〈ダーシー卿シリーズ〉

ランドル・ギャレット/Michael Kurland




シリーズ紹介
[ダーシー卿とマスター・ショーン(『Lord Darcy』カバー(Walter Velez)より)]

 SF作家でもあるランドル・ギャレットの代表作〈ダーシー卿シリーズ〉は、科学の代わりに魔術が発達したパラレルワールドのヨーロッパを舞台とし、自らは魔術を使うことができないものの、優れた頭脳の持ち主である捜査官・ダーシー卿と、その腹心である主任法廷魔術師のマスター・ショーンのコンビが数々の事件の謎を解いていくというもので、魔術が発達した世界というSF的な興味を満足させながら、本格ミステリとしての骨格も備えているという、ユニークなシリーズとなっています。

 シリーズの特徴としては、1.科学に代わる魔術、 2.改変された世界史、 3.魔術が絡んだ犯罪の3点が挙げられるでしょう。

 科学の代わりに魔術が発達した世界を扱った作品といえば、R.A.ハインライン「魔法株式会社」『魔法株式会社』(ハヤカワ文庫SF)収録)やP.アンダースン『大魔王作戦』などがありますが、このシリーズではそれがミステリと組み合わされており、科学捜査ならぬ魔術捜査が大きな魅力の一つとなっています。

 またパラレルワールドを舞台としたミステリという点では、例えば山口雅也〈キッド・ピストルズ・シリーズ〉などに先行するものともいえます。このシリーズでは英仏帝国ポーランド王国という大国がヨーロッパに君臨しており、それぞれの陣営が繰り広げる激しいスパイ戦が重要な背景として描かれています。

 事件と魔術の関連は様々で、トリックに直接関わるものの他、ミスディレクションとして使われているもの、背景として使われているものなどがありますが、大部分の作品では魔術が発達した世界ならではの事件になっています。




作品紹介

 このシリーズには長編1作(『魔術師が多すぎる』)と短編10作がありますが、日本では長編と短編集が1冊ずつ刊行されたのみで、アンソロジーに収録されたものや雑誌掲載のみのものがあるため、全体像がつかみにくくなっています。そこで、発表順に表にまとめておきます。

邦題 原題 収録・掲載状況(日本) 収録・掲載状況(海外)
その眼は見た  The Eyes Have It  『魔術師を探せ!』(ハヤカワ文庫HM) 『Murder and Magic』(Ace)
シェルブールの呪い  A Case of Identify 
藍色の死体  The Muddle of the Woad 
魔術師が多すぎる  Too Many Magicians  『魔術師が多すぎる』(ハヤカワ文庫HM) 『Too Many Magicians』(Doubleday)
想像力の問題  A Stretch of the Imagination  別冊奇想天外13号
「SF MYSTERY大全集」
『Murder and Magic』(Ace)
重力の問題  A Matter of Gravity  『SFミステリ傑作選』(講談社文庫) 『Lord Darcy Investigates』(Ace)
イプスウィッチの瓶  The Ipswich Phial  『SF九つの犯罪』(新潮文庫)
十六個の鍵  The Sixteen Keys  ハヤカワミステリマガジン
2006年2月号
苦い結末  The Bitter End  SF宝石1980年2月号 Isaac Asimov's Science Fiction Magazine 1978.9-10
   The Spell of War  未訳 『The Best of Randall Garrett』(Timescape)
ナポリ急行  The Napoli Express  SF宝石1981年4月号 『Lord Darcy Investigates』(Ace)

 なお、『Murder and Magic』・『Too Many Magicians』・『Lord Darcy Investigates』を1冊にまとめたハードカバー『Lord Darcy』(Nelson Doubleday)が刊行されています。
 また、これに「The Bitter End」・「The Spell of War」を追加した、完全版ともいうべきペーパーバック『Lord Darcy』(Baen Books)も刊行されています。

 さらにこれ以外に、マイケル・クーランド(Michael Kurland)という作家によって『Ten Little Wizards』『A Study in Sorcery』(いずれもAce・未訳という長編2作が書かれています。彼は、犯罪関係のノンフィクションや、SF、さらにミステリ(モリアーティ教授(「シャーロック・ホームズ」)の登場するシリーズ(→『千里眼を持つ男』など)もあります)など幅広い作風の作家のようですが、特に1969年に書かれた『The Unicorn Girl』では一部に〈ダーシー卿シリーズ〉の設定が使われているようで、ランドル・ギャレットと古くから交流があったことをうかがわせます。それもあって、ギャレットの死後に続編を書くことになったのでしょう(このあたりは、「The Thrilling Detective Web Site」内の「Lord Darcy」を参考にさせていただきました)。


