ミステリ&SF感想vol.53

2003.01.28
『饗宴』 『中空』 『鉤爪プレイバック』 『異星の人』 『呪い亀』


饗宴{シュンポシオン} ソクラテス最後の事件  柳 広司
 2001年発表 (原書房 ミステリー・リーグ)ネタバレ感想

[紹介]
 アテナイの哲学者ソクラテスは、友人のクリトンと共に、悲劇作家アガトンの家で開かれたパーティに招かれた。その席で話題に上ったのは、他国で密かに勢力を伸ばし、ホムンクルスを作り出そうとしているという怪しげな組織〈ピュタゴラス教団〉。客の一人、高名な外国人の医師エリュクシマコスの弟子ポロスは、教団のメンバーと接触があることを披露する。だがその翌朝、当のポロスは、両腕にいっぱいの林檎を抱えて市場を歩いている最中に突然倒れ、急死してしまった。やがてアテナイでは、得体の知れない若者のバラバラ死体が発見されるなど、怪事件が頻発する……。

[感想]
 古代ギリシア(アテナイ)を舞台とした歴史ミステリですが、まずはこの舞台と主役の設定が秀逸です。
 本格ミステリという形式が成立したのは近代になってからとはいえ、“謎”自体はいつの時代であっても存在し得ることは間違いありません。しかし、その謎を合理的に解くべき探偵役の設定については、時代を遡るほどに難しくなってしまうのではないかと考えられます。その点、この作品で主役となっているソクラテスは“ロゴス”(言葉/論理)を重んじる哲学者ということで、合理精神を持った探偵役としての資格は十分といえるでしょう。
 また、このアテナイという世界も、行き詰まりをみせる民主主義や新興宗教の台頭など、どこか現代の日本に通じる部分があり、読者にとってなじみやすい舞台になっているところがよくできているといえます。

 〈ピュタゴラス教団〉という怪しげな組織を登場させることにより、物語が歴史伝奇小説の色彩を帯びているところも見逃せませんが、もちろんミステリとしてもよくできています。この舞台ならではのトリックも使われていますし、事件の謎が解明される終盤には趣向が凝らされていて、非常に読みごたえがあります。この趣向を通じて提示されている構図こそが、この作品の最大のテーマといっていいでしょう。

 事件が解決された後、物語はサブタイトルから予想される通りの、非常に有名なエピソードで幕を閉じることになりますが、そこには事件がソクラテスに及ぼした影響もうかがえます。事件を解決することで“探偵”となってしまったソクラテスの姿は、例えば北村薫『冬のオペラ』などにも通じる“孤高の名探偵”の体現となっているのです。

2003.01.17読了  [柳 広司]



中空  鳥飼否宇
 2001年発表 (角川書店)ネタバレ感想

[紹介]
 植物専門の写真家・猫田夏海は、大学の先輩である鳶山と共に、大隅半島の奥にある竹茂村を訪れた。その名の通り広大な竹林を擁するその村で、竹が数十年に一度という開花の時期を迎えようとしていたのだ。わずか7世帯12人からなるその村は外界との交流をほとんど持たず、村人たちは老荘思想に基づくほぼ自給自足の生活を営んでいた。歓待を受けて滞在を続ける二人だったが、やがて事件が起こる。村人の一人が腹に矢を射込まれ、首を切断された無惨な死体となって発見されたのだ。しかし、事件は警察へ報告されることなく、村長は外界への通路を閉鎖してしまう……。

[感想]
 横溝正史ミステリ大賞の優秀作に選ばれた作品で、外界と隔絶した状態で独自の生活習慣を守る閉鎖的な村を舞台としたミステリです。とはいっても、そのような舞台設定から想像されがちなどろどろしたものがほとんどなく、背景に横たわる重要なモチーフである“竹”の清涼なイメージに象徴されるような、淡々とした奇妙な明るさの感じられる物語世界は、独特のすがすがしさを備えています。

 ミステリとしては、“大技一閃”ではなく小技を積み重ねていくという印象で、過去の因縁なども取り込みながら、細かい伏線やトリックが巧みに組み合わせられている上に、最後は多重解決へとなだれ込むという、非常に凝ったものになっています。しかし、きっちりまとまっているという印象を受ける反面、淡々とした物語自体と相まって、インパクトに欠けるところがやや物足りなく感じられてしまうのが残念です。

2003.01.17読了  [鳥飼否宇]
【関連】 〈観察者シリーズ〉



鉤爪プレイバック Casual Rex  エリック・ガルシア
 2001年発表 (酒井昭伸訳 ソニー・マガジンズ ヴィレッジブックスF-カ1-2)

