のアラシは、“水が抜かれた”はずの映像で天井から水滴が落ちていないことに気づき、映像が逆再生だったことを見抜く慧眼を発揮しながら、死亡時に水が入っていなかったことを前提とする〈アラシの解答〉は……“浮上する際にバブルスが“横”から“縦”になって転落死した”というバカミス感は個人的に好きなのですが、そもそも、ウェアダニットからだいぶ逸脱しているのが難点ではないでしょうか。
 そして最後のノゾムは、“バブルスの下には何もない”や“緊急ボタンを押すと水が抜ける”といった手がかりを得て、バブルスが海中ではなく空中にあることまで見抜きますが、〈ノゾムの解答〉は“地上数十メートルから落下したことによる転落死”*14で不正解。“地上数十メートル”を否定できる手がかりはありませんが、転落死のメカニズムを決定的に誤解した結果の解答なので、レプカならずとも“正解”とはできないでしょう。

 “体調不良は水圧のせいではない”“気泡ひとつ残さずプレイヤーを吸い込むなんて不可能だろうに”*15(いずれも206頁)と、カタリが手がかりを指摘する一幕を経て明かされる、バブルスが逆さまでプレイヤーは天井に貼り付いていたという奇想天外なトリックが秀逸です。実際には割とすぐに気づくはずです*16が、まあそこはそれ。逆回しの映像から始まってすべてが“まさか逆さま”(→泡坂妻夫『喜劇悲奇劇』)の趣向が魅力的です。

「ウェンダニット・レクイエム」
 ノゾムがカタリを殺したという〈カクライの解決〉は、凶器となった青いボールペンをカタリに貸したというノゾムの証言を“嘘”だとするもので、現場に残された手紙がすべて黒いインクで書かれていたことが根拠とされているわけですが、そこまで明らかになると、ノゾムの証言が真実であることを知っている読者には、事件の真相はほとんど見え見えではないでしょうか。しかし作中では当然それが通用しないので、潔白を証明する証拠とロジックを見つけ出すことが鍵となります。

 現場で見つかった黒いボールペンのインクが切れていたことが、ノゾムの証言を補強し得るのはもちろんですが、ボールペンを借りた理由が確定することで、カタリがその後も書きものを続けるつもりだったことになるのが重要なポイント。ここで“カタリはいつ死んだのか――手紙をどこまで書いてから死んだのか?”という形の、時刻によらない意外なウェンダニット”が浮上してくるのが非常に面白いところですし、“現場のありとあらゆるものを時計と思え。”(232頁)というカタリの講義が生かされている*17ところもよくできています。

 カタリが書きものを続けるつもりだったとすれば、証拠となる青いインクで書かれた手紙の続きがあったはずで、謎解きは“犯人探し”ならぬ“証拠探し”に転じるわけですが、警報が鳴るために手紙を燃やせないこと、そしてカクライがタイムリミットを十二時としたことから、“手紙がダストボックスに捨てられた”とする推理は――少々気になるところもあります*18が――まずまず納得のいくものです。

 やけにあっさりと*19犯行を認めたカクライが、“犯行時にカタリは黒いボールペンを握っていた”と告げたことで、奇妙な謎が新たに出現しますが、見つかった手紙の最後の部分とあわせてノゾムが最後の真相――カタリの真意を解き明かす結末は、何とも印象深いものになっています。

「ワットダニット・デッドエンド」
 まず“謎を5W1Hに分類することで考えやすくなる”というところから始まり、それを裏返す形で“明示的な謎はフーダニットなどに切り分けることができる”と展開し、ホワットダニットとはいわば“切り分けることができない謎”*20――“謎かどうかもわからないものに輪郭を与えること”と結論づけるロジックは、実に興味深いものがあります。

 しかしそれにとどまらず、ゲームの性格(視聴者の反応)を手がかりに、運営がノゾムに気づかれることなくホワットダニットを与え続けていたと推理することで、このゲームで解かれるべき“WHAT”とは“このゲームで『何があったか』”だと“輪郭を与え”て、ゲームの正体が自力で“切り分ける”ことができない視聴者のための――“愚か者による愚か者のためのショー”だという真相*21を導き出す推理の手順が、前段の“ホワットダニットとは何か?”と表裏一体になっている点も含めて、個人的には非常に秀逸だと思います。

 ノゾムが見事にゲームをクリアしながら再びゲームへの参加を希望する一方、「ウェンダニット・レクイエム」で死んだはずのカタリが“イスカリ”として復活するのは反則気味(苦笑)ですが、“さあ真実を語ろうか”(43頁)というカタリの決め台詞(?)*22を意識して、ノゾムが“さあ、真実を語ってみせましょうか”(268頁)という最後の一言を残す結末は、熱い師弟対決が待っていることを確信させる、これ以上ない幕切れといっていいのではないでしょうか。