魔術師を探せ! The Eyes Have It and Other Stories  ランドル・ギャレット
 1964年発表 (風見 潤訳 ハヤカワ文庫HM52-2・入手困難ネタバレ感想
「その眼は見た」 The Eyes Have It
 その好色ぶりで有名なデヴルー伯爵が、自室で射殺死体となって発見された。現場には凶器となった銃の他に、女物のローブからちぎれたと思われるボタンが落ちていた。捜査に当たったダーシー卿は、死の瞬間に被害者の心から網膜へと逆流した映像を映し出す“アイ・テスト”を行うことを主張するが……。
 事件そのものはトリッキーなものではありませんが、伏線がよくできています。また、魔術を利用した捜査の過程が非常にユニークです。

「シェルブールの呪い」 A Case of Identify
 英仏帝国と新世界を結ぶ大西洋航路で、商船が姿を消してしまう謎の事件が相次いだ。この〈大西洋の呪い〉に揺れる港町・シェルブールで、さらに怪事件が発生した。全裸にマントをはおっただけの怪しい男が頭を打ち砕かれて死に、その一方で、以前から不可解な発作を重ねていたシェルブール侯爵が姿を消してしまったのだ……。
 この作品から、英仏帝国とポーランド王国の諜報戦という側面が顔をのぞかせ始めます。事件の方も、魔術を絡めることで一風変わったものに仕上がっています。さりげない伏線も効果的ですし、ドラマチックなラストも印象に残ります。

「藍色の死体」 The Muddle of the Woad
 死んだケント公爵のためにあつらえた棺の中には、全身を藍色に染められた全裸死体が入れられていた。その色は、国家に反逆する宗教結社・古代アルビオン聖協会を暗示するものだった。被害者・公爵未亡人の主任捜査官は、儀式の生け贄にされてしまったのか、それとも……。
 この作品ではやはり、死体が藍色に染められていた理由をめぐる謎が魅力的です。ラストがややできすぎの感はありますが、魔術が発達したこの世界でしか成立し得ない傑作です。

 なお、本書はPIGGLE-WIGGLEさんよりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。

2000.04.09再読了

魔術師が多すぎる Too Many Magicians  ランドル・ギャレット
 1966年発表 (皆藤幸蔵訳 ハヤカワ文庫HM52-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 英仏帝国とポーランド王国の諜報戦が激しさを増す中、シェルブールで英仏帝国の二重スパイが何者かに殺されるという事件が起きた。捜査にあたろうとしたノルマンディ公の主任捜査官ダーシー卿だったが、腹心のマスター・ショーンにトラブルが発生した。ロンドンのホテルで開かれていた魔術師の大会の最中、主任法廷魔術師のマスター・ジェームズが殺されてしまい、そのライバルであるマスター・ショーンに容疑がかかってしまったのだ。現場のドアは内側から鍵がかけられた上に本人しか開けられないよう呪文で封じてあり、完全な密室状態だった。魔術師の関与が疑われるが、容疑者はあまりにも多すぎた……。

[感想]

 この作品は、魔術師の大会における密室殺人を中心としていますが、英仏帝国とポーランド王国のスパイ戦も重要な要素となっており、さらに魔術師の対決場面なども盛り込んだ、魅力的な作品となっています。魔術を利用した捜査の過程も興味深いものですし、それによって提示される手がかりもよくできています。もちろん、ダーシー卿の推理も合理的かつ切れ味十分なもので、特殊な設定とミステリが見事に結びついた傑作といえるでしょう。

2000.08.05再読了

その他短編

 これらの作品は個別に読まれる場合が多いと思いますので、ネタバレ感想は伏せ字にしておきます。作品ごとに範囲指定してお読み下さい。

ネタバレ感想
「想像力の問題」 A Stretch of the Imagination (風見 潤訳 別冊奇想天外13号「SF MYSTERY大全集」掲載)
 ノルマンディ最大の出版社、メイヤード・ハウス。その社長室で奇妙な物音がした。隣室にいた編集者たちが不審に思って扉を開けてみると、社長のアーレン卿が梁から下ろした紐で首を吊っていたのだ。社長室には人が出入りできるような隙間はなく、事件は単純な自殺だと思われたのだが……。
 自殺に見せかけた殺人事件だということを一つ一つ立証していくダーシー卿の推理は見ごたえがあります。しかし、魔術の比重が少ないのが残念です。

