ミステリ&SF感想vol.14

2000.08.31
『私のすべては一人の男』 『ホックと13人の仲間たち』 『チョコレートゲーム』


私のすべては一人の男 ...Et mon tout est un homme  ボアロー/ナルスジャック
 1965年発表 (中村真一郎訳 ハヤカワ・ノヴェルズ・入手困難ネタバレ感想
[『私のすべては一人の男』(勝呂 忠)]

[紹介]
 画期的な臓器移植の技術を開発したマレック教授によって、政府主導の下、密かに実験が行われた。死刑囚ミィルティルの体が頭・胸・腹・両腕・両脚の7つに切断され、7人の重傷患者にそれぞれ移植されたのだ。手術は無事に成功し、政府から派遣された立会人・ギャリックも胸をなで下ろしていた。だが、移植された部分が1人の死刑囚のものだったことを知ったとき、患者たちの悪夢が始まった。まず、腹を移植されたジュモージュが自殺し、それを皮切りに患者たちが次々と……。

[感想]

 “画期的な移植技術”というSF的設定を利用した、SFミステリといっていいでしょう。設定は突飛なもので、それ自体のリアリティを高める説明などは特にありませんが、その設定が導入された後の“世界”のリアリティは十分なものです。特に移植手術を受けた患者たちの心理が、ボアロー/ナルスジャックお得意の丹念な描写によって手に取るように伝わってきます。とりわけ、7人の患者たちの苦悩を背負い込むギャリックという立会人を置くことで、7人分の心理を描きやすくしているところは秀逸です。

 最後に導き出される真相はあまりにも大胆ですが、超自然的な方向に流れがちの物語をきちんと“現実”に着地させるすぐれたものですし、皮肉がきいた結末もよくできています。間違いなく傑作です。

2000.08.22読了  [ボアロー/ナルスジャック]



天保からくり船  山田正紀
 1994年発表 (光風社出版・入手困難

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ホックと13人の仲間たち Hoch's Dozen  エドワード・D・ホック
 1977年発表 (木村二郎編・訳 ハヤカワ・ミステリ1298)

[紹介と感想]
 短篇の名手として知られるホックですが、そのシリーズキャラクター13組がそれぞれ活躍する作品を集めた、ホックの入門書ともいえる作品集です。
 バラエティに富んでいるともいえる反面、13組ものキャラクターが1冊にまとまると、どうしても一部のキャラクターの印象が薄くなってしまうところがあります。
 個人的ベストは「死者の村」「第三の使者」でしょうか。

「シルヴァー湖の怪獣」 Theft of the Silver Lake Serpent (怪盗ニック・ヴェルヴェット)
 ニュー・イングランドのシルヴァー湖に怪獣が現れ、一躍観光客が殺到した。隣のゴールデン湖にある観光ホテルの持ち主から“シルヴァー湖の怪獣を盗んでほしい”という依頼を受けたニックは、早速仕事にかかろうとするが……。
 高額の報酬と引き換えに、奇妙な、あるいは役に立たないものばかりを盗む怪盗、ニック・ヴェルヴェット。もちろん、奇妙なものを盗ませようとする依頼人の動機の謎が中心となる作品が多いと思いますが、この作品のように盗みの対象自体が謎となっている作品もあります。この作品では、さりげない伏線がきいています。
 シリーズの他の作品については、〈怪盗ニック〉にまとめてあります。

「ストーリーヴィルのリッパー」 The Ripper of Storyville (西部探偵ベン・スノウ)
 死にかけた富豪から、売春婦をしている娘を連れ戻してほしいという依頼を受けたベン・スノウは、ニューオーリンズへとやって来た。おりしも、売春婦が次々とナイフで切り裂かれる殺人事件が発生し、切り裂きジャックの再来と恐れられていたが……。
 20世紀初頭のアメリカ西部を舞台としたシリーズで、主人公のベン・スノウは、死んだはずのビリー・ザ・キッドではないかとも噂される無宿の早撃ちです。この作品でも銃を撃つ場面が登場します。事件の方はある程度予測がついてしまいますが。

