ミステリ&SF感想vol.47

2002.11.14
『天翔ける十字軍』 『超惑星への使命』 『妖盗S79号』 『サイロの死体』 『奇蹟審問官アーサー 神の手の不可能殺人』


天翔ける十字軍 The High Crusade  ポール・アンダースン
 1960年発表 (豊田有恒訳 ハヤカワSFシリーズ3116・入手困難

[紹介]
 14世紀の英国。臣下とともに戦地フランスへ向かおうとしていた男爵ロジャー卿の前に、天空から巨大な物体が舞い降りてきた。それは、宇宙を支配するワースゴル人が、新しい植民地を探すために送りこんできた宇宙船だった。だが、ロジャー卿の騎士団は、戦斧と弓でワースゴル人を撃破してしまったのだ。ロジャー卿は、奪った宇宙船を捕虜に操縦させ、戦地に乗り込もうとする。しかし、2000人の騎士団が乗り込んだ宇宙船は、捕虜の計略によって宇宙空間へと飛び出した。ワースゴル人の植民地へと向かって……。

[感想]
 14世紀の英国騎士団が宇宙に乗り出して大暴れするという、痛快な冒険SFです。ロジャー卿の騎士団に同行した神父の手記という体裁をとっているため、全体的に表現が古めかしく、やや読みづらく感じられるところもありますが、とにかく物語が圧倒的な面白さを備えています。

 異星人にとって予想外の接近戦を挑むことで戦力差を跳ね返していくところもさることながら、ロジャー卿が駆使する途方もないはったり(“イングランド”には笑いました)がユーモラスな魅力を醸し出していますし、ドラマティックなエピソードも登場します。キリスト教の教えと現状との間に何とか折り合いをつけようとする神父と、ワースゴル人の捕虜との間に交わされる何とも珍妙な会話も笑えます。

 十字軍の遠征になぞらえられているとはいえ、宗教的な要素は薄く、ひたすら肩の力を抜いて楽しめる作品です。

2002.10.28読了  [ポール・アンダースン]



超惑星への使命 Star Light  ハル・クレメント
 1971年発表 (小隅 黎訳 ハヤカワSFシリーズ3312・入手困難

[紹介]
 表面重力が40Gに達する巨大な惑星ドローン。人間が着陸して調査を行うことは不可能だが、さらに高重力の惑星に住む体長18インチのムカデ型生物、メスクリン人ならば可能だった。かくして、バーレナン率いるメスクリン人たちの探検隊は、地球人の依頼を受けてドローンに着陸した。だが、探検船エスケット号の乗員全員が謎の失踪を遂げ、ドンドラグマーが乗り込むクェンブリー号も、氷原が一面の海と化し、また一瞬のうちに凍結するという異常気象により、立ち往生を余儀なくされてしまう……。

[感想]
 メスクリン人のバーレナンやドンドラグマーが登場する、『重力の使命』の続編ですが、いくつかの理由で、前作に比べるとやや落ちるといわざるを得ません。

 まず一つには、舞台となる惑星ドローンに前作の舞台となった惑星メスクリンほどのインパクトが感じられないことが挙げられるでしょう。その特殊な形状により、場所によって表面重力が大きく変動するというユニークな設定がされていたメスクリンに比べて、ドローンの見所はその異常気象以外にはほとんどないようで、物足りなく感じられます。
 また、探検自体がほとんど進んでいないところも物足りません。物語は、クェンブリー号が巻き込まれたトラブルを間に挟んだ、メスクリン人と地球人とのやり取りが中心になっているため、あまりにも動きが少なすぎるように思えてしまいます。
 さらに、前作の大きな魅力の一つだった、メスクリン人たちが科学に目覚めていく過程の描写も、当然ながらほとんどありません。メスクリン人たちがすでに科学の素養をある程度身に着けているため、仕方ないといえば仕方ないところですが、前作の持っていたプリミティブな魅力が欠けているのは残念です。

 とはいえ、出番は多くないもののバーレナンもドンドラグマーも健在で、彼らのファンとしてはぜひ読んでおきたい作品といえるでしょう。

2002.10.31読了  [ハル・クレメント]
【関連】 『重力の使命』



妖盗S79号  泡坂妻夫
 1987年発表 (文藝春秋・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 鮮やかな手口の盗難事件が相次ぎ、その犯人は警視庁の捜査ファイルの番号から“S79号”と呼ばれるようになった。警視庁では専従捜査班が設置され、東郷警部と二宮巡査部長がS79号を追いかけることになった。だが、S79号は二人をあざ笑うかのように、次々と盗みを繰り返す……。