[紹介]
 ロサンジェルスで探偵事務所を営むヴィンセント・ルビオと相棒のアーニーは、アーニーの元妻・ルイーズからの頼みを受けて、恐竜社会で密かに勢力を伸ばしつつあるカルト教団〈祖竜教会〉へと潜り込んだ。人間の扮装を身に着けて、人間社会にまぎれて暮らすのではなく、太古の恐竜らしい生活に戻るべきだと主張するその教団に、ルイーズの弟・ルパートがはまり込んでしまったのだ。ルビオとアーニーは、何とかルパートを教団から脱出させることに成功したのだが……。

[感想]
 『さらば、愛しき鉤爪』の続編、というより前日談です。ルビオとアーニーのコンビの活躍といい、人間の扮装を外す場面やアクションの増加といい、確実に前作よりも映像化向きの作品になっています。その分、謎解きが少な目になっているのが残念ですし、また若干冗長に感じられる面もありますが、前作に負けない快作に仕上がっていると思います。

 最も印象に残るのはやはり、前作で描かれなかったルビオとアーニーの交流です。アーニーもなかなかの好人物(?)ですし、相棒とともに事件に挑むルビオは生き生きとしています。様々な苦境を乗り越え、存分に大暴れした彼らが迎える結末は、色々な意味で印象に残ります。

2003.01.23読了  [エリック・ガルシア]
【関連】 『さらば、愛しき鉤爪』 『鉤爪の収穫』



異星の人  田中光二
 1976年発表 (ハルキ文庫た7-2)

[紹介]
 彼の名はジョン・エナリー。フリーのジャーナリストと称する彼は、世界中を旅して回っていた。内乱の続く中央アフリカの小国で消息を絶った生物学調査隊の捜索に同行し、ある時は復讐に燃えるインディアンの老人に協力し、またある時にはヒマラヤ山脈で雪男を探す探検隊と遭遇する……行く先々で人々の営みを、そして世界を冷静に観察し続けるエナリー。しかし、いつしかその行く手には、彼を追って危険な雰囲気の男たちが姿を現すようになっていく。エナリーの最後の決断は……。

[感想]
 冒険小説の要素が強いSFの連作短編集です。それぞれのエピソードで語り手となっている人物は、いずれも冒険小説的な極限状況に陥っていきます。通常であれば、渦中にある語り手たちの思いを中心とした“熱い”物語となるはずなのですが、この作品ではもう一方の主役である観察者、ジョン・エナリーの冷静な視点の存在によって、その“熱さ”が柔らかく包み込まれたかのような、何ともいえない読後感がかもし出されているのが魅力的です。

 しかし、そのエナリーも観察者という立場に徹することができなくなり、事態は次第に彼を中心として動くようになっていきます。それに伴って、それまで表面に表れなかった彼自身の主観が少しずつ顔を覗かせ始めます。このような変化を経て迎えるクライマックス、そして結末は、非常に印象深いものがあります。

 最後に付された番外編的なエピソードは、時間軸がずれているのか、はたまたエナリーの物語が終わらないことを暗示しているのか。いずれにせよ、不思議な印象を残す佳作であることは間違いありません。

2003.01.24再読了  [田中光二]



呪い亀  霞 流一
 2003年発表 (原書房 ミステリー・リーグ)ネタバレ感想

[紹介]
 新規オープンを間近に控えた映画館のオーナー、那須福太郎。縁起を担ぐ彼をあざ笑うかのように、その周囲では相次いで不吉な事件が起きているという。依頼を受けた私立探偵の紅門福助は、早速調査に取りかかったが、やがて事件は連続殺人へと発展する。しかもそれぞれの事件には、亀の甲羅にまたがった死体に“亀の密室”など、不可解な亀の見立てが施されていたのだ。さらに、夜の町を疾走する謎の老人の不可能状況下での消失……混乱を極める事件に対して、紅門福助は手も足も出ないのか……?

[感想]
 『デッド・ロブスター』に続く“紅門福助シリーズ”の最新作ですが、今回はお題の“亀”に不吉な悪戯、すなわち“呪い”が加わって、もはや何もいうことはありません。中身の方は、良くも悪くもいつもの霞流一らしい作品(霞流一作品の特徴については、上記『デッド・ロブスター』の感想をご参照下さい)です。正直なところ、前作とかなりよく似ているので、続けて読むのはあまりおすすめできませんが、単体ではまずまずの作品といえるのではないでしょうか。

 細かいところでいえば、見立ての理由にかなり無理がある点や、無意味に(と思えるのですが)悪趣味なラストなど、若干の不満もあります。逆に、犯人の指摘にはひねりが加えられていて、非常によくできていると思います。

2003.01.26読了  [霞 流一]


黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.53