ミステリ&SF感想vol.129 |
2006.08.07 |
『判事とペテン師』 『記念樹』 『タイム・パトロール/時間線の迷路』 『プラットホームに吠える』 『毒を食らわば』 |
判事とペテン師 The Painswick Line ヘンリー・セシル |
1951年発表 (中村美穂訳 論創海外ミステリ36) |
[紹介] [感想] 判事である父親とペテン師である息子を主役とした、親子二代にわたる“ペインズウィック家年代記”。裁判絡みの物語ではあるものの謎解きの要素は皆無で、法廷を主な舞台としたユーモア小説ととらえるべきでしょう。
形としては長編になっていますが、はっきりした一つの“筋”があるわけではありません。内容としてはあくまでも“ペインズウィック家年代記”であり、さらにいえばペインズウィック親子を中心とした群像劇の性格が強くなっているため、父親の判事が前半だけで物語から退場してしまったり、あるいは視点が様々な人物に移っていったりと、物語の焦点が今ひとつ定まらない印象があります。そのせいもあって、少々読みづらく感じられてしまうのは否めないところです。 しかし、次から次へと描かれるユーモラスな場面は十分に楽しめます。目を引くのは、法廷での証人尋問の中で行われる競馬の予想や、謹厳実直な判事や牧師と競馬の組み合わせなど、真面目さと不真面目さが同居したミスマッチ感覚とでもいうべきものでしょうか。特に、密かに賭けに手を出した判事が競馬場で、周囲に気取られないように必死で興奮を押し隠そうとする場面などはニヤリとさせられます。そもそも、『判事とペテン師』という邦題にも表れているように、ペインズウィック親子の関係からしてミスマッチといえますし、作者の意図もそのあたりにあるのかもしれません。 短い割には読み進めるのに手間取るところもありますが、最後のちょっとしたオチも鮮やかに決まって読後感もよく、まずまず楽しめる作品といっていいでしょう。 2006.07.12読了 [ヘンリイ・セシル] |
記念樹{メモリアル・トゥリー} 依井貴裕 | |
1990年発表 (東京創元社・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] マニアックな作風で知られる依井貴裕のデビュー作。大学を舞台とした連続殺人が扱われていますが、古式ゆかしい「読者への挑戦」もあり、さらにユニークな密室講義までも含まれた意欲的な作品となっています。
カバー裏に記された作者の言葉からは論理性と意外性を重視する姿勢がうかがえますが、本書では真相の意外性よりも手がかりや伏線の意外性が追求されている感があり、真犯人を見抜くことはそれほど難しくはないかもしれません。しかし、論理性の方はまさに全編を支配しているといっても過言ではなく、若干の穴もあるにせよ、質量ともに圧倒的です。 とりわけ、密室トリックの解明は秀逸です。密室トリックなどのハウダニットはいわゆる“論理的な解明”とは相性が悪く、他の解き方(現象を可能にするメカニズムの“創作”)がなされる場合がほとんどである中、それを論理的に解き明かしてしまうという本書の力技にはうならされます。また他にも、最後の決め手となる手がかりの意外性と、そこから導き出される結論などは圧巻です。 惜しむらくは、“描写”というよりも“説明”の域を出ない無味乾燥な文章や、仲間たちが殺されてもみんな妙に淡々としているように感じられるところなど、小説としての出来にかなり難があるといわざるを得ません。また、登場人物が無闇に多すぎるのも問題で、それぞれの描写がうまくできていないこともあって、一部の登場人物は単なる人数合わせにしかすぎないのではないかとさえ思えてしまいます。 色々と難点があることもあって無条件におすすめはできませんが、特にロジカルな作品がお好きな方には一読の価値があると思います。 2006.07.15再読了 [依井貴裕] |
タイム・パトロール/時間線の迷路(上下) The Shield of Time ポール・アンダースン |
1990年発表 (大西 憲訳 ハヤカワ文庫SF1093/1094・入手困難) |
[紹介と感想]
[未訳作品] 「Chronological List」(「L'Angolo di Dario」(←イタリア語なのでさっぱりわかりません)より)によれば、([Guardiani del Tempo]と表示されている)シリーズで未訳の作品は、以下の5篇のようです。
題名と発表年から判断する限り、森下一仁氏による解説の最後の頁で言及されている、エヴァラードとワンダの前日談を描いたエピソードは、「The Year of Ransom」及び「Star of the Sea」ではないかと思われます。
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プラットホームに吠える 霞 流一 | |
