ミステリ&SF感想vol.45 |
2002.10.17 |
『薔薇荘にて』 『重力の使命』 『審判の日』 『準急ながら』 『赤い右手』 |
薔薇荘にて At the Villa Rose A.E.W.メイスン | |
1910年発表 (富塚由美訳 国書刊行会 世界探偵小説全集1) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 100年近く前に発表された古典ですが、さほど古びているようには感じられません。細かくばらまかれた手がかりを探偵役がつなぎ合わせ、一見明らかに思える状況を少しずつひっくり返していくというミステリの王道ともいうべき展開で、安心して楽しむことができます。探偵役のアノーが情報を一人で抱え込みすぎているきらいはありますが、手がかりは非常によくできています。
ただ、やや残念なのが全体の構成です。中盤で犯人が逮捕され、それ以後は“何が起こったか?”の再現にあてられているため、謎が解かれる楽しみが損なわれているようにも思えます。もちろん、登場人物の回想による事件の再構成は臨場感に満ちているのですが、やや盛り上がりに欠けるのは否めません。 2002.10.03読了 [A.E.W.メイスン] |
重力の使命 Mission of Gravity ハル・クレメント | |
1954年発表 (浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF602・入手困難) | |
[紹介] [感想] ハードSFの古典的名作です。“1日”がわずか10数分という高速で自転し、地球よりはるかに高重力の特殊な惑星を舞台に、ムカデ型のメスクリン人の途方もない冒険行を描いた作品ですが、まず設定が非常によく考え抜かれています。惑星メスクリン自体の設定に関しては、作者自身による巻末の「メスクリン創成記」に詳細に書かれていますが、この設定に基づいて特異な自然環境が構築され、それが物語の展開にうまく取り入れられています。さらに、そこに住むメスクリン人の形態や特性(*)もよくできています。
主役となるメスクリン人のバーレナン船長とドンドラグマー一等航海士のキャラクターも印象的です。やや向こう見ずではあるものの、決断力とリーダーシップに優れるバーレナンと、慎重かつ冷静で知的なドンドラグマー。鮮やかな対照をなす二人のコンビは非常に魅力的です。考え方が人間に似すぎているという批判もあるようですが、それだけ似ているからこそ読者が感情移入しやすくなっているといえます。 さらに、数々の出来事や地球人との交流を通じて、メスクリン人が科学(技術だけを意味するのではないことに注意)とはどういうものかを学び、その魅力と重要性に目覚めていくという物語は、科学の本質を明らかにし、考える楽しみを再認識させてくれる非常にすばらしいものです。SFファンならずとも必読の傑作といえるでしょう。 なお、その後のメスクリン人の活躍は、長編『超惑星への使命』及び短編「Under」で書き継がれています。
*: このあたりは上記の「メスクリン創成記」でほとんど触れられていないので、少し補足しておきます。
メスクリン人はカバーイラストにも描かれているようにムカデ型生物であるわけですが、体重を広い範囲に分散させると同時に転倒による危険を避けるための細長い体、接地面積を少なくすることで摩擦の影響を抑えるための多数の細い足(イラストでは横向きについているようですが、正しくは下向きだと思われます)、そして体が自重でつぶれてしまうのを防ぐための強靱な外骨格と、非常に合理的な形態になっていると思います。そして、高重力のために高所恐怖症であるというのも納得できるところです。 2002.10.08再読了 [ハル・クレメント] | |
【関連】 『超惑星への使命』 |
審判の日 After Doomsday ポール・アンダースン | |
1961年発表 (砧 一郎訳 ハヤカワ・SF・シリーズ3076・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 異色のSFミステリです。犯人探しであることは間違いないのですが、その容疑は地球破壊という途方もないもので、SFならではというべきでしょうか。しかし、手がかりはまずまずとはいえミスもあるようですし、謎自体も比較的あっさりしているため、ミステリとしてはやや物足りなく感じられるかもしれません。
むしろ、この作品の中心となっているのは、主人公のカール・ドンナンをはじめ、故郷を滅ぼされてしまった人類のわずかな生き残りたちの深い絶望と、半ば自暴自棄となって復讐の相手を求め続ける救いのない旅路です。最終的に真相を知ったドンナンが受ける衝撃もはかり知れないもので、全体的に重い印象を残す作品です。 2002.10.10読了 [ポール・アンダースン] |
準急ながら 鮎川哲也 | |
1966年発表 (光文社文庫 あ2-34) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] アリバイ崩しがメインの作品ではありますが、まず前半部分はかけ離れた場所で起きた出来事から事件の全体像を明らかにしていく過程が描かれています。ここでは警察による地道な捜査と全国的な協力体制が効果的に使われていて、なかなか面白いと思います。一方、後半は一転して鬼貫警部によるアリバイ崩し。トリック自体にはやや物足りなく感じられる部分もあるのですが、真相を解明していくためのロジック、特にその出発点は非常に秀逸です。
前半と後半に大きく分かれてはいるものの、どちらも“どのように解いていくか”に重点が置かれていることで、全体としてすっきりとまとまった佳作に仕上がっているといえるでしょう。 2002.10.12読了 [鮎川哲也] |
赤い右手 The Red Right Hand ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ | |
1945年発表 (夏来健次訳 国書刊行会 世界探偵小説全集24) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] この作品は、事件に巻き込まれた医師が、その最中に真相を推理するためにまとめた覚え書き(少なくとも途中までは)という体裁をとっているわけですが、その思考はとりとめがなく、時制がころころ変わる(例えば、ある人物が登場した直後に、その人物が後に殺されてしまったことが明かされるなど)こともあって、読者としてはいつの間にか幻惑させられてしまいます。
事件の真相が明らかになるのはかなり唐突で、しかも説明が若干不足しているため、読んでいて混乱を余儀なくされる部分もありますが、しっかりと伏線も張られていて、力技で騙されてしまったという印象です。ミステリ史上特異な位置を占める怪作であるのは間違いないでしょう。 2002.10.14読了 [ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ] |
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