「重力の問題」 A Matter of Gravity (風見 潤編『SFミステリ傑作選』(講談社文庫117-2・入手困難)収録)
 ヴェクサン伯爵ジルベール卿が、塔の上にある実験室から墜死した。だが、実験室には他に誰もいなかったにもかかわらず、伯爵は誰かに突き飛ばされたかのように、塔から18フィートも離れた場所に墜落したのだった。自殺とは思えない不可解な状況に、ダーシー卿が捜査に乗り出すが……。
 この作品では、まず墜死の謎、そしてその際の不可解な状況、さらには魔術を用いた犯罪捜査の描写などが非常に魅力的です。また、トリックは若干落ちるものの、その扱い方はなかなかのものだと思います。そして、この世界ならではのラストが非常に印象的です。

「イプスウィッチの瓶」 The Ipswich Phial (風見 潤訳 I.アシモフ他編『SF九つの犯罪』(新潮文庫 赤186-1・入手困難)収録)
 研究所から盗まれた〈イプスウィッチの瓶〉を追っていた情報部員スタンディッシュが、ノルマンディの海岸で死体となって発見された。そしてその現場には、発見者の足跡だけが残されていた。消えた〈イプスウィッチの瓶〉をめぐって、英仏帝国とポーランド王国との間に、激しいスパイ戦が繰り広げられるが……。
 この作品ではスパイ戦の方がメインになっていて、これはこれで面白いとは思いますが、その分本格ミステリ風味がやや薄くなっています。特に、解決が駆け足になってしまっているのが残念です。もう少し長ければバランスが取れたかもしれません。

「十六個の鍵」 The Sixteen Keys (尾之上浩司訳;ハヤカワミステリマガジン2006年2月号掲載)
 英仏帝国の命運がかかった条約文書を携えたまま、ヴォクスホール卿が突然姿を消してしまった。やがて内側から鍵のかかった別荘で発見されたヴォクスホール卿は、急速に年老いた姿の死体となっていた。そばには別荘内の扉一つ一つに対応した特製の16本の鍵が落ちているだけで、条約文書は影も形もなかった……。
 冒頭、ヴォクスホール卿の死体の状況には驚かされますが、実際には条約文書の探索がメインとなっています。ここで重要な要素となるのが特製の鍵で、マスター・ショーンもてこずるほどの特殊な魔法がかけられています。これが条約文書の探索において大きな手がかりとなっているところが非常に面白いと思います。
 なお、このエピソードは「ナポリ急行」の前日談となっています。

「苦い結末」 The Bitter End (宮脇孝雄訳 SF宝石1980年2月号掲載)
 パリでの仕事をすませたマスター・ショーンはホテルのバーでくつろいでいたが、客の一人が死んでいるのに気づいた。毒を飲まされたのだ……。彼はそのまま捜査に協力するが、魔術師が犯人だと思いこんだ憲兵によって勾留されてしまう。腹心が陥った窮地に、ダーシー卿も駆けつけるが……。
 犯行手段はよくできていると思いますが、手がかりの提示がやや不十分なのがもったいないところです。わけのわからないことはすべて魔術のせいだと思いこんでしまうクーゲール軍曹は面白すぎです。

「The Spell of War」 (未訳;『The Best of Randall Garrett』(Timescape・入手困難)収録)
 18歳のダーシー中尉が所属する部隊は、激しい戦闘に巻き込まれていた。宿敵ポーランド軍の銃撃にさらされながら、肝心の敵の所在が不明なのだ。やがて部隊の指揮をとることになった若きダーシー中尉は、壊滅した別の部隊から合流してきたショーン・オー・ロクレーン軍曹らとともに、反撃の手段を探るが……。
 ダーシー卿とマスター・ショーンの出会いを描いたエピソードです。英仏帝国とポーランド王国の戦争で出会った二人は、力を合わせて窮地を乗り切ろうとします。本格ミステリ的な興味は薄いものの、それなりのが提示されています。この謎の作り方はうまいと思います。

「ナポリ急行」 The Napoli Express (風見 潤訳 SF宝石1981年4月号掲載)
 パリとナポリを結ぶ英仏帝国の大動脈・ナポリ急行。その最後部に連結された豪華な“展望車”の個室で、乗客が撲殺される事件が発生した。残された乗客は14人。犯人はこの中にいるのか? 極秘任務のため、偽名を使って乗り込んでいたダーシー卿とマスター・ショーンは、警察による足止めを避けるために事件の捜査に乗り出した……。
 設定やあらすじを見ればおわかりのように、A.クリスティ『オリエント急行の殺人』を強く意識した作品です。まさか『オリエント急行の殺人』の真相を知らずにこの作品を読む方はいらっしゃらないと思いますが、この作品ではそれを下敷きに、さらにひねりが加えられています。




Ten Little Wizards  Michael Kurland
 1988年発表 (Ace Fantasy・入手困難ネタバレ感想
[『Ten Little Wizards』表紙(James Warhola)]