2006年発表 (カッパ・ノベルス) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 霞流一の最新作で、新しいキャラクターが登場しつつも、内容はいつもの“霞流一テイスト”……と思いきや、今までとは若干毛色の違う作品となっています。まず目につくのはお題となる動物で、“犬”全般ではなく“狛犬”に限定されているのですが、これが全体に大きく影響しているように思われます。
「あとがき」を読むと、(犬好きの作者だけに)“犬”全般をお題とする正攻法では手に余るという判断があったようですが、“狛犬”まで限定してしまうとあまりにピンポイントすぎて、恒例の蘊蓄も今回はかなり少なめ。そのせいもあってか、テーマがはっきりと前面に押し出されることなく、今ひとつとらえどころのない形になっています。例えば、帯には “まったく新しい鉄道ミステリーの出現”と記されていますが、確かに“鉄道ミステリー”とはいえるものの、ストレートではなく変化球、しかも不規則に揺れて落ちる魔球といったところです。 さらに異質な印象を与えるのが見立て殺人です。“見立て殺人”とは、死体(もしくは現場)に装飾を施すことで別のものになぞらえる(あるいは別のものを連想させる)行為ですが、ものがものだけに、装飾により強調される類似点以外は対象と似ても似つかない状態になるのが普通です。たとえていえば、リアルな写生画ではなくデフォルメされたイラストに近いところがあるわけですが、本書の場合にはそれがさらに押し進められて抽象画のような見立てになっています。かなりわかりにくいというのは難点ではあるものの、見立ての強烈な自己主張が抑えられてどこか“枯れた”ような印象を受けるのが新鮮に感じられます。 とはいえ、得意のバカトリック(今回はいつもにもまして無茶です)とロジカルな解決は健在で、霞流一ミステリとしては安心して楽しむことができます。特に事件の背景となる奇想と、犯人の巧妙な計画は見応えあり。そして、こちらの意表を突くとともに皮肉の利いた結末も、実によくできています。 ただ、いつもの(例えば商店街のような)ある程度クローズドな舞台(もしくは人間関係)ではないためか、やや分量が長すぎるように感じられるのは残念。 2006.07.23読了 [霞 流一] |
毒を食らわば Strong Poison ドロシイ・L・セイヤーズ | |
1930年発表 (浅羽莢子訳 創元推理文庫183-06) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 貴族探偵ピーター・ウィムジイ卿を主役としたシリーズ第5弾。裁判で絶体絶命の窮地に追い込まれたヒロインの無罪を、わずか1ヶ月で証明しなければならないという、見方によっては非常にサスペンスフルな状況ですが、実際のところはサスペンスの要素は皆無といっていいでしょう。むしろ、個性豊かな登場人物たちの愉快な言動により、全編がユーモラスな雰囲気に彩られた作品となっています。
先に読んだ作品でもキャラクター小説の色合いが強く感じられましたが、本書では「ヴァン・ダインの二十則」(の第3則)に真っ向から喧嘩を売るかのような探偵と被告人のロマンス(しかも、刑務所に収容された被告人との面会の最中にいきなり求婚という無茶苦茶なもの)に始まり、シチュエーションコメディ的な場面の連続で、実に楽しく読み進めることができます。特に目を引くのが、『不自然な死』にも登場していたピーター卿の“聞き込み代理人”クリンプスン嬢で、冒頭から陪審団の中で頑固に意見を主張して裁判の引き延ばしに成功し、後半には潜入先で思わぬ芸達者ぶりを披露するなど、ピーター卿以上の大活躍です。 事件は数ヶ月前に起きた毒殺ということで、ピーター卿の捜査は難航を極めます。何はともあれ他の容疑者を探し出さなければならないのですが、手段はさておき、動機と機会の両面においてハリエット以上に有力な容疑者はなかなか見当たらず、さすがのピーター卿もやや焦りを見せます。が、後半になると一転してあっさりと目星がついてしまうのがやや拍子抜け。もっともこれは、『不自然な死』と同様にフーダニットよりもハウダニットに重点が置かれているということでもあるのでしょう。 しかしてハウダニットの中心となるトリックは、意表を突いているのは確かですが、その突き抜け具合に(敬意を込めて)“バカトリック”と表現せざるを得ない、脱力もののトリック。ただし、その使い方にはうまく工夫されているところがあり、結果としてはまずまずのものに仕上がっているといえるように思います。 2006.07.28読了 [ドロシイ・L・セイヤーズ] |
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