ミステリ&SF感想vol.34

2001.01.31
『三人のゴーストハンター』 『エデン』 『ランプリイ家の殺人』 『共犯マジック』 『マッカンドルー航宙記』


三人のゴーストハンター 国枝特殊警備ファイル  我孫子武丸・牧野修・田中啓文
 2001年発表 (集英社)ネタバレ感想

[紹介]
 超常現象専門の警備会社・国枝特殊警備は、奇怪な容貌の破戒坊主ながら、類い希なる法力で除霊を行う洞蛙坊、かつて失った左目で他人の妄想を見据え、失った右腕で妄想に触れることのできる美青年・比嘉薫、そしてオカルトなどまったく信じることなく、すべてを科学で解明しようとする元大学教授・山県匡彦という三人のゴーストハンターを抱え、様々な怪事件を処理していた。社長と元アイドルの助手を含めた五人の目的は、彼らが揃って巻き込まれた4年前の凄惨な事件の真相を解き明かすことだった……。

[感想]

 三人の作家の合作によるユニークな作品です。スプラッター+ダジャレという田中パート(洞蛙坊)、妄想サイコホラー風の牧野パート(比嘉薫)、そして理系ミステリ(?)風の我孫子パート(山県匡彦)に分かれていますが、キャラクターだけでなく“ゴーストハンター”というテーマの三者三様の料理の仕方がなかなか面白く、三人の作家の個性がはっきりと表れています。ジャズのピアノ・トリオに例えれば、パワフルで手数の多いドラム(田中パート)、端正で華麗なピアノ(牧野パート)、そして冷静に全体を支えるベース(我孫子パート)といったところでしょうか。三つのパートの中では、田中パート(洞蛙坊)が最もよくできているように思います。全編に独特のパワーがみなぎっていますし、それまでの事件をうまく伏線にした最終話も秀逸です。が、もちろんこれは読者の好みにもよるでしょう。

 それぞれのパートには何らかの仕掛けも施されていますし、マルチエンディングもまずまずです。それぞれのエンディング相互に関連があればなおよかったのですが、これはまあ無理な注文というものでしょうか。

2002.01.15読了  [我孫子武丸・他]



エデン Eden  スタニスワフ・レム
 1959年発表 (小原雅俊訳 ハヤカワ文庫SF745・入手困難

[紹介]
 宇宙船の事故により、惑星〈エデン〉に降り立った技師、物理学者、化学者、サイバネティシスト、コーディネーター、そしてドクターの6人は、奇怪な生物が跳梁するエデンの探索を行い、何を造っているのかわからないオートメーション工場、大量の廃棄物、そして山と積み上げられた死体を発見した。やがて遭遇したエデン人は、労働部分と思考部分とが合体した複体生物だった。6人の科学者たちは、懸命にエデン人との意志の疎通を図るのだが……。

[感想]

 “ファースト・コンタクト”テーマの異色の作品です。読み進んでいくと、登場人物たちの名前が登場しないことにまず違和感を覚えます(唯一“技師”のみが何度か名前を呼ばれていますが)。登場人物たちは個人ではなく、人類の代表という記号として扱われているかのようです。そして、そんな彼らの前に姿を現すのは、あまりにも異質な文明です。科学者たちは何とか人間的な考え方を切り離し、異質な文明を理解しようとしますが、その思考はなかなか人類という枠から逃れることができません。この作品で徹底して描かれているのは、幸福な出会いでも不幸な出会いでもなく、未知なるものを理解することの困難さなのです。

2002.01.19読了  [スタニスワフ・レム]



ランプリイ家の殺人 Surfeit of Lampreys  ナイオ・マーシュ
 1940年発表 (浅羽莢子訳 国書刊行会 世界探偵小説全集17)ネタバレ感想

[紹介]
 お人好しで経済観念のないランプリイ家の人々は、何度目かの深刻な財政危機に瀕していた。一家の主であるチャールズ卿は、以前と同じように裕福な兄・ゲイブリエルにすがろうとする。だが、吝嗇なゲイブリエルはランプリイ家の現状にあきれ果て、援助の頼みを断る腹づもりだった。かくして、ゲイブリエルとその夫人をフラットに迎えて歓待し、援助を引き出そうとしたランプリイ家の計画はむなしくついえてしまった。しかし、フラットを後にしたゲイブリエルはその数分後、エレベーターの中で目に金串を突き立てられ、命を落としたのだ。ランプリイ家の人々には動機は十分。果たしてこの中に犯人が……?