「ロリポップ警官」 The Lollipop Cop (ポール・タワー)
 小学校を回って警察官のイメージアップに努める“ロリポップ警官”となったポール・タワーだったが、学校の駐車場に駐めていた車の中に死体を発見し、困惑する。しかも被害者は、以前その学校で教師をやっていた男だった……。
 交通事故で妻と娘を失った後、“ロリポップ警官”として復帰したポール・タワーを主人公としたシリーズです。この作品は、犯行の動機と、それが生じたきっかけがユニークです。

「技能ゲイム」 Game of Skill (デイヴィッド・ヌーン神父)
 聖モニカ教会に奇妙な脅迫電話がかかってきた。日曜日に行われるミサの最中に、教会を爆破するというのだ。ヌーン神父は爆破を阻止するために、限られた手がかりをもとに、少しずつ犯人の正体に迫っていくが……。
 教区神父のデイヴィッド・ヌーンが探偵役をつとめるシリーズです。事件の性質上、終盤の展開がスリリングなものになっていて、目が離せません。

「有蓋橋事件」 The Problem of the Covered Bridge (サム・ホーソーン博士)
 ハンク・ブリングロウの後に続いて、馬車で雪道を進んでいたサム・ホーソーンだったが、牛の群れに道をふさがれている間に、ハンクの馬車を見失ってしまった。馬車の轍は有蓋橋まで続いていたが、反対側から出た形跡はなく、橋の中でハンクと馬車は姿を消してしまったのだった……。
 老医師、サム・ホーソーン博士が、若い頃に遭遇した事件を回想するシリーズです。この作品では、目に見える現象が鮮やかです。解決もまずまず。
 シリーズの他の作品については、〈サム・ホーソーン医師〉にまとめてあります。

「死者の村」 Village of the Dead (オカルト探偵サイモン・アーク)
 アメリカ南部のヒダス村で、全人口73人が崖から飛び降りて自殺しているのが発見された。発作的な集団自殺なのか、それとも何者かの意志が働いているのか? 悪魔を追い求めるオカルト探偵、サイモン・アークが真相に迫っていく……。
 悪魔を捜し求める二千歳のコプト教徒、サイモン・アークを主人公としたシリーズです。探偵役の設定と、オカルトじみた事件の雰囲気とが、よくマッチしています。個人的にはこのシリーズをもっと読んでみたいところです。

「第三の使者」 The Case of the Third Apostle (インターポル)
 新興宗教団体・太陽教団で事件が発生した。パリからイスタンブールへと寄付金を運ぶ使者が、2人続けて姿を消してしまったのだ。インターポルのセバスチャンとローラは、3人目の使者とともに、イスタンブールへと向かう飛行機に乗り込んだが……。
 インターポール(国際刑事警察機構)に所属するセバスチャン・ブルーとローラ・シャルムを主役とするシリーズです。この作品では、使者が消失する手段に工夫が凝らされています。

「コムピューター警官」 Computer Cops (コムピューター検察局)
 合衆国大統領に次ぐともいわれる権力者・キンシンジャーが、株式取引コンピューターの異常を訴えてきた。本人の知らぬ間に注文が行われているというのだ。誰かがコンピューターに細工をしている形跡は見つからなかったが……。
 21世紀半ばの合衆国で、コンピューター犯罪を専門に扱うために設置された“コンピューター検察局”。その長官であるカール・クレイダーを主人公とするシリーズです。この作品では、舞台設定や登場人物の造形とうまく結びついた動機が、非常にユニークなものとなっています。
 他に、『コンピューター検察局』『コンピューター404の殺人』(いずれもハヤカワ文庫)・『The Frankenstein Factory』(未訳)があります。

「ランド危機一髪」 The Spy Who Came to the Brink (ダブルCマン/ジェフリー・ランド)
 秘密伝達局の錠前の型を取っていた男の姿が目撃された。外交用暗号がスパイに盗まれようとしているのだ。だが、ランドたちが罠を張っていたところ、当のスパイは暗号を盗む前に、ロシアのスパイに殺されてしまった……。
 イギリス諜報部の秘密伝達局長、ジェフリー・ランドを主役とするシリーズです。この作品はよくできたホワイダニットで、逆説的な状況が印象に残ります。

