ミステリ&SF感想vol.18

2001.03.15
『黒祠の島』 『魔性の眼』 『大魔王作戦』 『バルーン・タウンの殺人』 『ホッグ連続殺人』


黒祠の島  小野不由美
 2001年発表 (ノン・ノベルN-708)ネタバレ感想

[紹介]
 失踪した友人・葛木志保の行方を追って、式部剛は“夜叉島”という名の島にたどり着いた。だが、風車と風鈴に溢れたその島は、独自の因習を育み、明治以来の国家神道からはずれた“黒祠の島”だった。余所者を排斥する閉鎖的な島民に対して、独力で調査を続ける式部はやがて、嵐の夜、神社の樹に逆さ磔にされた女性の死体が発見されていたことを知る。殺されたのは志保なのか? やがて浮かび上がる過去の殺人事件との関係は……?

[感想]

 因習に囚われた孤島を舞台とした本格ミステリです。物理的に本土との行き来が不可能なわけではありませんが、“黒祠”という目に見えない壁を作り上げることである種の閉鎖空間を構築し、さらに“異界”を感じさせる雰囲気を付け加えています。この“異界”、すなわち因習とそれに縛られた島民の精神性が、単なる雰囲気作りに終わっているのではなく、西澤保彦の一連のSFミステリにも通じる独自のルールとして機能している点がよくできています。

 その反面、このルールがシンプルなワンアイデアではなく“黒祠”という体系的なものであることもあって、その説明が非常に煩雑なものとなっています。その結果、特に前半部分がかなり読みづらくなっているのが残念です。また、この“黒祠”の秘密を調べていく主人公の式部が並はずれた宗教の知識を持っていることについての説明がなく、ややご都合主義という感は否めません。さらに、本来閉鎖的であるはずの島民たちが、中盤あたりから非常にあっさりと式部に協力するようになっていくところも、あまりにもあっけなく感じられると同時に、著しく説得力を欠いているように思えます。

 終盤はハイペースの展開でもったいなく感じられる面もありますが、最後の処理はユニークであると思います。いくつか不満も指摘しましたが、全体的にみればまずまずの作品といえるのではないでしょうか。

2001.03.02読了  [小野不由美]



魔性の眼 Le Mauvais OEil  ボアロー/ナルスジャック
 1956年発表 (秋山晴夫訳 ハヤカワ・ミステリ349・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 中編2作を収録した作品集です。翻訳が古く、また会話と独白の区別がつきにくいこともあり、非常に読みづらく感じました。

「魔性の眼」 Le Mauvais OEil
 12年もの間、全身麻痺でベッドに縛りつけられていた18歳の少年・レミ。ある朝突然立ちあがり、歩き出せるようになった彼は、麻痺とともに失われた記憶を取り戻そうとする。亡くなった母親のことを誰も教えてくれないのに業を煮やして、自力で調査を始めた彼だったが、その矢先、彼と口論をした叔父が二階の手すりから転落死してしまった……。
 自分が憎む相手が次々と死んでいく“魔性の眼”を持っているのではないかというレミの疑惑、そして彼の母親の死に隠された秘密。残念ながら、この両者がうまく結びついていません。特にラストは肩すかしです。レミの内面が丁寧に描いてあるため、物語に入り込むことはできるのですが。

「眠れる森にて」 Au Bois Dormant
 1818年、亡命先からかつての領地・ミュジャックへと戻ってきた伯爵・オーレリアンは、現在の持ち主であるエルボー男爵からミュジャック城を買い戻そうとする。その矢先、偶然出会った男爵の娘・クレールと恋に落ちたオーレリアンは、眠れない夜、ひそかに城を訪れるが、彼が目にしたのは急死した男爵一家の死体だった。だが……。
 時代ミステリであり、また幻想ミステリともいえる作品です。最後に提示される推理は検証不可能ですが、そのこともまたこの作品の味わいを深めているように思えます。

2001.03.05読了  [ボアロー/ナルスジャック]



大魔王作戦 Operation Chaos  ポール・アンダースン
 1971年発表 (浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF503・入手困難