[感想]

 川原泉の漫画の登場人物を思い起こさせるような、浮世離れしたランプリイ家の人々。“ヤツメウナギ{ランプリイ}”のようにのらくらしてつかみ所のない彼らのキャラクターに魅力を感じられるかどうかで、この作品の評価は大きく分かれると思います。ミステリ部分もまずまずではありますが、それ以上に、事件に遭遇したランプリイ家の人々の言動を描き出すことに重点が置かれています。犯人が誰かという謎自体よりも、一致団結して危機を乗り切ろうとするランプリイ一家の姿に興味をひかれるようであれば、この作品を楽しめるのは間違いないでしょう。

2002.01.22読了  [ナイオ・マーシュ]



共犯マジック  北森 鴻
 2001年発表 (徳間書店)ネタバレ感想

[紹介]
 1967年、よく当たるという評判で爆発的な売れ行きを誇っていた占いの本『フォーチュンブック』が、自殺者まで出すほどの不吉な内容から、書店による販売自粛という事態に追い込まれた。そして全国の店頭から『フォーチュンブック』が一斉に姿を消した頃、松本市内の書店にわずかに残った最後の数冊。それを手にした男女が、後に日本全国を揺るがす大事件に巻き込まれていくことになろうとは、誰も知る由もなかった……。

[感想]

 松本市内の書店を舞台にした「プロローグ」と、最後に残った『フォーチュンブック』に関わった男女のその後を描いた「原点」から「共犯マジック」までの7話からなる連作短編集です。それぞれの短編を個別に見た場合、最も出来がいいと思われるのは「さよなら神様」で、逆に「それからの貌」のようにだいぶ無理が感じられる作品もあります。しかし、それぞれの作品が少しずつつながっていくことで、数々の事件を通じて“昭和”という時代が浮き彫りにされるところがこの連作短編集の醍醐味でしょう。その構成上、終盤の展開がある程度読めてしまうという弱点もありますが、それをあまり感じさせないほど、この大胆な試みは大きな魅力を備えています。

2002.01.23読了  [北森 鴻]



マッカンドルー航宙記 The McAndrew Chronicles  チャールズ・シェフィールド
 1983年発表 (酒井昭伸訳 創元SF文庫633-03)

[紹介と感想]
 太陽系でも最高の頭脳を持つ天才物理学者・マッカンドルー博士が、相棒のジーニー船長とともに繰り広げる冒険の数々を描いたハードSF短編集ですが、科学に関する部分だけでなく物語自体も非常にしっかりとしたもので、ハードSFが苦手な方にとっても読みやすいのではないでしょうか。
 第2話「慣性モーメント」“マッカンドルー航法(相殺航法)”が完成されてからは、“宇宙船で人を捜しに行って……”という、ある意味ワンパターンの構成となっているところがやや不満ではありますが、これは仕方のないところでしょう。

「キリング・ベクトル」 Killing Vector
 マッカンドルー博士は毎年4ヶ月間、ジーニー船長の宇宙船で旅をしながらマイクロブラックホールの研究にふけるのが常だった。しかし今回は、10億人の命を奪ったテロリストのイフターが同じ宇宙船でタイタンへと護送されることになったのだ。イフターは礼儀正しく振舞っていたものの、やがて……。
 10億人を殺したテロリストという存在はインパクトがありますが、展開と結末はある程度予想通りです。

「慣性モーメント」 Moment of Inertia
 ジーニーの一言をきっかけに、マッカンドルー博士が開発した新型の宇宙船。それは、加速による人体への影響を打ち消し、途方もない高加速度の航行を可能にするものだった。しかし、早速試験航行を行った博士は、突然消息を絶ってしまった。もう一隻の新型宇宙船で捜索に出たジーニーが発見したのは……。
 まずは何といっても、“相殺航法”というアイデアが秀逸です。そして、マッカンドルー博士が遭遇したトラブルも、なるほどと思わされるものです。

「真空の色彩」 All the Colors of the Vacuum
 かつて深宇宙へと旅立った小惑星コロニー宇宙船〈マシンガムの方舟〉から送信されてきたのは、真空からエネルギーを取り出す画期的な理論だった。その理論をうち立てた天才科学者を研究所に迎えるため、マッカンドルー博士とジーニー船長は〈マシンガムの方舟〉を追いかけたのだが……。
 この辺の理論になると私の頭ではなかなかついて行けませんが、理論はさほど重要な位置を占めているわけではないのであまり問題はありません(逆にいえば、物語部分と理論とがうまく結びついていないということになるでしょうか)。〈マシンガムの方舟〉という独立した世界の特殊性がうまく描かれています。

「〈マナ〉を求めて」 The Manna Hunt
 地球の食糧不足を解消するため、原料となる有機物を求めて彗星雲へと旅立った科学者が行方不明となってしまった。捜索のため、食糧局の幹部とともに彗星雲へとたどり着いたマッカンドルー博士とジーニー船長が、そこで遭遇したものは……。
 有機物=栄養が豊富な環境で、淘汰圧となり得るのは何か。この作品で示されている解答はよくできていると思います。

「放浪惑星」 Rogueworld
 星系を離脱して宇宙空間をさまよう放浪惑星を発見したジャンとスヴェンが、何かのトラブルに遭遇したらしい。マッカンドルー博士とジーニー船長は、“相殺航法”の禁止という官僚の命令を無視して、ジャンとスヴェンの救出に向かった……。
 “放浪惑星”の設定がうまくなされていて、そこから導き出される状況も鮮やかで納得できるものです。それにしても、このラストには続編を期待させられるのですが……。

2002.01.25読了  [チャールズ・シェフィールド]
【関連】 『太陽レンズの彼方へ』


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