「火のないところに」 Where There's Smoke (私立探偵アル・ダーラン)
 マガー美術館の館長が、街にやってきた美術品専門の女泥棒を追い出してほしいと依頼してきた。依頼を受けたアル・ダーランが、その女泥棒、ローラ・フェインのところ調査に行くと、逆にローラはマガー美術館にある絵画が贋作だと告げる……。
 引退を考えている老齢の私立探偵、アル・ダーランを主人公とするシリーズです。この作品は、事件の構図がややわかりやすいのが難点です。

「百万ドル宝石泥棒」 The Million-Dollar Jewel Caper (詐欺師ユリシーズ・S・バード)
 富豪のロングマンは、ホテルで知り合ったドクター・ハガーに、詐欺師のバードを見かけたと告げられる。ロングマンは全財産百万ドルを宝石にかえて、ホテルの貸金庫に預けていたのだ。不安を感じたロングマンは、ハガーの協力を得て、バードを出し抜こうと画策するが……。
 主役のユリシーズ・S・バードは、悪党から金をだまし取り、名刺代わりに鳥の羽根を残して姿を消す詐欺師です。この作品でも、巧妙な計画が立てられています。

「危険な座」 Siege Perilous (秘密諜報員ハリー・ポンダー)
 中央アジアの小国・カスピアでは、テロリストの指導者3人が投獄されていた。アメリカの諜報員ハリー・ポンダーは、残されたテロリストたちと連絡を取ろうとしていたが、現在の指導者ハマダンに拉致されてしまう。ハマダンはハリーの命と引き換えに、投獄された指導者たちの解放を要求するが……。
 アメリカ大使館の通信部員という身分でスパイ活動を行っているハリー・ポンダーが主役のシリーズです。この作品は、若干無理があるようにも感じます。

「孔雀天使教団」 The People of the Peacock (レオポルド警部)
 大戦中に活躍し、引退したスパイ・“ヴェニス”が、“孔雀天使教団”の内部に潜伏しているという情報を入手したCIAは、早速現地に諜報員を送りこんだが、何者かに毒殺されてしまった。唯一ヴェニスの顔を知るという男が、面通しのために連れてこられたが……。
 このシリーズは、不可能犯罪ものが比較的多いようです。この作品では、レオポルド警部の硬骨漢ぶりがうかがえるラストが印象的です。
 他に、『こちら殺人課!』などがあります。

2000.08.26再読了  [エドワード・D・ホック]



チョコレートゲーム  岡嶋二人
 1985年発表 (講談社文庫 お35-7)ネタバレ感想

[紹介]
 小説家の近内は、名門中学に通っている息子・省吾の行動がおかしいことに気づいた。学校を休みがちになり、体にアザを作って帰ってくることもあったのだ。そしてある日、省吾の同級生が何者かに殺されてしまった。不安を感じてクラスの担任に相談に行った近内だったが、最近突然、クラスに非行が広まっていることを聞かされる。一体学校に何が起こっているのか? 学校で耳にした“チョコレートゲーム”という言葉の意味は? やがて事態は急変し、悲劇が起こった……。

[感想]

 ごく普通の登場人物が、事件に巻き込まれることによって謎を解明せざるを得なくなる、という岡嶋二人お得意の設定が、読者の感情移入を促す上で有効に機能しています。特にこの作品では、事件自体の謎もさることながら、親にとって理解不能な存在と化した中学生たちの行動を解き明かすことが最大のポイントとなっているため、“息子を失った父親”という主人公の設定が非常に効果的なものとなっています。巧みな心理描写も相まって、岡嶋二人ならではの傑作に仕上がっているといえるでしょう。

 作中には“遊びは本来、本物に近ければ近いほど面白いものなのだ。高度な遊びになればなるほど、そこに要求されるものは、本物らしさ、だった”(208〜209頁)という一節がありますが、リアルなゲームを楽しんでいるつもりで、遊びの範囲を越えた“現実”にはまり込んでいることに気づかない中学生たちの危うさも、うまく描かれていると思います。

2000.08.27読了  [岡嶋二人]



謀殺のチェス・ゲーム  山田正紀
 1976年発表 (ハルキ文庫 や2-11)

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