[紹介]
 科学とともに魔法が発達した世界。第二次世界大戦の最中、米国情報部に所属する狼男のマチュチェック大尉は、魔女のグレイロック大尉、そして使い魔の黒猫・スヴァルターフとともに、危険な作戦に志願する羽目になった。トロールバーグを占領するサラセン教主軍に潜入し、彼らが呼び出した魔神・アフリートを無力化しなければならないのだ……。
 ……終戦後、退役した二人はサラマンダーインキュバスと死闘を繰り広げ、さらに誘拐された娘を取り戻すため、地獄へと潜入する羽目になる……。

[感想]

 魔法が科学的な発達を遂げた世界を舞台にした、サイエンス・ファンタジーの傑作です。まず、魔法を含む超自然現象にそれなりの合理的説明が加えられているところが魅力です。例えば、狼男が満月の夜に変身するのは、満月の光に含まれる特定波長の刺激によるもので、これを利用していつでも変身できるような特殊なフラッシュライトが開発されていたりします。

 そういった世界の中で、主人公たちは次々に強敵と戦うことになりますが、この戦いもまたSFともファンタジーともつかない一風変わったものです。特にサラマンダーとの戦いにはユニークなアイデアが盛り込まれています。また、幾何学者の霊をガイドに地獄へ潜入するというアイデアには脱帽です。

 物語が進むにつれて次第にシリアスな展開となっていきますが、主人公であるマチュチェック大尉の人柄もあって、全編を通してユーモラスな雰囲気が保たれているのも大きな魅力です。理屈抜きに楽しめる作品といえるでしょう。

2001.03.09再読了  [ポール・アンダースン]



バルーン・タウンの殺人  松尾由美
 1994年発表 (ハヤカワ文庫JA401・入手困難/創元推理文庫439-02)ネタバレ感想
[紹介と感想]
 人工子宮が普及した未来、あえて昔ながらの妊娠・出産を選んだ妊婦たちが暮らす東京都第七特別区、通称〈バルーン・タウン〉。しかし、平和なはずのこの町でなぜか次々と発生する事件に、妊婦探偵・暮林美央が挑む……。
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 探偵役も含めた登場人物のほとんどが妊婦という、類を見ないSFミステリの怪作です。それぞれの作品において、“妊婦が集団で暮らす町”という特殊な設定がうまく生かされた、ユニークな作品集となっています。また、設定が設定だけにジェンダーの問題は避けて通れないところですが、時にはユーモラスに、また時には突き放した視点で描かれた“妊婦”たちは、男たちに比べて圧倒的な存在感を放っています。色々な意味で考えさせられる作品でもあります。
「バルーン・タウンの殺人」
 犯人は目撃者の目の前で被害者を刺殺し、通用門からバルーン・タウンへと逃げ込んだ。しかし、目撃者が覚えていた犯人の特徴は、そのお腹だけ。つまり、犯人は妊婦だったのだ。かくして江田茉莉奈刑事がバルーン・タウンへと潜入し、妊娠中の友人・暮林美央の力を借りて捜査を開始するが……。
 特殊な設定が見事に生かされた作品です。何といっても「妊婦は透明人間なの。お腹以外は」(ハヤカワ文庫版41頁/創元推理文庫版40頁)という台詞があまりにも秀逸です。その反面、具体的に犯人を絞り込んでいく後半の展開がやや飛躍しすぎの感はありますが、きちんと伏線は生かされています。

「バルーン・タウンの密室」
 年に一度の黄金の器コンテスト。その会場で事件は起こった。表彰式のためにやってきた都知事が、控室で何者かに殴られて昏倒してしまったのだ。だが、犯行時には扉に鍵がかけられており、窓など他の出入口もあったものの、いずれも現場付近にいた町の住人たち――すなわち妊婦――が通ることは物理的に不可能で、いわば“穴だらけの密室”という状態だったのだ……。
 穴だらけであるにもかかわらず、容疑者たちが特殊な状態のため出入りが不可能という逆説的な状況がユニークです。中盤がややだれ気味ですが、捜査支援コンピュータと美央の対決によってうまく盛り上げられています。