 泡坂妻夫らしい、ユーモラスでトリッキーな泥棒小説ですが、主役はS79号ではありません。その正体がぼかされていることもあって、それぞれの事件は基本的に捜査陣の側から描かれており、結果として東郷警部と二宮巡査部長の二人が全体の主役になっています。特に東郷が、S79号の逮捕に過剰な執念を燃やしながらいつも空回りしてしまう一方で、密かにライバルとしての敬意を抱いていくという、ちょうど「ルパン三世」の銭形警部のような役回りになっていて、全編にあふれるユーモラスな雰囲気に一役買っています。
 それぞれの作品の中心となる謎は、“どうやって盗んだのか?”というオーソドックスなものから、ほとんど盗みと関係ないようなものまで、バラエティに富んでいます。さらに、事件を重ねるごとにS79号の正体がおぼろげに見えてくるという連作短編ならではの趣向も魅力的です。

「ルビーは火」
 房州の海岸。海水浴に来ていた女性の荷物から、高価なルビーの指輪を盗み出したS79号。東郷警部はすぐに現場にいた全員の身柄を拘束し、綿密な捜索を行ったが、指輪は見つからない。捜査官たちは海岸を掘り起こし始めたが……。
 指輪の消失という謎が中心になっていますが、凶器の消失などと違って後で回収が必要になるところがポイントです。手がかりがよくできていると思います。

「生きていた化石」
 幻の貝“ヒダリマキオキナエビス”がデパートに展示されることになった。東郷警部はこれを機会にS79号を逮捕しようと、前回の事件の関係者に展示会の特別招待状を送りつけた。だが、厳重な警備にもかかわらず、貝は消えてしまい……。
 ハウダニットとしては、この作品が一番よくできているのではないかと思います。二宮の“勘違い”がユーモラス。

「サファイアの空」
 狂言誘拐を起こして高価なサファイアを奪おうとするS79号。その指示通り、サファイアは五重塔の最上階に用意された風船に結び付けられた。だが、やがて自動的に空中に飛び出し、地面に落ちてきた風船を東郷警部が回収してみると……。
 狂言とはいえ誘拐事件であるため、最初からS79号がかなり有利な立場にいることになるというのがやや不満ですが、サファイアを奪うトリック自体はなかなかよくできています。

「庚申丸異聞」
 写実的な演劇を追求する劇団〈実在実験舞台〉。その公演〈三人吉三廓初買〉で事件は起こった。たまたま観劇に訪れていた東郷警部が、二宮の制止も振り切って舞台に上り、“劇場内にS79号がいる”と高らかに宣言したのだ……。
 いかにも泡坂妻夫らしい登場人物が印象的ですが、シリーズ中、かなり異色の作品です。作中の謎も“どうやって盗まれたのか?”ではなく……。

「黄色いヤグルマソウ」
 新聞に掲載されていた一通の投書。それは、10階のベランダから黄色いヤグルマソウが鉢ごと消えてしまったというものだった。しかも、その種はもともと風船に付けられていたものだという。この投書にS79号の気配を感じた東郷警部は……。
 一通の投書からS79号の企みを見破った慧眼を讃えるべきか、ちょっとしたことにもS79号の関与を疑う偏執に呆れるべきか。いずれにせよ、明らかに東郷警部が主役となった作品です。その鮮やかなやられっぷりも含めて。

「メビウス美術館」
 セザンヌ展を開くICO美術館とゴーギャン展を開くUCO美術館。ライバル同士の二つの美術館に、S79号からの犯行予告電話がかかってきたという。誰かの悪戯ではないかと疑いながらも、東郷警部らは美術館に張り込んだが……。
 互いに意地を張り合うライバルという構図は泡坂妻夫の作品によく登場するモチーフですが、この作品では双方にS79号からの予告が同時に届くというユニークな展開です。ラストも印象的。

「癸酉組一二九五三七番」
 現代に復活した富くじ、“袋くじ”。その販売元の事務所に、特等の当り券を換金しにきた男がいた。その前日、事務所からルーペが盗まれたことを聞きつけた東郷警部は、S79号の仕業ではないかと疑い、金を受け取った男を尾行する……。
 現実的には無理なようにも思えますが、巧みなミスディレクションが光ります。

「黒鷺の茶碗」
 二宮の父親が急死し、通夜が行われることになった。ところが、二宮邸にある“黒鷺の茶碗”を盗むというS79号の予告状が届き、東郷警部らは緊張する。だが、問題の茶碗は大した価値のないものらしい。S79号の狙いは一体何なのか……?
 “二宮自身の事件”ですが、解決は意外なところから。それにしても、二宮には同情の念を禁じ得ません。

「南畝の幽霊」
 美術商の自宅から円空の仏像が消えてしまった。東郷警部はS79号の犯行と断定し、再度S79号をおびき寄せようと、偽の予告状を作成する。標的は太田南畝の幽霊の絵。果たして東郷警部の目論見通り、S79号は現れるのか……?
 やや大胆すぎるようにも思えますが、このトリックもよくできています。事件の真相には唖然とさせられます。