[紹介]
  “十人の小さな魔法使い、みんなでご飯を食べてたら、一人がほおばりすぎちゃった――そして残りは九人になった” ――式典のために王族や政府高官、魔術師たちが続々と集まりつつあるクリストベル城で、事件が起こった。密室の中でマスター魔術師が殺害されたのだ。被害者は、連続殺人を暗示する不気味な童謡が書かれた紙片を握りしめていた。ロンドンから情報がもたらされた国王の暗殺計画、あるいは近隣の宿屋で発生した不可解な殺人事件と何らかの関係があるのだろうか? やがて二人目のマスター魔術師が殺されたが、現場には被害者の足跡だけが残されていた……

[感想]

 上記の紹介でおわかりのように、A.クリスティの名作『そして誰もいなくなった』の魔術師版といった感じの作品ですが、この連続殺人以外にも暗殺計画など別の要素の比重も大きいため、「ナポリ急行」ほどパロディ色が強いわけではありません。しかし、童謡とともにマスター魔術師が一人ずつ殺されていくという展開は、やはりそれだけで独特の雰囲気を持っています。

 正直なところ、ギャレット本人の作品に比べると、ミステリとしては若干落ちるといわざるを得ません。例えば、ある人物の視点で描写されている箇所があることもあって、一部の真相がわかりやすくなってしまっています。また逆に、不可能犯罪などについては若干アンフェア気味に思える部分もあります。事件自体は込み入った面白いものであるだけに、ややもったいないところです。ただ、このあたりは展開上仕方ないともいえます。もちろん、すべての真相がわかってしまうわけではありませんし、動機など感心させられるところもあります。

 一方、背景などは十分に描き込まれており、特にシリーズ読者には楽しめるものとなっています。例えば、殺人事件の起こった宿屋の主人がダーシー卿のファンで、以前の事件での活躍に言及しているところや、あるいは『魔術師が多すぎる』の登場人物の名が作中に登場しているところなどはにやりとさせられますし、ダーシー卿の恋人であるカンバーランド公爵夫人との会話には懐かしささえ感じられます。また、ギャレット本人の作品ではあまり触れられていなかった新大陸(ニュー・イングランド)についての説明は、なかなか興味深いものです(このあたりは作者も興味を持ったのか、次の『A Study in Sorcery』では新大陸が舞台となっています)

 今後〈ダーシー卿シリーズ〉が復刊されることがあれば、ぜひこの作品も一緒に邦訳してもらいたいところです。例えば『魔術師がいなくなる』といった題名はどうでしょうか。

2001.05.10読了

A Study in Sorcery  Michael Kurland
 1989年発表 (Ace Fantasy・入手困難ネタバレ感想
[『A Study in Sorcery』表紙(James Warhola)]

[紹介]
 ニュー・イングランドの一部として、英仏帝国と友好関係を築いているアステカ帝国。両者の間に新たな条約が結ばれようとしている今、アステカの若き王子が殺されてしまった。小さな島にある古いピラミッドの頂上に作られた神殿の中で、心臓をえぐり取られ、祭壇に横たえられた死体が発見されたのだ。復活した禁断の儀式、太陽神に捧げられた生け贄なのか? アステカ帝国との関係が悪化することを恐れる国王は、ダーシー卿とマスター・ショーンをニュー・イングランドへと派遣するが……。

[感想]

 この作品では、今までの作品で言及だけされていた新大陸、ニュー・イングランドが舞台となっていて、アステカの文化、特に宗教儀式などが紹介されているところに興味をひかれます。また、題名の通り魔術が重要な役割を果たしていて、マスター・ショーンはもちろんのこと、マスター魔術師となったジョン・ケツァル卿『魔術師が多すぎる』にも登場した新大陸出身の魔術師)が大活躍しています。これはシリーズのファンとしては見逃せないところでしょう。さらに、例によってポーランドとのスパイ戦も繰り広げられています。英仏帝国による新大陸の支配をポーランドがこころよく思わないのは当然でしょうし、アステカ帝国との条約が結ばれようとしていることもあって、ポーランドのスパイ(セルカ)が絡んでくるのも自然な流れです。

 ただ、残念ながら作品自体はさほど出来がよくありません。まず問題なのが構成です。心臓をえぐられた王子の死体が発見されるというショッキングな冒頭ですが、その後はひたすら地道な捜査が続いているため、どうしても退屈に感じられてしまいます。事件が再び動き出すのは後半かなり遅くなってからで、しかも決して急展開とはいえません。せいぜい中編ぐらいの長さが妥当だったのではないでしょうか。

 ミステリネタ、特に“なぜ王子は心臓をえぐり取られたのか?”という謎はなかなか魅力的であるだけに、非常に残念です。

2001.05.31読了


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