「亀腹同盟」
 タウン誌に掲載された奇妙な広告。それは、亀腹の妊婦に限り楽な小遣い稼ぎの仕事を紹介するという〈亀腹同盟〉の募集広告だった。しかし、面接を受けて採用された妊婦が5日間働いたところで突然、〈亀腹同盟〉は姿を消してしまったのだ。さらに彼女の本業である画材店の方では、ありふれた石膏像が毎日一つずつ売れていくという奇妙な事態が……。
 「赤毛連盟」に始まって、「六つのナポレオンの胸像」、そして「踊る人形」まで、バルーン・タウン向けにアレンジされたシャーロック・ホームズのパロディづくしの作品です(これらの作品、特に「赤毛連盟」については真相がほぼ明かされているので、未読の方はご注意下さい)。ちなみに、“亀腹”というのは妊婦のお腹を形で分類したものの一つです。ホームズネタの使い方といい、意表を突いた真相といい、非常によくできています。この作品がベストでしょう。

「なぜ、助産婦に頼まなかったのか?」
 街中で倒れた初老の男は、そのまま死んでしまった――“なぜ、助産婦に頼まなかったのか?”という謎の言葉を残して――。助産婦という職業がほとんど廃れてしまった現在、バルーン・タウン以外には手がかりはあり得ない。かくして、またしてもバルーン・タウンに派遣された江田刑事だったが、折しも海外の要人が出産のために滞在するという大ニュースに、町は揺れていた……。
 題名はA.クリスティの『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』のもじりです。こちらの作品は未読なので、題名以外に関連があるかどうかは不明ですが。ややご都合主義の展開ではありますが、ユニークなダイイングメッセージが魅力です。

「バルーン・タウンの裏窓」 (創元推理文庫版のみ収録)
 午前三時、窓から外を眺めていた有明夏乃は、向かいのアパートの一室に明かりが点ったのに気づいた。レースのカーテンに映った人影は、およそ八ヶ月ほどの見事な亀腹。だが、その部屋の住人はまだ妊娠五ヶ月ほどで、お腹も目立たないはずなのに……。そして翌日、夏乃を驚かせたのは、妊娠して自宅で休業中の美人女優・相川瑠衣が行方不明になったというニュースだった……。
 いかにもバルーン・タウンらしい“日常の謎”ともいえる発端はまずまず。そこから騒動に発展していくところは常道ですが、脱力を余儀なくされるバカミス的な真相(の一部)が何ともいえません。そして、思わぬところに配された手がかりがよくできています。

2001.03.11読了  [松尾由美]
【関連】 『バルーン・タウンの手品師』 『バルーン・タウンの手毬唄』



ホッグ連続殺人 The HOG Murders  ウィリアム・L・デアンドリア
 1979年発表 (真崎義博訳 ハヤカワ文庫HM76-1)ネタバレ感想

[紹介]
 ニューヨーク州の地方都市スパータは、殺人狂の恐怖に凍りついた。単なる不幸な車の事故に見えた若い娘たちの死。その直後、新聞記者のもとに“HOG”と署名された犯行声明が送られてきたのだ。やがて次々と発生する犠牲者たち。ある者は階段から突き落とされ、またある者は鋭利なつららで、さらにある者は銃で……。あざ笑うかのように送りつけられるHOGの挑戦状に困惑させられた捜査陣は、世界有数の犯罪研究家・ベイネデイッティ教授に調査を依頼したが……。

[感想]

 たった一つの奇想から生み出された佳作です。次々と犯行声明を送りつけてくる殺人鬼・“HOG”。その正体は何者なのか? 犠牲者たちとのつながりはどこにあるのか? これらの謎を中心に物語は進行していきます。

 一種のミッシング・リンクものである以上、犠牲者たちの周辺が調査されるのは当然ですが、捜査が混迷を深めるにつれて捜査陣にまで疑惑が及んでいきます。特に、“HOG”という言葉(“ブタ”あるいは転じて俗語で“警官”という意味があります)と事件関係者のつながりを検討する場面など、ベイネデイッティ教授を除くほぼすべての捜査陣にまで矛先が及ぶもので、ある意味圧巻といえるでしょう。

 ある程度の真相がわかりやすいのが難といえば難ですが、全体としてはやはりよくできた作品だと思います。そして、事件解決後、“HOG”という署名の意味に迫る最後の一行が非常に印象的です。

2001.03.13読了  [ウィリアム・L・デアンドリア]


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