「檜毛寺の観音像」
 高名だった父親とうってかわって、鳴かず飛ばずの芸術家・田甲里黒墨。そのお手伝い・つるは金に困り、黒墨の作った裸婦像を密かに持ち出して換金しようとする。いざとなればS79号の仕業に見せかけてしまえばいいのだ、と。だが……。
 色々な意味で、“大胆”と表現するのが適切な作品ではないでしょうか。揃いも揃ってぬけぬけとした登場人物たちが印象的です。

「S79号の逮捕」
 パリで続発する美術品の盗難事件。その手口からみて、どうもS79号の仕業らしい。かくして、東郷警部らは現地へ飛び、最新の事件の現場となったセルニース城を訪れた。と、そこに待っていたのは、以前の事件の最大の容疑者だった……。
 意外な伏線、そしてそれに対応したラストが秀逸です。

「東郷警視の花道」
 S79号を逮捕できないまま、“肩たたき”を受けて落ち込む東郷警部。しかし、週刊誌の記事をきっかけに、ようやくS79号につながる手がかりを入手した専従捜査班は、岩手県の古寺へと向かった。遂にS79号は追いつめられたのか……?
 ここまで来るとS79号の正体にあまり意外性はありませんが、思いの外シリアスな展開に意表を突かれます。ラストは泡坂妻夫らしい見事なフィナーレ。

2002.11.04再読了  [泡坂妻夫]



サイロの死体 The Body in the Silo  ロナルド・A・ノックス
 1933年発表 (澄木 柚訳 国書刊行会 世界探偵小説全集27)ネタバレ感想

[紹介]
 ラーストベリ邸で開かれたハウスパーティの夜、余興として車を使った追いかけっこ“駈け落ちゲーム”が行われた。ところがその翌朝、ゲストの中で一人だけゲームに参加しなかった政財界の重要人物・ワースリー氏が死体となって発見された。彼は、邸内に建つサイロの中で窒息死していたのだ。その死亡推定時刻は“駆け落ちゲーム”の真っ最中だった。自殺や政治的暗殺の可能性も取り沙汰される中、事件は表面的には事故死として穏便に処理された。だが、ゲストとして現場に居合わせた保険会社の探偵・ブリードンは、当局からの秘密裡の要請を受けて捜査に協力する……。

[感想]
 事件は、パーティのゲストの一人がサイロ(牛などの餌とするために、牧草や雑穀などを積み重ねて発酵させる、塔のような貯蔵庫;発酵の際に炭酸ガスが発生する)の中で死体となって発見されるというもので、一見シンプルなものに思えます。ところが、状況からは自殺とも事故死とも考えられない一方で、関係者には犯行の機会も被害者を殺す動機もなく、さらに怪しげな手がかりの発見と消失に至って、事件は完全に不可解な様相を呈します。

 事件の夜、実際には何が起こったのか。それが謎解き役のブリードンによって一つ一つ明らかにされていく解決の場面は、意外性こそさほどではないものの、手がかり索引の効果も相まって非常に巧妙なものに感じられます。そして、事件の真相が明らかになった後のあまりにも皮肉なラスト。細部まで計算された、印象深い作品です。

2002.11.07読了  [ロナルド・A・ノックス]



奇蹟審問官アーサー 神の手の不可能殺人  柄刀 一
 2002年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 南米の小さな村・ケレスで起きた、奇蹟としか思えない出来事――教会が爆発炎上するという事故の際、本来ならばそこに集まっていたはずの12人の村人が、それぞれの理由で遅刻したために被害を免れたのだ。彼らはいつしか“十二使徒”と呼ばれるようになっていた。だが、その二年後、バチカンから“奇蹟審問官”アーサー・クレメンスが村に派遣されたのとほぼ時を同じくして、事件は始まった。次々と“見えざる手”によって殺されていく“十二使徒”たち。“奇蹟審問官”アーサーが解き明かす事件の真相は……?

[感想]
 『サタンの僧院』にも登場したアーサー・クレメンスが、真の奇蹟か否かを認定する“奇蹟審問官”となって帰ってきました。事件の方もそれにふさわしく不可能性の高いもので、衆人環視の中での姿なき犯人による刺殺、空中での至近距離からの射殺、密室状況下での撲殺、見えない手による扼殺と、盛り沢山です。さらに全体を神学/宗教的な要素が覆い、全編が神秘に彩られています。

 その神秘を幅広い知識と深い洞察で切り裂いていくアーサーの推理は鮮やかですが、解き明かされたその真相は、残念ながら謎の魅力を受け止めるだけの力強さに欠けているようにも感じられます。一つには事件が過剰に宗教色を帯びていることで、謎の神秘性が強調されすぎているということもあるでしょうし、その真相が少しずつ段階的に解明されていく性質のものであるせいかもしれません。しかしながら、いずれもよく考えられていることは間違いありません。テーマと現象がうまく結びついた佳作といえるのではないでしょうか。

2002.11.12読了  [柄刀 一]
【関連】 『サタンの僧院』 『奇蹟審問官アーサー 死蝶天国』 『月食館の朝と夜』


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