*1: ノゾムが推理ゲーム初心者の割には、謎解きの演出がうまくできすぎているような気もしますが(苦笑)。
*2: 例えば、“その歩みは身体運びに比して速く、映像はカタリの後ろ姿を追うのがやっとだ。”(5頁)という文章をよく考えてみると、早歩き程度がカメラの移動速度の上限らしいので、(自律的な)撮影装置のようなものではなさそうだとわかる……かもしれません。
*3: 知る限りでは、国内作家による短編一作と長編二作があります。
*4: ここまでお膳立てしてあったわけですから、ノゾムの“正解”に対してカタリが“運営も甘いな。”(43頁)とぼやくのも無理はないかもしれませんが、やはり初心者には少々酷ではないかと。
*5: 比較的すぐに思い出せたのは、国内作家の長編((作家名)歌野晶午(ここまで)(作品名)『安達ヶ原の鬼密室』(ここまで))。
*6: 実のところ、水が注文できなくても液状の調味料、例えば大量の醤油などで代用できたのではないでしょうか。
*7: ノゾムに“海とか好き?”(62頁)と尋ねているのも見逃せないところです。
*8: カクライは確かめもせずに“ただの塩”(73頁)だと断定していますが、水に溶かして比重を高めるだけなら砂糖でもかまわないはずなので、やはり手がかりの確認は大事です。
*9: “イスカ”は“強く踏みしめれば階段でも上がるように脱出できたはず”(99頁)としていますが、“階段を上がる”ために足を振り上げようとすればウーブレックの抵抗が逆向きに働いて、脱出はほぼ不可能ではないかと思われます。
*10: タンプクが泳げないとしても、水だけでも脱出は不可能ではないことを考えれば、“白い粉”の手がかりはあってしかるべきではないでしょうか(タンプクとファリスが“注文のカードをお互いに見せ合って”(64頁)いたことを手がかりに、ファリスも水以外の何かを注文したと考えることはできますが……)。
*11: “依頼者がいなくなったので運営は(中略)注入を止める”(101頁)
*12: この作品は、“カメラマンのわたしにとっても”(109頁)カメラマンの一人称で描かれているので、「フーダニット・クインテット」を連想して警戒させられましたが、“後はカメラの……(中略)でも、あの人はこのラウンド中替わっていないんですよね”(136頁)とあることで、“顔のない死体”でカメラマンと入れ替わった可能性を排除するための工夫であることがわかって納得しました。
*13: オウンのバングルは“『WHAT』以外は揃っている”(145頁)――“WHERE”は点灯しているので、言い逃れが可能になっているところがよくできています。
*14: 少し補足すると、“水が抜けると同時に、バブルスが地上数十メートルから落下したことで、内部のプレイヤーが“転落”した”ということでしょう。
*15: “バブルスの下には何もない”という情報とは整合しなくなるかもしれませんが、開閉パネルによる開口部と海などの水中とを、水を満たしたパイプ(のようなもの)で接続してやれば、パネルが開いても水は抜けず気泡も入りません(海抜ゼロメートルに戻る妨げとならないように、パイプよりも柔軟なチューブなどの方がいいのかもしれませんが……)。
 ついでにいえば、バブルスが逆さまの場合であっても、同じように開口部の外側を壁で囲って開閉パネルより(少なくとも1メートル程度?)水面を持ち上げておかなければ、アームが飛び込んできてプレイヤーが引き出される際に水面が乱れて、バブルスの内側で気泡が生じてしまい、それが“下”に向かっていくことになります。
*16: まず、頭に血が昇った状態の感覚ですぐに気づきそうですし、髪の毛の違和感もわかりやすいと思います。もしでも流せば(よだれでも可)一発です。
 作中には“肩の関節は強めに固めさせていただきました”(210頁)とありますが、それ以外にはもちろん(“彼女の頭を殴りに”(187頁)が難しくなりますが)、も固めておかなければならない――前屈みになろうとすると、背筋ではなく腹筋に力が入ることになって露見するため――でしょう。
*17: もっとも、カタリのウェンダニット講義(の残された部分)は死亡時刻に力点を置いたものであり、ミスディレクションとしても機能しているのがうまいところです。
*18: “半日に一度のダストボックスの処理時間にも間に合った”(213頁)という記述では、ぎりぎりの時刻だったような印象を受けますが、“零時”(243頁)ぎりぎりだったとすると“わたしは昨夜は早く寝て”(223頁)と矛盾するような……要するに、“半日に一度”が“零時と十二時”であることが読者には示されず、推理も不可能ではないかと思えるのですが……。
*19: 青いインクの手紙はノゾムの潔白を明らかにするにとどまり、カクライが犯人であることを示す証拠とまではならないはずで、言い逃れも不可能ではないと思いますが、そこはプライドが許さなかったということでしょうか。
*20: 島田荘司氏がいうところのホワットダニットが“フーダニットなどに切り分けられていない謎”を指しているのとは、対照的といってもいいかもしれません。
*21: これ自体はさほど面白味のあるものとはいえませんが。
*22: 本書では「フーダニット・クインテット」「ワイダニット・カルテット」(161頁)だけですが、他の(正解した)ラウンドではやはり同じように口にしているのではないでしょうか。

2018.03.20読了